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苦手な方はご注意ください。

月色の瞳

作者: 西崎 劉

難しく考えるようなSFではないですが、ファンタジィ要素の含まれたなんちゃってです。ふんわり楽しんでいただけると幸いです。

プロローグ


最後にあの子を見た時、あの子は助けに来てくれた時と同じように、瞳を金色に輝かせていた。

哀しいほどに深い闇をその瞳の奥に秘め、紅蓮のオーラを眩しいばかりにきらめかせながら僕を庇った。

多勢に無勢の中、血の洗礼を浴びながら、彼女は僕達が被るはずの全ての非難と罪を背負い、前に飛び出した。

「正当防衛」という名の罪を被るために。

あの子を嘲笑し、罵る沢山の針と音は、あの子に死という名のベールを纏わせ、僕の追手が全て去った後、ボロクズの様に転がっていた。

何度叫んだだろう。やめてくれ!と。

あの子を助けてくれと、何度叫んだだろう。

全てが終わり、漸くあの子の側に駆けつけた時、あの子は虫の息だった。

あれほど、酷い目に合いながらも、ほんのり口許が微笑んでいた。



白銀の星の河。その名を銀河という。

その銀河の片隅で一つの星団が消滅した。

原因は判らない。その星団の中心にあった、恒星が寿命だったのか、その恒星の回りを回る惑星群が原因なのか、これだけ離れていると、憶測しか働かない。

俺が知っているのは、今までその星団があった所に超新星爆発が生じたという事。

この超新星爆発も、やがては霧散し暗黒星雲になり、新しい星を生み出すまで長い長い時が必要になるだろう。

数千年ほど昔、俺たちの先祖がこの宇宙の海を渡って、新たなる生命の発見を求めてここを旅立った事がある。

そして、その成果が今も友好を結んでいる他星雲に住まう異星人たちだが、彼らもそして俺たちも面白い事に不思議なほど似通った口伝を持っている事に気付いた。

口伝とは、口伝えで語り継がれた話の事で、それが真実かどうか今となっては確かめる術が無い。

だが、彼らもそして俺たちも、その話に出て来る場所を“楽園”と呼んだ。

そして、事実、その楽園を目指し、空へ旅立った者たちが居たという事だ。

旅立った彼らの消息は絶えて久しく、口伝は口伝として処理され、今ではただの物語として扱われている。

俺たちは、夢を見ていた。

その楽園と呼ばれる生命の根源の星“幻星”に降り立ち、その瞳に全てを映す様を。

不思議な生き物たちが営む様を見る事を、夢見ていた。

俺は初めてその“幻星”の話を聞いた時、話してくれた人に聞いたのだ。

「そういう所に住んでいる人間は、どういう姿をしているのだろうか」

と。

だけど、その問いに答えた人は誰もいない。

極最近、何処の星の物でもない、不思議な形の漂流物を、宇宙を航海していた人々が拾うまで、放棄された話題だった。



「もう、この者の種族はいないんだよ」

俺の親、タロスは、俺、ダンにそう言った。

「どうして?」

「……住んでいた“星”が消えてしまったからさ」

そういって、肩を竦めてみせた。

俺と歳がそう変わらない「異星人」のその子が培養カプセルの中で浮き沈みしながら眠っているのを見ながらタロスに聞く。

「……どうして? 星って、俺たちが住んでいるこの大地の固まりをいうんだろ?」

「そうだ。だが……全て壊れてしまったらしい」

「………星は、そんなに簡単に壊れるものなのか?」

「壊れるさ。生きているからな。……でないと、わたし達のような人間が産まれるはずがない」

「…………」

俺の疑問にタロスは「尤もなご意見だ」とばかりに頷く。

「わたしは探究者であり、幸いな事にプログラマーだからな」

「……プログラマーな事がどうして関係あるのさ」

「まあ、聞け。……わたしが見つけた時、この者が入っていたカプセルは、鉄クズ同然に見えた。

だけど、破壊されていたのは三重構造になったそれの表面だけで、中は無事だったんだ。

わたしは、外側を取り去ると、この者が入っていたカプセルについていたコンピュータを苦心の末、アクセスする事に成功し……」

ここで居るんだよ、とばかりに俺を見て、

「どうにかこの子の入っていた冷凍睡眠カプセルから取り出す事が出来たんだ。

だから、ここにこうして、この子を培養カプセルに移す事が出来たんだよ」

タロスはほのかに明るい培養液に浮かぶこの異星人を見つめながら、ため息をついた。

「………じゃあ、なんで、この子だけ助かったのさ」

「…………たぶん、このカプセルに入っていたせいだとしか今は言えない。

何故、この中に入っていたのか判らないが、あのカプセルの表面に書いてある文字をわたしが解読出来たら理由が判るかもしれないが、その術はあの子が目覚めない限り無理だろう。

しかし、全てをひっくるめたとしても、この我々が住む星『ラプラ』にたどり着けたのは、奇跡に近いよ。……身体の構造をスキャンして見た限りじゃ、この子の住んでいた星の大気が、ラプラとほとんど同じみたいだし。重力レベルが少し違うくらいで」

そう言った。そして、

「残念だ」

ともタロスは言った。俺は何がだろうと聞くと、

「この子はこの子の星が壊れるずっと以前からこのカプセルの中で過ごしていたらしい。 だが、この子を包むそれには、自己学習機能機器がついていて、眠りながらこの子は回りの全ての事情を把握する事が出来る様になっていた。そのプログラムをわたしは、この子を培養液に入れた後に見せてもらった。だから、この子の星がもう無い事を知る事ができたんだよ。音声録画だったのだが、それは流石に解読出来なかったのだがね……判れば、どれだけの宝となったかも知れない」

タロスは俺に向き直ると一つため息を付いた。この異星人の星を失った事が最大のショックだったという意味のため息だ。

「この子の住んでいた星はね、我々探究者達にとって、興味の尽きない生態系をしていたのだよ」

「生態系?……生きて自然界に生活している状態の事?」

タロスは疲れた様子で頷いた。俺は興味をそそられ身を乗り出した。

「ああ。……あの星は、我々の星『ラプラ』や三千光年先にある『タピチュセス』星の科学者や探究者の興味や研究の対象だった。

随分昔には、我々の星の探究者や、タピチュセス人の探究者があの星目指して旅に出たと記録に残っているが、誰も帰っては来なかった。

だから、今ではあの星に行く事を禁忌としていたくらいなんだ」

「…………」

「……いや、たった一人……帰って来た者がいたな。誰だったか忘れたが。

とても昔の事だった様な気がする。それでも、彼自身は忘れられても彼の言葉は残った。

あの星の事に対しての印象を綴ったものだ。

『かの星は他のあらゆる星々より青く美しく、わたし達、調査員の前で輝いていた。そこに産まれ育まれる生命達は、眩しいばかりに輝き、そしてとても儚い。

星の姿と同様に、悲しいほどにバランスがとれている。

……わたし達はそこにひかれる。

たとえ、どんなに危険な事でも。

あらゆる想像上の不可思議な生命の営みが、かの星に全て集結し、それが総じてあの星の輝きの輪となる。

あの美しい星と不可思議な生命達に心を奪われる。

良い意味でも、悪い意味でも。

ある者は我を失い手に入れたいと心を焦がし、ある者はその命を愛しむあまり、その生態系に溶け込もうとする。

悲しくも美しい、我々を魅了してやまないあの星から、わたしは母星へ帰り着く事が出来たけれど、未だにあの星の重力に囚われている。

出来る事ならばもう一度、あの星を訪れて……そして、この命を終わらせたい』」

俺は返す言葉が無かった。

そこまで絶賛する星があるのだろうかと俺は思う。

以前、タロスが覗いていた天体望遠鏡でいろんな星を見せてもらった。

その中ですら、彼のいうこの異星人の星のある星団は、小さな光の点に過ぎないほど遠く、現実感に欠ける。

他の近隣の星なら、全てがその環境まではっきりと見てとれる。

それほど高性能な天体望遠鏡だった。

だから隣の惑星がどんな環境で、どの様な姿をしているかも知っている。

図書館にいったら畏まった文面にホログラフィの絵がついていて、いつでも知りたいだけ詳しく判る様になっているし、第一俺の親の研究対象を考えると、それに使われる道具を使って直に見る方が手っとり早かった。

……そう、隣の惑星は、生命を生み出す環境も無い、濃硫酸の雲に覆われ、年中酸性雨が降り注ぐ、死の惑星である。

表面が赤と白と茶色の縞模様になっていて、瓦礫から発掘された化石を丸くして磨き上げたらこんな色になるんじゃないかと思う様な色だった。

そんな事を考えていると、静寂に満ちたこの部屋に小さく規則的な音が鳴り響いた。

警報機の様な鋭い音ではない。これはタロスを呼び出す音だ。

「タロス、これ、マーガンが呼んでいるんじゃないか?」

マーガンとはタロスの仕事仲間で、近隣の異星間貿易を営む商人である。タロスは色々な星を研究する探究者であったが、その前にマーガンが乗る船のプログラマーであった。

「……この大事な時に……!」

顔を顰め唸るようにひとり言をブツブツいいながら、ウロウロと部屋の中を歩き回る。

しかし、呼び出し音は相変わらず単調な電子音で鳴り響いた。タロスは覚悟を決めると、俺に向き直り、

「後は頼む。次は長い航海に成るって言ってたからな、早くても帰宅は半年後になる」

名残おしそうに、培養液の中で揺らめいている異星人をじっと見上げ、口調から察する事が出来ないほどの、爆弾宣言を俺にした。

「そうそう。忘れる所だった!」

タロスは自動ドアの向こうへ消える前に、俺に向き直り、培養液の中の異星人を指で示した。

「なんだよ」

「この子の事は内緒だぞ?誰にも」

「えっ?」

「わたしが特殊双眼鏡を覗いていて最初に見つけたから良かった物の、他の奴が見つけたのが最初だったら、モルモットにされる所だった! 絶対他の奴に見つからないように」

「なっ……なんだって! 冗談じゃ……」

「……殺されたくないだろ?綺麗な生き物なんだ。守ってやらなきゃ」

「タッ、タロス! おいって!」

この異星人の入ったカプセルは、仕事が一段落して故郷へ帰る途中、漂っていたのを宇宙海賊を監視する為に双眼鏡を覗いていたタロスが見つけ、探査機を無断拝借し、内密に他の荷物と混ぜて持ちかえったものだった。

