バッドエンド依存症
蜜蝋の蝋燭が照らす階段の上で私は薄紅色の長い髪の女性の無防備な背中を少しだけ前に押した。
憎かった悲しかったと私は後に演じなければならないがこれで物語はハッピーエンドを迎える事になるだろう。
転生し華やかな生活を謳歌する事はできたが私は満たされる事は無かった。
思えば生きる事に絶望して空に手を伸ばした私に人間関係で成り立つ貴族社会に順応する事など土台無理な話だったのだ。
しかし死ぬ間際に見る夢の様な世界には私だけに許された出口が用意されていたのだ。
そう断罪される事だ。
とはいえ処刑は回避したい。
もう二度と死の恐怖を味わいたくない、私は追放された先の修道院という限られた関係の中で心穏やかに暮らしたいのだ。
この物語の主人公である薄紅色の長い髪の女性に細々とした悪戯を考え繰り返し罪を重ね様と試みたが悪戯の種はもう尽きてしまった。
それに思い付いた特上の悪戯も実践段階で恐怖と罪悪感に苛まれてなかなか実行できない。
鞄に蛙を入れるという悪戯が私の最高記録である。
主人公は私が鞄に入れた蛙をかわいいと言って取り出し私に差し出すと言う反撃を貰ってしまったが……
このままでは婚約破棄された状態で追放されずに貴族社会に残ってしまうと追い詰められた私が計画したのは階段で背中を押して突き落とす事である。
階段から突き落とす場面は原作でも登場しており私の罪悪感を大いに刺激したがもう手段を選んでいられない。
他にこの女性を困らせる方法を思いつかなかったのだからと自分に言い聞かせて怯えながらも力を込める。
押した感触は羽毛の様に軽く薄紅色の長い髪の女性はゆっくりと前に倒れていく。
時間の進みが遅くなり薄紅色の髪の長い女性がゆっくりと身体を捻り私を見て確かに笑ったのを見てしまった。
そして時間の進みが早くなり薄紅色の髪の長い女性はそのまま階段下まで大きな音を発てながら転がり落ちていく。
だめだ。
こんな筈じゃなかった。
私の婚約者を奪った薄紅色の髪の長い女性の身体が階段下まで辿り着く。
階段下で動かなくなった薄紅色の髪の長い女性を見てしまった侍女達が悲鳴を上げる。
私は罪悪感に耐えきれずその場で意識を失った。
◆
私はこの物語で生まれ育った館で目を覚ました。
恐怖が込み上げてくる。
私は他人を自分が助かる為に殺した。
掌には抵抗すらなかった羽毛の様な感触と薄紅色の髪の長い女性の笑顔が網膜に焼き付いている。
人間関係が苦しかったという身勝手な理由で人を殺したのだ。
堪らず胃の内容物を吐き出す。
「お嬢様お目覚めに……お嬢様!」
侍女が慌てて私の元へ駆けつける。
「大丈夫です! 何があっても私がお守りします! 悪いのは全てあの王子です! 誰か! 誰か来てちょうだい! ……あぁ御労しい……」
震える私を摩りながら慰める侍女。
しかし私の震えは止まらない。
込み上げる物に耐え切れず侍女を押し退け再び寝台に吐瀉物をぶち撒ける。
「大丈夫ですから! あぁこんなに震えて……誰か来て! 早く!」
こんな筈じゃなかった。
視界が涙で歪む。
こんな筈じゃなかった。
息が上手く吸えず頭が回らない。
ワタシのバッドエンドはドコへいった?
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