その日、俺は伯父になり父親となった
近親相姦の内容が含まれております。
苦手な方はご注意下さい。
人は伯父になる時、どんなことを思うのだろうか。
素直に祝福したりするのだろうか。早く結婚したいなどと思ったりするのだろうか。
人は父親になる時、どんなことを思うのだろうか。
嬉しさに感涙したりするのだろうか。父としての決意を固めたりするのだろうか。
……その日、俺は伯父になり、そして父親となった。
だが、俺は人から伯父や父親になった感想を聞かれても上手く答えることは出来ないだろう。何故なら、普通の人が考えるような伯父や父親にはならなかったからである。
妹が身籠り産んだ子供。その子供は俺にとっては甥であり、そして息子でもあった。
******
妹とやったのは一回だけだ。
最も普通の人ならば一回もやらないだろうし、血の繋がった者を性的な目で見ることすら憚れることであろう。
俺だって、そのような目では見ていなかった。
5歳下の妹。邪魔くさく思えた時期もあったが、それでも可愛げのある血の繋がった妹だった。それは彼女が高校を卒業し専門に通い始めた、もう子供とは言えない年頃になってもそうだった。
でも、変化というのは、徐々に進行することもあれば、急激に変化することもある。今回は後者であった。
社会人になっても、実家ぐらしだった俺は実家と会社を往復する日々を送っていた。
刺激のないつまらぬ日々。何をモチベーションにして生きていけばいいのか、それすら考えられなかった。
考えず、ただ起き、通勤し、働き、帰り、そして寝る。そんなロボットすらもう少しマシな生活を送るであろう生活をあの頃は送っていた。
そしてそんな生活を紛らわせるように、俺は酒を飲むようになった。
ただ、実家ぐらし故に、泥酔しないようにほろ酔い程度に飲むようには心がけてはいた。
たが、時折課せられたルールを破りたくなるのと同じように、その日の俺は適量を超えてしまっていた。
その日、両親は新婚旅行で家におらず、家には俺と妹の二人だけがいた。
珍しくその日は専門学生だった妹も予定がなく、1日中一緒にいることとなった。
子供の頃のように、ゲームをしたり、テレビを見たり、映画を見たりして時間を潰した。ただ子供の時と違うのは酒が入っていた点である。
辺りが静まり返った時刻。サブスクで配信されていた映画を二人して見ていた。
照明を落とし真っ暗な中、見る映画は明るい場所で見るのとは臨場感が違う。
さながらミニホームシアターである。ふたりきりの空間、酒をちびちび飲みながら映画を見る。
酒が入っている状態では細かなストーリーや丁寧な演出、さりげない仕草などは頭に残らない。残るのは派手なシーンのみである。
例えば、戦闘シーンやカーチェイス。はたまた泣き叫んだり錯乱したりするシーン。そして……べットシーン。
べットシーンは子供の頃から苦手だった。そもそも好きな人などいるのだろうか。
ハリウッド映画特有の好きあらばべットシーンを挟み込む手法は、気まずくなるだけだ。特に家族と見ているときはそうである。
だが、このときは気まずくは無かった。いや、酒が入っている分、より艶めかしく刺激的に感じられた。
男女2人が抱擁し服を脱ぎ合い、お互いを求め合うかのように体を絡めさせる映像は、映画だと言うことを忘れさせた。
テレビに映し出される映画を食い入るように見ていた俺は、目を離さず感覚でテーブルに置いていた缶ビール目指し手をのばす。
だが、冷たいはずの缶ビールは、何故か生暖かった。テーブルに目を落とすと、自身が触っていたのは、表面に結露を浮かべている缶ビールなどではなかった。
触っていたのは人間の手である。それも無垢な汚れのない、スラッとした美しい手。誰の手かは直ぐに分かった。
横を向くと、妹と目があった。何処か子供らしさを残しつつも、大人だと分かる顔つきだった。
見つめ合う格好となった俺たち。そんな中、妹は小さく笑った。妹の白い頬がにわかに赤くなり、目は艶めかしく細くなる。妹の吐息すら今では肌で感じられた。
そして俺は……妹から目が離せなくなった。
テレビから流れ出す、男女の好色に帯びた声をBGMに触っていた妹の手を握った。
