第四話『貧しい兄妹、ネロ&カルネ』
「レイトーマグレェ……? これは食べれるのですか……? 」
「レイトーマグロな。 食べられる。 魚を生で食う文化はあるか」
「おさかなは火を通さないと……」
「これは生で食える。 脂が乗ってて口の中でトロけ、旨味が口いっぱいに広がる。 夢のような魚だ」
「一体何者なんです……あなたは」
チョリスが目をパチクリさせながら見つめてくる。 まるで捨てられた子犬のようだ。
「俺はしがないただの漂流者だ。 敬語はいらないからミナトと呼べ。 ただしネロ! ……お前はミナトお兄ちゃんと呼べ」
……やれやれ。 開いた口が塞がらないようだな。 その口に中とろ大とろを順に放り込んでやるとするか。 しかしその前に。
「トロ、じゃない……ネロ。 その気味の悪い魚をお前の手料理で食わせてくれないか? その後に、このマグロの解体ショーとフルコースをバチコリお見舞いしてやる」
ネロが口を半開きにしてコクコクと頷いている。 ネロたん本当に可愛い。 胸が張り裂けそう。
【本当に張り裂けたらネロちゃん笑うだろうなぁ】
克服不可能のトラウマになるだろ。
「あ。 チョリスはもう帰っていいぞ。 ……それともお前も食べたいか? マグロ」
こちらもアホヅラを引っ提げてコクコクと頷く。
「じゃあせめて一度帰ってから着替えてこい。 臭くてかなわんぞこの小便垂れめ」
チョリスは踵を返して走り去った。 やれやれ、現金な奴だ。
「チョリスはネロの家を知ってるのか? 」
「……あ、はい。 いつも村人の事を気にかけくださるのでっ! 誰がどこに住んでいるか、ぜんぶ知ってるとおもいます」
「ほう……それなら先に行っててもいいな。 一緒に歩こう」
ネロと一緒に村を歩く。 こんな可愛い幼女と並んで歩くのは生まれて初めてだな。 前世じゃ逮捕を覚悟しないと出来ない芸当だ。 しかし、それよりも……。
なんと素晴らしい村なのだろう。 長閑な農村と言った感じで、仕事中の奴もみんな陽気にネロへ声をかける。その度に「ドリフターのミナトお兄ちゃんですっ」と屈託のない笑顔で俺を紹介してくれた。
やれやれ……。 序盤でこんなにいい村とさいかわシスターを手に入れてしまうとはなぁ。
「おい。 ネロから見て、チョリスは良いやつか? 」
「はいっ! ちょりす様はこの村にとても馴染んでいて、悪く言うような人はいないと思いますっ」
「用心棒と聞いたが……誰に雇われてる? 村長か? 」
「はいっ、そんちょーがとなり町のギルドに依頼して、ハケンされてきたのがちょりす様ですっ。 わたしが生まれる前からいるんですよぅ」
……ふむ。
「強いのか? 」
「そりゃもちろんっ! 剣の達人ですっ! 魔物退治も盗賊退治もお手の物なのですっ! 」
ネロの家に着いた。 木造家屋だが、周囲に比べても相当ボロい。 庭先でお粗末な家庭菜園をやってるようだ。
「兄ちゃんただいまぁ〜っ! 」
「邪魔するぞ」
家の中も汚い。 奥のベッドに男の子が寝ているが、病に伏せる兄だろう。 俺の言葉に虚ろな顔を一瞬向けたが、そのまま上を向いて咳き込んでしまった。
「今日はね、ドリフターのミナトお兄ちゃんが、おっきなお魚で料理を作ってくれるよ! 」
兄は少し頭をあげて会釈したが、俺への警戒心はまったくのゼロだな。 かなり朦朧としている様子だ。
……ん? ネロが兄の身体の上で手を動かして、ピンク色の光の粒を振りまいている。魔法だろうか。
「何をしているんだ? 」
「ミナトお兄ちゃんっ! わたし今、集中してますからっ」
ふむ、真剣だ。 手品で魔法をかけてるフリしてるみたいで動きがとっても可愛い。 終わるまで待つとするか。 相手が可愛いといくらでも待てるのが男、待てないのが獣だ。
【一人で何言ってるんですか】
黙ってろポンコツヘルプ。 ステータスウィンドウごと叩き割るぞ。
「ふうっ! 」
「終わりか。 何をしていた」
「治癒魔法ですっ! これを毎日やっているのです。 少し元気になるんですよっ」
「ネロ……いつも悪い……な」
お、兄の目が少し生気を取り戻したな。
なるほど。 拙い治癒魔法でギリギリ延命している感じか。
「治癒魔法の上手い奴に頼めばいいだろう」
「いえ、お金がありませんからっ……! 」
「そんなに高いのか」
「色んな人に頼んで、お金が足りなくなってしまって……。 レベルの高い治癒魔法師は、高いのですっ……」
