第二章
その後俺は、駅まで薫を送りながら小夜香ちゃんの話をした。
幼い頃の印象から、大きくなって再会して、今に至るまで。
「へぇ、先輩ってそういう無邪気で可愛い子が好きだったんですか。」
俺の隣を歩いていた薫は、何やら含みある言い方をする。
「いや・・・まぁでも、前に好きだった幼馴染は、そういうタイプの子ではないんだよ・・・。おとなしくて、年上お姉さんって感じで。」
晶のことを思い返しながら、自分でも少し不思議だった。二人はタイプがまるで違う。
「なんていうか・・・共通してるとしたら、二人とも年の割にしっかりしててさ、俺が弱ってると甘やかしてくるタイプなんだよなぁ。」
「なるほど・・・。先輩は実は犬系男子で、甘えたい派だったと。」
「・・・何だよさっきから・・・。からかいたいの?」
「いいえ。高校時代はそこまで好きな女の子の話とかしなかったじゃないですか。だから単純に新鮮なんです。先輩が好きで好きでたまらない女の子の話が。」
ニンマリ笑みを浮かべる薫だが、何だか目が笑っていないようにも見えた。
なんかトゲあんなぁ・・・。
駅前に着くと、薫は改まって立ち止り、俺に頭を下げた。
「今日はありがとうございました先輩。あの・・・」
頭を上げて、煮え切らない様子で少し黙った。
「どうした?」
「また、連絡してもいいですか・・・?」
ゆっくり視線を合わせた薫は、まるで親に怒られることを怖れる子供のようだった。
「・・・いいけど・・・またって一回もしてきてないだろ・・・。何でそんな改まって聞くんだよ、別に断りをいれなくても、連絡してきていいよ。」
俺が当たり前のようにそう返すと、薫は視線を逸らせたまま、ゆっくり口元を持ち上げた。
「・・・そうですか、わかりました。僕も以前と住んでるところは変わっていないので、時間が出来たらまた連絡させてもらいますし、気軽に遊びに来てください。」
薫は、何故か少し残念そうな、どこか諦めたような目をした。
俺は聞こうかどうか迷ったけど、何となく聞いてみることにした。
「なぁ・・・、連絡する、とか家に来てくれとかさ、薫は、そういう意味で誘うってこと?」
「・・・あれ、やっぱりわざと気付かないフリしてたんですか。先輩のそのわざとらしい鈍感さに、合わせてあげようとしたのに・・・。」
そう言って上目遣いで見る薫は、何かまったく知らない誰かに見えた。
「ふ・・・お前ってそんなしたたかなことするんだなぁ。」
俺がいなすようにそう言うと、薫は薄笑いだった表情を解いて、また残念そうに眼を逸らせた。
「ふぅ・・・先輩は男の扱いに慣れてなくて困りますね・・。」
薫はその細い指で俺の手を静かに取った。
「先輩が蜘蛛の糸を垂らすなら、僕は未練がましくしがみつきますよ。浅ましさや必死さに嫌気がさして切り落とすのは勝手ですけど、その時は僕を、地獄の底に叩き落とす覚悟を持ってください。まぁ・・・お人よしの先輩には無理でしょうけど・・・。」
薫は長いまつげを伏せて、白い指で俺の手をなぞった。
人通りがまばらな駅前で、その手を振りほどかず少し考えた。
薫が俺を試すようなことをする意図はわからない。
「俺は・・・そういう関係でなくとも、薫と話すのは楽しいし、居心地がいいなと感じてた、昔も今も。だけどお前がどちらかしか選ぶな、って言うなら・・・二度と会わない方がいいんだろうな。」
すると薫は、静かに手を離した。
「皮肉ですね・・・。今先輩は、好きな女の子に対して自分に課した条件を、逆の立場で天秤にかけてる。求める側と求められる側を、同時に体験するなんてなかなかないですよね。・・・先輩はどうしたいんですか、好きな子への自分の欲求を満たすために、相手に受け入れてもらう努力をしますか?僕の場合と違って、話を聞いている限り、先輩はきっと希望ありますよ。」
「お前はそれ・・・どういう立場から言ってるんだよ・・・。」
「冷静に状況を聞いて分析した上で述べてます。」
薫はつまり、自分は男に恋愛感情を抱かない俺に受け入れてもらうことは出来ないが、俺は小夜香ちゃんに対しての気持ちを訴え続ければ、上手くいく可能性があると言いたいらしい。
「俺の話のどこをどう聞いて・・・可能性があると思ったのか聞きたいわぁ・・・。」
「ふふ・・・立ったままここでその長話したいんですか?」
「・・・はぁ」