俺は研究室からタロスが仕事をするため、出ていった後、暫く培養液に浮かんで眠っている異星人を見た。

長い長い黒い髪と寒けがするほど綺麗な容貌、そしてバランスのとれた優美な身体を包む不思議な形の衣装を見つめた。

「……仕方ない……か」

俺は、親父の気持ちが判らなくもないと思った。知らず感嘆のため息が漏れる。

「本当に、綺麗だもの……な」

暗がりのその部屋の培養液の中で、その異星人は、仄かに光りながら胎児の様に眠りつづけていた。



俺たちの星には学校というものが無い。

どちらかというと、垂れ流しの画像から通信教育に似た形で一般知識を学び、それを卒業すると、後はそれぞれの得意分野に沿って、研究所なり工場なり、自分にあったと思われる職種を探してそこに入り込む。

年齢は特に決まっておらず、一般に言われる成人と言われる者たちは、みんな自分の才能を発揮して仕事を一人でこなす者たちを言った。

その点、俺はまだ成人とは言い切れない。

俺は仕事先を見つけたものの、弟子入り段階でそこのやつら「先住民」と喧嘩しては飛び出しを繰り返し、かれこれ、ひいふうみい……七度目の転職だったりする。

ほんと、燦々たる結果だ。……情けない。

それでも七度目の職、つまり現在の仕事は旨くいっている。煩わしい先輩や、うっとおしい同僚もいない静かな仕事。つまり、親父のもう一つの仕事を受け持つ事になったんだ。

惑星監査という名目でタロスのマニアックなほどに改良に改良を重ねて出来た特殊天体望遠鏡を覗き込み、他の星々や気流の流れ、ビックバンやその他の事象をまるで観察日記の様に書き留めていく事。

タロスのしている事は判っていたつもりだったけど、こうして覗いて始めて、タロスが夢中になる理由を知った気がした。

そう、この「覗く」仕事は楽しかったのだ。

その時、研究所内に警報が鳴り響いた。俺は最上階の天体望遠鏡のある部屋にいたので、慌てて二階の警備室へ向かうため、ガラスのチューブの様なエレベーターに飛び込み、移動時間をイライラとしながら待ちつつ、ようやく二階につくと、この研究所を統括するメインコンピュータにアクセスした。硬質な声が異常を告げたのは、一般開放されている地下二階のさらに下。つまり、個人的研究に使われる地下十二階、最下層。そう、あの培養液に漬かっている異星人がいる部屋だった。

俺は、慌ててエレベーターに駆け込み、音声登録されている組み込まれた転送装置に名とコード名を告げ、階を指示する。その間にも警報は鳴り響きそれは俺に不安をかき立てた。

やっとの思いで問題の十二階にたどり着いた時、

「……おい、うそだろ……?」

その光景に唖然とした。培養液を満たしていた容器は壊れ、引きちぎられたコードは、虚しくバチバチと音をたてながら、ぶら下がっている。培養液に浸されていたモノは無い。

誰かが盗みに入ったのだろうか?と怪しんだが、声紋登録やその他で引っ掛かる事を考慮に入れると、その可能性はググッと狭まる。

頭の中が混乱しかかったが、俺は取り合えず警報機を止めると、手さぐりをしながらスイッチを押し、その部屋に明かりを灯した。

「……………………あっ?」

そこに、ぬれそぼったモノが立っていた。

深い闇を湛えた金に輝く瞳を宙に据え、微動だにせず立っていた。

異星人は俺に気付くとほんの一瞬だけ怯えた表情をした。

だが、それはほんとに一瞬だけで、俺があたふたしていると、困った様な表情になり、済まなそうなやり切れない表情になった。

そして、交互に俺と自分が入っていた培養液を満たしていた容器を見る。

「気にしてないよ! ……ほ、ほんとっ!」

ブンブンと首を振りながら懸命に俺がいうと、仕種で判ったのだろうか。

異星人の表情が和らいだ気がする。

俺は、取り合えず、目の前の異星人に濡れた服もなんだからと、何か乾いた服を着せようと思い、自分の服を取りにその部屋を出ようとした。

俺に置いていかれると思ったのだろうか?泣きそうな顔をその異星人はする。俺は仕方がないので、手を差し延べた。

「濡れてて気持ち悪いだろ?俺の服で良ければあげるから……ついておいで」

その異星人はコクリと頷くとふわりと笑った。俺は、その綺麗な綺麗な異星人の笑顔から目が離せなくて、知らず赤面した。



この黒髪に琥珀の瞳の綺麗な異星人と暮らしはじめてそろそろ、半年は過ぎようとしていた。

名が無いと不自由なので、俺はその異星人にルーンと名付けた。

俺の国でその言葉は星を意味する。

ルーンは少し首を傾げて考え込んだが、納得すると頷いた。

相変わらず声を出す事は無かったが、それでもルーンは俺の言葉の意味を正確に理解していたし、ルーン自身が俺たちの世界にとって、珍しいモノだという事も理解していたから、外に出ようとはしなかった。

だから、せめて外が見渡せる屋上の天文室に夜になると連れていく。

時々望遠鏡を覗かせながら、星々を見せてやった。

「……ルーンの星、俺…見たかったなぁ」

嬉々として望遠鏡を覗き込むルーンを見ながら俺は言った。

本当なら、口に出せない事だが、油断して口を滑らせてしまったのだ。

しまった!と言わないばかりに慌てて自分の口を手で覆ったが、言葉はすでに出てしまったあとで、後の祭……。

ばつが悪そうにルーンをそっと見ると、ルーンは少し悲しそうに瞳を伏せた。

「ごめんなっ!無神経な事を言って……」

ルーンは小さく微笑むと気にしていないと言わないばかりに首を振った。

ルーンは自分の母星が既に無い事を知っていた。

俺がその事を以前言いにくそうに話した時、知っているとでも言わないばかりに頷いたからだ。

ルーンは、天体望遠鏡から離れると、俺の側に来た。少し躊躇ったあと、覚悟を決めたようにじっと俺を見た。何事かと思ってルーンを見返した時、突然声が頭の中に響いた。

泣きたくなるほど綺麗な声だった。

(ダンは、わたしの生まれた星を見たいの?)

「……お、お前……」

音は無い。二人回りを包んでいるのは静寂で、響くのは俺の声だけだった。

(……見せて……あげられなくもないわよ?あなたが望むなら)

声が頭の中に直接届く。俺はこの様な状態を何というのか知らなかった。しかし、今は何より、提案された事柄に対し興味をそそられる。

「……見せて……くれるのか?でも、どうやって?」

ルーンは自分の手の平を一つ小さく打った。

驚いた事にその瞬間、俺とルーンの回りは宇宙空間の様な漆黒と光の点に囲まれたのだ。

そして、二人の間に直径三十センチほどの惑星が幾回りも小さい衛星とともに浮かぶ。

煙る様な純白の雲に縁取られた、青とも緑ともつかない惑星。赤茶やその他諸々の色を微妙に混ぜた類稀なる幻想的な星が俺の目の前に出現したのだ。……青い青いどの様な言葉でも表現しつくせないほど綺麗な星。その回りを金色に輝く衛星が付き添う……

俺はじっとそれに見とれた。俺自身は気付かなかったが、俺は不思議なほどボロボロ涙を零しながらじっとその惑星を見ていたのだ。

(……わたし達が言う所の、この銀河の外周位置にある、太陽系の第三惑星「地球」。そして、その地球の回りを回る衛星「月」よ。この姿は、まだこの地球が健康であった頃のの記録だわ。……地球は、わたしの故郷だった……)

ルーンは苦しげな表情でその星を見つめる。

(……皮肉な事ね……。わたしを恐れる者たちが、わたしをあのケースに封じ、冷凍睡眠させたというのに、彼らは死に、わたしは生きている)

「何を恐れて?……ルーンはとっても綺麗なのに」

ルーンは俺にとても寂しそうな表情で笑うと、ぽつりと答えた。

(……マガイモノなのよ。わたしは……)

そう言って食い入る様に立体映像のその青い星を見た。

そして、泣き笑いの様な表情で振り返ると、俺に言った。

(……わたしから言わせると、あなた達のほうが綺麗だわ。銀に輝くその髪も、青銅色のその瞳も。何より綺麗なのはその背に生えるガラス細工の様な透明な羽根ね。まるで妖精みたい……)

「……妖精?」

俺が不思議そうに首を傾げながら聞き返すと、ルーンは首を振った。

(……背中に羽根の生えた人達の事なの。もっとも、わたしたちの常識でいえば、空想の産物の様なものだけど……)

「…………」

(……そう、昔ね、母さんが話してくれた童話を思い出しただけだから……)

そう言って目の前の惑星を手を振って消した。すると、回りもいつも見慣れた天文室の内装に戻った。

ルーンは、俺に色々自分の星のことを話してくれた。知っているだけの事で俺に理解出来る事を。

例えば生物の事。ルーンの星「地球」では、ルーンの様な人間は、二種類の同種族によって子供を作り、片方だけが産み落とすという。

俺はそれを聞いて驚いた。俺たちは違う。俺たちは子種とそれを育てる子宮を両方持ち、番になる相手を見つけると、子種を交換しあい、双方で卵を産み落とす。俺がそれを言うとルーンは驚いたが、それでもそれが想像つくらしく、すんなりと納得してもいた。

(……両性なのね)

と、ルーンは言った。しかし、俺には納得出来ない。だって、俺のいるこの星『ラプラ』では、みんな一種族に一種類しかいないから。動物も植物も俺たち人間も全て一種。すると、ルーンは……

