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第四十五話『ヒロインはサイコ・ドラゴンスレイヤー』


 異常な光景だ。 湖だけが荒ぶっている。

 晴天、微風。 まさにピクニック日和といったロケーションだが、湖の水面だけが轟々とうねり荒波を立てている。


 「バ、バケモノ……! 」


 どこの誰が呟いたか知らんが、湊一家(ウチ)の〝神殺(サイコドラゴンスレ)(イヤー)〟をバケモノ呼ばわりとはな。

 ……しかし、視界に入る中で一番の大馬鹿者はウンコピッチャーのハネゴリ♂だ。 アホ過ぎてちろるの魔力に気付いていないのか、俺たちを挑発するように妙なダンスを踊っている。 ハネゴリ♀の方はハヴェドラをヘッドロックにかけ、握り拳を何度も眉間に振り下ろす鬼畜ムーブに熱中している。


 【ミナトさん、バリア張るかちろちゃん止めるかしないと。『俺たちの冒険はここまでだ! ミナトくんの次回転生にご期待ください』じゃクレーム来ますよ。 いやクレームくるほど読まれてないですけど】


 何を言っているんだお前は。しかしとにかく説得は必要だな。


 「なぁ……ちろちゃん、こんな事はやめよう。 現世でお母さん泣いてるぞ? 触れる者みな傷付けるような魔法はただの暴力です」


 「……(うそぶ)く天命、(うな)(しずく)()ける夢。 (とど)まれぬ(あお)(なび)羽衣(はごろも)怠惰(たいだ)(うず)(ながる)(ことわり)——」


 「……ちろる? それ詠唱? お前な、そんなにハキハキ喋れるなら普段からそうしなさい。 影でいっぱい練習したのか? いつもやる気ないフリしてるだけなのか? 本当はガチガチの厨二病だけど詠唱したい気持ちを押し殺して過ごしていたのか? 」


 ……ダメだ。 まだ詠唱している。 長いな、いかんせん詠唱が長い。 これまでは低い声でボソボソ喋っていたのに、詠唱はとっても綺麗で透き通った声音だ。

 目は瞑っている。 ちろるの閉じたまぶたの裏には一体何が映っているのだろう。


 「……(よど)みなき血と(あまね)(いにしえ)の御魂に纏い! (あかつき)を妨げし虚無を裂き! 」


 「……ダメだ、こりゃもう止まらん。 バリアも間に合わんぞ」


 【何が起こるんでしょう。 どうするんですか死人が出たら】


 「大丈夫だ。 七つ集めて蘇らせる」


 【そんなチートボールないですからね? 】


 「この世界にミートボールはあるのだろうか」


 【現実から目を逸らさないでください】


 「——天翔ける水となれ……! 魔陣(マジカル)召喚術(サモン)・〝蒼ノ精霊(トゥルーサス)(アクア)〟」


 【あっ来る。 この子なんか召喚する】


 うーん、折角だから本当にヤバくなるまで泳がせようか。 標的はおそらくハネゴリだしな。 ちろるのガチ魔法を見ておきたい気持ちもある。


 【また悠長な事言って。 最悪ミナトさんは私が守りますが、周りの人間はどうなっても知りませんよ】


 「なんだあれは! 」

 「魔法陣……? なんて数だ……! 」

 

 おお……真っ青で綺麗な光の魔法陣だ。 巨大なのが一つ、その周囲に大きさも図柄も様々な魔法陣が十数個。 現在進行形で増えている。 ……ん? あれだけ荒ぶっていた湖上がピタリと凪いでいるな。 微かな水面の揺らぎ一つない完全なる静止だ。 ……そういえば、ちろるを風呂に入れているタイミングだったか……。 俺が召喚魔法について聞いた時、


————————————————

 

 [「それなぁ。 全然あかんよ、やる気なさそうなちっこいバケモン出てくるだけや」


 「どんなバケモンだ? 」


 「あんなぁ、こんな感じで……。 トラえもんみたいな型の水やねん」]


 ——その時ちろるは操ったお湯を使い、寸胴で手足の短い化物の形を作っていた。


 [「こんなんに触覚みたいなん生えててな、怠そうに喋るねん。 要らんわおもて即消ししたった」]


 ————————————————


 一連の証言が正しければ、「掌サイズの」「トラえもんに似た」「水のバケモノ」を召喚するはずだ。


 【あ。 湖のほとりに……何かヤバ魔力の奴いますね。 湖から上がってきましたよ】


 見えていたぞ。 泳ぎ疲れましたみたいな感じで湖の淵から這い上がってきたな。 気付いたハネゴリ達が逃げようとする素振りを見せたが、一瞬で首に水の輪っかが巻き付いて地べたに伏せる形になった。 ウンコ投げ罪で枷を付けられた罪人と言ったところか。


 【……怖っ】


 ……精霊の体長は1メートルもないな。 たしかに寸胴でトラえもんっぽい体系ではあるが、腕は丸っこくてデカい。 足はなく幽霊的な下半身というのか、なんとも言えないフォルムだ……。 触覚が生えていると触れ込みがあったが、ウサギの耳がお辞儀しているようにも見える。


 【……ゆるキャラみたいでちょっと可愛いですね。 目がちろちゃんに似てません? 】


 「そっくりだ。 やる気と生気が感じられないジト目だな」


 ……水の精霊が目の前に来たと思ったら、謎の言語でちろると話し始めた。 やたら「ぱぴぷぺぽ」あたりの音を多用する言語で、かなりアホっぽい響きなのが逆に狂気を漂わせている。

 

