第六話『minato's kitchen』
「いいかチョリス、俺がこの世界で泣く事は金輪際ない。 奇跡の瞬間に立ち会った事を誇りに思えよ」
「あ、あぁ………。 いや、それはそうと、ミナト。 カルネを救ってくれて本っ当にあり——」
「ただのチートマジックだ。 俺はネロに恩を売るためにやっただけだからな、気にするな」
「そのチートっていうのは……。 なんなんだ? 」
「俺の母国語で『神々の寵愛を受けし者』という意味だ」
……さて、ここから駄目押しの恩売りだ。 マグロ料理をさいかわ二人に目一杯振る舞う。 心身ともにさいかわのネロを胃袋でも掴むぞ。 おーい、リア。 聞こえるか?
おかしいな……。 ヘルプのリアに返事がない。 リア、リア、リア、リア、リア、リア。
【むにゃ、むにゃ……ふぇ? うーん……。 なんでふか?】
寝てたのか? すまないな、マグロを解凍するスキルとかあるか?
【へ……? あぁ、ちょっと待ってください。 ちーん! 】
鼻をかむ音を皮切りに、扉を開閉する音、歯を磨く音が聞こえてきた。 まぁリアにも生活があるから仕方ない、ヘタに突っ込まずに待とう。 お、ガラガラペッのあとに咳払いが一つ入った。
【お待たせしました。 さっきのマグロを料理するのですね? それでは、「マグロを解凍するスキルぅ〜⤴︎」と唱えながら、全身を擦り付けるようにマグロを撫で回して下さい】
……身体中がマグロ臭くなりそうだな。
【嫌なら自然解凍しかありませんが】
背に腹は変えられん、了解した。 語尾はどうする?
【はい。 めいっぱい上げて、可能な限り伸ばして下さい】
よし、まかせろ。
「まぐろをかいとうするすきるぅ〜〜〜⤴︎ 」
しかし見事に溶けたな。 全身どころか部屋中が生臭くなってしまった。 おいリア、このまぐろを綺麗にさばくスキルは?
【はい。 適当な刃物……刃がついてたらハサミでもいいので、それを握ってから、「瞬間マグロ捌きぃ〜」と唱えて下さい】
わかった。 語尾は?
【これは、とらえもんが秘密道具を出すときのニュアンスで】
ふむ……。 どっちだ?
【……どっち、というのは? 】
初代声優か二代目かに決まってるだろう。
【初代に決まってるじゃないですかそんなもの】
よし、睡眠を邪魔して悪かった。 もう寝ていいぞリア。 永遠に目覚めないといいな。
【いえ、もう少し見てから寝ます】
そうか。 ちょっと不安だから、しばらく起きていてくれるとこっちも助かる。 サポートを頼むぞ。
「ネロ、さっき野菜を切るのに使っていたナイフを貸してくれ 」
「……あっ! はいっ! ですが、こんな小さなナイフで、この大きな、おさかなを? 」
「四の五の言ってないでさっさと持ってこい」
「は、はいっ! 」
……本当に小さいナイフだな。 刃もくすんでいてボロボロだ。 こんなんで切れるのか? まぁ、自分のスキルを信じよう。
「では、参る。 〝しゅうんかぁん、まぁぐぅろさぁばきぃ〜〜〜〟」
ふむ一瞬でさばけた。 三人とも度肝を抜かれて口がパクパクしている。 やれやれ、まるで阿呆な鯉だ。 しかし問題はここからか……全部刺身で喰わせるわけにはいかんからな。 おーいリア。
【はい】
この切り分けたまぐろを一瞬でフルコースに変えるスキルはあるか?
【ないです】
……マグロを解凍するスキルはあるのに調理するスキルはないのか?
【ガチでないです】
……いや、でもだな。
【だからガチでないですって。 大体この異世界にマグロ自体がいないんだからそれを調理するスキルなんて存在する訳ないでしょうよ】
「じゃあどうしてマグロを溶かすスキルがあるんだよッ! 」
「ど、どうしたのですかっ! ミナトおにいちゃんっ! 」
「あ、いやすまんネロ。 気にするな独り言だ」
「な、何か気に障ることでも……」
「黙ってろチョリス。 煮るぞ」
チッ、求めたスキルがないのは初めてだな……。 チートが聞いて呆れるってもんだ。 神の爺さんがスキルセットの付与を手抜きしたのか……? いや、ポンコツヘルプのクソリアがすっとぼけてやがるんだろうな。 目の前に出てきたら容赦なく張り倒してやるところだが今は我慢だ。 どうしたものか。
【全部聞こえてますからね? あ、現世の人間の技術を完璧にトレースするスキルがありますよ」
ほう……。 どういうことだ? 例えばこの異世界で九回の裏ノーアウト二〜三塁のピンチに陥った時に、プロ野球選手のスキルをトレースすれば三者連続三振をぶちかませるということか?
