第七話『魔王直属妖魔衆第三席・魔王領北方防衛軍〝白虎〟総長・ギークランド=スケルトンJr.』
豪勢なまぐろ料理が所狭しと並んだのはいいが、生まぐろがだいぶ余ってしまったな。 今出ている量でも四人では食い切れないだろうし、内臓や血合いなんかの廃棄部分もたくさん出た。さてどうしたものか……。
【ミナトくん、現世に繋げた引き出しに捨てたら? 】
その手があったか。しかしお前どんどん口調が砕けてきたな。 ちゃんと仕事は仕事と割り切れよ? 俺たちは友達じゃないんだからよ。 しかし……いいアイディアではある。 ありがとうな、これからもサポートを頼むぞ。
【もう寝ていい? ミナトくん】
いいぞ、存分に寝ろ。 明日も頼む。
【うんっ! 】
……おい待て、なんか最初と随分声色が変わってないか? 急に子供のような声になった気がするんだが……。
【ミナトさんの初恋の相手。 三年二組で隣の席だった舞美ちゃんの声色に、設定を変更しました】
いらん事をするな。 どうして酸っぱい果実を無理やり齧らせるような真似をするんだ? 設定を戻してから寝ろ。
【癒しになるかと……】
なる訳ないだろう。 俺は遠足のバスの中で舞美ちゃんのお気に入りのリュックサックにゲボを吐いた男だぞ。 癒しどころかトラウマを完全に蘇らせる声だポンコツめ。 さっさと声を元に戻せ。
【了解っ! みなとくんっ! 】
やれやれ……。お前は本当にお茶目だな。 いつか目の前に召喚して中世の拷問をwikiの項目順に執行してやるから楽しみにしておけよ。
「どうしたんだ? 怒ってるのか……?」
「あぁ、気にしないでくれ。 それよりお前ら全員、ヨダレが垂れているぞ」
「食べてもいいですかっ? ミナトお兄ちゃん! 」
「当たり前だろう。 『おあがりよ』が聞こえなかったのか? お前とカルネの為に用意した飯だ、存分におあがりよ」
「「いただきますっ! 」」
「おあがりよっ! 」
【どんだけ「おあがりよっ」言いたいんですか】
お前は早く寝ろ。 やれやれ、さっそくがっつき始めたな。 子供がたらふく食べている姿がこんなにも癒される光景だとは。
「お、俺も……。 食っていいかな……? ミナト」
「お前は後だチョリス。 二人が満足してからでも充分残るだろう。 そしたらハイエナみたいに貪ればいい」
ふむ……。 少々言い過ぎたか? とんでもない絶望を顔面に貼り付けているな。
「冗談だ。 たべ……」
フライングだぞチョリス。 真っ先に中トロの炙りに手を伸ばしたあたりは流石に数十年生きてきただけはある。
「わっ! ワインがッ! 割れちまったのがッ! 悔やまれるッ! 」
全員、頬をパンパンにさせて喰らってるな。 さて……。 どこかのスーパーから日本酒でもちょろまかすとしよう。 ビーフジャーキーもだな。 まぐろなんかいつでも食えるとわかったから、俺は乾物で充分だ。〝さいかわ〟二人の幸せそうな顔が最高の肴になる。
「チョリス、刺身はそっちの黒い液体と、緑のペーストに付けて食べるといいぞ」
「これと……これか。 んっ!? なんだこれは!斬新な……! 」
「黒い液体が『せいゆ』緑のペーストが『ワビサビ』だ」
「セイユ……ワビサビ……。 絶妙だ」