(地球にはね。持ち合わせの機能が違う二種類の同種族の動植物とダン達の様に一種類で全てを補える動植物のものといるわ)

「……二種類?」

俺が聞き返すと、ルーンは頷いて説明してくれた。

(ルーン達の様に一人で全ての機能を持っているわけではなくて、子種を持つ者とそれを受けて産む者と別々に存在するの。わたし達はそれを性別といい、子種と持つ者を男とか雄とか呼んで、子種を受けて子供を産む者を女とか雌と呼ぶのよ)

と、教えてくれた。ちなみにルーンはその性別の何方なのか聞くと、「女」だと答えた。

そうして寂しそうに微笑む。その姿は、涙を零すほど綺麗だったルーンの生まれた星、地球の姿と重なって見えた。

とても綺麗で優しいルーン……。

でも、俺がそれをルーンに言うと、哀しげに微笑む。

(……でも、マガイモノなのよ?わたしは)

マガイモノでも綺麗だと俺は思う。艶やかな流れる黒髪も、ほっそりとした乳白色の肌に絶妙なバランスで配置された端正な容貌も、まろやかで華奢な身体も、ルーンの全てが好ましいと思っていた。

……そこまで考えて、顔が火照るのを感じた。

俺は、事もあろうか異星人であるルーンに、ある種「特殊で大事な」好意を持ってしまったのだ。

顔を真っ赤に染めた俺をルーンは不思議そうに首を傾げながら見つめた。

俺はルーンの視線を交わす様にそっぽを向いた。



憂鬱の季節が巡ってきた。

年に一度は必ず訪れる、生き物にとっては大切な繁殖のシーズンだ。

タロスは航海からまだ帰って来る気配も無く、連絡すらくれない薄情者である。

彼の年齢を考えると、すでにこの季節は関係無いようなものなのだが、彼は卵を産んでないので、今年も自分の感情に振り回され、苦しんでいるのではと思う。

そう、ご察しの通り、俺はタロスの番の相手が産んだ卵から産まれた。

もっとも、俺を産んでくれたもう一人の親は、タロスの多忙さを疎んじて早々に別の相手と番になっている。

つまり、タロスを捨てたわけだ。

タロスはその事をあっさりと教えてくれた。

俺が十二の時である。

タロスが卵を産んでから別れりゃあ良かったのに、普通の家族は二人か四人兄弟がザラだけど、俺はそんなこんなでひとりっ子。

今頃、専用の部屋に時期が過ぎるまで閉じこもっているのではと俺は想像している。

そう、こんな時は籠もるに限る!去年は食料の買い出しをしそこねて外に出たら、宗教の勧誘人みたいに俺を付け回す奴だとか、色目使って誘う奴だとかに追い回されて散々だった。

……今まで言い寄られても無事に済んでいたのは、俺の確固たる強い意志と、仕事探しの合間にしていたバイトで培われた体力、そして、奇蹟的な強運の賜物なのだろうけど、感情を操るのはとても難しい。

ルーンはこの頃、ルーンに個室として与えられた部屋に自分が入っていたカプセルを作業用ロボットに言いつけて持ち込み、それを使って、何かを作っていた。何を作っているのか聞いた事があったが、ルーンは笑って内緒だと言う。

また、ルーンは日記となるものも書いていた。今度はそれの事を聞いたが、そちらはすんなり見せてくれた。しかし、まるっきり何が書いてあるのか俺には読めない。

それもそのはず、ルーンの星のそれもとある国の言葉で書かれているのだから読めなくて当たり前。……で、仕方なく何が書いてあるのか聞くと、そちらも内緒といって小さく笑ってみせた。

「……全部、ぜーんぶ!秘密なんだ」

拗ねた様子で俺が言うと、

(そう!ひ・み・つ)

淡い微笑でそう言って返される。

俺はその微笑にほだされ、拗ねた気分も全て流れてしまった。

ああ、俺って、馬鹿。

でも、少しだけ日記の内容を教えてもらった。

ルーンは地球の事を書いていると言った。

俺の仕事の手伝いの合間に、ルーンの生まれた星の事を、ルーンの国の言葉で書いている。

ルーンの事は全て知りたかった。だから、

「……秘密な事でもないんじゃないか?やっぱり知りたい。でも、それじゃあ、俺が読めないよ」

と、抗議した。すると、ルーンは小さく笑って、俺だけに聞こえる音の無い「声」で、

(いいのよ。日記なんだから)

と、言う。

(日記は、他の人が読めなくて当たり前のものなの)

相変わらずの優しい眼差しで、澄んだ綺麗な音無き声でそう言った。

でも瞳の奥深くには悲しいほどの「闇」を抱えている。それがルーンを儚くさせる。

無性にルーンの『笑顔』が見たかった。

微笑みの様な静かなものでなく、満面の笑顔を。

心の底からのルーンの笑顔を見たい!

タロスの忠告が脳裏を過った。もう、半年以上前の話で、その間ずっとルーンはこの研究所の地下室暮らし。

たまに最上階の天文室に俺は連れて来るけど、来客を警戒して一般開放している場所のシャッターを全て閉めて夜の個人の研究に浸る時だけ。

「幸い、町から離れているもんな。ここは」

自分で納得し、ブツブツとひとり言を呟く。

今はまだ昼間で、ルーンはというと、今の時間帯は、地下でこの「ラプラ」の各地の映像を見ているかもしれない。

その日の夜、俺は思い切ってルーンを外へ連れ出した。研究所の裏の崖を降りて浜辺に出る。本当は青空の下でこの海を見せたかった。俺がそう言うと、ルーンは首を振ってこれで充分だと言う。

潮の香り、波が浜辺に打ち寄せる様は、何処の星も一緒なのだろうかと言った。

空を見上げると、褐色に輝く大きな惑星が見える。俺は、あの星には何も無いのだと言った。

「俺たちは、あの星を別名砂漠の星と呼んでいる」

そう言うと、ルーンは懐かしそうな表情をした。

(わたしの住んでいた星の近くにもあったわ。……火星といって、氷と砂の星なの。質量は地球の十分の一だけど、四季はあるの。大気もあって、二酸化炭素が九五パーセントを占めてるけど、窒素、アルゴン、酸素も少量含んでいるわ。地球と殆ど同じ位置で太陽である恒星の回りを回っているのだけれど……何故かそれだけの条件が揃っていたのにも係わらず、命が芽生えなかった星でもあるわ)

風がルーンの髪を撫でていくのを見ながら、遠い遠い世界の話に俺は耳を傾ける。

(太陽の回りを回る惑星は九つあるの。その惑星一つ一つにね、わたしの世界で言う“神様”の名前が付いているのよ。一つ一つに神話があって、壮大なスケールで物語が進むの。小さい頃は、神話としてお母さんに色々お話を聞いたわ。ちなみにね、海にも神様がいたのよ?)

そういって静かに浜辺に打ち寄せる波の音を聞きながら沖の方をルーンは指で示した。

(ダンの星の海にも、昔の人が伝えた神話があるのかもしれないわね)

そう言って、微笑む。俺はルーンの腕を取って、波と戯れたり貝殻を拾ったりして、一緒に暫く遊んだが、外気が冷えてきたので帰る事にした。

(有り難う)

ルーンは息を弾ませてそう言った。

「楽しかった?」

そう聞くと、ルーンは即座に頷いて、笑顔を向ける。

(楽しかった。行って良かったわ)

俺はその言葉を聞き、笑顔を見て、連れて来たかいがあったと思い、ホッとした。

ルーンが眠った後、天体望遠鏡を操作し、ルーンが産まれ育ったという星「地球」のあった場所へ焦点を合わせる。今はまだ、在りし日の「地球」があった十六万光年先、銀河系、円盤部の一部・太陽系が光の点として見える。あれがもう無いだなんて嘘の様だ……。



俺は、ルーンの居る地下二階から下の層へ通じる階をロックして町へ下りてきた。

俺とタロスの研究室兼住居は、町外れの小高い丘の上にあり、その向こうは海が広がっている。

人が滅多に行く場所では無かったから、訪れた客にはそれなりの対応が出来るように、接客ロボットに任せていた。

「……そう言えば、タロスから荷物が届くんだったな」

先日、電子メールが届いた。

研究所という立場上、仕事関係の手紙がほとんどだったが、その中に埋もれる様にしてそれはあった。

封を切り、二つ折りになっている極薄のアルミニウムのカードを開くと、光に反応して声が流れ出た。内容は仕事で宇宙を航海中に、一番貿易が盛んなゼビス星に寄って、そこでルーンの星を研究して長い考古学者に何かを貰ったらしい。それを送るという事だ。

なんでも、それは解読不可能で、だれもそれが何なのか検討がつかなくて匙を投げたものらしい。それでも、ルーンの星が消滅した事は一部の者にとっては凄く重大で残念な事だったと、愚痴を零していたという事だ。

「……タロスは、ルーンの事を内緒にしているらしいな」

その方がいいと俺は思った。

「……しっかし、仕事が延びただと?早く言えよっ!」

ソーラー・カーを飛ぶように走らせながら、ザワザワと適度なざわめきの町中を走り抜ける。

すれ違う人々は、綺麗に着飾って、番の相手を探したり又は番の相手と二人で仲睦まじく笑いさざめきながら歩道を歩いていた。

フウッと、通りすぎたショーウインドウに柔らかな布地を幾重にも弛ませ、花の花弁をイメージした服が目についた。

俺の住んでいるこの国独特の民族衣装に、最新のデザインを取り入れた、まったく新しい形という事で売り出していて、今若い子に人気のあるやつだ。色も何種類かあり、目の覚める様な赤からエナメルを散らした黒まである。その中で、俺は青い服に目を止めた。

濃くもなく、濁る水色でなく、透ける様な青色。ルーンの星の色。それを俺が車から下りて見ていると、一番会いたくない人物から声をかけられた。

「……その服が欲しいって?買ってあげようか?」

振り返らなくても判っている。第一、ショーウインドウにその姿が映っていた。銀の長い髪を背で緩く結んだ、中々端正な顔をした者。背も俺より少し高くて…なにより、こいつは俺の以前勤めていた会社の同僚だった。

