第五章
翌日、12月15日、快晴。寒さはいつもより少しましだった。
俺は昨日、公園の前で会った小夜香ちゃんの言葉を思い返しながら、身支度をしていた。
俺が彼女から急に距離をとって避け続けたことで、自分に非があったのだ、と誤解させてしまった。
それに関しては不自然な避け方をした俺が悪いので、ちゃんと謝ろう。
そして俺に非があることはまだある。
最初からわかっていたことだけど、小夜香ちゃんは、俺や美咲、晶の三人が特別な存在として認識している。
小夜香ちゃん自身が一人っ子であるために、兄弟に憧れているふしがあり、幼い頃から見知っている俺たちを、兄や姉のように慕っている。
実際小夜香ちゃんは、そこまでフレンドリーなタイプではないが、俺たち三人に対しては人懐っこい言動が目立つ。
それ自体はなんら悪いことではない、だけどその時点で俺が悪かったことは、異性との距離感をきちんと小夜香ちゃんに教えられなかったことだ。
彼女の話を聞いている限り、同級生やその他男性に対しては、パーソナルスペースに立ち入ることさえ良しとせず、仲のいい男子もいないし、どちらかと言えば避けているほどだと言う。
その裏には、小夜香ちゃん自身が才色兼備で、どうしても目立つことが多く、異性からのアプローチを受けたり、好意を向けられているからだろう。
彼女からしたら、自分が自分であるだけで、知らない男性から言い寄られてしまうという困惑する事態を招く。
だから小夜香ちゃんは常に、外では自己主張せず、大人しくあることを心掛けているようだった。
だがそれは、自衛出来たとしても、異性との距離感を学ぶことを自ら避け続けた行為だ。
それによって、気を許すことが出来る俺たち三人、特に俺と美咲に対して異性にも関わらず、距離感バグを引き起こしていた。
もちろん俺としても、彼女から同級生の男子の話など聞けば、こう言えばいいんじゃないの?とか、こうすればいいんだよ、とアドバイスはしていたつもりだが、あまり実践には至らなかったようだ。
小夜香ちゃんからしたら、上手く関わろうとした親切心が好意と取られて、距離感を詰められることが怖かったんだと思う。
だからこそ、俺はちゃんと教えるべきだった。
兄弟でもない一人暮らしの異性の家に、遊びに来るのはやめたほうがいい、って。
「小夜香ちゃんまだ、俺に悪かったって思ってるかなぁ・・・。」
身支度を整えて、鏡の前でぼーっと自分の顔を眺めた。
結果として、関わることが増えた俺は、小夜香ちゃんの人間性と、元来の可愛らしさに惹かれて好きになってしまった。
というか本当は、心の底では好きになるのは時間の問題だとわかっていた。
だからこそ、このままじゃダメだろうなぁと思ってた。
だけど一緒に過ごす時間はいつも楽しかったし、居心地がよかった。
そして距離感を測るタイミングを逃していた。
「そろそろ行くか・・・。」
俺は家を出て、美咲に連絡を入れた。
向かっている最中も、小夜香ちゃんと話す内容を考えていた。
美咲のうちは一駅先だ、電車にわざわざ乗る程でもないような気はするけど、徒歩で行くには距離がある。
だけど今日ばかりは、徒歩で来た方がよかった気もした。
柄にもなく緊張してきたなぁ・・・。
もっと考える時間と心の準備がほしかった。
そんなどうしようもない気持ちを引きずりながら、俺は閑静な住宅街にある美咲のうちの前に着いた。
「もう小夜香ちゃん・・・着いてるかな・・・。」
うじうじそんなことを呟いて、インターホンを押した。
するとそこから美咲の声ではない高い声が聞こえた。
「は~い、今開けるね。」
雑な機械越しから聞こえる小夜香ちゃんの声だった。
それだけで心臓が跳ねて止まりそうになった。
門扉から少し離れたドアが開いて、俺を見てニコっと微笑んだ小夜香ちゃんが駆け寄ってくる。
その様子を見た時、無理!と思った。
「いらっしゃい咲夜くん、二人とも料理中で手が離せないから、私が代わりにお出迎え。」
側によって俺の顔を見上げる小夜香ちゃんは、少し大きめサイズのセーターを着ていて、首元が緩いスタイルのせいで鎖骨が見えていた。パステルピンクでよく似合ってるけど・・・
