第八章
それから小夜香ちゃんにはたまに連絡を入れる程度で、クリスマスが近づくにつれて俺はソワソワしていた。
けど積極的に誘わなければ何も始まらない。
20日に俺は、クリスマスにデートしてほしいと簡潔にメッセージを送った。
だが結果は惨敗・・・。小夜香ちゃんから、クリスマスはクラスの友達と遊ぶ予定を立ててしまった、と返信がきた。
そして冬休みを間近に控えた23日、帰る前にカフェテリアに寄った。
俺が情けなくテーブルに突っ伏して口を開けたままボーっとしていると、いつもの学食メンツが声をかけてきた。
「んだよ咲夜、辛気臭せぇ・・・。どうした。」
西田が仕方なさそうに言うと、翔は飲み物をストローですすりながら重ねて言った。
「咲夜ついに女の子にでも振られたんじゃない?」
「んなわけねぇだろ、咲夜に限って・・・。こいつの誘い断る女の子いるのか?」
二人が勝手な会話を進める中、桐谷は黙って食事を続けていた。
「振られてるのかなぁ・・・。」
俺がポツリと呟くと、二人は黙って俺の顔を凝視した。そして翔と西田はお互い目配せをした。
「・・・ま!女なんて星の数ほどいるって!よく言うだろ!?」
西田が苦笑いしながら、俺の頭に手を置いてぐりぐり髪の毛を乱した。
「そ~そ!大丈夫だって!お前の良さがわかんない女ならダメだってことだろ?」
「違うんだよ・・・。良さをわかってほしいなんて思ってないんだ・・・。」
俺は腕に顔をうずめて、今まで言えなかった脳内の言葉を口にした。
「小夜香ちゃんに対して俺は、幸せに健康に生きていてくれたらそれでいい、って思う存在だったんだ。でも自分の好きだって気持ちに気付いてから、欲しか出て来なくなってきたんだよ・・・。ただの本能だろ、って言われたらそれまでだけど・・・。でももう俺は、小夜香ちゃん以外の女の子と付き合うつもりなんてないし、一生側にいたいんだよ。何でここまで自分でも執着してるのかは謎だけど、考えたら苦しくなるくらい好きだし、誰かの隣で一緒にいるのなんて見たくないんだ・・・。けどそこまでの気持ち・・・重たいだけだしさ、ただのエゴじゃんか。俺はどこまで小夜香ちゃんの気持ちを尊重してあげて、自分の気持ちはいつ出したらいいのかわかんなくなってきて・・・。振り向いてもらう、とか好きになってもらう、って・・・どうしたらいいかわかんないんだよ。一生離れたくない、なんて思う人に出会ったことないし・・・いや、生まれた時から知ってるから3歳の頃から出会ってはいたんだけど・・・。なまじ記憶力がいいせいか、思い出も多くて・・・幸せな記憶が、逆にこれからは一緒にいれるかわかんない、っていう不安にさせる要素になったりしてんの・・・。」
ボロボロとゴミみたいな俺の愚痴を、三人は相変わらず黙って聞いていた。
やがて俺がため息をついて黙ると、桐谷が静寂を破った。
「告白はしたのか?」
「・・・うん、した・・・。」
俺が腕の中から顔を上げて、桐谷を見るとニヤリと笑みを浮かべた。
「よくやった。まだ骨じゃないみたいだから拾わないぞ?まず一石を投じただけだろ、勝負はこれからだ。その子のお前に対する態度が変わってるなら、意識させるきっかけ作りは大成功だ。」
「ん・・・そうかもね。どう好感度上げればいいのかなぁ・・・。」
翔と西田は俺たち二人を交互に見て、やっと口を挟んできた。
「お前をそれほど夢中にさせる小夜香ちゃんってどんな子なの?めっちゃ興味あるわ。」
「そうだよ、写真ねぇの?」
ウキウキする二人に、俺は体を起こして苦い表情を返した。
「写真はあるけど・・・。見たって可愛い、ってことしか伝わらないじゃん。」
「すごい惚気んじゃん・・・。」
若干引いたリアクションをする西田だが、翔は尚もめげずに食いついていた。
「いいじゃん!見せろよ!可愛い子は目の保養だろ。」
こうなると翔はなかなか引かないのを知っていたので、俺は仕方なく以前小夜香ちゃんが送ってくれていた自撮り写真を見せた。
すると二人とも案の定めっちゃ可愛い!の嵐、国立の大学生の語彙力を喪失させるほどの可愛さを持つのが小夜香ちゃんだ。
騒ぐ二人をよそ目に桐谷は特に反応せず、食事を完食してお盆を下げに行った。
「結局咲夜は可愛い子と付き合うんかぁ・・・。」
「いや・・付き合ってないよ・・・。」
「何で振られたんだよ。」
ケロっと翔が俺の傷口をえぐるように言った。