俺は無視する事に決めると、さっさとその店に足を向けた。本当は、車に乗り込んで、こいつを巻いたほうがいいのだが、この服が他の奴に売られるのはもっと嫌だった。

この青い服は、ルーンにあげるんだ。

絶対似合っていると俺は思っている。

俺がズンズンとそいつを無視して店に入ろうとすると、その体格で俺の進路を邪魔してくれた。

「何も、そう冷たくする事ないだろう?」

俺はすっごく冷たい視線を見上げる様にして向け、押し退ける様にして、店に入った。

「ジュエル。俺はお前の相手をするほど、暇じゃないの!」

「製薬会社辞めて……何処いったのさ。俺、お前のこと……」

「だ・ま・れ!」

俺はお前が嫌だったから、辞めたんだよ!番候補が何人いるんだ? あぁ! 俺が知っているだけで二十人は越したぜ? おい。

「こんなに熱愛しているのに、冷たいなぁ。ダンは」

ジュエルは苦笑しながら、大げさにため息をついてみせた。

けっ! 止めてくれよなっ! ……俺の初恋、粉々に壊しやがった張本人のくせに。

俺は忘れんぞ! 告白しようと思った相手がこいつにぞっこんで。

そして、あるはずも無い言いがかりを突きつけられて、俺はてひどくふられたんだ!ああ、今思い出しても、腹が立つ!

無視だ、無視! 断固、無視してやるっ!

俺は青い服を店員に示してレジで勘定を済ませると、包装している店員に、プレゼント用だからリボンを付けてくれる様に頼んだ。

ジュエルは、それを聞いてびっくりしたようだった。俺はそれを受け取ると、ジュエルを無視して車の方へさっさと戻った。ジュエルは暫くショックのあまり、硬直していたが、店を出た俺を追って慌てて走って来る。

「お、おいっ! 待てよ……」

俺は買うものは買ったので、さっさと逃げたかった。……何より、研究所に残してきたルーンが心配だった。

「待てったら……」

尚も言い募り、ジュエルは俺の肩に手をかけ、引き戻そうとしたので、俺はとうとう、プチンと堪忍袋の尾が切れたのを自覚した。

俺はソーラー・カーに乗り込む前に、大抵で頭にきていたので、片足で地面を叩く様に踏むと、勢い良く振り返った。

「なんだよ!」

町に出る度に絡まれる事に対して俺は相当頭に来ていた。珍しいくらい強気の態度で打って出たのだ。

「なにって……」

俺の態度にびっくりしたのか、声が上擦っている。俺は眉をピクピク引きつらせながらジロリとジュエルを睨んだ。

「言っておく。俺に構うな! 俺はお前の事など、これっぽっちも好意など持っていない」

「…………」

「俺はお前を番の相手として見た事もない。俺は、自分の事で手一杯なんだ! 他人に自分の時間を分けてやるほど、俺は優しい平和主義者ではないんでね。失敬!」

蒼白な顔で震えながら俯いたジュエルを置いて、俺はさっさと車に乗り込み、車にキーを差し込んだ。

その時、研究所の異変を知らせるランプが点滅しているのに気付き、俺はギョッとする。

ルーン……! ルーン。どうしたの? 何があった!

俺は焦りを覚えながら、今まで感じていた不快な気分を忘れるほどに動揺した。

もどかしい手つきでエンジンを入れる。

「……でも、俺……お前の事、好きだよ?」

車の外で、泣き笑いの表情でジュエルが俺を見た。

俺は、普段の強引で図々しいあいつと全然違う、弱々しげなその様子を見て、ちょっと良心の呵責を覚えたが、今は何より誰よりルーンが心配だった。

俺の中での優先順位はルーンが第一だったのだ。

「俺は、好きなやつが他にいる」

ついと顔を逸らした。

脳裏には、深い闇を抱えた琥珀の瞳の綺麗なルーンが映る。

「…………他をあたってくれ」

そうして、無謀なほどスピードを上げて、車を走らせた。バックミラーに、ジュエルの泣きそうな顔が映った。



「かーっ!ちょっと、言いすぎたかなっ?

……いやいや、あいつが悪いんだ。あれだけは一度、言いたかった事なんだから」

不快な気分を引きずりながら、俺は一路、帰る家であり個人経営である天体研究所へ向かった。

車を走らせていくにつれ、人込みが少なくなり、建物も疎らになる。

木々が段々増えてきて、坂道が多くなり……見慣れた風景が広がるはずが……

「な、なんだ?」

研究所が半球形の赤い光の膜に覆われていた。

俺は驚いて、車を降り駆けつけると、

「くそうっ!なんなんだ、これは……!」

俺のいる場所からそう離れていない場所でそう言い捨てる声と、草木をかき分ける音、ブーンと唸るような羽音がして、数名の者たちが、その場を去る気配がした。

俺は何が何なにやら判らなくて気配の消えていった辺りに視線を注いだが、それに気を取られたのは一瞬で、俺はすぐ、研究所へ駆け込んだ。

駆け込むのと同時に気付いたが、俺が研究所を包んでいる赤い光の膜に触れると、光の膜は弾ける様に消える。

しかし、今はそんな事に構っている暇は無かった。俺は研究所へ入ると、中では接客ロボットたちがいつもの通り迎えてくれた。

不思議に思い、変わった事が何かあったか聞くと、タロスから小包が届いているという。

俺の車へ警報を鳴らしたのは別の者だと気付いて、とにかく、封鎖した地下へ降りる事にした。

屋上の天文室から直通の瞬間転送装置を用い、声紋登録された扉にルーンのいる地下十二階へ移動する様に言う。

メインコンピュータが俺の声を確認すると、俺を地下十二階へ飛ばした。終着地点から廊下を背中の羽根を使って飛び、ルーンに与えた部屋の前で着地する。

「……ルーン?」

俺は部屋を叩いた。

「ルーン、俺だよ? ダンだ!」

返事が無いので焦って外から端末コンピュータを使って部屋の扉を開けさせたが、そこにはルーンは居なかった。しっとりと暗く、ベットも空である。

俺ははっきりいって慌てた。

「ルーン……ルーン? ルーン!」

その階にある全ての部屋を覗いた。

すると、娯楽用の施設が装備されてある部屋の片隅でソファにもたれ掛かって眠っている様子のルーンを俺は見つけた。

「……ルーン? 眠っているのか?」

起こさない様にそっと側へ行き、顔を覗き込んで見てみると、ルーンは静かに静かに泣いていた。綺麗な琥珀の瞳を潤ませ、透明な光を零しながら泣いていた。

俺は顔を引っ込めて回り込むと、ルーンの隣に静かに座った。

(……ダン。誰かがタロスの荷物を狙っているわ……)

俺の頭の中にルーンの声が響いた。

「えっ? タロスの荷物って……今日届いたやつか?」

俺は、何でルーンが泣いているのか判らなかった。

とっても哀しい瞳をして何を嘆いているのか……判らない。

俺は、ルーンが何故泣いていたのか知りたかった。

だけど、ルーンの様子を見て、それは聞いてはいけない事だと判ったから、俺は聞かない事にした。

(そう。……ずうっと、その荷物の行方を追っていたわ……人を変え、手段を変えて)

ルーンは、自分が泣いていた事実を消して、淡々と俺に話す。遠い目をした。

(……わたしは、何でも見えるの。何でも聞こえるし、何処にでも行く事が出来る。……だから知る事が出来る。……わたしを拾ってくれたタロスが今何処にいるかも、ダンの友達が、この研究所の前に立って泣いているのも)

優しく微笑んで俺の背を押した。

(あなたの心に後悔の色が浮かんでいる。あの友達に対して、そう思っているのでしょ?)

綺麗な綺麗な音の無い「声」で、俺の心をあやしながら、一階へ上がる様に促した。俺は、ルーンにと買ってきた銀と白のラッピングの箱を手渡すと、タロスの小包もひとまずそこに置いて、半信半疑に転送装置に戻っていった。

転送装置を利用して、自室に戻り、そこから透明チューブのエレベーターを使用して一階へ降りる。すれ違う汎用ロボットの脇を横切り……。

はたして、透明なガラスばりの自動ドアの向こうに、本当にいるのか……俺は外へ一歩出て立ちすくんだ。

俺の目の前に、ジュエルが真っ赤な目をして立っていた。ルーンが言った通りに。

ジュエルは俺が出てきたのを見て驚いた様に目を見開いた。

「……………………言いすぎた、悪かったな」

俺は、それだけ言うとツイッと顔を逸らした。言葉がきつかった。それだけは、反省している。

「……俺は、先程も言った様に、お前の番にはなれん。だが、友人としての付き合いなら、いいぜ? ……それが、辛いと感じるなら、ここに来るな」

未だに俺はジュエルのこの様子が演技にしか見えない。何しろ、こいつはもてるんだ。

「……時期的にお前、ナーバスになってんだよ。俺は、好きな相手、いるの。片思いだけど。……お前もさ、早く相手見つけて、俺に紹介しろよ」

そう言って俺は研究所内に戻ろうとした。

「待ってっ!」

「……なんだ?」

「友達で……いい。会えないよりは、いい」

俺はそれを聞いて、軽く手を振り、別れを告げると、中へ戻った。ルーンのいる部屋へ直接行きたかったが、客が見えていると接待ロボットが電子音で告げたので、俺は、後ろ髪引かれる思いをしながら、応接室へ向かった。そこでは、奇妙な老人二人が俺を待っていた。



