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第一章第3話『聖都テュポン』

 唐突に突きつけられた剣先に、走っていたカルキは勢いを殺され尻もちを突く。

 持ち主は、剣先を一段と低くなったカルキの目線に合わせて氷のような声で、問いを投げかける。


「貴様が件の少年だな?名は確か……カルキ、とか言ったか?」


 だが、カルキはその問いに答える事は出来なかった。突きつけられた剣とその持ち主の迫力に身が凍てつき、声が出ない。

 何か喋らなければ。時間にして数秒だが、カルキには静寂が破られるまでの時間が永遠に感じられた。


 静寂を破ったのはノイ司祭だった。彼は慌てた様子でカルキに駆け寄ると、


「彼の到着が遅れてしまい失礼致しました!エレーナ卿。彼が件の少年、カルキです」


「護送任務と聞いていたから、どんな凶悪犯かかと思いきや……普通の子供ではないか」


「はい。彼は聖紋を授かることが叶わなかったのです。ですが、信心深い子ですので必ず!神のお慈悲が頂けるのでは、と教皇庁の方にご報告差し上げた次第にございます」


「なるほど。聖紋が…」


 そうして剣を収め、此方をまじまじと観察し始める。

 ようやく凍てつく様なプレッシャーから解放されたと同時に、カルキも「エレーナ卿」と呼ばれた騎士を観察する余裕が生まれた。

 透けるように白い鎧とマントを身につけていおり、絹の様な銀髪と人形の様に整った顔立ちの女性である。ノイ司祭と穏やかに話し合う様子からは、先程のプレッシャーは微塵も感じられない。

 そうして、話し合いが終わったエレーナ卿は膝を曲げ、


「先程は申し訳ない事をしました。仕事柄、初対面の人間は警戒しなければならないですから。どうか、御容赦ください。貴方がカルキ様本人である事は確認致しました。只今より、「銀雪」のエレーナが責任をもって貴方様を聖都まで送り届けますわ」


 本当に、先程と同一人物なのだろうか?

 それほどの華麗な転身で、花が咲いた様に笑うエレーナ卿に、そんな考えを抱いてしまうのだった。







「教皇猊下の懐刀!6人の使徒の1人。「銀雪」と謳われるエレーナ卿だよ!そんな人に護送されるなんて!!くそう、羨ましいなぁ」


 馬車に揺られながら、出発前にノイ司祭が目を輝かせながら、そう言ってた事を思い出す。


「聖都までは、およそ半日程で到着致します。生憎我々が任務に使用する馬車なので、荷台に乗って頂きます。乗り心地はあまりよくありませんが、ご了承くださいね」


 とは、出発前のエレーナ卿の言だ。

 とはいえ、この先一生縁のないであろう馬車の旅はカルキの心を踊らせるのに充分であった。


「景色を楽しむのは結構ですが、大きい道に出るまでは道端の木などに顔をぶつけぬ様、お気をつけてくださいね」


 荷台の窓から顔を出し、高速で移りゆく景色に目を輝かせるカルキに、エレーナ卿は苦笑気味にそう言った。

 少しだけ恥ずかしさを感じ、顔を引っ込めるカルキに微笑みつつ


「そういえば、ノイ司祭から預かっているものがあるのです。」


 そうして、1つの小包を手渡してくる。

 中を見てみると、司祭が儀式の時などに着ている礼服が一式折り畳まれていた。


「教皇猊下にお会いするのに、普段着では少し格好がつかないだろう。との事です。昨日から心配で仕方なかった様子ですよ。良い方ではないですか。着いてこようともされてたので、それは止めましたが」


 

