第四十七話『ハーヴェス・ドラゴンの調査、研究には、アスカトラ帝国の認可が必要です』
「な、何をしておるんじゃ……? 奇妙な魔法じゃ」
現世のホームセンターから熱帯魚や水草をはじめとする、いわゆる「アクアリウムセット」を拝借した。
「どしたん? 」
「うむ。 ピッケ、ちょっとこっちに来い」
水の精霊ピッケの身体に熱帯魚を放して、アクアリウムを構築しようという算段だ。 もう溺死していく魔物で寝ぼけたちろるをあやされるのは勘弁だからな。
「わぁ、綺麗や。 みなとくんよう思い付いたなぁ。 ほんで器用やなぁ。 死ぬ前もやってたん? 」
「いや、やってみたいとは思っていたが初めてだ。 現世で飼ってたら空腹しのぎに食ってただろうな」
「どんな人生やったん、怖いわ」
「そのセリフはそっくりそのまま返すぞ。 しかしちょっとレイアウトのバランスが悪いな。 ……さて、では俺も召喚魔法を使うとするか」
タンスの引き出しを再びホームセンターに繋ぐ。 陰茎操縦桿を巧みに操り熱帯魚コーナーへ。 黒縁メガネのおとなしそうな若い女店員がいたのはさっき確認済みだ。 かなり可愛かったしな、よし、一本釣りといくか。
「すまんな店員さん。 ちょっと異世界まで出張アドバイスを頼む。 ふんっ! 」
「キャーっ! え、なに、ここどこ? あれ? 夢? 天国? 私……死んじゃった? 」
「異世界へようこそ。 ここはドラゴンの背中で雲の上を飛行中だが、死んでないから安心しろ。 夢だと思って構わんぞ。 ところでこの精霊の腹部にセットしたアクアリウムなんだが……。 ちょっとバランスが悪くないか? アドバイスをくれ」
「えっ、あっ、えっと……。 ん? あ、そ、そうですね……。 動きが面白い流木なので、斜めに」
「手を突っ込んで直接配置を直してくれ」
「え? この……精霊? でしたっけ、手が入るんですか? 」
ネームプレートに『柏木』と書かれた店員さんは恐るおそるといった様子でピッケの身体に手を伸ばしている。
「……あっ入った。 面白い。 え、痛くない? 精霊さんごめんね」
「そいつはほぼ水だから大丈夫だ。 ……で、流木は? 」
「あ、はい。 太い方を手前に……するとパッとみた時に平面のインパクトが強くなって、画が賑やかで楽しいです。 細い方を対角線上に流すように置くと……ほら、水槽に奥行きが出たでしょう? 」
「ほんまや、やっぱプロがやるとちゃうねんなぁ」
「ほう。 となると水草の配置も少し野暮ったいか? 」
「あ、そうですね。 山脈に見立てた風山石の周りには繊細な葉の水草を——」
十分ほどレクチャーを受け、ピッケのお腹に完成度の高いアクアリウムが出来上がった。 ピッケは自分の体内で生き生きと泳ぐ、色とりどりの熱帯魚がとても気に入ったようだ。 ちろると一緒に座り込んで、自分の腹を眺めながら楽しそうにしている。
「時間を掛けさせてすまなかったな、柏木さん。 よくこの状況を受け入れてレクチャーしてくれた。 感謝する」
「あ、いえ……。 あの、ここは一体……」
「ここは夢の世界だ。 熱帯魚の管理は難しいからな……。 これからもアドバイスを頼むかもしれん。 いいか? 」
「えっと、はい。 わ、私で良ければ……」
柏木さんは立ち上がり、遥か遠くを眺めながら、胸の前で祈るように指を組んだ。 黒縁メガネの上で揃った前髪が跳ねる。 目を瞑って深く息を吸う。
「まるで……。 本当に、本当に夢の世界に来たみたい。 きっとこれはパートの合間に見ている儚い白昼夢。 きっと……きっとすぐに覚めてしまうのでしょう」
俺は柏木さんの様子を見て、慌てて別の店からアコースティックギターをスティールした。 現世でCコードを覚えただけで満足して辞めた、アコースティックギターだ。
「柏木さん」