「……タロス殿が送ったものを我々に渡して貰いたい」

第一声がそれだった。単刀直入過ぎるとは思いながら、俺は聞き返す。

「何で、あなた方に渡さなければならないのです?タロスはゼビス星のザビィ老から直接研究を引き継いだ。

あれは俺の物じゃなくてタロスの物です。

だから、俺自身にはあれをどうこうする権利は無いのです。交渉なら、タロスに直接して下さいませんか?」

俺は、ふと彼らの背の羽根が、羽毛を持つものである事に気付いた。地味ではあったが、しっかりとした拵えの服の背のあたりに、二つの縦長の瘤を見つけたからだ。その瘤は種族独特のもので、その瘤の中に全身を支えて飛べるほどの双翼が仕舞われているのを知っている。俺たちの種族の羽根は性質上、番を見つけ、交尾が終わるころ、背に生える六枚の羽根は抜ける。冬を越し、春を迎える頃、また羽根が生えてくるのだ。だから、タピチュセス人の様に体内に羽根を仕舞ったりする事は無い。ラプラ人は出しっぱなしなのだ。だから、それを見ただけで、彼らがラプラ人でなく、タピチュセス人である事が判る。

……そうなるってぇと……つまり、ルーンが言っていた事が当たっていたわけで。

「……判りました。後日、また改めて」

かなり食い下がると思っていたが、あっりと引き下がったので、拍子抜けした。

俺は二人を玄関まで送り、特にこれといった会話を俺と交わす事無く、二人はここを去ろうとしていた。二人は何やら色々とボソボソその間中、話していたが、思いついたかのように、振り返った。

「……あの小包が届いて、何か変わった事がなかったか?」

言われて俺は思い出す。

そういえば……あいつら何だったんだろう。

捨てセリフを残して去っていた数人の者。

俺が考え込んだ様に顔を顰めると、二人は頷きあった。

「……実は、我々も、あの中のものが何かは知らない」

「えっ?」

「……だが、中身が何にしろ、あれを狙っているヤツが多いのは事実なのだよ」

「…………」

「あれは一年ほど前に、ザビィ博士が旅行中に拾い上げた物だ。……旅行先は、わたしたちの住む、プレアデス星雲に近いファーマーネンへだ。そこから十四光年ほど先に太陽系と呼ばれる、一つの恒星と十一からなる惑星の星団があるのだが……」

……俺は、太陽系という言葉を知っていた。

仕事関係上、星に関わる事が多い分、当然の事の様に知識として知っていた。が、それ以前に、ルーンの口から直接その言葉を聞いた。

「その星団の片隅で、一つの星が消滅し、星系の中心だった恒星がそのエネルギーを吸って、膨張し、爆発した。

後は全て連鎖反応して次々と消滅し、一つの星団の消滅したエネルギーでブラック・ホールが発生したと言われている。

ザビィ博士が言うには、一つの星団が消える様を偶然目撃したそうだ。

漂っていた破片の中に、他星の文化遺産も数多く含まれていて、異星の文化の研究材料に成りそうなものを、色々と引き上げたらしい」

俺は、立ち尽くしたまま、話を聞き入った。

本当なら、もう一度客間に誘い、ゆっくりと聞きたい話なのだが、彼らが遠慮した。

「……本題に入るが……タロス殿がザビィ博士から譲られた物は、その中の一つだと、わたし達は聞いている。引き上げた物の中で、一番小さなものらしいが、他の物にくらべ、一番痛みの少ない物でもあった。……問題は、それだけは、政府に登録しなかったという事だよ」

「……発掘とは違う。どちらかというと、拾ったものでしょう? 星域も、互いの領域侵犯した物でなく、どちらかというと、未開の物。そんな所で引き上げた物を何故登録しなければならないのですか? ……変な言いぐさかも知れませんが、個人の研究に政府が一々介入するのですか?」

「…………あの消滅してしまった星団には、文明を持った知的生命体がいたのだよ? それも、我々の永い間、興味の対象であった、惑星が。その星の文化だ!……あれだけは、例外なのだよ」

俺は何故か腹が立ってきた。まるで商品の様な言い方をする。

俺は黙り込んだ。口を開くと、敬語など吹っ飛んでしまいそうで。

「どんな物でさえ、たとえ破片でも価値があるのだよ、あの星の物であれば」

熱に浮かれた様に目の前の者たちは話し続ける。

「……幻の星と言われるあの星の物であれば、幾らでも金を積むという者まで居るくらいだ……」

気分は既に氷点下を這いずり回っていた。

俺が不機嫌な様子で見ているのに気付き、一つ咳払いすると、銀色のカードを手渡した。

「気が変わったら、ここに連絡を入れてくれ」

早口にそう言って、今度こそ本当に去っていった。

俺は、彼らの話してくれた内容を聞いて、全身に鳥肌が立った。

嫌悪で。同時に泣きたくもなった。

あいつら、商品として考えているんだっ!

ルーンは? ……彼らがルーンの存在を知ったら、ルーンはどうなるのだろう……。

考えたくない事が次々に脳裏に過る。

見せ物になるのだろう。十中八九、いろんな実験に付き合わされ……安穏な生活を送る事が出来なくなる。

貰ったカードを下に叩きつけると、力任せに踏みにじった。

カードはバチバチといって、放電したが、それも長くなくて、すぐ音がやんだ。

壊れたのだ。

俺はそれからしばらくして、研究所を定時に閉館し、個人の仕事に没頭した。

どれだけ仕事に熱中していたのだろうか。 ふと、俺の肩を叩く者がいた。振り返ると、ルーンが俺の買ってきた青い服を着て立っていた。

予想以上に似合っていた。思わずそれに見とれていると、ルーンは服を示し、笑顔で、

(有り難う)

と、お礼を俺に言った。

俺はその笑顔にうっとりと見惚れる。

じっとルーンを見ているうちに、先程の嫌な出来事を思い出した。なんか無性に哀しかった。

視線を逸らして俯いていると、黒くて艶やかな長い髪をサラリと流し、俺の首にその細い華奢な腕を回してふんわりと抱きしめてくれた。

(……泣かないで)

琥珀の瞳が優しい光を宿してそう言った。

(わたしのために……泣かないで、ダン)

俺は、俺の首に回したルーンの腕をそっと握り、見上げる様にして初めて告白した。

「……俺、ルーンが好きだよ?」

拒絶されるのは当然、覚悟していた。本当なら、抱いてはならないモノだった。

(……わたしは、マガイモノなのよ?……両親からも、友人からも化け物と言われたのよ?)

困った様な、泣きそうな音無き「声」が、俺の脳裏に響いた。

「……ルーンはルーンだよ。俺にとってはマガイモノでも何でもない普通の女の子、ルーンだ。……俺、俺ね……っ!他の誰でもない、ルーンの卵が産みたいんだよ」

ルーンは地球でいう、女という性別だから、子種を持っていないのは知っていた。だけど、俺はルーンの卵が産みたかった。……綺麗な綺麗なこの目の前の異星人、ルーンが、俺の番になってくれたら……どんなにいいだろう。

俺とルーンは異星人同士だから、ルーンにとって俺は気持ち悪いかも知れないけど、ルーンが俺の事好きになってくれたらいいなと思う。……卵が出来ないと判っていても、ずっと側にいて欲しいと思う。

「…………駄目………かな」

俺自身が、ちっちゃな子供になったような、そして、親からはぐれた時の様に凄く心細い気持ちを持て余して、涙をボロボロ零した。 そして、俯いた。

(……わたしで……いいの?)

黒髪が流れて、俺の顔にこぼれ落ちた。

俺は反射的に顔を上げた。そして声も無く、頷く。ルーンは少し頬を染めて、困った様に笑った。

(……卵、産めないわよ?それでも、いいの?)

俺は素直に頷いた。ルーンは、泣き笑いの表情で俺を見つめて独白の様に呟いた。

(……わたしが、子供を産めたらいいのに)

それが、ルーンの答えだった。

その日、俺の部屋でルーンと一夜を共にした。

生きてきた中で、一番幸せだったと、ルーンは言った。

朝が来て、ルーンが自室に帰るまで、俺はルーンを抱きしめていた。

失うかも知れないという有りもしない不安を胸に、そっと俺の腕の中に収めたのだ。

繁殖の時期が過ぎて、季節が秋を通り越し、冬を迎える頃、お腹の大きかったルーンは、子供を産んだ。

異種族同士の子供だけに俺の不安が大きかったが、ルーンは大丈夫だと、俺にいつも言っていた。母体であるルーンの方が不安が大きいだろうに、俺を逆に励ましてくれたのだ。

そして、俺たちの種族が冬眠する頃、念願の子供が産まれた。

幻の星、地球人と俺たちラプラ人の混血児。

どんな影響があるのか、分からない。言わば未知なる生命が誕生したのだ。

ルーンの様な漆黒の髪に俺と同じ青銅色の瞳の子とルーンの様な琥珀の瞳に俺と同じ銀の髪の子の二卵性の双子だ。

俺は二人にチェリスとティラと名付けた。チェリスは俺に似て、ティラはルーンに面立ちが似ていた。

俺は本当は冬眠しなければ成らない時期だったが、産後であるルーンの身体が心配だった事と、二人の子供であるチェリスとティラがまだ幼すぎて目が離せなかった事から、無理やり起きていた。そんなある日、

(眠りなさい。……わたしは、大丈夫)

そう音無き「声」でルーンが囁き俺の額に触れた。すると、何故か酷く眠くなってしまった。急にである。最初は抵抗していたが、結局情けない事に負けて睡魔に囚われた。

眠りに引き込まれる前、ルーンの泣きそうな瞳が見えた様に思う。

(……わたしね、幸せだった)

その時、俺はただ眠くて、ルーンの言っている言葉の意味が分からなかった。

(……大好き。一番好きだからね、ダン)