俺がため息をつくと、薫は少し黙ってから提案をしてきた。
「じゃあこうしましょう、先輩の誕生日の前日、ご自宅近くの公園で話しませんか?近くにあるって昔話してましたよね。」
「ん、ああ・・・いいけど・・・。何で誕生日の前日?」
俺が聞くと、薫は嘲笑するような表情で俺を見た。
「・・・それだけ意中の子と親しいなら、誕生日プレゼントもらいますよね?当日は何か予定立ててくれる可能性すらありますよ。それに僕の都合ですが、前日は何も予定ないので。別にそこまでして聞きたくない、会いたくもないっていうなら結構ですけど・・・。」
「会うのはいいけど、俺の家じゃダメなのか?外寒いだろ・・・もしくは薫のうちでもいいけど。」
「・・・先輩、俺にも理性強化のバフがほしいです。」
そう言って感情のない目で訴えかけて来た。
「わるい・・・わかった。」
「予定が微妙なら調整しますが。」
薫は眺めたスマホをポケットへしまった。
「いや、俺もたぶん空いてるし、その日でいいよ。久しぶりに会ったのにそこまで話せなかったし、時間はまた連絡して。」
俺がそう言うと、薫は静かに頷いて、じゃあまた、と一言添えると、駅の入り口に歩いて行った。
その小さな背中をボーっと見送った。時々目の前を通行人が横切っても、薫の背中を見失わなかった。
すると改札を通った向こうで、薫は俺を振り返った。俺が何気なく手を振ると、薫もさっと手を挙げた。
その表情はよく見えなかった。俺は少し罪悪感が湧いてきて、踵を返して帰路に就いた。
家に着いてから、小夜香ちゃんとの今後の距離感について考えていた。
けどまずは、好きな子がいるんだよね、と俺が匂わせた際に、どういう反応をするかによってそれは変わる。
小夜香ちゃんが俺と同じように、少しでも俺を異性として意識する変化をもたらしたら、俺の意中の相手が小夜香ちゃんだと、何となくわかるような付き合い方をしながら、同時に好感度をあげていけばいいと思った。
もし小夜香ちゃんの好きな人が、俺ほど身近な相手ではなく、頻繁に会うことが出来ない相手だとしたら、アピールするチャンスは圧倒的に俺に分がある。
恐らくだけど、ハロウィンの時の口ぶりから、小夜香ちゃんの意中の人は同級生でないのかもしれない。
相手に関しては、小夜香ちゃんに聞けば教えてくれると思うので、敵を知るのは後からでもいいだろう。
問題は、俺が好きな人いるアピールをしたとき、小夜香ちゃんにそれを詮索された上に、協力するなどと言われた場合だ。
そうなると好きな人像を作り上げて、挙句本人に伝えなければならない。
そして更に予想される問題としては、ギリギリ小夜香ちゃんとわからない情報を与えた後、その後進展したかなど状況を聞かれる可能性もある。
そなへんは曖昧にかわしていればいいかもしれないが、小夜香ちゃんの好感度を上げる誘いやアピールをした場合、何故好きな人を誘わないんだ、と思われてしまうだろう。
というか、その時点で好きな人とは自分だったんだ!と、気づいてくれなければ詰みな気がする・・・。
「相手が鈍感だとここまで大変なのか・・・。てかそれで気付かない人いるのかなぁ」
俺はソファに寝ころびながら、天井を眺めた。
そうなればいっそのこと、告白してしまえ、と自暴自棄にもなりそうだけど、それはあまりにも時期尚早だ。
男としての好感度が、小夜香ちゃんの中でまったく上がっていないから。
そう考えると、好きな人がいる匂わせは、だいぶ話がややこしくなりそうだし、賭けなのかもしれない。
もうその宣言は、告白する前提な気もするし・・・。
「ん~・・・名案だと思ったけど、結構ハイリスクなのかなぁ。」
それにしても・・・今日の薫はどこまで本気で話してたんだろ・・・。
受け答えは以前と変わらない様子だし、そこまで今でも俺に対して執着してる感じでもなさそうだけど・・・
何だか妙な雰囲気だった。俺を揺さぶってどういう反応をするか楽しんでいるような・・・。
あんな狡猾な奴だっけなぁ
彼の言動や仕草、一挙手一投足において鮮明に思い返すものの、その目的は見えなかった。
そもそも人の気持ちや考えを安易に理解しようとは思ってないけど・・・
ただ今日の薫は、妙だな・・・と思うことばかりだった。
結局俺はその日、小夜香ちゃんのことを考えながらも、具体的な作戦は定まらず、いつのまにかソファで転寝してしまっていた。