俺が露出に敏感になってるだけかな・・・
見つめたまま固まっていると、小夜香ちゃんは不思議そうに小首をかしげる。
「どうしたの・・・?私顔になんかついてる?」
そう言って白い頬に手を添えて不安そうにする様を見て、尚も可愛い、という気持ちが脳内を埋め尽くしていた。
「いや、大丈夫・・・。」
「そう・・・?咲夜くんそのネイビーのコート似合ってるね、カッコイイ。」
そう言いながら微笑んで門扉を開けてくれた。
小夜香ちゃんの何気ない一言という名の精神攻撃・・・
なんかもう色々と無理・・・。
何気ない会話にメンタルを削られながら家に入ると、キッチンにいた晶が振り返った。
「あ、咲夜くんいらっしゃい、もうすぐ出来るしゆっくりしててね。」
「お邪魔しま~す、ありがとう。」
「咲夜、ほら、コップ。テーブルにある飲み物適当に飲んでくれ。」
美咲からコップを受け取ると、小夜香ちゃんは晶の手伝いに戻る。
「ん・・・?あれ、晶と小夜香ちゃん、もしかして色違いのセーター着てる?」
俺がコートを脱いでマフラーをほどきながら尋ねると、二人は俺を見てニッコリ笑う。
「そうなの!晶ちゃんと双子コーデにしたんだぁ、可愛いでしょ。ネットで見つけてどの色もいいなぁって思ったんだけど、どうせなら一緒に着たいなぁと思って。」
晶にくっつきながら説明してくれる小夜香ちゃんが、更に可愛くてつらい。
「なるほどね。晶、その色似合うね。」
「ありがとう、小夜香ちゃんはピンク似合うよねぇ。」
パステルイエローとピンクを着た二人は何とも仲睦まじくいちゃついてて可愛い・・・というか尊い。
その後、飲み物を入れて、ソファに座って夕飯を待っていると、美咲がコップを持って俺の隣に座った。
「誕生日おめでとう。」
短くそう言った美咲は、特に返答を待たず言葉を続けた。
「メンタルやられてた原因は解決したのか?」
そう言えばハロウィンの後に、大学で話してたっけ・・・。
「ふぅ・・・解決・・・ん~、でも糸口は見つけたかな。」
「そうか。わりと何でも悩まず要領よくこなしてるイメージだけど、具体的に何に悩んでたんだ?」
「・・・美咲なら察すると思ってた。」
俺が背もたれに体を預けて足を伸ばすと、美咲はコップに口をつけて少し考えて答えた。
「小夜香ちゃんか。翻弄されてるのか?」
「あ~そうだね、翻弄って言い方すごく合ってるかも・・・。俺の接し方というか距離感も悪かったんだよ・・・今は反省してる・・・。でももうさ・・・当たって砕けることにしたんだ、一旦。」
ふぅん、と美咲は足を組んで何気なく続けた。
「小夜香ちゃんは・・・恋愛経験が少ないから、人の気持ちを上手く処理出来ないんだろう・・・。」
「そうだね・・・。まぁ別にそれが悪いわけではないんだけど・・・。俺さ、色々思い出してたんだよ、昔のことを。それこそ小夜香ちゃんが産まれた時の記憶から・・・。小百合様が亡くなる前さ・・・俺たち四人で一緒に遊んで、小夜香ちゃんの面倒見てたこととか、鮮明に会話まで覚えてて。それで・・・その当時は今よりずっと、小夜香ちゃんのこと、自分の家族のように思ってたんだよね。妹みたいに可愛がってて、それを小百合様も喜んでくれてたんだよ。3つしか歳の差ないけど、赤ちゃんの小夜香ちゃんを面倒見てて、ずっと子供ながらに、この子は俺が護ってあげなくちゃ・・・とか思ってたくらいで。それで・・・小百合様が亡くなった後・・・たまぁにさ・・・こっそり小夜香ちゃんの部屋の前まで行って、様子を見に行ってたことがあるんだ。もちろんいつも側にあれが居たし、他の使用人もいたけど、更夜さんは忙しいから、常に小夜香ちゃんと一緒にいたわけじゃないじゃんか・・・。だから子供ながらに心配だったんだよね、母親が亡くなった、って・・・小夜香ちゃんはわかってるのかな、とか・・・寂しくて泣いてないかな・・・とかさ。もちろん俺だってその当時まだ6歳だったし、人の死なんてよくわかってなかったけど、もう二度と会えなくなることなのはわかってたから・・・。お葬式のときもずっと、小夜香ちゃん泣き止まなかったし・・・なんかその全部をさ、俺は覚えてるんだよ・・・。」