俺はうろ覚えのCコードをゆっくりと鳴らしながら、目を瞑った柏木さんに近付いていく。
「また……会えるでしょうか? 」
「君が……望みさえすれば」
「さようなら、ミナトさん」
「ミナトでいい。 サヨナラは言わない」
抱えていたギターを下ろし。
かわりに柏木さんを抱き上げた。
現世につながる引き出しを開け。
驚くほど軽い、彼女の体を。
——帰るべき、元の世界へ——。
悲しみにも、諦めにも取れる彼女の表情を、これ以上見つめる勇気がなかった。 こんなにもゆっくりと引き出しを閉めるのは生まれて初めてだ。
「たっ! 助けてくれぇぇぇぇぇぇえ!ウォォォァァァア 」
「……まりも、今ので何回目だ」
「えっと、『助けてくれ』が12回、『ミナトォーーー!』が28回、『死ぬぅ!』が7回、『脇腹がえぐれる』が2回でしゅ」
「ふむ。 まだ大丈夫だな。 おいジジイ、ハヴェドラは本当に巨大樹に向かっているのか」
「方向は間違いないが、飛行速度が異常に遅い。 ワシらが追っておるから安全な巣まで逃げようとしているんだとは思うが……」
「巨大樹〝ハーヴェス〟。 聞いた瞬間から行ってみたくてウズウズしていたんだ、爺さんは見たことあるのか? 」
「みっ、見ろ! 見ろ! あれを見ろ若造! う、うぉお! 初めて見たぞ! 凄い! 」
「なんだ年甲斐もなく興奮して。 見たことなかったのか」
……おお、たしかに凄い。 巨大樹ではないが、これも十分に巨大だ。
「〝機巧都市・エルヴィス〟の飛空艇じゃあ! なんて壮観さじゃ、あぁ言葉にならん! 本当に巨大な船が空を飛んでおる! 」
しっかり言葉になっているじゃないか。 いやしかし、異世界にこんな技術があるとは驚いたな。 どうせ「みんなのまりょくでとんでまぁす」くらいIQの低い理屈で飛んでいるんだろうが……。 ジジイの言う通りたしかに壮観だ。 めちゃかっこいいな。
「はぇ〜かっこええなぁ」
「ちろるもかっこいいと思うか? 」
「うん。 あんな、授業中にぼーっと空見てると飛んどるやん? 普通の旅客機とかぁ、へりこぷたー。 あんなんが飛んでるの見てもな、あぁかっこええなぁって思っとったよ」
「……そうか。 近いうち必ず飛空挺を手に入れてお前を艦長にしてやる。 まりもの負担も大きすぎるしな」
「おい、おいっ! 若造! 飛空挺が進路を変えて付いてくるぞ! 」
「なんだと? まぁ攻撃してこない限りはこっちから攻め込むわけにもいかんしな。 あの船にはどんな奴が乗っているんだ」
「見当もつかん。 どんな要人が乗っとるか……。 」
ほう。 よくわからんがどこぞの国の偉いさんが乗っていて、こっちに気付いているという事だな。
「ちろる、飛空挺に向かってかっこいいポーズを披露するぞ」
「へ? なんで? 」
「威嚇だ。 空は湊一家の領域だと知らしめる必要がある」
「まぁええけど……。 ほんなら、えっと、こんな感じでええの」
「ふむ。 かっこいいじゃないか……! どこで覚えた? そんなポーズ」
「知らんの? いっちゃん最近の戦隊モノがやっとる決めポーズやでぇ」
「戦隊モノなんて何レンジャーで止まってるかも覚えてないぞ。 おーいまりも! 飛空挺に少し寄せてくれ」
「了解でしゅ〜! 」
20秒くらい並走して湊一家のかっこいポーズを披露した。 飛空挺の窓から人々の表情や混乱した船内の様子がわかる距離まで寄せたから、気持ちがよかったな。 最終的には容赦なく撃ってきたが。
「ミナトとやら〜! 飛空挺にアスカトラ帝国の国章がみえたっ! 密猟と勘違いされておるのではないかっ!? 」
「まぁすでに密猟者みたいなものだしな。 だとしたら爺さんは顔を隠しておけ、お尋ね者になるぞ」
「あ痛っ! 何か当たった! 何か飛んできたでしゅっ! うわぁん! 」
