第五話『異世界で最初の食事』
「カルネ兄ちゃん! このドリフターの……ミナトお兄ちゃんが、すんごい治癒魔法かけてくれたんだよっ! 」
カルネが一瞬で俺の前に跪いて土下座をしてくる。
「あ、ありがとあしたっ! 本当に、本当にありがとうございました……! でも、なぜ僕を……? 」
「何故って? お前の妹が可愛いからだ。 全てはそこに集約する。いいかカルネ、妹の可愛さ、健気さをを崇め讃えろ。『かわいい』を『正義』なんていう脆弱な概念と結びつける愚か者が居るが、そんなチャチなものじゃないんだ。『かわいい』は『神』と同義だ」
「かわいいは、神……? 」
「そうだ、よく聞けよ。 俺はこの村に来るまでの二十数年間、『かわいい』に幾度となく魂を救済されてきた。 アイドル、アニメ、漫画、AV女優! いや、それどころじゃない! 時には向かいのホームや路地裏の窓なんかにも『かわいい』が存在した」
「え、えっと……? 」
「人間は触れることの出来ない『神』という虚像に祈り、救いを求める。 アイドルもAV女優も推しキャラも同じだと思わないか? 少なくとも俺は、神の生涯が綴られた本を読むよりも『さいかわ』を眺めている時の方が魂の洗濯を実感できたんだ。 わかるか? ぼうや」
「えと、僕には難しくて……ちょっとわかりません」
「馬鹿者が……。 お前とは話にならん。 さっさと俺のステージまで上がってこい」
【危ないから降りてきなさい】
俺の話は伝わらなかったようだが、着ぐるみの兄妹は抱き合ってから、両手を取り合ってわちゃわちゃと不恰好に踊り始めた。 こいつら本当にかわいいな。 天使か? 異世界に来て早々に〝さいかわ〟による天使の舞をお目にかかれるとは……。 ついていると言わざるを得んな。
——ガシャァァン!
ん……? あぁ、なんだチョリスか。 着替えを済ませたチョリスが玄関で立ち竦んでいる。 装備も剣だけになっているし、どでかい物音は……ワインの瓶を落としたみたいだ。 こいつは俺のマグロ料理をワインで行く気だったんだな? まったく卑しいハイエナ野郎だよ。
「おう、チョリーーーッス! 」
「……あ。 はい。 ども、チョリスです」
「……? お前はハイエナ野郎だろ」
こいつワインを落としたことに気付かないほど耄碌してるのか? 俺の言葉に全く反応を示さずにネロとカルネを見つめている。
「う、うそ……だろ……? A級治癒魔法師でも治せなかった病だぞ……? 」
何故かチョリッスもボロボロと涙をこぼし始めた。 この村の住人は涙腺が老人の尿道より緩いな。 やれやれだ。
「おめでとうっ。 本当におめでとうっ! カルネっ、ネロっ! 今日は快復祝いだぁっ」
大声で喚いたチョリスが、二人の天使に駆け寄って踊りに加わった。
「……おい、チョリス」
「あ、はい? なんですかミナトさん」
「人が気持ちよく見ていた『さいかわダンス』に水どころかヘドロを差すんじゃない。 お前は踊らなくていいんだ、卑しいドブネズミが。 俺の隣で眺めてろ」
興奮冷めやらぬさいかわ二人の喜びを眺める。 カルネはキックしたりパンチしたり、スコップを扱うような動作をしたり。 ネロは涙を流しながら目一杯笑って、柏手を叩いている。 チョリスもおとなしくニコニコしながら隣で見ている。
「あの……。 治癒魔法もいけるんすか? ミナトさん」
「……敬語はやめろ。『ミナト』でいいと言っただろう」
「いや、でも……。 カルネの病気は、腕の立つ治癒魔法師でもどうにもならなかったんです。 村の入り口で撃った攻撃魔法に加えて、治癒魔法もA級以上の大先生を——」
「いいか、俺はただの漂流者だ。 なんの肩書きもない、偉くもない。 この村で愛されてる用心棒のお前より立場は下だぞ」
「え、いや、愛されてるだなんて……そんな」
「ただ、お前より圧倒的に強くて器用なだけだ。 たったそれだけの事に屈するな。 お前は自由だ」
