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第五十二話『この世は浮世、あの世はここよ』


 「一番いいヤツってことは……。 おまえよりもいいヤツはいないのか? でも、ケイはすごくいいやつだし、イレーナおばさまも、タグチも、マッシュさまも、みんないいやつだぞ……? 」


 「ふむ。 お前が名を挙げたのは『いい奴ランキング』で言えば下の中くらいだな。 つまり俺の足元にも及ばない有象無象というわけだ。 世界は広いんだぞ、わかるか? ぼうや」


 巨大樹ハーヴェスの住人というのは興味深いな。 知能が成熟してない坊や達にあれこれと詮索するよりも、直接乗り込んでいったほうが早そうだ。


 「楽しかったぞリク坊。 後でお前の『ケモ化促進パワーアップ』も真似してみたいからまた遊ぼう」


 「んぇ。 楽しかっただぁ……? おまえおいらと遊んだことがあるのか……? 」


 「お前は本当にアホだな。 今の今まで遊んでただろうが」


 なんやかんやしている間にまりもが全快してそうな感じだな。 俺がさっき褒めてしまったせいか、後ろの方で踏ん反り返っているが。


  「一旦休戦だリク。 ここはお前らのテリトリーみたいだから、まずは自己紹介させてくれ。 おーいみんなこっちに来い」


 ちろるはピッケに乗ってだらだらと。 爺さんは短い足を懸命に動かして駆け寄ってくる。 少し遅れて、チョリスがケイの手を取って歩いてきた。


 「……あなたたちは一体、何をしに来たんですか? どうしてここで生きていられるの」


 ケイがチョリスと手を繋いだまま、目をまん丸くして尋ねてくる。


 「さっきリクを連れてきた赤いドラゴンがいただろう? アイツにそこのバカを拐われそうになったから、ここまで追いかけて来ただけだ」


 「コルーガーが拐おうと? このお兄さんをですか? 」


 ケイはアゴに指を当てて何か考えているような所作をしている。 やれやれ、まるでお子様名探偵だ。 かわいいなぁ。 正直触りたい。


 「嘘はついてない。 それから俺たちが生きていられるのは、そこで偉そうにしている小さなドラゴンの特殊能力のお陰だ」


 「リクが負けたら終わりだから……。 僕はもう、終わりだと諦めていました。 あなたは強いです。きっと、リクよりもです」


 こっちの話を聞いているようで聞いてないな。 放心状態みたいだ。 リクの方は俺とケイの間で忙しなく視線を泳がせている。


 「まるで俺たちがお前らを駆逐しにきたみたいじゃないか。 俺が全裸になった意味がまるでなかったということか」


 「リク、無事でよかった……。 本当に。 無事でよかったよぉ」


 ふむ……。 ケイがリクに抱きついた。 落ち着いて視覚状況を整理しよう。 絶世の美ショタであるケイが、狼のアホケモっ子リクに抱きついて首筋に顔を埋めている。 まったく、こりゃ尊いと言わざるを得んな。 全国の異常性癖者垂涎の画だ。


 「ケイ、こいつなぁ。 いいやつみたいなんだぞ。 密猟者みつりょーしゃかもだったから、たたかってしまったけどな。 すごいいいやつかもしれないんだぞ、こいつ」


 「……ううん。 まだわからないよ。 僕たちを安心させて、スナッピィを案内させて、みんなを殺して回る気かもしれない」


 ケイはリクの耳元でコソコソ話をしているつもりみたいだが、湊一家のメンバーには確実に聞こえている声量だ。


 「な、なんだってぇ!? ほんとかケイ! そのかのうせいはほんとにあるか!? えっと、えっと、おまえのなまえは……」


 「カミダミナトだ。 ミナトでいい」


 「みなとっ! おまえらがおいらたちを安心させて、スナッピィを案内させて、みんなを殺してまわるかのうせいは少しくらいあるか!? 」


 「1ミリもないから安心しろ」


 「ケイ! よかった! 1ミリもないそうだぞ! 」


 にぱーっ、じゃないだろこのケモノ。 アホにも天井ってものがあるが、天井を突き抜けると本当に可愛いもんだな。


 「なぁケイくん! 俺はチョリスっていう者なんだが、ちょっと聞かせてくれ。 スナッピィ、っていうのは何だ? あのさ、俺たちはこの木の上にドラゴンの巣があるって聞いて、旅をしにきたんだ」


 「おい変態(チョリス)。 お前が余計な口を挟むと話がこじれるだろうが。 お前には変態属性が乗ってるからロリショタやケモ属性に対して相性が悪すぎる、すっこんでろ」


 「……スナッピィは、僕たちの国です」


 ケイが下を向きながら呟いた。


 「おまえら知ってるかぁ? 国っていうのはなぁ、おいらたちが『守らなきゃいけない場所』の事だ。 国はなぁ、おいらたちが守っている間は、おいらたちを守ってくれる。ふしぎだろ? イレーナおばさまが教えてくれた。 わはは」