「お前の皮膚には傷一つ付いてないから安心しろ。 高度を上げろまりも、あの図体なら上下の動きは鈍いだろう」
「あっ。 みなとくん、ちっこい飛行機たくさん出てきたなぁ」
「なんだと……? ほう! 対空戦闘の準備は万端というわけか」
飛空挺の側部にあるハッチから、小型の飛行機みたいなものが次々と飛び出してくる。 六機出てきたな、一機につき二名で、計十二名か。
【運転手と戦闘員のセットみたいですね。 動力は魔力ですかね? 】
イキのいい奴らっぽいな。 後方に乗っている戦闘員は全員、待ってましたと言わんばかりの表情だ。 こういう時は陣頭指揮を取ってる奴を人質にするのが一番だな。 おそらく最後方の奴だろう。
「まりも、ハヴェドラを追いながら少しスピードを上げてくれ。 俺が合図をしたら急ブレーキをかけろ、いけるか? 」
「了解でしゅ! 」
「ピッケはちろるを守ってくれ」
「ピックルポゥ! 」
よし、飛行部隊がついてくる。
小型戦闘機は上下左右縦横無尽に飛び回るが、一番苦手なのは急な減速だろう。
「今だ」
「ほいっ! 」
まりもの急ブレーキ。 後方から必死について来た五機の戦闘機が、その勢いのまま追い越していく。 最後尾にいたリーダーっぽい奴の機体は舵を切って離脱を試みた。 しかしそこは最強チーターミナト、華麗にリーダーをスティール。
「湊一家のドラゴンへようこそ。 ……まりも! 見失ってないか? そのままハヴェドラを追ってくれ」
「はぁ〜い! 」
「キ、キサマら何者だっ……! 」
「ハーヴェス・ドラゴンの生態を独自に調査している研究チームだ。 悪意も法を破る気もない。 ほっといてくれ」
「……待て、一時待避だ。 対話を試みるから手を出すな」
む。 小声だがはっきり聞こえたぞ。
「 ……ハーヴェス・ドラゴンの調査、研究にはアスカトラの認可が必要な筈だ。 認可魔証印を示してもらおう」
ハヴェドラの扱いゲロ面倒くさいな。
それにしても、やはりこいつが空中部隊のリーダー格だったな、こんな状況なのにかなり冷静で頭がキレそうだ。 なんらかの方法で部下たちと通信もしているようだしな。
「そういうものか。 わかった。 じゃあ飛空挺に戻って一番偉い奴に伝えてくれ。〝我々は全てを拒む、だから我々から何も奪うな〟とな」
【うわダサっ! ドヘタクソな改変パロディやめてくださいよ〜。 ネット小説を見習いましょう? パロディは脳死で捻りなしのド直球でいいんですよ】
何を言っているんだお前は。 今のは俺の完全オリジナルの脅し文句だバカタレめ。
【あっ。 ミナトさん危ない】
なんだ? また撃ってきたな。
「どういうことだ、お前が人質なのに撃って来やがったぞリーダー。 ちゃんと部下と通信して撤退の指示を出せ阿呆が」
バリアを張ろうかと思ったが、ピッケが水のドームを作ってまりもの全身を包んでくれた。 ピッケの上に乗ったちろるはあくびをしている。 あれは本当に人間をダメにする精霊だな。
「なんだこの高度な水属性魔法は……。 お前がやっているのか」
「まだバリバリに撃ってきやがるな……。 こっちはお前らに構ってる暇などないんだ。 ピッケ、水のバリアありがとうな。 もう解いていいぞ」
「パックパウリャポレっ」
「もうあまりこれは使いたくないんだがな……。 やれやれだ。 何故悪意も敵意もないのに銃口を向けてくるんだ愚か者どもめ」
「空気が変わった……? 何を……。 よ、よせっ! お前、何に向けて攻撃魔法を放——」
「くらえ。 ばーすとれくいえむ」
一日ぶりの魔王最強魔法を、宇宙へ。
十秒の間を置いて、飛空挺が轟音を立てながら斜め下方に降りていく。
「置いていかれたなリーダー。 ちゃんと帰してやるから安心しろ。 ところであの飛空挺は何処で手に入るんだ? 」




