第八話『世界基準のステータス・ウィンドウ』
カルネロ兄妹は眠ってしまった。
柱に寄っかかって足を投げ出している俺の太モモを枕にしてスヤァだ。 やれやれ、子供というのは本っ当に可愛い。 もう少し可愛かったらうっかり母乳が出てしまうレベルだ。
チョリスのバカはといえばビーフジャーキーをむしゃむしゃやりながらまだ日本酒を呑んでいる。 独り言が目立つようになってきたが、相当な酒豪だ。 実を言うと俺も少し酔っているのだが……。 酒に呑まれてしまうほどヤワな男ではないからな。
「ところでチュローブス、お前のステータスを見せてくれ」
「……あ。 そうだったな、ワリィ」
チュロブリスはコップを置いて四つん這いで近付いてくると、俺の隣でドサっとあぐらをかいた。 出会ったときの怯えようが嘘のように慣れてくれたな。
「ステータス・オープン! 」
ん? なんだ、雑魚のステータスウィンドウは随分と画面が小さいのだな。 それに、なんだか視界がぼやけているのは疲れているせいだろうか。 もしかしてスキルや魔法を一気に使いすぎたか? まったく神のジジイめ……。 ヤワな体をよこしやがったもんだ。
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チョ=リィス・ヴァンガード Age31
Lv. 86
種族*人族 ♂
職業*正義の騎士
ATK/1478
DEF/1008
HP/2540
AGI/983
MP/2456
RES/880
LUK/2050
特殊スキル・属性付与 【ミラー】Lv.38
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……ふむ。 俺のステータスをガキ臭いと言った割に充分ガキ臭いな。 しかし、ジョブは正義の騎士ときたか、なんだか真っ当な主人公臭がして生意気だ。 今はそんな主人公像など時代遅れも甚だしいのだがなぁ。
——ここまでチュロンブスの外見など気にしていなかったが、長い髪を後ろで縛っていて、髭も整っている。 よく見ればなかなかにワイルドでいい男だ。 アーモンド型の目は真っ茶色で、眉毛も凛々しく、鼻も高い。
「おいチュロリス。 ヒック。 お前なまいきだな」
「どうしたミナト、呂律が回ってな——」
「モブはモブらしく慎ましい外見をしておけドブネズミがっ! 」
「えぇ……? 」
さて、ぐっすり眠っている二人には少々申し訳ないが……。
「おい、トロとカルツォーネ。 起きろ」
ネムとカリッツォーネの兄妹を揺すり、起こすと、お互い向き合って鏡写しのように目をくしくしやり始めた。 俺の両脇で二人まったく同じ動作……。 こりゃツイン天使サンドをご賞味あれってとこか!? ヒュー! まいったね……! そろそろ腹もいっぱいなのだが。
「ほらベイビーちゃんたち、ちゃんと寝床で寝ろ。 体が痛くなるぞ」
「「ふぁ〜い」」
「待て、ニョロ。 ミナトお兄ちゃんにおやすみのキッスもなしか? ……ったく、そんな子に育てた覚えはないぞ 」
「ちゅっ」
ふぅ! まいっちまうね。 ネローニャときたら短い足で駆け寄って来てさ、そりゃもうぶっきらぼうに、ほっぺにキスなんかしやがんだよ! ……チェッ! この調子で近い将来、目も当てられないようなビッチになっちまったらたまんない。 俺には祈ることしか出来ないんだけどサ。 ま、兄のカルフォルニールロッテに監視しておいてもらうのは大事だね。 本当にさ。
「……ん? どうした、何をする気だミナト」
「あぁ? マグロ料理で廃棄がたくさん出ただろう。 ヒック。 ハラワタとかぁ、血合いとかも大量にあるしなぁ。 それを捨てるんだヨッ」
「へぇ。 どこに捨てるんだ? 」