何を呆気にとられているんだこの阿呆は。
さて……。 今度は俺の腹が鳴った。 いよいよ空腹が限界なのでネロの手料理が食いたいな。 さいかわダンスは止まる気配もないし、朝まで見ていられるが。
「ネロー。 兄のお祝いは俺がマグロで存分にやってやる。 カルネを回復させた俺をまずは労ってくれないか? お前の手料理が食いたいんだ」
「あっ、そうだよ、ネロ! 僕も手伝うからミナト様をおもてなししようっ! 」
「おい、カルネ」
「はいっ! 」
回復した兄のカルネがビシッと敬礼する。
「お前は引っ込んでいろ。 俺はネロに頼んでいるんだ。 ……病気だったのは同情するが、俺はまだお前の事を何も知らない。 そんな奴の作った料理など嬉しくもなんともない」
「えぇ……? 」
「初めて口にする異世界の料理は全てネロに作ってもらう。 病み上がりのお前はチョリスとくだらん世間話でもしてろ」
「でも……ミナトお兄ちゃん! わたしのお家にあるものでは、たいしたものが。 このお魚も、一番安いものなのです……。 とても美味しいとは……」
「誰がいつたいしたものを求めた? 俺はお前の作ったメシが食いたいと言っているんだぞ。 質など関係ない。 ……早く着手してくれ、我は腹が減っておる」
俺が言うと、ふんっ、と鼻から息を漏らし、ネロがキッチンに向かっていった。 奮い立ったようだ。
「せっ、せめて収穫を! 畑の野菜を取って来ます! ミナト様、行かせてくださいっ」
「身体と相談しながらやれよ。 そして料理には一切口を挟むな」
「はいっ! 」
……ふむ、とてつもなく可愛い。 しばらくネロちゃんが料理をする姿を眺めていたが……。 汗を垂らしながら仕込んでいる。 時々見える横顔が凛々しく、未来の美しさを予感させた。 10年後、ネロが裸エプロンで料理している姿をイメージ。 カシャ。 妄想のスクリーンショットは完了。 いつでも引き出して有効活用が出来る。
【ちわー、妄想警察です。 斬首刑で 】
カルネも手を泥だらけにして、次から次へと奇妙な野菜を運んでくる。 その全てが貧相な野菜だ。 おそらくネロが一人で作っている家庭菜園なのだろう。
「お待たせいたしましたっ! 」
二匹のグロい魚。 片方の黄色い魚は焼いてある。 もう片方の緑はドス黒い液体に浸かっている。 焼き魚と、煮魚か……。 やれやれ、俺は肉より魚が好きだからな。 ありがたい。
「普段からこれを食べてるのか? お前らは」
「いいえっ! いつもは忙しくて時間がありませんから……もっと簡単なものをっ。 今日は腕を振るいましたっ! 」
ふむ……。 相当自信満々だな。 見た目はまったく美味そうじゃないぞ。 野菜もひどい、ソテーしてあるようだがバツグンにまずそうだ。
生ではとても食えないほど貧相で水分がなさそうなのを目の当たりにしているから、仕方ないのはわかる。 さて、では焼き魚を一口。 二口。 三口。
「……な、なんだこれはッ! 生まれて初めて経験する不味さだ。 ……とんでもなく不味いな」
「そ、そんなぁ」
次は煮魚を一口。 二口。 三口。
「何で煮てるんだ……? 魔物の血か? 吐きそうだ」
「うぅ……。 ご、ごめんなさい……」
次は野菜を……。 人参みたいな色のやつから行くか。 俺は人参が好きだからな。
「不味いな……! アヒルの餌を食ってる気分だぞ」
不味い、味は本当に不味い。 食ったことのない味だ。 俺は全てを平らげ、隣でしゅんとしているネロの頭をなでながら「ありがとうな」と嫌味を言ってやった。
「え、え? ミナト……。 どうして泣いているんだ……? 」
「……お前は黙ってろ」
誰かの気持ちがこもったメシ。
現世で食ったどんな飯よりも不味く、それでも何故だか手は止まらず、溢れ出る涙も止められなかった。 ふむ……。 きっとこれが〝神の味〟なのだな。 可愛さは神。 ふぅ、やれやれだ。