 とりあえず全員の名前を二人の坊やたちに紹介して、俺たちが湊一家というギャングまがいのパーティだと正直に伝えた。


 「ぜんぜんなにいってるかわかんねー! あはは」


 「そうか。 で、お前らの国ってのはこの上にあるんだよな? 」


 「おいらたちの国はもうすぐそこだぁ。 ちょっと登ったとこにあんのだよ」


 「ば、ばかぁ! なんで言っちゃうんだよリク! 」


 「よし。 めんどくさいから飛んで行くぞ。 まりも、膨らんでくれ」


 「でしっ! さぁみんな、ぼくの背中に乗ってくださいでしゅ〜っ! ……ちょりす、おまえは料金を払うんだぞぉ? どうしようもない足手まといなんだからなぁ? それから乗る時は靴を脱いで『まりもサマ、失礼いたしましゅ』くらいの言葉は——」


 「早くしろまりも」


 「あっ、ハイでしゅ」


 でっかくなったまりもへ真っ先に乗り込んだのは、瞳を輝かせたリクだった。


 「うぉー! おまえらコイツに乗ってきたのかぁーっ! おいケイっ、乗ってみなっ! やわらかくてきんもちいいぞー! 」


 「う、うん。 ……うわぁ、やわらかい! ルーガーの皮膚と全然違うっ! 」


 「よし。 みんな乗り込んだな? ……ん、おいジジイ何をしてる、置いてくぞ」


 「あ……。 いや、すまん」


 「どうした顔が青いぞ? 今更怖くなったのか」


 「どうも……。 夢のような心地での……。 こりゃ誠に現実なのじゃろうか。 わしは死んでしまった事に気付いていないだけなのではないか」


 「おい120歳。 そこまで生きていたらもうあの世もこの世も変わらんだろうが。 割り切って前に進めよデコスケ野郎」


 ジジイは生唾を飲み込んで喉仏を上下させてからよじ登ってくる。 正直このジジイを連れてきたのもハヴェドラを食ってテンションが爆上げになった末の、言わば悪ノリだった。 しかし冥途の土産に終活旅行をさせてやってる結果になるわけだから、俺ほどの聖人はこの世に存在しないだろう。 ハヴェドラを食った罪だってきっと帳消しになる。 ヨシッ!


 「まりも、あんまり勢いよく乗り込むと盗賊かなんかだと思われてしまうからな。 ゆっくりでべべべべべべ」


 ふむ。 風圧で口が聞けないほどの猛スピードだ。 やれやれ、緩んだ肛門に全ての魔力を注いで決壊に備えなくてはなぁ。


 「はえーっ! ケイっ! このドラゴン、コルーガーよりもはやいぞっ! 」


 「僕はどうなっても知らないぞっ! 怒られたって知らないからなっ! 」


 周囲に霧が立ち込め始めた。

 ハーヴェスの幹は高度を増すごとに細くなっているとは言え、まだ直径50メートルを優に超えているだろう。 先が見えないほど張り巡らされていた枝も徐々に減っている。

 霧の中に飛び込んだら、明らかに木の幹ではない質感の、灰色の壁が目の前に現れた。 これは……!


 「どぅわぁー! すごいでしゅーっ」


 「だははは! すごいだろうっ! ここがおいらたちの国なんだぞぉ! 」


 「な、なんじゃあこれは……! 」


 「あはは! あかん、なんやこれぇ。 なんか笑ってまう。 あははは! 」


 「おいおい……。 どういう原理なんだこりゃあ! 」


 ——城だ。 吸血鬼でも出てきそうな巨大な古城がハーヴェスの幹に埋め込まれている。

 城の大きさは前世で通った小学校の校舎くらいか。 一本に直立していた幹は、城が埋め込まれている部分だけ枝分かれし、奇妙に折れ曲がり、古城を檻の中に閉じ込めたような形で支えている。 城の両脇にある円錐型の塔だけは天然の檻からはみ出していた。


 やれやれ……。この天空の城にはさすがの俺も〝心のミナト坊や〟を剥き出しにせざるを得ないぞ。


 「おいリク。 まさかこの城の中にはマントの下からコウモリを大量に出す八重歯の激エロサキュバスお姉さんが住んでいるんじゃないだろうな? え? 勿体ぶってないで早く出せ。 この国で一番エロい女を交渉の場に立たせるんだ。 さもなくばお前の国を焼き払ってくれようぞ」