「んぁー? 俺が生前に勤めていた会社のオフィスに決まってるだら。 特に上司の松原と事務の橋本のデスクはなぁ、血に染めてやらんと気が済まん。 ヒック」
「よく分からねぇけど……。 庭に捨てたら肥やしになったりは……しねぇか」
「なったとしてもそんな勿体ない使い方をしてたまるか。 腐った血と臓物は復讐に使うのが人間らしさだ。 オルァァア! 」
\ダババババババ/
「フハハハハ! 染まれぇい! もっと染まれぇい! 赤黒いだろう? 見たこともないような赤黒さだろう! これが憎しみの色じゃあ! 」
よし、すっきりした。 お次はチョブリスの外見を完全なるモブに変えるために、現世の職人の技術をトレースする例のスキルを使うとするか。 リアのサポートなしで出来るかわからんが……。 カリスマ美容師の技術を拝借するのだ。 頼むぞ、俺のスキル。 たしかポーズはこんな感じだったな、腕を高速回転させつつ……呪文を唱える。
「ちちんぷりぷりっ! ! まじかるっ! すきるワンダぁーーーあ! ちんぽこロケットぉっ! ズゴゴォー! 」
トロッツーウィング&ソニア兄妹が起きないように声量を絞ったつもりだったが起こしてしまったな。 まぁ子供なのでまたすぐに寝るだろう。 何しろ100dBを超えなくては発動しないスキルであるから仕方がない。
さて、現世に繋がったタンスからハサミを取り出して……ふむ! 準備は万端だ。
「おいチューブレス、その鬱陶しい髪を解いてこっちに来い。 俺は今カリスマ美容師だからな……。 やれやれだ」
「いやチョリスだ俺は。 髪か……? あぁ、そういやずいぶん散髪してないな」
「俺がタダで切ってやる。 感謝しろよ? それからヒゲを剃れ」
「え? ……いやぁ、俺は三十超えても童顔だからさ、髭がないと……」
「いいから今すぐ剃れっ! モブ臭を出すんだよっ! 」
「も、もぶしゅう? 何言ってんだ……? 」
家電量販店から電気シェーバーを拝借。 それから眼鏡屋でダテ眼鏡を拝借。 今日はかなり奮発してしまったが……これがつまり、経済を回すと言うことだろう。
「よし、髪を切るぞ。 お前はヒゲを剃ったらそのダテメガネをかけろ」
「なんだこりゃ……? 何の機械だ? どうやって使うんだ? 」
「三十にもなって電気シェーバーの使い方もわからないか!? 何から何まで俺が面倒を見ないとダメか!? 」
「えぇ……」
やれやれ、まるで赤子だな。 俺も少し熱くなってしまった。 落ち着け、ここは懇切丁寧に電気シェーバーの使い方をレクチャーしてやろう。 俺がこいつらの文明レベルを考慮して合わせてやらないとな……。
「なんだおい! 楽しいなこれ! 電気セーバーすげぇわ! ……ところでミナト、散髪はありがたいが、顔がとんでもなく真っ赤だぞ。 まさかとは思うが、酒には弱いのか? 」
「俺が弱いのは女子供だけだ。 それ以外は全部強い、誰よりも強いが……。 その中でも特に、ブスとババアと老害にはめっぽう強いぞ」
「そ……そうか。 なるほど、意味がわからねぇ。 まぁいいや、じゃあ散髪は頼む」
「じっとしていろよ」
ここでカリスマ美容師ミナト、ハサミの刃をペロリ。
「——耳を切り落とされたくなかったらな」
決まったな。 散髪、開始だ——。
◇
ふむ、だいぶ時間が掛かってしまった。 まぁカリスマ美容師だって三十秒で髪が切れる訳でもあるまいし、こんなものだろう。 しかしとんでもなく斬新な髪型になってしまったな。 おそらく現代ではこういった奇抜な髪型が大ブームなんだろう。
「ミナト……? おい大丈夫かミナト、白目剥いてるぞ……? うわっ! 口から血も出てるぞっ。 あーあー、刃物なんか舐めるから……」
「あぁ……。 俺は白目を剥いて口から血を出してる間は無敵状態になるスキルを持ってるからな……。 それはそうと、チュッバラーシカくん……そろそろ俺は寝……る……ぞ」