……妹は抵抗しなかった。
さながら映画の中の男女のように、欲求に忠実に、むさぼり食うように、妹の指に俺の指を絡ませる。
顔だけ向かい合っていた体勢から、体同士を向き合う。それに伴い手はテーブル上から宙へと移動する。
妹の体は、記憶にあるのと随分と違っていた。寸胴ではなく、服の上からでも、体のラインが柔らかな曲線を描いているのが目に入る。出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる、子供ではない体型であった。
そして、テレビからの僅かな光源の中、彼女の顔は艷やかでそして、穏やかだった。
彼女の薄い、小さな口が開いた。
「お兄ちゃん……」
あぁ、きっとあの頃の俺は泥酔していたに違いない。ほろ酔い程度であれば、映画に感化されることも、そして、妹に魅入られることも無かった筈だ。
だからこそ、あの時、あの行為に及んだのは酒のせいに違いない。でも、そうやって酒に押し付けたとしても結果は変わらない、変えようがないのは確かであった。
翌朝、自室のべットにて起きた俺は自身が裸である事に気づいた。裸族ではない俺は、普段寝るときは大多数の人々と同じように服を着る。だからこそ、裸の状況はおかしかったのだが、その理由は直ぐに判明した。
べットにもうひとりいたからである、スヤスヤと何の不満もないかのように穏やかに寝る彼女の存在は、裸の謎とそして、昨晩起こった事実を否が応でも俺に突き付けてきた。
それこそ、無意味だと分かりながらも、思わず顔を手で覆って目を背けたくなるほどに、やってはいけない行為を俺は昨晩行ってしまったのだ。
この時の俺には、解決の為にいくつもの選択肢があった筈であった。
だが、どれも痛みが伴う都合上、臆病な俺は解決へと至る選択肢を放棄してしまった。
代わりに俺が手にしたのは、逃避という先延ばしであった。
妹を起こさず、逃げるように家を出た俺は、それからというもの友達の家を転々として日々を過ごした。
友達にとってはいい迷惑だったと思うが、そこを土下座してでも頼み込んで泊まらせてもらった。
職場には友達の家から変わらず通うようにし、両親には唐突に一人暮らしをしたくなったと、電話越しに家を出た理由をでっち上げた。
かなり無理がある話であったと、今でも思うがあの頃の俺は必死だった。
実家に帰りたくなかった、いや正確に言うなら妹に会いたくなかった。あの行為をした後で、どんな顔でどんな態度で接していけばいいのだろうか。考えても良い案は浮かばなかったし、またそれを考える事自体が嫌だった。何故なら考える度に、妹とやってしまった事実を直視しなければならないからである
家を出ている間、妹は何のコンタクトも俺には取ってこなかった。だから、俺には妹があの後、どのような状態だったのかは分からない。
だが何もしてこない、という事自体が、恐怖と不安を駆り立てる。
俺の記憶にあった、子供のように純粋無垢な愛おしい妹は、あの夜の出来事から艶めかしく妖艶な理解したくない大人へと変わっていた。
妹に押し付けるのは無責任だと分かってはいる。全て泥酔状態になり、3大欲求の一つに忠実となった俺が悪い。
でも、だからといって……あの行為の後、どうすればいいか、俺にはこれっぽっちも分からなかったし、誰かに相談することも出来なかった。
結果として、俺はなんの前進もしない、ただ息苦しさを感じ続ける無為な時間を暫く過ごすこととなった。
そんな生活から、一ヶ月ちょっと経った頃、ラインからの通知がスマホに表示された。
俺は、基本的に直ぐに返事をする性格ではあるが、このときは返信するのが憚れた。
何故なら相手は妹からであったのだ。文字の場合、通知画面から内容をある程度知ることが出来るが、妹が送ってきたのは写真であり、通知からでは内容を知ることは出来なかった。
送ってきた写真が何なのか、ラインを開いて確認する必要がある。妹のアイコンはあの日以降も変わってはおらず、天真爛漫さを感じさせるピースをしている自画像である。
しかし、そんな元気溌剌なアイコンとは裏腹に、俺の心中はとても元気とは言えなかった。
