第四十九話『まりもの戰い』
【気圧の関係なら、とっくに身体的異常が出てもおかしくない高度ですよ。 というか普通なら死んでますね】
ほう。 じゃああれか、俺のなんらかのスキルが発動してみんなを守っているのか?
【少々お待ちくださいね。 ミナトさんが発動中の自動スキルは、と……。】
\カタッ! カタカタカタ、ッターン!/
【うーん、特に発動してないですね】
「どういうシステムになってるんだお前の所は」
【もしかしてまりもですかね? パーティへのバフ的な】
そうかもしれんな。 聖獣マリリンがどれ程の高度まで飛び上がれるか知らんが、何か都合の良い効果が発動して、俺たちにまで影響を及ぼしている可能性はある。
「おいっ、ミナトとやら! お主たちの仲間がぐったりしておるぞ! 早くハヴェドラを殺して助けてやれっ! 」
「おいおい黙ってろジジイ。 何か勘違いしてないか? 誰がお前なんかの指図で殺しなんぞに手を染めるか。 クソ老害が」
「なぁなぁ、けどちょりっさんほんまに死んでまうよ? ウチお水てっぽう撃とか? 」
「また罪を重ねる気か? お前は余計な心配をしなくていい。 おいまりも! ハヴェドラに追い付けるかっ」
「はぁい! すぐ追いついてやるでしゅ〜っ! 」
ハーヴェスが生えている山。 真っ黒でゴツゴツとした岩肌の斜面スレスレに、加速して高度を上げていくハヴェドラとまりも。 もう少しで雪の積もった高さに届きそうだ、という所でハヴェドラに追いついた。 併走しながらチラッとチョリスの顔が見えたが、白目を剥いて失禁しつつ、小さな声で念仏を唱えていることくらいしかわからない。
「よぉ、ハヴェドラ」
目の前だ。 距離1.5メートル。
「グォォォオオオオ! 」
「怒るのも無理はないな。 ……お前の親を殺したのは俺だ! 本当に済まなかったと思っている! 」
「なぁミナトくんそんな近付いて平気なん」
「ち、近くで見ると恐ろしいことこの上ないのォ……」
「グォォ! グォォォオオオオ! 」
「あぁ、お前の怒りはわかる。 本当に申し訳ありませんでした。 ただな、俺がお前の親を殺した事と、今お前が俺の相棒を殺そうとしてる事は全くの別問題だ」
「グウォォォオン! 」
「うるさいぞ、人語で喋れアホが。 DEKO-PIN-DEATH」
\ドゴォォォォオン!/
「ギュォオォオオオ! 」
「すまん、加減を間違えた」
「あー……。 ちょりっさん落ちてもうたよ」
「ちょりす落ちてるでしゅね。 この高さ……死? 」
「あれ? 今何をしたんじゃ? まぁなんでもよいか! よくやったぞミナトとやら〜! そのまま死んでしまえドラゴンめぇ! がははぁ! 」
チョリスが断末魔の叫びを上げながら谷底に落ちていく。
「まりも! チョリスが谷底で爆散したら回収しきれんぞ、追ってくれ! 」
「えぇ〜……。 あ、ごめんなしゃい。 靴紐がほどけちゃったでしゅ〜」
「お前のどこに靴紐が生えてるのか言ってみろ。 こら早くいけ、本当に死んだら俺の責任になるだろうが」
チョリスは既に気絶しながら真っ逆さまに落下していた。 何故か嫌々追いついたまりもがギリギリ届かない距離を保ったまま下降していく。
「コラまりも、ちゃんと寄せろ」
「…………はぁい」
接近したのを見計らって、チョリスの足をつかんで引き寄せた。 無事救出完了だ。
「ミナトとやらっ! ハヴェドラが! 」
上を見ると、山肌に叩きつけたはずのハヴェドラが復活したようで、勢いよく飛び上がった所だった。 しばらく気絶したままかと思いきやなかなかのタフさだ。 ハーヴェスの頂上に向かうのか、ぐんぐんスピードを上げながら上昇していく。 さっきよりも飛行スピードが速い。
「まりも、ここからハーヴェスの頂上までハヴェドラと競争してみたらどうだ? お前のスピードを見せつけてやれ」
「……むっ! よぉしっ。 じゃあ二十秒ほどハンデをやりましゅかね! みんな背びれに掴まってくだしゃいっ! 」
「これ背びれなのか。 念のため命綱を繋いでおこう」
「まりもっち〜がんばれぇ」
「ハヴェドラの巣か……。 もし行けたら一生モノの自慢になりそうじゃ。 いや、誰も信じないかもしれんのぉ」
「発射10秒前でしゅっ! 」
「よし。 ちろる、ジジイ。 5秒からカウントダウンだ」
5秒前から全員ノリノリでカウントダウンし、まりもは「でしっ! 」という掛け声と共に勢いよく飛び上がった。 谷底近くの風景を一瞬で置き去りにし、パッと視界が広がる。
空を縦横無尽に伸び広がる〝ハーヴェス〟の無骨な枝をスルスルと躱すパフォーマンスを披露しつつ、まりもは確実にハヴェドラとの差を縮めていく。
「あ〜っ! 気持ちええな〜。 爽快やぁ」
「ひっ、ひぃぃい〜っ。 みっ、みんなだっ、大丈夫か!? 枝にぶつかったら全員真っ逆さまじゃぞぉ! 」