「そうか。 でもそれは当たり前の話だな。 高い能力を安く売る酔狂な大人はいない」
「はいっ! だからっ……! お金を貯めてっ、治癒魔法をもっともっと勉強してっ! お兄ちゃんはっ……わたしがっ……!」
「簡単に泣くな。 女の涙はな、是が非でも堕としたい男が現れたときの最終兵器として取っておくもんだ。 ん? さては俺がその男ってか? やれやれ」
【面白いこと言いますね】
誰も笑ってないけどな。
「ところでお前ら、両親は居ないのか」
「パパも、ママも、冒険者でしたっ。 でも、迷宮で……死んでしまいました……! 」
「つまらない事を聞いたな、すまん」
「私にはきっと……。 パパとママから受け継いだっ。 魔法の才能がっ、あります! お兄ちゃんを……。 絶対にっ」
ネロはしゃくりあげながら懸命に声を絞り出している。
「ネロ……俺、は……お前……の」
ふむ。 フィクションなら安いお涙頂戴を見せられてる、としか思わないところだが……。
「小僧、貴様はもう喋らなくていい。 おいネロ、貴様のさいかわポイントはたった今、俺の中で上限を振り切った」
さいかわネロちゃんの治癒魔法はコピーした。 俺の中で熟成されて、たった今も最上級までに磨き上げられているところだ。
「おいそこをどけバカネロ。 何をグズグズしている? 最愛の兄に無様な泣き顔を晒すくらいなら表に出てチンケな畑でも耕していろ。 邪魔だ」
ネロがぐしゃぐしゃの顔を俺に向けてくる。 呆然としているな。
「……聞こえなかったのか? 今すぐにここから失せろ。 お前の情けない、無様で陳腐な泣き顔を見て、兄がどんな思いをしているか考えられないのか? 」
うわぁん、とネロが泣き声を上げる。
「俺がお前の兄ならな、お前の満天の笑顔の方が、拙い治癒魔法なんかよりよっぽど力になる。 この言葉の意味がわからないなら力尽くでここから放り出すぞ」
ネロは両手で口元を抑えた。 涙はまだボロボロと流れているな。 こいつは予想以上のさいかわだ。 さてと……。 おいリア、最愛のネロちゃんからコピーした治癒魔法はどうなった。
【『癒しの泉の精霊の加護の息吹』に練り上げられました。】
「の」が多いな。 カッコ悪いからもう少しまともな名前に変えろ。
【マキシマム・ヒーリング・ブラスターに名称を変更しますか? 】
ふむ、かっこいいな。 他に候補は?
【ありません。 贅沢言わないでください】
お前俺のこと嫌いだろ?
【そんなことはありません。 わたしはミナトさんの事、わりと好きです】
ふむ、太鼓持ちは出来るようだな。 ではマキシマムヒーリングブラスターでいく。
【設定の修正が完了しました。 対象に指を差して「マキシマムヒーリングブラスター」と唱えて下さい】
よし。
「まきしまむ・ひーりんぐ・ぶらすたぁ〜」
……ん? おい、何も起きないぞ。
【MPなんかは余裕なんですが、ちょっとやる気が足りないみたいですね】
ふざけるなよ? やる気はマンマンだ。
【語尾が下がってました。 「ブラスタァッ! 」って語尾強めでお願いします】
注文が増えてきたな。 まぁいいだろう。
「まきしまむ・ひーりんぐ・ブラスタァッッッ! 」
おぉ、兄の真上にピンク色の魔法陣が出現した。 さっきのネロの光の粒……あれをもっと細かくした、霧雨みたいなのが降り注いでる。 ネーミングとは裏腹にとても綺麗だ。 ちょっと疲れたから座って眺めるとするか。
おや? ネロが腰を抜かしてる。 這いずってこっちに近付いてきて、俺の隣にちょこん、と体育座りした。 ずっと俺の治癒魔法に釘付けになったままだ。 さいかわムーブここに極まれり、というやつだな。
「俺の魔法……綺麗だな」
「はい……。 とっても綺麗な治癒魔法です……」
しばらくネロと並んで、綺麗なピンク色の霧雨を眺めていた。
「ん……ん? えっ! 」
兄がガバッと起きた。 ネロを見つめる。
「……えっ!? 」
「……えっ!? 」
兄妹でえっ!?を交わし合ったか。
兄はベットから飛び起きて、ジャンプしたり身体を捻ってみたりその場で足踏みをしたり。 ……ネロは床に突っ伏してるな。 身体が震えているので多分泣いてる。
「あーーーんっ! 」
完全に泣いてるな。 それにしても……。
さいかわネロちゃんの兄だけあって、このショタも抜群に可愛いじゃないか。 年の差は精々二つくらいか……? まったく、やれやれと言わざるを得んな。 チェッ! 新たな性癖に目覚めるつもりはないんだがなぁ。