「あぁ。 ワビサビは日本の心だ」
やれやれ。 刺身には醤油とわさびだなんて、小学生でも知ってる知識なんだがなぁ。
「これはなんだろう。 生の切り身の下に、白い豆のような……,。 はっ。 ま、まさかっ! コメ!? ミナト、これはコメだろう!? 」
「何を驚いているんだ? それはSUSHIだ。 どこからどう見ても米だろうがハイエナ野郎が。 そんなに食いたいならどんぶりで出してやるから刺身を乗っけてマグロ丼にでもしろ」
引き出しをご飯おかわり無料のチェーン店に繋げる。 ここは俺が前世で時々お世話になっていた店だ。 ちんちんコントローラー、略して『チンコン』で視点を操作し、入ったことのない調理場へ侵入。 やれやれ、ここのスタッフは俺に「いらっしゃいませ」も言えんのか。
ここで大怪盗ミナト、華麗に炊飯器をまるごと窃盗。
「ほら、よそってやるから存分に食え。 おかわり無料だからな」
「うぉお……。 マジかよっ! ネロ、カルネ! コメだっ! コメを食えるぞ! 」
「「こっ、コメェ!? 」」
よそってやったら三人ともご飯に夢中になったな。 マグロの方がよっぽど高価なんだが、まぁ嬉しそうなので余計な茶々は入れないでおこう。
「あ、ミナト……。 さっきから何を飲んでるんだ? いい香りだ、酒か……? 」
「あぁ。 故郷の酒だ、お前が幸せそうに食っていた刺身にもよく合うぞ。 飲むか? 」
ほっぺをパンパンに膨らませたまま、何度も首を縦に振る。 箪笥から百均でグラスを拝借し、注いでやった。
「なんだ……? こりゃあ……なんて華やかな香りなんだ」
「日本酒だ。 コメから出来た酒だな、飲みたきゃ手酌で飲め」
チョリスがドバドバと飲むので俺の分がないな。 別のスーパーから二升ほどちょろまかすか。
「うめぇ、うめぇ……なんてうめぇんだっ……! 夢みてぇだ。 こりゃ夢か? まるで夢だ。 うめぇよっ、ミナトぉ」
……ふむ。 チョリスはよく見ると色男だ。 だんだん可愛く見えてきたな。 仕方ないからコイツにも〝さいかわポイント〟を少し入れてやるか。
「……ところでよ、時々お前の後ろに現れる美女は一体なんだ? 」
「ん? なんの話だ」
「ほら、今も出てきた。 ステータスウィンドウよりは少し小さいか。 カラフルな部屋に、綺麗な女性が写って……あ。 今手を振ってる! 」
「なんだと……? 」
首が捻じ切れるレベルのスピードで振り返ったが、なにもなかった。
「あっ消えた。 いつも一瞬だけ現れるから、ステータスウィンドウのバグかなんかだと思ってたんだが」
「どんな格好をしていた? 」
「なんというのかな。 明るい色のヒラヒラした服だ。 変な器械で耳を覆って、丸い玉のついた棒が口元に伸びてた」
ヘッドセットか? 一体どういうシステムなんだクソが。 いつか絶対にしばき回してやるからなポンコツヘルプ。
「どわぁ、お腹が爆発しそう〜」
おっと、子供二人が食いすぎでぶっ倒れた。幸せそうな顔をしてる。 チョリスは片膝を立てて二人の食べ残しやなんかを綺麗に処理している。 なかなかの酒豪で一升瓶がとっくに空になっているみたいだ。 追加の酒をやろう。
——ゴンゴン。
なんだ? ドアが叩かれた。 こんな時間に来客か?