「ハハハ。 ジジイ、100年以上生きてる癖に怖がりな野郎だな。 大丈夫だ、俺はスタートから4秒で全部漏らしたからもう漏れる液体がない。 個体の方が大腸から舞い降りて肛門という最後の砦を素通りしないといいが」
【ミナトさんオムツ送りましょうか? 】
迅速に頼む。大きい方は漏らしてからじゃ遅いからな。
【……はい! 送りましたよっ! 】
「むっ! みなとしゃま気をちゅけてっ! 何か落ちてくるでしゅ〜! 」
空から降ってくる大量の介護用オムツを華麗に交わし、とうとうまりもはハヴェドラを射程圏内に捉えた。
【あぁっ! なんで一つもキャッチ出来ないんですかぁ! もう! 】
「介護用おむつをアスリートでも取れないタイミングで放る鬼畜はお前くらいだぞ」
「みなとく〜ん。 もう半分くらいきとるよぉ。 けど果物はまだ一個も見とらんなぁ」
「ここまで高いと落ちるまでに2回くらい人生を振り返れるだろうな。 ……ん? まりも減速してないか」
既にハヴェドラと横並びになっている。
まりもの身体をよじ登って表情を確認してみるか……。 ふむ、目を血走らせながら鼻血を噴き出している。
「おい無理するなまりも。 それ以上力んだら召されるぞ、天に」
「負けてたまりゅかぁ……! 負けてたまりゅかぁ……! この命、果てようともぉ……グギギギギ」
わからん。 まりもの原動力がわからんぞ。 間違いなく限界を超えて飛んでいる。
振り返って全員の安否を確認してみると、背びれに縛りつけたチョリスが目を覚まし、周囲をぐるりと確認して目を輝かせている所だった。
【ミナトさん】
どうした?
【ステータスウィンドウを開いてみてください】
「何故だ? まぁいいが……。 ステータス・オープン! 」
泡を吹きながら上昇を続けるまりもが俺の巨大なステータスウィンドウを置き去りにした。 どんどん距離が開いて小さくなっていく俺のウィンドウ……。 どこか虚しさを感じさせるな。
「そういう仕様だったのか」
【私も初めて知りました。 何が見せたかったかというと、ミナトさんの肉体にかかっている上乗せです】
ほう、何が掛かってるんだ?
【はい。 やはり私の推察通り、まりもから齎されているものでした。 今乗っているメンバーたちは〝守護聖獣の加護〟によって、急激な気圧変化、超高域での正常な生命活動が行われています】
「まりもっち速いぞぉ。 がんばれぇ〜」
「よいぞ喋るドラゴンっ! そのままハヴェドラなんぞぶち抜いてやるんじゃあっ! いけいけっ! いっけぇ〜っ! ガハハ」
「助かったぁーっ! おいおいなんだこりゃ、レースでもやってんのかっ!? まりもーっ!そんなバカドラゴンにぜってぇ負けんなっ! 死んでも負けんなっ! 」
【まりもが気絶したら全員死にます】
「今すぐ止まれまりもぉーーーっ! 」
チョリスの延髄に手刀を打ち込み気絶させてから、まりもの耳元に急いだ。
……ダメだ。 叫んで呼びかけても全く聞こえていない。 ハヴェドラにスピードで勝つことに異常な執着があるようだ。 下で20秒ハンデやるとかイキってしまった手前、引けない部分もあるのだろう。 やれやれだ。
「仕方ないな……。 力尽くで止めるしかない。 ふんっ! 」
まりもの右翼の付け根をチョークスリーパーの要領で締め上げる。
「ぐももももももも……! み、右のつばしゃがっ! みぎのつばしゃがーっ! みなとしゃまぁー! たしゅけてぇーっ! 何者かに右のつばしゃをピンポイントで襲撃されてるでしゅぅぅうっ! 」
よし、舵が効かなくなったまりもは幹にワンバウンド。 巨大化も限界を迎え、乗っていたメンバーは無数に伸びる枝の一本に放り出された。 しかし枝と言っても、ラグビーの試合くらいなら軽くできそうな面積がある。
「ハァ、はぁ、く、くっしょぉぉぉぉぉおっ! ……か、勝ちたかった……。 ボクも勝ちたかったでしゅ……。 スピードでだけは、速さだけでは……。 活躍、したかった、でしゅう……」
「死んだら負けだバカ者。 大人しくしてろよ、まきしまむひーりんぐぶらすたぁっ! 」
「右のツバサを攻撃したのは誰でしゅかーっ!? 出てこいっ! 出てこい! 斬り刻んでやりゅぅぅぅうっ! 」
「そいつは時空に開いた穴に逃げていった。 今度見つけたら俺がシバいておくから安心しろ」
まりもは死体と見紛うほどの脱力っぷりで、涙、鼻水、鼻血、汗を垂れ流しにして微動だにしない。
「うぅ……。 ボクが……。 ボクが一番弟子でしゅ……みなといっかの、カンバン、どらごんでしゅっ……」
まりも……。 俺の愛しいさいかわドラゴン。
「湊一家、集合だっ。 これから 〝ハーヴェス踏破ミッション〟の緊急ミーティングを始める」