 「うっ! うわぁぁぁあああ! 」


 腰を抜かしていた冒険者が異変に気付いて絶叫した。 それを皮切りにギャラリーたちの悲鳴が続く。 『これがこの世の光景なのか』と呟くもの、手を合わせて祈るもの、一目散に逃げていくもの、リアクションは様々だ。

 

 【うわぁ、これは凄いですね】


 「湖の水が宙に浮いているな」


 東京ドーム何個分の水だろう。 浮いている水の量を表現するのに東京ドームを使うのが適切かは知らんが、とにかく途方もない量の水が浮いている。 ぷかぷか浮いている、というレベルではない。 轟々と浮いている。


 「ちろる。 ハネゴリみたいな雑魚を二匹殺るのにあの水量は要らないだろう? お前ならピュッ!して頭を撃ち抜くだけで殺れるんだからな。 落ち着いてあの大量の水を湖に返しなさい。 湖の生き物も混乱してしまうでしょうが」


 俺の言葉は届いているか……? ちろるは水のソファに座り、眠そうに目を擦っている。 ふむ! 寝ぼけていても素直ないい子だ……浮いている大量の水が少しずつ湖に戻り始めたぞ。 超高圧のウォータカッターとしてだが。


 【あれ? ハネゴリ♀は逃げました? 】


 「いや、もう跡形もなくなって湖へと還ったぞ」


 【挑発のダンス踊ってたハネゴリ♂、直立不動になりましたね】


 「一歩でも動いたらミンチになるからな」


 水の刃が台風の勢いで降り注ぐ。 上空に浮いている湖が全て地に帰る頃には地形が変わっているのではないか。 気付けばギャラリー達は軒並み姿を消したようだ。 さっきの冒険者パーティは100メートルほど離れた所で身体を寄せ合っている。


 「やはり……! ハヴェドラを殺したのは、お前らじゃったか……! 」


 お? ジジイの存在をすっかり忘れていた。


 「おいジジイ、腰が抜けて立てないのか? 」


 ふむ、待てよ。 どうやら降り注ぐ水の刃はハヴェドラには当たらないように調整されている。 ここからでも身体を丸めて震えているハヴェドラがはっきりと見える。 「ハヴェドラを殺したのは」……? なぜバレた。 バレる要素あったか?


 【おじいちゃんは何か、他の村民が知らない情報を持ってますね】


 かもしれんな。 場合によっては口封じを……おっと? 水の精霊がハネゴリ♂に近付いていくぞ。 あえて殺さず絶望にどっぷり浸からせていたからな、そろそろ引導を渡すのだろうか。


 【あ、デカくなった。 え、え、え】


 水の精霊の体積がハネゴリの三倍くらいに膨らんだと思った次の瞬間、食った。 ハネゴリをぺろりと丸呑みにした。動きとしては丸呑みだが、水の塊である身体の中にハネゴリを閉じ込めた形になる。 当然ハネゴリは呼吸が出来ず、苦しんでいる様がはっきりと見て取れる。

 ……ふむ、そのままスキップしながら戻ってくるぞ。 やれやれ、まるで野苺を摘み食いした無邪気な子供だな。


 【こ、怖っ。 私、怖いです! 】


 ……巨大化した水の精霊がちろるの前で踊っている。 陽気に腰を振り、両手を天に掲げ、ステップを踏んでいる。 腹部には苦悶の表情でもがき苦しむハネゴリ。 それを眺めているちろるは……。


 【ひ、ひぃ。 わ、笑ってる……。 ちろちゃん、微笑んでる……】


 地獄絵図だ。

 踊る水責め拷問機にかけられたゴリラ型ウンコ投擲モンスターを眺め、銀髪の可憐な少女が微笑んでいる。 野に咲く一輪の花を愛でるように、慈しみに満ち満ちた柔和な視線を注いでいる。


 「リア……。 苦しむハネゴリを楽にしてやりたい」


 【はい……。 ちろちゃんからコピーした『お水ビーム』を使ってください……。 一瞬で楽にしてあげて……】


 ふむ、印はどう結ぶ? なんだかスキルや魔法を使うのが久しぶりな気がするな。


 【もう……なんでもいいっす……。 指を鉄砲の形にして、バーンって言えば発動するんじゃないすかね……】


 リア、心をしっかり持て。 ちろるの闇を覗いて完全に折られているじゃないか。


 【ミナトのダンナ……アンタとんでもねぇ闇深ガールを拾っちまったんじゃねぇですか】


 大丈夫だ。 ちろるが人の道を逸れないように見守るのも最強チートの役目だからな。

 いやしかし、さいかわからコピーした魔法は特別なものだ。 簡単に発動するなら最高なんだが……ピストルの形にした指から出るなら霊界探偵っぽくてイカしてるしな。 おし、ちょっくらやってみっか。


 「湊魔法・Vol.02〝ちろちゃんねる〟」


 おっ!? 構えてみたら指先に水が……! しかし小さいな、パチンコ玉くらいの雫だ。 もがき苦しむハネゴリの額に狙いを定めて、と。


 「〝闇深水銃(ちろるガン)〟」


 ……精霊の胴体でもがいていたハネゴリが音もなく脱力した。 額に開いた穴から緑色の血が煙のように拡散している。 ふむ、この魔法は暗殺向きだな。


 【……ぐすっ。 グスン】


 泣くなリア。


 ——ウンコを投擲せし者は死罪——


 これは遥か古代より、生きとし生けるもの全てが繋いできた鉄の掟だ。

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ぶっ飛びヒロインと陰キャツッコミマシーンの主人公が織りなす入れ替わりコメディも書いてます。 『隣の席の美少女と身体が入れ替わってしまった件』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
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