「いや・・・返事はいらないって言ったから振られたとも言い切れないけど・・・。絶対諦められないから、てのを伝えた上で告白したんだよ。」
その後も素直な疑問という名の詮索が続いたので、適当な理由をつけて俺は帰路に就いた。
「うだうだ悩んでてもしょうがないよな・・・。とりあえず当たって砕けろ精神で、アタックしてアピールしていくしかないよな。」
まずは状況の整理からだ。
俺がもらった的確だと思えたアドバイスは、薫や桐谷が言っていたように、自分の気持ちを伝えた上で男として意識してもらう、ということ。
これに関しては成功したと思うし、小夜香ちゃんの中の意識に変化はもたらせたと思う。
そして美咲に言われた、過去も未来も含めた真摯な気持ちを伝えること。
新しく出会った小夜香ちゃんの意中の相手より、過ごした時間が多い俺の方が選んでもらえる可能性が高い、って話だけど・・・
正直、小夜香ちゃんに対して本家で一緒に過ごしていた頃や、昔の話を持ち出すことは極力したくはない。
彼女にとって本家は、母親と3歳まで過ごしていた場所。
それと同時に母親が亡くなってしまった場所であり、小夜香ちゃんにはその記憶がほとんどない場所でもある。
もちろん俺たちと過ごした時間も含め、小百合様のことも全てを忘れたわけではないかもしれない。
だからこそ、思い出を振り返る話は綱渡りのようなもので、愛おしい時間を振り返ると同時に、残酷な現実を思い出すことにもつながる。
そうなってしまうことは避けたい。
無責任な傷つけ方はしたくない。
なら一番いいのは、これからの楽しい思い出をたくさん作っていくこと。
そしてもし、小夜香ちゃんが昔のことを思い出して寂しさを覚えたり、傷ついた時は側に居てあげたい。
「そうだ・・・それを一番伝えたかったんだ・・・。」
そもそも俺が一番気になっていたことは、楽しそうにしているいつもの小夜香ちゃんが、急に寂しそうに影を落とすこと。
もしかしたら俺たちの前で、無理に明るく振舞っている時もあるかもしれない。
そう思うと何だか居てもたってもいられなくなってきた。
だからって帰り道にソワソワしても仕方ない・・・。
俺はいつものコンビニには寄らず、そのまま真っすぐうちへと向かった。
そしていつもの公園を通り過ぎようとしたとき、ふとあの公園のベンチ付近で見覚えのある人影が二つあった。
「・・・え?」
そこにはベンチの前で、座らず立ったまま何かを話す、小夜香ちゃんと薫だった。
え?は?なんで??
何故二人が一緒にいるのかわからないし、俺は何だか無性に苛立ちを覚えた。
気付いたら二人の方へ足が向かっていた。
「薫っ!」
俺は背を向けていた薫に思わず声をかけた。
すると二人は同時に俺の方を見て、目を丸くした。
「先輩・・・」「咲夜くん」
俺は状況もわからず、嫌な予感、というだけで薫に食って掛かった。
「お前ここで何してんだよ。小夜香ちゃんに何の用だ?」
その細い肩をぐっと片手で掴むと、薫は少し戸惑った表情を見せた。
「何・・・ってことはないですけど・・・。たまたまお会いしたので少し話して・・・」
「たまたま!?お前別に近所に住んでないんだから、わざわざこなへんに来ることなんてないだろ!」
「咲夜くん、落ち着いて・・・」
俺は小夜香ちゃんの制止も聞かずに尚も詰問を続けた。
「前もそうだけど・・・何でわざわざここだったんだ?なんか理由があったんだろ、小夜香ちゃんに何か吹き込むつもりだったのか?」
俺がそこまで言うと、驚いた顔をしていた薫は途端に屈託のない笑顔を見せた。
「ははは・・・なんですか先輩・・・その言い草。」
薫は笑いながら肩に置かれた俺の手をそっとどけた。
「そんなつもりありません・・・。でも先輩がそこまで言ってしまうなら、全部を正直に話しましょうか?彼女の前で・・・」
薫はそう言いながら、小夜香ちゃんを見た。
小夜香ちゃんは俺と薫の顔を交互に見つめて困っていた。
「何だよ・・・全部って・・・」
すると薫はベンチに座って、いつもの調子で話し始めた。