【まぁ。 どのクローザーのスキルを選ぶかにもよりますけど】
それは引くほど便利だな。 まぐろ料理の専門家……が居るのか知らんが、とにかく料理人の技術を盗もう。 出来るか? 俺の可愛い大切なリアちゃん頼むぞ。
【お任せあれ。 ではまず、左手を腰に当ててください】
ん? ふむ。
【次に、そのまま右足を斜め後ろへ】
右足を……斜め後ろ。 こんな感じか?
【いやいや、もっともっと。中腰になるくらいまで】
ちょっとキツイが……。 こんなもんか?
【いや、そこまで極端じゃなくていいですけど。 まぁそれでもいいか。 ……では次に、そのまま右手を上げ、人差し指を立ててください】
了解だ。 こんなもんか?
【もう少し肘を伸ばして、突き上げるように。 あっ! あっ! いいですね〜っ。 そのままの姿勢をキープしたまま、高速で右手をくるくる回転させつつ、「ちちんぷいぷい、マジカルスキルハンター!ちんくるちんくる」と叫んでください】
……ちょっと待て。 やたら難易度高くないか?
今後もスキル使うたびにヨガの究極進化系みたいな動きをさせられたら堪らんぞ。 ……しかしこの体勢で文句を言っても仕方ないか……。 よし行くぞ。
「ちちんぷいぷいっ、まじかるっ、すきるはんたぁー! ちんくるちんくるっ」
【あ〜……。 惜しいです。 100dB以下の声量だと無効になります】
なんだリアぁ……。 それを先に言え、そろそろぶっ飛ばすぞ。 ふぅ〜……。 では改めて。 行くぞ! 耳を塞いでおけよ。
「ちちんぷいぷいっ! まじかるっ! すきるはんたぁーーーあ! ちんくるっ! ちんくるぅぅうっ!」
【もっと早く! 右腕をもっと高速で回転させて下さいっ! 】
了解だ! ……おっと、この場に居る全員が顔を真っ赤にして下を向いてるな。 おそらく共感性羞恥という奴だろう。 やれやれ、いちいち恥ずかしがっていては何事も成せないのだがなぁ。
【マグロの専門家、高級和食料亭「半兵衛」の初代総料理長『菊屋紋次郎(92)』の技術がインストールされました】
ご苦労だったなリア。 92歳とか言ってるが包丁持たせて大丈夫か?
【大丈夫です、うちの紋次郎を舐めないでください】
……では、さっそく料理に取り掛かろう。 むっ! 必要な調味料、追加食材、調理器具、それらの知識が脳に直接なだれ込んでくるっ。 紋次郎の知識や技術が俺に憑依しているってわけか? こりゃあっぱれだ!
食材や調味料はタンスの引き出しを現世のスーパーに繋げて……と。 一店舗からごっそりくすねると店が潰れるからな。 五店舗ほど切り替えてなるべく分散させる。 世界最強にも良心はある。陰茎操作も最早お手の物だ。
【その粗末なスティック弄ったらアルコールで消毒してくださいね】
そんな時代になっちまったね。
【時代関係ないですよ】
カセットコンロを始めとする機材、調理器具は行きつけだったホームセンターからちょろまかせばいいな。 これも一箇所ではホームセンターの売り上げに大打撃を与えてしまうので知っている店を三店舗ハシゴしてダメージを分散。 こんなに心の優しい窃盗犯は俺くらいだろうな……。 あ、適当な居酒屋からでかい皿もレンタルしなくては。
「な、なんだ、次から次へと見たこともないものが……。 ミナトのアイテムボックスはどうなってんだ」
「調理を開始する。 お前ら、俺の絶技に酔っちまいなっ! 」
「ミナトカッケェ! 」
「かっこいいですミナトお兄ちゃあん! 」
「ミナト様っ! よろしくお願いしまーすっ! 」
……ふむ。 調理を始めたが、達人が料理を作っている手元をぼんやり眺めている気分だな。 ほぼほぼオートだ。 やれやれ、料理の鉄人になりたい訳じゃないんだがなぁ。
「さ、作業が早いっ! 本当にかっこいいです。 ミナトお兄ちゃん……」
かっこいいのは日本の職人の技術なんだがな。 まったく。
「すごい……ドンドン料理が出来上がって……美味しそうっ! 」
あんなゲテモノを毎日食ってるんだろカルネ。 我のマグロフルコースに卒倒するなよ?
「何者なんだあんたは……本当に……」
俺はミナト。 カミダ・ミナト。
しがない一人の漂流者さ。
◇
刺身、にぎり、炙り、カマ焼き、照り焼き、カルパッチョ、山かけ、和風煮、竜田揚げ、カツ……。 その他にもよくわからんマイナー調理法のマグロ料理が貧乏くさい家に所狭しと並んだ。 やれやれ、片付けはチョリスにやらせるとしよう。
「俺の絶技に酔っているのか? まったく、酔うのは口に入れてからにしろ。 さぁ、おあがりよっ! 」