蓋を開けなければ思い返すことのない記憶が、最近になって小夜香ちゃんを思うたびに、一つ二つと蘇ってきていた。
記憶の再生能力を使っていないのに、小百合様の言葉や表情、幼い小夜香ちゃんと交わした言葉、その場面は映画のシーンのように、少しセピア色がかって再生される。
「それでね?ある日・・・俺に気付いてたのか、気を遣ったのか・・・あれが側を離れて、小夜香ちゃんが部屋で一人きりになった時、こっそり抜け穴から部屋の縁側に入って、独りぼっちでお絵描きしてる小夜香ちゃんに声をかけたんだ。喜んでくれるかな、って思ったんだけど・・・小夜香ちゃんは、俺を見て一瞬ぱっと笑顔になって、その後・・・我慢してたみたいに涙目になって駆け寄ってきたんだよ。どうしたの?って抱きしめたけど、何も言わずに泣いててさ・・・。きっと寂しい、って気持ちを家族に言うことも我慢してたんだろうね。でも今になって一緒に居る時もさ、ふと寂しそうな表情見ると・・・泣き出しちゃうんじゃないか、ってあの時みたいに不安になるんだよ。」
そこまで話して、喉元が苦しくなって涙が溢れてきた。
「その後・・・小夜香ちゃんは本家を出たから会えなくなっちゃったけどさ・・・。俺も俺で色んなことありすぎて、子供だったのもあって、小夜香ちゃんのことすっかり気にしなくなって・・・。で、再会して今に至るわけだけど・・・。つまり・・・俺は最初から、小夜香ちゃんが大事で、大好きでさ・・・。」
それ以上何も言えなくなると、美咲は俺の頭にぽんと手を置いた。
「どれだけ大事に思ってて、これからも大事にしたいかって話は、本人にしたらいい。けど、わかってるとは思うけど、その気持ちを決して小夜香ちゃんに押し付けちゃいけない。小夜香ちゃんが同じようにお前を大事に思ってるなら、それが恋愛感情でない場合、より小夜香ちゃんが傷つく結果になる。」
「そうだね・・・。」
ため息をついて、何とも遣る瀬無い気持ちになった。
毎年正月には本家で会っていたけど・・・俺はどうして「大事な家族」、から「好きな女の子」に意識が変わったんだろう・・・。
その後、四人で楽しくテーブルを囲んで食事をした。
小夜香ちゃんへの気持ちに気付いたハロウィンのあの時みたいに、変わらない空気感の中、たくさんある美味しい料理に舌鼓を打ちながら、会話も弾んでいたけど、俺だけ小夜香ちゃんのことばかり考えていたと思う。
「ねぇねぇ二人とも」
粗方食事を終えて一息ついていた時、隣にいた小夜香ちゃんが箸を置いて声をかけて来た。
「子供の頃とか、誕生日に家族でケーキ囲んでお祝いしたりしたの?」
そう言われて俺と美咲は目を合わせて、少し考え込んだ。
「どうだったかなぁ・・・。色んな人含めて誕生会みたいなことは小さい頃してもらってた記憶あるけど、家族だけでっていうのはあったのかなぁ・・・。無理やり思い出せば思い出せるけどね。」
俺がそう言って笑うと、美咲が付け加えた。
「再生の能力は使うな・・・。たぶんだけど、小学生までは母さんがケーキ用意してくれてたような気がするな・・・。」
「へぇそうなんだねぇ。私手作りケーキとか憧れがあったの。」
そう言って笑う小夜香ちゃんを見て、俺たち二人はリアクションに困った。
3歳から母親がいない彼女は、手作りの味を覚えていないだろうから。
「ということで!自分で作ってみました!」
小夜香ちゃんは自信満々にそう言うと、食べ終わったお皿を片付けていた晶とともに、冷蔵庫へ向かった。
「じゃ~~ん!!!スペシャルオリジナルホールケーキ5号サイズ!!抹茶&チョコ!」
まるで必殺技かのように言い放った小夜香ちゃんが、晶に渡されたホールケーキをそ~っとテーブルに置いた。
「ええ!すご!豪華だねぇ。」
「これは・・・手間かかったろ・・・。」
俺と美咲が感心してケーキを覗き込むように立つと、二人はお皿を並べながら言った。