「ではまず、先輩が先ほど言った、何故この間この場所を指定して話したのか、について。それに関しては、先輩と小夜香さんの話を聞いて、ご近所ならばここが馴染みある場所、と考えました。そして先輩と二人っきりで話したあの日、賭けではありましたけど、もしかしたら・・・小夜香さんが通りかかって、僕たちを見つけてくれるかもしれない、と思いました。結果、実際通りかかってお会いしたので、賭けた甲斐がありました。その目的としては、親し気に話す僕たちを見て、少なからず小夜香さんが何かを感じ取って、先輩への意識が向くかもしれないな、と思ったからです。彼女がとても勘の鋭い子だと先輩から聞いていましたし、少し特殊な環境下で育っている人は、確かに人の機微に敏感な場合があります。もちろん僕もわざとらしく先輩にべたべたしてたわけでもないですけど、それも結果的には成功したのかもしれませんね?それと・・・」
そこまで言うと、薫は俺を上目遣いで見やって、また薄笑いを浮かべた。
「何か吹き込むつもりだったのか?は・・・ちょっと余計なんじゃないですか?先輩・・・。僕は何も小夜香さんに余計なことを話すつもり何て一ミリもありません。先輩がもしかしたら話されたら嫌だろうな、なんてことを僕がわざわざ言うと思いましたか?まぁ・・・思ったからさっきそう言ったんですよね・・・。」
「いや・・・それは・・・」
薫は小さくため息をついた。
「先輩が僕のことをどういう人間だと思っているのかわかりませんが・・・。今更そんな言われ方をしても傷つきませんし、大人気なく暴露するようなことはしません。」
薫はそう言うと、チラリと小夜香ちゃんの方を見た。
「後・・・今日僕が何故ここにいたか、ですけど。定期入れを失くしてしまって、もしかしたら先輩と会った時にここに落としたんじゃないか、と思ったからです。そこのコンビニにも聞いたり、近辺を探しまして・・・まぁ日も経ってますしありませんでしたけど・・・そこまで困るものでもないので、諦めることにしました。小夜香さん、一緒に探してくださってありがとうございました。」
薫は立ち上がって、小夜香ちゃんに頭を下げた。
「い、いえ・・・。」
「これで納得しましたか?」
じとっと俺を見上げる薫に、今度は俺がため息をついた。
「はいはい・・・悪かったよ・・・。」
「ええ、反省してください。それじゃ・・・。」
薫はそれだけ言い残すと、そのまま歩いて公園を後にした。
「・・・ごめん小夜香ちゃん・・・取り乱して・・・。」
俺がそう言うと、小夜香ちゃんは何でもない笑みを見せた。
「ううん、大丈夫。」
小夜香ちゃんは買い物袋を手にしていたので、恐らく買い出しの帰りだったのだろう。
「・・・小夜香ちゃん、一緒に帰ってもいい?」
自分のうちに帰るのにどうせ通り道なのだけど、少しでも一緒にいたくてそう尋ねた。
「うん、一緒に帰ろ。」
いつもの笑顔でそう答えてもらえて安心した。
その後一緒に歩きながら他愛ない話をしていたけど、小夜香ちゃんは薫と俺のことについては特に質問しなかった。
すると小夜香ちゃんは、思い出したように俺に尋ねる。
「あ、咲夜くん・・・クリスマスごめんね、予定合わせられなくて。」
「え?ああ、全然大丈夫だよ。クリスマスパーティー楽しんでね。」
笑顔を返して、俺は少し気になっていたことを尋ねることにした。
「あ・・・のさ、そのクリスマスパーティーって、男の子もいる感じ?」
小夜香ちゃんは首を振った。
「ううん、いつも仲良くしてる女の子と。」
「そっか・・・。」
俺がほっとしていると、小夜香ちゃんは重ねて言った。
「あのね、咲夜くんがよかったら・・・年末で空いてる日があったら、どこか行かない?」
「え・・・・」
「あ、忙しかったら全然いいよ?家族で過ごすものだし、美咲くんたちと一緒にいるならその方がいいと思うし。」
「え、いや・・・誘ってくれるならいつでも行くよ。塾講のバイトは何日か入ってるけど・・・さすがに年末年始は休みだし。美咲んちは・・・まぁ、二人の邪魔すんのもあれだし・・・行く予定は特にないかな。」
「そうなんだ。私も年末は特に予定ないから、教えてくれたら予定合わせられるよ。」
そう言ってニッコリ笑みを向けられて、俺は内心嬉しさを抑えられずにいたけど、逸る気持ちを鎮めて、遊びに行く場所を検討しながら小夜香ちゃんのうちまで歩いた。
家の前に着いて、また連絡することを伝えながら手を振る小夜香ちゃんに、同じく手を振り返した。
あ~今日も可愛いかった・・・。
それから家に着くまで、小夜香ちゃんの笑顔を頭の中で何度も再生しながら、最高に思い出に残るデートプランを考え続けていた。