 ん? まりもは進まずにホバリングしているし、湊一家のメンバーは全員、口を開けて城を眺めているな。 現地組のチョリスやジジイに至っては恐怖すら感じていそうな表情だ。


 「あるぇ? なーんでみんな揃って出てきたんだぁ? ケイ、あれはどういうこったい」


 城の中央右側のテラスに数人の人間が集まっている。 いかにも主人公がヒロインを後ろからハグして愛を語ってそうなテラスだが、今はごく普通の庶民っぽい奴らが、全員両手を上げて並んでいた。 左端にいる太ったオヤジは白い布が付いた棒っきれを振り回している。


 【どうやら降伏らしいですね。 このまま城を制圧しましょう】


 勝手に侵略の流れを作るんじゃない。


 「話ができる距離まで近付いてくれ」


 「えぇ……。 みなとしゃまぁ、あいつら不意打ちとか決めてきましぇんかぁ……? 」


 「どうして俺とちろるを乗せていてビビるんだお前は。 何かしてこようものなら、あんな人間ども一瞬で塵芥(ちりあくた)だぞ」


 まりもがいつでも回避に移れる半身の体勢で近付いていく。 向こうは若い男が二人、太ったおっさん、白髪のオバサンと若い女が一人ずつだ。


 「ご機嫌麗しゅう、ハーヴェスの民よ。 俺の名はカミダミナト! 湊一家というギャングチームを束ねる総大将だ! まずはウチのイカレたメンバーを紹介するぜ」


 「……我々、スナッピィの住人は武力を持ちません。 ですから、抵抗する気など毛頭ございません! どうか、そこにいる半獣人(クォーティア)の子と、金髪の少年にご慈悲を……。 その二人がご無礼を働いたのであれば深くお詫びし、その責は私共が……」


 「おいおいちょっと待て婆さん。 『イカレたメンバーを紹介する』と聞こえなかったか無礼者めが。 まずは挨拶と自己紹介が人間関係の基本だろうが? こんな所で暮らしてる田舎者(カッペ)はそんなことも知らんのか 」


 よし、黙ったな。 太ったおっさんは白旗を振るのをやめた。 しかしそれ以外は相変わらずホールドアップときた。


 「おい今すぐ両手を下げろ。 まるで俺たちが最強なのをいい事にイキリ散らしている無法者みたいじゃないか」


 【なにも間違ってないですよね】


 「改めてイカレたメンバーを紹介するぜ。 まずは〝喋るピンクドラゴン〟まりもだ。 担当は『飛ぶ、ビビる、かわいい』」


 「よ、よろしくお願いしましゅ」


 「そして〝サイコ・ドラゴンスレイヤー〟ちろる。 俺の嫁だ。 担当は『笑う、殺す、かわいい』」


 「お世話になりますぅ。 はよお城入りたいなぁ」


 「ちろるが乗っているのが〝ちろるのボディガード〟ピッケ。 担当は『乗せる、守る、殺す』」


 「パットゥーラリッペン! 」


 「あと……。 そこの凡夫がメガネだ」


 「いや名前がどこにも入ってないんだが」


 「自己紹介くらい自分でしろ。 いつまで総大将に甘えてるつもりだお前は」


 「あ、みなさん、俺はチョリスっていう者です! 色々と聞きたいことがあるんだが、まずはこっちに敵意がないことを知ってほしい。 受け入れて貰えるとありがたい! 」


 「イレェーナおばさまぁ〜っ! こいつらなぁ、密猟者みつりょーしゃじゃねーんだってよぉーぅ! そんでなぁ〜っ! すんげぇいいヤツなんだとよぉ〜ッ! 」


 テラスの人間たちは顔を見合わせている。

 イレーナというのは、最初に喋った白髪の婆さんの事らしい。 髪を一つにまとめている、すらっとした婆さんだ。 背筋もピシッもしているし、見た目よりも若いのかもしれない。


 「おぅ……。 おぅ……」


 「あれぇ、おじいさんどしたん? なんで泣いとるん? みなとくん、おじいさん泣いてしまっとるで」


 「おいおい勘弁してくれジジイ。 今更ホームシックでお家に帰りたいなんて喚き出しても何もせんぞ。 俺たちはもはやお前のことなんてどうでも良いんだからな」


 「イレーナ……。 本当にイレーナなのか……? そうか、ここはやはり天国なのじゃろう。 イレーナ……我が最愛の娘……。 あぁ、会えてよかった」


 なに……? ドラゴンに喰われたという娘か?


 「……ちろる。 もしかしてここは本当にあの世なのか? 」


 「ふぇ? ウチら転生しとるんやし、あの世もこの世も変わらんのちゃうの」

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