「美咲くんが好きな抹茶味のチョコと、咲夜くんが好きなビターチョコをコーティングして仕上げました。」
「二人ともそこまで甘い物食べるわけじゃないから少し大きいかなぁ、とも思ったんだけど・・・せっかくだからって二人で考えながら作ってたら・・思いのほか大きくなったんだよね。」
晶が苦笑いしながらケーキにナイフを入れて切り分けた。
「ありがとう、おいしそ」
俺がフォークを手に持つと、小夜香ちゃんが、あ!と声を上げた。
「蝋燭立ててハッピーバースデー歌うやつしてない!!」
大真面目にそう言う小夜香ちゃんをポカンと見たけど、晶はすぐにニッコリ微笑んで歌う気満々でいた。
「え、えっと・・・」
「ああ、さっき見たこれがいるのか?」
美咲はそう言うと、スーパーの袋から数字の蝋燭を取り出した。
そして淡々とチャッカマンを持ってきて、ケーキに刺して火をつけた。
「ありがとう美咲くん!じゃあ晶ちゃん、いくよ~?」
二人はノリノリで歌いだす。
照れくさい気持ちが強かったけど、歌を歌ってる二人を初めて見た気がして可愛らしかった。
美咲をチラリと横目で見ると、娘を見る父親のような眼差しをしていた・・・。
歌い終わる二人を確認して、美咲と同時に蝋燭を吹き消す。
すると二人ともどこから取り出したのか、プレゼントの包みを俺たちに見せた。
「私は咲夜くんへのプレゼント、晶ちゃんは美咲くんへのプレゼントね。で、もう一つは、私たちから二人へのプレゼント!」
満面の笑みでそう言う小夜香ちゃんが、どれほど今日のために準備してくれていたかが伝わった。
フォークを持ったままの俺に、小夜香ちゃんは側へやってくると、少し照れくさそうにしながらプレゼントを差し出した。
「はい、咲夜くん・・・。気に入ってくれるといいけど・・・。」
はにかむ小夜香ちゃんに癒されながら、受け取ってこみあげてくる気持ちをこらえた。
「気に入らないなんてことないよ・・・。ありがとう、開けてもいい?」
喜びをかみしめながら言うと、彼女はニッコリ頷いてくれた。
ドキドキしながらリボンをほどいて、中身の箱を取り出した。
「何だろう・・・。」
俺が包装された包みをはがして、箱の表面を見ると、さすがにそれが何かわかった。
「これ・・・」
「咲夜くんそれ気になってる、って前話してたよね?もう持ってたりする・・・?」
何気なく話してたほしい物、ホントに覚えてるんだなぁ・・・
「持ってないよ、気になって他の物も結構調べてたんだけどね・・・。ありがとう、嬉しいよ。」
「よかったぁ、これ形可愛いよね。」
それはBluetooth対応のポータブルスピーカーだった。
作業したり家事をしたりしている間、音楽を聴くという話をしていた時、二人で通販サイトを見ながらスピーカーを漁っていたことがあった。
「でもこれ・・・そこそこ値段するよね?」
「ん?でも1万円以内くらいだし、プレゼントとしてはそれくらいかなぁって。」
そう言いながら袋やリボンを片付けようとする小夜香ちゃんを見て、思わず彼女の手を取った。
「あ・・・入れて持って帰るから、おいといて。」
「わかった。この包装もね、自分でしたの。袋もリボンも、自分で選んで買ってきたんだぁ。プレゼント選ぶのって、そういうのが楽しかったりするんだけどね。」
やっぱりそうだったんだ。小夜香ちゃんからもらったもの全てを、一つたりとも捨てたくなかった。
俺は小夜香ちゃんのことばかりに集中してので、ぱっと美咲と晶を見やった。
「美咲は何もらったの?」
「万年筆とボールペンのセット。」
満足そうにしている美咲が、何だか年相応の反応をしていて新鮮だ。
「そうなんだ、いいねぇ、めっちゃオシャレじゃん。」
美咲は来年同じく二回生だけど、飛び級で二年間で卒業する予定だ。
来年からは就活だろうし、長く使える筆記用具にしたのかな。
俺が小夜香ちゃんに貰ったものを自慢するように美咲に見せていると、女子二人は改めて俺たちに向き直り、最後のプレゼントを差し出した。
「はい、これは二人から!是非今すぐ、着てほしいの!」
「着る・・・?服ってこと?」
俺がニコニコする二人から受け取って包みを開けると、案の定洋服だった。