スマホを開いては閉じ開いては閉じを繰り返す。いざ開いても、動画を見たりして逃避行する有様である。
送られた写真を見る、とてもじゃないがそんな勇気など無かった。
妹にあのような行為をしたうえ、謝罪せずおよさ一ヶ月間も放置したのだ。
どんな写真が送られてきたのか、想像すらしたくない。
そんな自分勝手な問答を数時間繰り返した後、俺は最終手段に打ってでた。
あの日依頼止めていた、酒に手を伸ばし350mlまるまる1缶飲み干す。1缶だけでは飲み足らず、2缶目、3缶目と飲み干していく。
泥酔状態、あの日から嫌っていた筈の状態へとこの時の俺は仕上がっていた。
思考力が落ちた今、勇気が必要となるはずの壁や障害は俺には見えなかった。
あるのは幼児のような単純な行動と思考のみ。嫌悪感すらこの時の俺は抱かなかった。
顔が固定出来ず、絶えず揺れる視界の中、これまたふらついた手つきで、スマホを手にするとラインを開く。
そして、何の考えも、決意もなく、俺は数時間もの間躊躇っていた妹のアイコンをタップし、トーク画面を開いた。
……。
酔いが冷めるほどの衝撃とは、このような感じなんだと、時間を置いた後、俺は改めて思った。
妹から送られてきた写真には、一本の棒が写っていた。
全体的に白色で割り箸よりも太く、それはまるで体温計から温度を測る部分を取り除いたような形をしている。
写真に写っていた棒は、実物こそ見たことないが、俺はそれが意味する所を知っていた。
最もそれを目にする機会はもっと先の事だと思っていた。それを目にした時は喜びに震えるものだと思っていた。
だが、この日見たそれはとても喜べる結果をもたらしてはくれない。もたらすのは喜びとは正反対の、後悔よりも更にたちの悪い何かだった。
妹が送ってきた妊娠検査薬の写真。
何の媚びへつらいもなく無機質に熱もなく正直に、それはある結果を示していた。
妹が妊娠した。
それが示す意味を理解しない訳にはいかなかった。
実家に帰った時、両親は外出中であり、リビングには、彼女……妹が1人、そこにはいた。
「お帰り」
にっこりと、妹は帰ってきた俺をみて微笑みを返してきた。
その純粋そうな優しい笑顔は馴染みあるものだった。なのに、何故か今となっては知らぬ一面を垣間見えたように、埋めようのない距離を感じてしまう。
妹のその柔らかな黒髪も、丸っこい目も、子供のようによく表情を変える所も変わってはいない……変わっていない筈なのに、何処か違うように思えて仕方がなかった。
「何、どうしたのお兄ちゃん?」
妹はソファから立ち上がると、俺に近づいてくる。それにつれ、妹の薄い唇と出るところはしっかりと出ている体に目が行ってしまう。
それは、あの日見た光景を重ねてしまうには十分であった。
俺は妹から顔を背けた。それは妹へ劣情を抱いたからではなく、あの日の事を思い出したが故の嫌悪感からであった。
「こっち向いてくれないのお兄ちゃん」
優しげな妹の声が、近くに聞こえる。
視界の端には妹の足元が目に入っていた。位置から見ておそらく目の前に立っているのだろう。
しかし、それが分かってもなお、俺は顔を妹に向ける事が出来なかった。
不甲斐ないと共に、謝罪しない無責任な兄であることは分かっている。だが、それでも……妹と目をあわせる勇気がまだこの時の俺には無かった。
視界の端に変わらず、写っている妹の足元。それが動き出す。そしてその直ぐ後に肩に手が置かれた。
妹は俺の肩に手を置くと、それを支えに背伸びし、耳元に口を近づけてきた。
「出来ちゃったのよ、私」
その声音は優しい筈なのに、恐ろしい程冷たかった。
俺は態勢を崩すとそのまま尻もちをついてしまう。しかし、痛ぶる素振りを見せる暇などなく、俺は床に尻をつけたまま、前に立っている妹を見上げた。
妹は……表情を崩していた。しかし、浮かべていたそれは微笑といったものではなく、俺の記憶にはないほどの、恍惚たるものであった。
妹は、うっとりとした面持ちのまま、手を艶めかしく動かすと自身の、膨らんでいない下腹部に手を当てる。
その仕草が意味する所は一つであり、だからこそ俺はかける言葉を見失った。