瞼の閉じた俺の唇に、ルーンの優しい柔らかなそれが重ねられた。俺が覚えているのは、そこまでだった。



何処か遠くで、呼び出し音が鳴っていた。

ぼんやりとその音を聞いていたが、それが、画像遠話機のものだという事に気付き、俺は、手元のリモコンに手を延ばした。

スイッチを入れると、目の前の大きな窓ガラスに蛇腹のスクリーンが降りてきて、それに見知った者の顔が映った。

『ダンッ!……起きているか?』

金髪に青い瞳。背には俺たちの様な透明な羽根ではなく、茶と黒の斑の双翼……タピチュセス人だ。

「……えっと……マーガン?」

『マーガン…じゃあない!……おい、起きているか?しっかりしろよ!』

画面に映る青年と中年の間ほどの歳であるマーガンは、冷や汗を流しながら、焦った表情をしていた。

マーガンの後ろでは、乗組員(獣相や軟体など、色々な種族の者)達が、真っ青な顔をして、バタバタと駆け回っている。

「……今、起きたトコ。所でどうしたんだ?そんなに青い顔をして。大体、俺たちの種族が今の時期、冬眠だって事、そっちにタロスが居るから知っているだろ?」

欠伸しながら、俺は面倒そうに手をひらひらさせながら言うと、

『こ…の…馬鹿っ!』

マーガンは、顔から火が出る様な様子で、パネル盤を両手で叩いて怒鳴った。

「なっ……」

『何を呑気な事を言っているっ!』

「んな事言ったって、理由も無しに分かるわけないじゃないかっ!」

相手が何かに焦っているのは、分かる。

分かるが、頭ごなしに怒る事ないだろうが。

「……で、用件はなんなんだよっ」

『タロスが誘拐されたんだよっ!』

阿吽で答えてくれた。

「……………………………はあっ?」

鼻息荒く、俺を睨み付けながらパネル盤を指でコツコツとつつく。

俺が事態を把握するのは後回しにするらしい。仕方がないので、俺は取り合えず、聞くことだけは聞こうと姿勢を正した。

『……数日前にね、密航者騒動が、わたしの船で起きたんだよ。……密航するだけなら、いい。別にわたしは危険な物など乗せていないし、他人に読まれても差し支えないような情報しか持っていない。中規模の商人だからね。ところが……』

ちょっと俺を手で制して、隣に来た獣面の部下から書類を受け取ると、何やら指示を与えて、俺に向き直った。

『ところが、その馬鹿は、わたしの大切なこの船に放火紛いの事をしてくれたのだ!……もっとも、ぼや程度で済んだのだが、消化活動にほとんどの乗組員が気を取られていてね、その隙を突いてメイン・コンピュータ・ルームに侵入者があった』

俺は、嫌な予感がした。

「……タロスが冬眠の間、サブ・コンピュータを主に使っているんだよな?……メカフェチなタロスの事だから、メイン・コンピュータ・ルームを冬眠の間中占領しているだろうし。……航海プログラムとか大丈夫だったのか?」

『……幸い、メイン・コンピュータはガードプロテクターが掛かっている上に、タロスの声紋かわたしの声紋、そしてキーワードが無いかぎり、誰もプログラムやデータに手を出せない様になっているから、変な事にはなっていなかったが』

マーガンは憂鬱そうに、顔を顰めた。

『……どうも、犯人は、最初からタロス自身の誘拐を目的としていたようなのだ。警報が鳴っているのを聞いて慌てて駆けつけると、メイン・コンピュータ・ルームに通じる扉がこじあけられていてね、あいつだけ居なかった。……それで、聞きたい事があるのだが、君はこの事について、心当たりが何かないかい?』

唐突で、思考がついていかない。

「……えっ?……えっと、そうだな、心当たりと言えば、この頃、変な奴が多いくらいで……」

俺がとっさに思いついた事と言えば、二つある。ルーンとタロスの譲り受けた「何か」ぐらい。

ルーンの存在は誰も知らないはずだし、その「何か」も、あの時、ルーンに……、

「…………」

嫌な嫌な予感がする。

俺は跳ね起きると、転送機のある場所へ向かい、息を切らして駆け込むと、ルーンのいる地下十二階へ転送して貰った。そこからいろんな施設を横切り、ルーンの個室へ向かう。

心臓はドクドクいっていた。

冷静を装いながら、それでも、悲壮とでも言わないばかりの気持ちで、ルーンの部屋の扉を開けた時、キャッ、キャッと笑うティラとチェリスの姿と、

「アッ、ダンナサマ。オメザメデスカ?」

電子音に似た合成声帯の育児ロボットが赤子のおしめを代えている姿が、霞んだ視界に映った。

「……ルーン……」

しかし、ルーンの姿はそこに居なかった。

脳裏には、俺が眠り込む前に見た、泣きそうな表情のルーンの顔がちらついていた。

俺は遅まきながら、睡魔に負けて寝込んでしまった事を激しく後悔し始めたのだ。



この星タピチュセスの最先端を行く考古学センターが、丸ごと一つ火を吹いていた。黒々とした煙がモクモクと天空を染め、かなり現場から離れているのにも関わらず、臭気すら嗅げそうだ。

ルーンが俺の前から姿を消して二年が経過していた。ルーンが居なくなったのは、タロスが攫われたのと関連あるような気がして、俺はマーガンたちと合流し、タロスの行方を追った。その際、資金作りにあちこちに点在するタロスの別荘を売っぱらって、やっと歩きはじめたチェリスとティラを連れ、マーガンの船に乗り込んだのだ。

タロスの情報を流し、似たケースを探ると、けっこう沢山情報を集める事が出来た。

送られてきた情報で判った事は、ルーンの星の研究に携わっている者たちが、数多く行方不明になっているという事だった。中には行方不明になった者の隣人が目撃者となったのもある。

連れ込まれた船の情報を集めると、その特徴が、タピチュセス製の物と断定した。

それを手掛かりに、マーガンの母星、タピチュセスへ行ったのだ。

そこで耳にした事は、この星最大の都市、ゼーンの考古学研究所で、大がかりな実験が行われているという。

そのゼーンへ向かう途中、研究所のある方向から、煙が立ち登っているのを見つけた。

ゼーンを見下ろせる位置にたどり着いたその丘で、俺はタロスと二年振りに再会した。

他の行方不明となった研究者たちと共に、呆然と立ち尽くす、タロスを見つけたのだ。



その都市をぐるりと囲む、天井の開閉自在の半球ドームの縁に、タロスの仕事仲間と共に、俺はいた。

俺の腕にはもう冷たくなってしまったルーンがいて、黒い髪を風になぶらせている。

ルーンのあの琥珀の瞳が、俺を再び映すことが無い事を、俺は知っていた。俺の傍らにタロスが呆然と、立ち尽くしていた。

「……どういう事だったんだ? タロス」

俺の様子を見て、何かを察したのだろう。

マーガンは、燃えるビルを凝視するタロスに声をかけた。

タロスは、俺とルーンを見て哀しそうに笑い、マーガンに向き直った。

「……この星は、死なずにすんだ。……ただそれだけのことさ。なあ、マーガン?」

「……ああ?」

「俺に一週間、休みをくれないか?」

マーガンは、穏やかに笑ってタロスの肩を叩いた。

「……そうだな?ちーっとばかし、今回はハードだったもんな?……次の出航まで一ヵ月ほど有るし。ゆっくりしてこいや」

タロスはぎこちなく笑うと頷いて、俺の腕を取った。

「……帰ろう。ダン」

穏やかにかけられたその声が、ルーンの死を知って凍りついた俺の心を静かに溶かす。

溶けた心の破片が涙という形で、俺の目から零れ落ちた。

タロスは、そんな俺を黙って片手で抱いた。

俺は声を上げてその胸に縋り、泣いた。

みっともないほど、声の限りを尽くして叫んで罵って、泣いたのだ。



目の前で暖かな飲み物が、甘い香りを放ちながらゆらゆらと湯煙を立ち登らせていた。

俺の目の前に、タロスが座っていた。タロスは、俺が精神的に落ちついたのを見届けると、仕事仲間には言わなかった、彼が連れ浚われた後の事を話してくれた。

「……冬眠に入って半月ほどだったかな。回りの環境が変わったのを感じて目を覚ますと、知らない場所に居たんだ」

俺はそれを聞いて頭がクラクラした。

「……つまり、移動された事に気付かなかったという事か?タロス」

普通気付くよ、おい……。

片手でティラをあやしながら、向かい側に座っているタロスに抱えられているチェリスを見た。チェリスはというと、気持ち良さそうに眠っている。

「そう、気付かなかった。馬鹿らしい事にな。それで……」

タロスが思い出すかの様に少し目を細めた。

タロスの脳裏には連れ浚われた当時の状況が浮かんでいるにちがいない。俺は腕の中で眠るティラをゆっくり揺すりながら、タロスの話に聞き入った。



軽いざわめきと、横たわったベットの感触が、馴染んだものと違う事に気付き、僕は目を覚ました。

僕が目を覚ましたのに気付いたのか、一番近くにいた者が僕の側にやってきた。

「……全く、あいつらも強引だよな?」

開口一番がこうだった。

「ラプラ人だろ?今の時期、ラプラ人は冬眠なのを知っているはずなのに、それをかっさらって来たみたいだな?……なんて強引なんだ!ほとんど誘拐だぞ」

目の前の人物の憤慨した物言いから、僕は随分年下に見られているらしい。

これでも、かなり大きい子供が一人いるのだが。と、思いながら、僕は頭を振りつつ起き上がると、事態を把握しようと、寝起きの眼で顔を顰めるようにして回りを見渡した。

そこは少し広い円形のホールになっていて、天井はガラス張りだった。

「……そういう君は……?」

尖った耳に小柄な体躯。瞳孔が横に長い。

ああ、そうか。ザビィ老と同じ種族の者だ。

そう思いながらよくよくその人物を見ていると、見覚えがある。

この者は、博士の研究の手伝いをしている者の一人だったと記憶している。

「ああ、すまない。寝起きでね…確か……ザビィ博士の助手のミィチェル・タ・パーさんだね?」

ミィチェルはキョトンとした表情をした。

「……俺を知っている?なんで」

この種族の特徴は、表情がコロコロ変わる所だと、僕は思っている。

ザビィ博士やミィチェルたちチャルド人は、ラプラ星がある大マゼラン星雲に一番近い、小マゼラン星雲の中にある。チャルド星は、知的生命が宿る惑星としては大きい方で、宇宙からその星を見ると、エメラルドグリーン一色に染まった綺麗な星だ。この星は、機械文明より生体文明の方が発達していて、生活基準のほとんどが植物に寄生する形で成り立っている。彼らの宇宙船は、そのバイオテクノロジーの粋の結晶だ。つまり、生きた船である。