側でのぞき込む美咲と一緒に取り出すと、色違いでお揃いのパーカーだった。
「これ・・・。」
俺が少し苦笑いすると、美咲も同じような反応を示す。
「私たちも双子コーデしてるでしょ?二人はそもそも本当の双子なんだから、お揃い着てほしいなぁっていう晶ちゃんと私の願望!」
「ね!是非、着てほしいよ!」
晶はそう言いながらキラキラした目で見つめてくる。小夜香ちゃんと違う意思を感じる・・・。
「まぁ・・・別に着るには着るが・・・。」
そう言いながら美咲は徐にシャツのボタンに手をかけて脱ぎだしたので、二人の願いを叶えるならと、俺も上のセーターを脱いだ。
「ちなみに・・・どっちがどの色とか指定あるの?」
俺が脱いだ服を椅子にかけながら聞くと、小夜香ちゃんは意気揚々と答えた。
「えっとね!こっちのパステルブルーの方が咲夜くん!グレーが美咲くんね!私と晶ちゃんで考えて、二人はこういうイメージカラーだね、ってなったの。」
「オッケー。」
ニコニコする二人を前にもぞもぞとパーカーをかぶって、顔を出すと小夜香ちゃんが嬉しそうに俺の目を見て、満足そうにしていた。
その笑顔が見れるなら何でもしようと思えるほどだった。
隣にいた美咲も、グレーのパーカーの袖を伸ばしてサイズ感を確認していた。
「よかった、二人ともちょうどかな。ちょっと大きめのサイズにしてもいいかな、って思ったんだけど、それだと今時期に着ると寒いだろうから。」
晶は母親のような気遣いを述べた。
「可愛いしカッコイイ!!やっぱりパーカー似合う男の子いいなぁ。」
小夜香ちゃんはそう言いながら俺たち二人を交互に見て、そっとスマホを構えた。
「・・・撮ってもいい?」
そんなにパーカー姿好きなのか・・・覚えとこ。
「別にいいけど・・・」
と俺が答えると、美咲は付け加えるように言った。
「SNSとかに載せないならいいよ。」
「そんなこと絶対しない!晶ちゃんと共有して二人占めするの!」
小夜香ちゃんはキリっとした顔で誓うと、並んだ俺たちをそっと写真に納めた。
俺と美咲は同時に顔を合わせて、苦笑いを浮かべる。
その後四人でケーキを食べて、案の定完食は出来なかったので、また明日おやつに食べることになった。
毎回美咲のうちに夕飯に呼ばれるときは、明日が平日でない限り、俺も小夜香ちゃんも泊っていくのが通例だった。
元々二人暮らしには広い一軒家で、使用人用の別宅なので、部屋はあるし布団もベッドも余っている。
俺は風呂から上がった後、リビングのソファに座って、ぼーっとしていた。
「はぁ・・・何をどう伝えたらいいかなぁ。」
告白すると決めたものの、そもそもまともに告白して付き合ったことなんてない。
「あれ・・・そう考えたら俺も小夜香ちゃんと同じか・・・。」
「何がぁ?」
急に頭の後ろから声をかけられて、咄嗟に振り返った。
小夜香ちゃんがソファの背もたれに両腕を預けて、小首をかしげていた。
「っくりしたぁ・・・。そーっと近づくのやめてよ・・・。」
小夜香ちゃんはふふっと笑うと、改めて俺の隣に座った。
「スウェット姿も可愛いね咲夜くん。」
挨拶代わりのようにそう言う小夜香ちゃんは、俺の髪の毛にそっと触れた。
「ちゃんとドライヤーしてない!!」
「いいじゃん別に・・・。ほとんど乾いてるよ。」
小夜香ちゃんの細い手首を掴んで下ろすと、何故か思いのほか心配そうな顔をしていた。
「・・・なに?」
「やっぱりなんか・・・咲夜くん元気ない・・・。ね、さっきの、俺も小夜香ちゃんと同じかぁってなあに?」
前のめりにそう尋ねる小夜香ちゃんの腕を離して、距離を取るように反対側にもたれた。
「教えない。」
俺がそう短く答えると、途端に彼女の表情は曇った。
「そっか・・・。・・・私もお風呂入ってくるね。」
小夜香ちゃんはそう言ってあっさり俺の側を離れた。
え・・・・
内心、一瞬で小夜香ちゃんの心が離れた気がして、怖くなった。
告白しようかなんて言おうか、なんて考え込んで悩んでいたけど、何だか今のやり取りで断ち切られたような気持ちになった。