しばし妹が恍惚たる表情のまま自身の下腹部を撫でる様をただ眺めることしか、この時の俺は出来なかった。
妹は、俺との一件を口にはしなかった。出来てしまった件に関しては行きずりでそうなったと口にし、相手の素性は分からないの一点張り。なのに産むというのだから、両親は困惑し妹を説得した。
おろせ、という直接的な言葉こそ口にはしなかったのものの、「考え直した方がいい」や「まだやり直しは効くから」といった言葉をお腹を擦る妹に対して繰り返し述べていた。その間、祖父母であったり遠方の親戚などが訪れては妹に対し、説得の言葉を述べたが妹はまるで聞こうとはしなかった。
その間に、どんどん妹のお腹は大きくなっていき、ついにはおろす事が可能な期間である22週目を過ぎてしまった。
その頃になると、妹の体は妊婦であると明らかに分かるほどお腹が大きくなっており、お腹を見つめる妹の表情は恍惚さの中に期待を入り混ぜたものへと変わっていた。
そして、最初は反対していた両親もまた孫を待ち望む祖父母のように、顔を綻ばせ妹を手厚くサポートするようになっていた。
そんな一致団結していく家族の中で、俺だけが孤立していた。
友達の家への居候状態から、実家に戻った俺は妹から距離を起きながら、日々を過ごした。
朝食を食べ、仕事に行き、帰って夕食を食べ、そして寝る。つまらない退屈なサイクルを変わらず繰り返す。
行動こそ変わってはないが、心中穏やかとはとてもじゃないが言えなかった。
寧ろ反対、グチャグチャにそれこそまるでもんじゃ焼きのように心はグロテスクな混沌と化していた。
子供が出来て嬉しいとか、後悔だとか、後ろめたいとか、罪悪感だとか、そんな一言で言い表せる状態では無い。
だって、実の妹との間に子供が出来るなんて、どんな風に気持ちの整理をしたらいいのだろうか?
神話の世界では普通かもしれないが、人間の俺に取ってはそれこそ、耐え難く辛い日々だった。
しかし、そんな思いとは裏腹に、妹のお腹はどんどん大きくなっていき、それと共に妹との距離が隔てられていく。
俺の記憶にある妹は、年下で子供で無垢で、素直な子供だった。
それが今はどうだろうか。お腹の中にいる子を愛おしむ姿は最早子供とは到底言えない。もう、妹は子供でも無ければ大人でもなく、母親であった。
……春盛りの新しい息吹が感じられる季節になった頃、赤ん坊が産まれた。両親の間柄とはなんの関係もないかのように、障害のない健康児だった。
両親は妹の出産に立ち会い、そして歓喜した。
当然だ、いくら父親が分からないとは言え、初孫何だから喜ぶのが普通だ。
なら、普通の関係ではない俺はどうすれば良かったのだろうか。伯父として、妹の出産を祝うべきだったろうか。親として、妹の出産に立ち会うべきだったろうか。
……きっと、どちらかは少なくとも行うべきだったのだろう。だが、俺は……妹がお腹の子と格闘している間、1人自分のべットの上で、毛布を被り外界から目を背けていた。
******
世間から見れば、俺はあの子の伯父で、そして妹から見れば、俺はあの子の父親だ。
でも、俺はどちらの役目も果たせてはいない。妹から距離をとっているのは勿論のこと、子供の顔を未だ見ることすら出来ていない。
水の中にいるみたいに、ずっと……息が苦しい。
何処で間違ったのだろうか。
出産に立ち会えば良かったのだろうか。
妊娠中の妹を支えて上げればよかったのだろうか。
おろすよう言えば良かったのだろうか。
父親探しに両親が奔走してた際、自分がそうだと打ちあければよかったのだろうか。
妊娠したと告げられた時に素直に謝れば良かったのだろうか。
あの日の朝、妹を起こして昨晩の事は忘れるよう提案すれば良かったのだろうか。
……いや、そもそもあの日あの時、妹と行為におよばなければ良かったのだ。
本当にあのとき、俺は酒に酔っていただけなのだろうか。何か盛られたんじゃないか。あの行為の責任は俺だけにあるのだろうか。妹が無理に突き放せばこんな事にはならなかったんじゃないか。
そんな、無責任な考えが頭に浮かんでは消えていく。
本当にもう……どうしたら良いんだろう。
夜中に響く赤ん坊の泣き声。それから逃げるように、俺は布団を頭まで深く被った。