「ザビィ博士から、ホログラフィを見せて貰った事があるからね。ゼビス星では、お世話になったし」

それに比べ、僕たちラプラの文明は、機械文明に近い。とは言っても、それにも制限があり、全てが機械化している訳ではなく、機械と自然がほどよく調和した文明と言って過言ではないだろう。未だに昔ながらの民族文化も各地に残っている。

「自己紹介が遅れたね。わたしはマクエル・タロスだ。ザビィ博士とは、共同で異星文化の研究を進めた事があるんだよ?」

笑顔をミィチェルに向けると、目を何度かパチパチ瞬いた後、

「……あなたが、あの、マクエル氏…ですか?すみませんっ!俺、年下とばかり思っていたからっ」

そう言って、動揺を露にする。

「わたしたちの種族は若く見られがちだからね、気にする必要はないよ。ところで、ザビィ博士もここにおられるのですか?」

小さく頷き、声のトーンをミィチェルは故意に下げた。

「……ここに連れてこられた者たちは、共通点があるんですよ」

僕は、他の者たちをもう一度じっくり見渡した。中にはとあるモノの研究に関して、自星で第一人者を自負する者たちがチラホラ混ざっているのを見つけた。確認のため、ミィチェルに視線で問うと、ゆっくり頷いた。

「おおっ!目が覚めたかね、マクエル君」

のんびりとした声が少し離れた場所からかかった。

「……ザビィ博士」

僕がそちらへ顔を向けると、小走りでザビィ博士が近づいてきた。

「厄介な事になったよ、マクエル君」

ザビィ博士と一緒に、数人の見知った人達が集まってきた。

集まって来た中でそう言ったのは、ツェン・ホウ博士だ。彼はタピチュセス人である。

「……この国の軍部が、航海中に妙なモノを拾ってな、それをここ、ゼーンの考古学センターに託したんだ」

「妙なモノ?」

ツェン・ホウ博士は、やや声のトーンを落として答える。

「……赤外線で透視した内部の構造を見せてもらったがな、どうやら爆弾の様なものらしいんだ。しかも、厄介な事に重要な所は、何も破損する事なく活きている」

ザビィ博士は拳を振りながら僕に言った。

「これは困った事だぞ?おまけに、どうやら、軍部はその事に気付いたらしい。

何しろ、わしらにその爆弾の操作方法を解読するように、要請してきた。

で、初めはすっとぼけておったのじゃが、そうすると、脅してきたのじゃな。

実は、あちらにいるパホワ・レン氏の子供が人質になっておるのよ」

顎をしゃくられ、そちらへ視線をそちらへ移すと、頭を抱えて慟哭するパホワ氏の姿があった。回りに数人の学者がいて、落ちつかなげにウロウロと歩き回っている。

(……子供を人質だと?なんてやつらだ!)

僕は不愉快な気分になって癖である爪を噛んだ。

「我らがここに連れられて来る前にの、すでにパホワ氏の子供は行方不明になっておったんじゃ。

ここに拉致されてきたのを知ったのは、わしらがここに連れられて来た時に、その子供の姿のホログラフィを公開したのじゃよ。

頭が痛いのはそれだけじゃない。

それは例を上げただけじゃと抜かしおったわ!」

僕は嫌な予感がした。

内面の不快が顔に出たんだろう、その表情を見て、全くだとでも言わないばかりに、ツェン・ホウ博士が興奮気味のザビィ博士を宥めつつ言葉を引き継いだ。

「『我々の身内に手を出すぞ』という事らしい。兵器なんて、銀河系連盟に名を連ねて、平和が確定している今では不要もの。

わたし達が意義を唱え、それを廃棄処分する事を提案すると、ここへ閉じ込めたのだ」

「……あやつら、力に目が眩んどるぞ」

フウッとため息をつく。

「パホワ・レン氏は、W十星雲でも屈指の実力者だぞ?このままだとタピチュセス星と全面戦争じゃぞい」

ツェン・ホウ博士の戦争という言葉を聞いて、僕の心は大きく揺れた。

僕の心を代弁するかのように、回りにいた他の人々が、重苦しいため息を漏らした。



僕たちはなす術もなく、言われるまま、操作方法を模索していた。他の研究者も黙々と作業を続けているが、この中のどれだけが、純粋な探究心でこの作業をやっているだろう。

少なくとも、僕の回りの見知った人達は、母星を戦争に巻き込みたくなくて、唯一無二の家族を失いたくなくて、悲壮な覚悟で作業しているにちがいない。

抵抗らしき抵抗も出来ないまま、無情にも作業分だけの地道な成果が上がる。

時だけがゆったりと過ぎ去り、すでに二年目に突入しようとしていた。

そんなある日、僕たちがつめている作業場から少し離れた場所で、爆音が聞こえた。建物自体が大きく揺れ、厚い壁の向こうの騒ぎが聞こえる。

銃を使う音、罵る声。あちこちでサイレンや火災報知器が耳障りなほど鳴り響き、その突然の騒ぎに呆気にとられ、ほとんどの人が作業を中断してざわついた。そんな時、

「お父さんっ!」

立ち尽くす、パポワ・レン氏の側へ駆け寄って抱きついた誰かがいた。

ここに居ないはずの子供だ。会いたくて会いたくてたまらない存在だ。

パポワ・レン氏は、突然の事に硬直している。僕もそして回りの他の人達も何が起こったのか正確に判断出来た人は居なかった。

「お、お前……どうやって?」

人質に取られていたはずの子供だった。少し痩せた様に見えるが、元気である。パポワ・レン氏の眼に涙が宿った。

子供は黙って背後を示した。

「あの人が助けてくれたの。……殺されそうになったわたしを、助けてくれたの!」

そこには、子供と同様、その場に居なかったはずの人物がいた。漆黒の長い艶やかな髪を、風も吹いてないのに靡かせた、見目麗しい人物である。種族的な特徴である、背に双翼も羽根もない。尖った耳も光によって変化を極端に起こす瞳孔も無い。……見たことの無い種族だった。ここに居る研究者たちからすれば、興味尽きない姿の持ち主である。

その場にいる者たち全ての目を奪う、穏やかな微笑をその者は湛えて、立っていた。

息を飲み、シンッと静かになる。

『随分時間がかかってしまいましたが……』

琥珀の瞳が辺りを見渡した。そして、それぞれに視線を合わせる。

高くもなく低くもない不思議な響きを持つ声だった。静かになったその作業場にたった一人の声だけが響く。

『わたしの名はルーン。……皆さんを、助けに来ました』

何処の星の言葉でもない音が響いた。

でも、意味は判る。直接脳裏に意思が伝わってきたのだ。それがどういう方法を取ったものかを知っている者は、ここには誰も居なかったが。

『皆さんを、ここから少し離れた場所に転移させましょう。……わたしが、ここで彼等を足止めして時間を稼ぎます。その間に逃げて下さい』

僕はこの目の前の綺麗な異星人が誰か知っていた。僕が拾ったカプセルの中に居た人物だ。たった一人生き残った幻星の住民。

強張った様子で僕が見ているのに気付いたのか、安心させるように、ふわりと笑った。

「……君は?」

『これを破壊します』

そう言って、目の前の巨大な機械の固まりを指差した。

『コンナモノが残っていてはいけないんです。

……これは、星に不幸を呼ぶ』

静かな声だった。琥珀の瞳が哀しく揺れた。

「それを、君はなんだか知っているのか?」

誰かが声を上げた。ルーンは視線を合わせ、頷いた。

『……地殻破壊ミサイル。この爆弾数発で、地中の地殻に異変をもたらし、天変地異を起こします』

回りが大きくどよめいた。

『わたしには、これを解体する義務があります』

「義務?」

一度、目を伏せ、少し沈黙した後、再び目を開いて僕たちを見渡した。

『そうです。……何故なら、この爆弾を作ったのは、今は亡き、わたしの星の人間だからです』

衝撃的な告白を聞き、更にざわついた。

「……君は……」

『あなた方が、わたしたちを何と呼んでいるか知りませんが、わたしたちは自分の星の事を“地球”と、言っていました。……青い、とても青い綺麗な星だった……』

ルーンは微苦笑を浮かべる。その様子を見て、何も聞けなくなる。……あんなに知りたがっていた失われた青の星の全ての答えを持つ者が目の前にいるというのに、この時は誰も問い掛ける事が出来なかった。

『こんな物で、母星を失う様な事には、あなた方はならないで下さい。力という欲に負けないで下さい』

真摯な眼差しで、その場にいた研究者たちをそれぞれ見詰めた。

「儂は、残らせて貰う。解体する時に機械に精通している人間が必要じゃろう?」

ツェン・ホウ博士が笑顔で言った。ザビィ博士も頷く。僕も頷いた。

「逃げる時は、一緒だよ」

ルーンは一瞬、戸惑った様子を見せたが、承諾を込めて僅かに頷いてくれた。他の者たちは、ルーンの琥珀の瞳が金に変わった時、僕の目の前から、このホールの中にいた全ての人が消えた。僕たち三人はポツンと取り残され、一瞬後、ルーンは帰ってきた。

そして、解体作業が始まった。今までの研究が皮肉にも幸いし、着々と起動部分の解体が進んでいく。その間も、こちらに監視の眼が行かないように、ルーンは不思議な力を持って、あちこちで事故や爆発を起こさせ、騒ぎを故意に作りながら、時間稼ぎをしてくれた。

「ここを破壊したら、最後じゃよ」

沢山の色とりどりのコードを引きちぎると、今まで点滅していた全てのコンピュータが止まる。三人が汗を拭いながら歓声を上げた時、何処からか声がした。ザビィ博士は、再びそれが組み立てられるのを恐れ、ルーンが持ってきた爆薬を仕掛ける。

(扉のロックは外したから、そこから脱出してっ!ここから、誘導するからっ)

「あんたは?」

声が何処からか聞こえるという状況を気味悪く思いながら辺りを見渡す。

(……後から行くわっ!)