「こんな夜更けに……。 ネロとカルネの家に客人? 」
チョリスの言葉を受け、ネロとカルネが不思議そうに顔を合わせた。
「俺が出るから寝てていいぞカルネロ。 チョリス、お前は俺の分まで飲むなよ。 あまり酒をスティールすると店が潰れるからな」
ドアを開けると、そこに立っていたのは外套を纏ったガイコツだった。
「これはこれは。 ミナト様、お初にお目にかかります」
その姿を見た瞬間に後方でチョリスが剣を抜く音がした。 このガイコツは俺の敵じゃないが、チョリスでは瞬殺されてしまうだろう。 やれやれ、幸せな食事の後に穏やかじゃないな。
「この家に何の用だっ! 」
うるさいな後ろのアホ。 酔ってたんじゃないのか。
「ミナト様。 私は魔王様の使いでございます」
グラスタの僕か。
「チョリス、剣を収めろ」
「ミナト……コイツは恐らく最上級魔人だっ! 人語を操り、魔力も高いっ! くそっ、どうしてこんな辺境に……! 」
「ふふふ。 外野が少々うるさいですね……。 ちょうどいい、〝力〟を解放して、ミナト様にも私の名を覚えておいて頂きましょうか……」
「いやいらんいらん。 こんな所で余計なものを解放するなガイコツ」
「えっ。 私の〝力〟見なくていいですか? 私これでも魔王城ではそこそこの地位にいる魔人——」
「あー、いらんいらん、そこらで昆虫でも観察してた方がマシだ。 それから剣を収めろチョリス。 この魔物は俺の知人だ」
「ちっ、知人……? 最上級が知人!? 」
見た感じこの魔物は、相当自分の魔力を抑え込んでいる。 それでもさいかわ二人とチョリスはかなり怯えているし、要件次第じゃ粉々に吹き飛ばしてやろう。
「カルネ、ネロ、怯える必要は微塵もない。 俺がいる」
俺は玄関先でガッカリしているガイコツに歩み寄る。
「おい骨。 一体何の用だ? グラスタからの言伝か? くだらない用なら貴様をこの場で塵にして魔王城を朝までに吹き飛ばす」
「グラスタって誰だよ」
「あの、ちょっと黙っててくれるかチョリス」
「いえ……私に敵意はございません。 グラスタ様が、ご希望の品を配達する日取りと場所を決めたいと仰られております。 グラスタ様はご多忙です故、滞りなくお引き渡し出来るようにと」
なるほど。 飛べる魔物……。俺が相棒にする予定の可愛いドラゴンの引き渡しの件で来たのか。 自ら動かず使いをよこすなんて生意気だな。
「俺が発注した巨大化、縮小化の能力はもう付与されたか? 」
「はい。 もう体長を自在に操れるようになっております」
仕事早いな。 さすが魔王。
「じゃあ明日だ。 明日の昼、俺とあいつが出会った始まりの草原に配達するよう、グラスタに伝えろ」
「あっ! 明日っ!? 」
ガイコツが素っ頓狂な声をあげた。
「グラスタはそんなに忙しいのか? 明日の正午までに配達出来ないなら魔王城とその周囲100kmを更地にすると伝えておけ。 さっさと帰れガイコツ。 俺のさいかわ達が怯えてるだろうが、消すぞ」
「と、言われましても……。 私共にもっ——」
「お前らの都合など知るか。 全員死ぬか、正午までにドラゴンを配達するか、その二択だ。 俺は一刻も早くさいかわドラゴンの相棒が欲しい。 意外とさみしがり屋だからな」
「で、ですが……」
「ですがも春日もあるか。 五秒以内に視界から消えないと世界から消すぞ。 ご、よん、さん、」
ガイコツは迅速に頭を下げて帰っていった。
「何言ってんだか全然わからねぇ……。 なんなんだお前は……」
「俺はミナト。 カミダミナト。 しがない一人の漂流者だ」
「魔族に頭下げられてる人間なんか見たことねぇよ……」
やれやれ。 チーターは辛い。 説明するのも面倒だ。
「ネロ、怖かったか。 大丈夫だからこっちへ来い」
……ふむ。 抱きついてきたな。 チョリスの口ぶりから察するに、喋る魔物は強くて恐ろしいのだろう。
「お前の年はいくつだ? 」
「へっ!? ……えと、年……? 」
「十才だろ、ネロ!」
カルネが言うと、ネロは照れ臭そうに「そうでした、じゅっさいでしたっ」と自分の頭を叩いて笑った。 最高に可愛いぜ。
「お前は間違いなくこの着ぐるみ村のさいかわだ。 他を見なくてもわかる」
「さいかわ? 」
「あぁ……。 あと八年だな」
「あと八年……? 何がですかっ? 」
「俺は旅に出るが……。 八年経ったらお前を抱きに帰ってくる。 それまで女を磨いておけ」
ネロはキョトンとした上目遣いで見つめてくる。 やれやれ、まだ意味がわからないか……。 俺はロリコンじゃないからな、八年くらいは待てる。 ふぅ。 まったく……。
時を待つ、というのも体力が要るんだぜ?