「あははは…」


 その絵面は容易に想像がつくが、その気遣いはとてもありがたかったので、帰ったら1番にお土産を持って行こう。そう決意したのだった。








 馬車は何事もなく進んでゆき、ついにあと四半刻という所まで迫った所で。ついに、首都テュポンが道の先に見えてくる。

 聖都を囲む白亜の城壁はただ一点の傷も汚れもなく、正しく神の盾たらんとする威容を見せつけていた。

 門は東西南北それぞれに開けているが、有事の際以外はこれといって閉じられているという訳でもなく、各地からの巡礼者や熱心な教徒などが連日門の前に列を作っている。

 

 

 その群衆を騎士団の旗を掲げ、真っ二つに割ってカルキ一行の馬車は進んで行く。

 検問もエレーナ卿が乗っているのを確認し、すぐさま敬礼する。


「さ、カルキ様。ここがこの大陸の中心地。神の座す都。聖都テュポンです」


 門を抜けた先に広がっていたのは、荘厳なる白亜の都だった。


 建物は大理石で統一されており、道に並ぶ商店はどこ賑わっている。道行く人々は皆笑顔に溢れ、人の熱によって街全体が暖かく感じるほど活気と熱気に溢れている。通路は綺麗に区画が別れており、その有様は碁盤の目のような印象を与える。


 「今、我々が入ってきたのが南の門です。聖都は東西南北に真っ直ぐ伸びた大通りに寄って区分けされているのですが、その大通りの交わる点。聖都の中心に建っているのが、リヒト教の総本山。セントディア大聖堂ですわ」


 そうして見えてきたのは、一際大きな建物だった。街全体と同じく大理石で統一された建物は、中心にある大きな塔を大小様々な塔が囲む様に作らている。中でも、中心の最も大きな塔についで、2番目に大きい塔は鐘楼になっており、一際目を引く出来となっている。塔と塔を繋ぐ連絡通路は、さながら大木に巻き付く巨大な蛇を彷彿とさせる。


「カルキ様。ここが今日から宿泊して頂く宿ですわ。」


 建物のあまりの巨大さに、目を奪われていたがエリーナ卿の言葉にハッとする。

 急いで荷物を降ろし、宿の中に入る。

 通された部屋は大通りに面した一軒屋であった。

 村では想像もつかないような内装の豪華さに、カルキは空いた口が塞がらなかった。


「大聖堂へいらっしゃるお客様にお泊まり頂く宿ですので、生活に必要なものは粗方揃っていると思われます。何か足りない物などがございましたら、明後日の朝お迎えに上がる時に、申しつけてくださいね」


 そうして恭しく一礼してから、エレーナ卿は宿を出る。

 何はともあれ、何時までも驚いたままではいられない。とりあえず家の中を探索しなければ。



 村の中では、教会の床の1部でしか味わうことがなかったカーペットの柔らかさを足の裏で存分に堪能しつつ、カルキは寝室に向かう。

 寝室には、人が一人で寝るには些か大きすぎるベットと、服などを入れる棚が壁に寄せられていたが、何より興味を引いたのは、全身を余す所なく映し出す鏡である。

 何しろ貧しい村には鏡などほとんどなく、あるとしても手のひらサイズのものばかりである。自分の顔等を洗う際の、濁った水面に映った姿しか見たことの無いカルキは、鮮明に映る自分の姿が、堪らなく新鮮だった。


 そうして自分の姿をまじまじと見ると、やはり自分の開かない右目が目立ってしまう事に気がつく。

 物心ついた時から、カルキの右目は見えていなかった。見えていない物をずっと開けておくのもおかしな物だと考え、いつからかカルキは右目を閉じて生活していた。


「でも、怪我してる訳でもないのに閉じていたら、教皇猊下にお会いするのにみっともないよなぁ……」


 そういえば、自分の目はどうして見えないのだろう?

 なにか怪我をしてるのだろうか。鏡がある事で、普段は大して気にもならない疑問が自分の中で大きくなっていく。


 そうして鏡の前で自分の右目を確認したカルキは


一一一自分の右目の中に、一際強く輝く聖紋が宿っているのを発見する。


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