少し躊躇った後、そう答えてきた。

その後、僕たちは、見事に破壊されたシャッターを潜り、時々聞こえるルーンの声を頼りに、右へ左へ曲がりながら、機能の止まった動く廊下を駆け抜けた。

「彼女、この研究所の内部、詳しいなぁ。随分調査したと見える。しかし、幻星の人間だとは」

ザビィ博士は、ルーンの事を目を輝かしながら話す。

「こんな事がなけりゃ、もっとゆっくり色々と話が聞けたのに」

僕はザビィ博士の言った「彼女」という言葉に首を傾げた。先頭を走るツェン・ホウ博士が、止まって、の合図を出し、二人は近くの展示してある大きな陶器の影に身を潜ませた。一寸差で、目の前を警備員が銃を携えて駆け抜けていく。

「……ああ、マクエル君たちには、性別の区別が必要なかったんだよね。儂たちの種族を知っているじゃろ?男と女の区別」

僕が頷くと、ニコリと笑った。

「彼は男。彼女は女。……つまり、ルーンさんは女なんじゃよ」

僕の質問に律儀に応えるザビィ博士を呑気と取ったのか、焦った様にツェン・ホウ博士が声を荒らげる。

「おいっ!何をしてるんだ、行くぞっ!」

また何処かで爆音が轟いた。それを合図に廊下へ踊り出て駆け出す。時々、ザビィ博士が瓦礫に足を取られてこけるので、僕は彼を背負い、走り続けた。

「うわっ!伏せろっ!」

「危ないっ!」

待ち伏せされたかの様に、銃撃の的にされる事もあったが、不思議なことに、自分たちを囲む、薄い光の膜が全て弾いてくれた。これを何というのか知らない。

「わたしは、ここであの子を待っている」

建物を抜けた所で、僕はザビィ博士とツェン・ホウ博士に言った。二人はギョッとして、僕を振り返ったが、僕は決心を変えなかった。

ここは複雑で警備態勢が取られていた建物内部ほどには危険は無いが、しかし、目と鼻の先である。いつ見つかるか判らないし、これだけ騒動を起こしたのだ、捕まったら最後、どうなるか判らないほどの危険に満ちている。

戸惑った様に顔を見合わせる二人に微笑んで見せ、みんなが避難しているだろうと思われる場所で必ず会おうという約束でやっと二人が納得してくれた。

僕は、二人を車の影から密かに見送った後、ひたすらあの子を待った。

無事を祈りながら門を凝視して、待ったのだ。

今まで自分たちが捕らわれていた建物からは、黒煙がモクモクと吹き上げている。時々振動も伝わった。

未だ騒ぎが止む気配も無い。

目の前でとうとう建物の一角が轟音と共に崩れ、立ち登る炎が見えた。その炎のをバックに宙に浮かぶ姿があった。頬が涙で濡れていた。

静かに地に降りながら、哀しげな表情でその光景を見ていたが、僕に気がつくと、びっくりした様子で、振り返った。

(どうして、こんな所に居るの? 逃げてって、言ったでしょ!)

ルーンに気付いた建物内部にいた人達が騒ぎだし、重装備で外へ駆け出した。

僕は、ルーンを失いたく無かった。

たった一人残された、あの星の形見。

僕が一歩踏み出した時、ルーンは僕を逃がすつもりで、別の方角へ駆け出そうとしていた。

その頃にはすでに、その建物の回りを多くのこの都市に住まう住民が野次馬で集まってきていて、お祭り気分で騒いでいる。

気楽な雰囲気が出来ていた。人の気も知らずに。

一発の銃声が響いた。

小さな悲鳴が聞こえ、赤い血飛沫が散ったのを僕は見た。

「やめてくれっ!」

あちこちで、悲鳴が上がる。

それに気付いた様子もなく、狂った様に罵りながら彼等は銃声を轟かせる。僕はその者たちに叫んだ。

「やめてくれっ! その子を殺さないでくれっ!」

人込みを掻き分け、その場に飛び出した。

蜂の巣をつついた様な騒ぎになり、人々の非難がその子に銃を向けた人達に集中する。

僕は転ぶようにして、その子の側に駆け寄った。琥珀の瞳の綺麗な異星人は、真紅に染まって、ほとんど虫の息だった。名前を呼び、懸命に揺する。白濁しかけた瞳を彷徨わせ、そうして僕に気付くと淡く微笑んだ。

その透明過ぎるほど澄んだ微笑みを残し、そのまま目を閉じる。……それっきり、もう二度と眼を開く事無く、冷たくなっていった。


10


「パーパ。マーマ、何処?」

タロスの腕に抱かれて眠っていた、チェリスが目を覚まし、目の前の俺に聞いた。

俺はどう答えてよいか判らなかった。タロスは困惑気味に口を閉ざす。

「マーマ、会いたい。何処?」

「……ママは居ないんだよ。チェリス」

俺はそれだけしか言えなかった。

チェリスの顔が歪む。眉を顰め、父親譲りの青銅色の瞳に涙がジワジワと競り上がって来た。

「……チェリス、泣かないで。ティラが居る。パパもいる」

いつの間にか目を覚ましたティラが、俺の膝から降りてチェリスの側にヨチヨチと歩いていった。

「強くなるって、約束した。マーマ、約束した」

茫然とする俺とタロスの前で、達者な口調でティラはチェリスを慰める。

「マーマの代わりにパーパ、守る約束した」

泣きじゃくるチェリスを小さい両手でギュッと抱き締め何度も言った。

「マーマの妖精、チェリスとティラで、守る約束したの……」


エピローグ


あれから十年と少しの歳月が経過した。

俺は相変わらず研究所で天文観測をしていたし、タロスは異星間貿易のため、あちこち仕事仲間と商売しながら渡り歩いている。

今は亡きルーンと俺の間の子供たち、チェリスとティラは、IQが並み以上に高く、齢十二才で博士の称号を取った。

全ての事件の発端である、タロスがザビィ老から譲り受けた奇妙な物は、蓋を開けるのに成功してみると、驚いた事に冷凍保存された精子と卵子であった。

個人の研究だけじゃ、資金面で困難と判断した二人は俺の危惧を物ともせず、自分たちの素性をあかし、市民権を獲得した後、協力を市へ要請した。

二人は、ザビィ老や他の数人の助けを借りて、どうにか母体無しでの人工受精に成功し、それらを育てる研究をしている。

予測では、今年の夏頃、第一陣が産声を上げるはずだった。

ラプラ星生まれの地球人が生まれるのだ。

どれだけが無事に生まれ、育つか判らないが、二人は生まれ来るはずの新しい命を、守り育てて行こうと決意している。



ルーンが姿を消して、俺はルーンに与えていたこの最下層、地下十二階をもう随分と昔に封鎖していた。

思い出が沢山あるから、辛くて封鎖したのだが、その日は何故か無性に見たくなった。

ロックを解除し、転送装置を使ってその階に下り立つと、変わらずの風景が出迎えてくれた。

ただ、過ぎ去った歳月が告げるかの様に、所々に設置してあるベンチに埃が白く積もっている。ぼんやりと歩き回り、思い出を刺激される場所に足を止め、それを触れて回りながら、足はルーンの部屋へ向いていた。

戸口の横に付いているタイルの様な物に手を翳すと、電子音が鳴り、中へ通してくれる。

部屋の内部の様子は、そう対してあの頃と変わっていなかった。

ただ……そう。ただ、少し部屋が狭く感じるくらいで。

「…………狭い?」

綺麗過ぎるくらい、片づいていた。だが、思い起こせば、ルーンはこの部屋に何かを持ち込んだのだ。それもかなりの量の……。

手を壁に這わせ、明かりを探した。

その時、壁に埋め込まれた冷たい金属の板が手に触れた。

『声紋・指紋トモニ確認』

小さく合成音が響いて、カチリと音がした。

何かのスイッチが入った様だ。

何も無いはずの部屋の中心にあたる床のタイルがゆっくりスライドして、中からレンズの仕込んである円盤が競りあがってきた。

「…………あっ」

チカチカと小さな光が蛍の様に点滅する、真っ暗の世界の中央に、煙る輪郭の青い星が、金色に輝く小さな衛星を連れて浮かんでいた。

ホログラフィとは思えないほどリアルで、泣きたくなるほど儚い姿を見せていた。

「地球と月……か」

立ち尽くしたまま、その幻影を見つめる。

金色に輝く月の色は、ルーンの瞳の色をしていた。

瞳が語る。

「忘れないで……」と。

青い星が囁く。

「二度と繰り返さぬ様に」と。

人の奢りが星を滅ぼした。美しかった星は、数多の命を呑み込み消えていった。

科学の進歩は、影の面を持っている。

兵器という名の麻薬が人々を狂わせる。

「正当防衛」という仮面をつけて、剣舞を踊り続ける。

ルーンの憂いを湛えた月色の瞳が、俺に語る。

涙が溢れた。涙が溢れて容易には止まらなかった。

星は語る。間違った道を歩んだ命が行き着く場所が何処なのかを。

顔を覆い、俺は座り込んだ。ルーンはいつも遠くを見ていた。故郷を失った哀しみを抱え、切なくなるほど優しい微笑みを湛えていた。

声が響いた。肉声に近いほど精密な合成音でそれは再現され、そうして俺に語りかける。

『ずっと、ずっと大好きだからね。ダン』

顔を覆った指の間を涙が伝った。

俺は、呻く様に告げた。聞くはずの相手が居ない事を知っていたが、言わずにはおれなかった。思いの全てを込めて、俺はゆっくりとルーンの残した言葉に答えた。

「俺も。俺もルーンが一番、大好きだよ」




終わり




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