第四十四話『ブスの前でも男は黙って肉弾戦』
ぐっすり寝ているちろるを抱き抱えたまま、マッスル羽ゴリラとハヴェドラの戦闘を観戦中だ。 まりもは縮小化して俺の髪の毛に潜り込み、頭だけを出して見ているらしい。集まったギャラリーたちはボコされている不甲斐ないハヴェドラに落胆しているな。
「ハハッ! 何が五大賢龍だよ! 弱えじゃん、ハーヴェス・ドラゴン」
ふむ、劣勢のハヴェドラを嘲っている男は装備を見る限り冒険者だ。 隣にパーティメンバーらしき人物が三人。 男2、女2の混成パーティのようだ。
「おい冒険者たち、ハヴェドラを近くで見るのは初めてなのか? 」
「ん? あんた初めてじゃないの? こんなに間近では滅多に見れないでしょう。 人間の近くに降りるのは、人間を食う時だけだし」
パーティの1人、中の下の女が答えてくれた。 中の下というのは、四捨五入したらブスという意味だ。
「ほう。 そうなのか」
「ハヴェドラは生活圏も戦闘も基本は雲の上だからね。 ……アンタ変な服を着ているけど、もしかして転生者? 」
「いかにもドリフターだが、来たばかりでまだほとんどなにも知らん。 それからな、パーカーとジャージが変な服ならお前の服は変態の服だぞ」
「よくわからないけど、珍しいね。 来たばかりの癖に女の子なんか抱いちゃって……わ。 かわいい〜、お人形みたい。 攫ったの? 」
「この状況が攫ったように見えるか? 」
「え、そうとしか見えないけど」
「両想いに決まっているだろう腑抜けが。 ……いやそんなことより、ハヴェドラと戦っているのはなんという魔物なんだ? 」
「さぁ、知らない。 この辺じゃ見ない魔物だしビジュアルがクソキモいね。 というかアンタちょっと馴れ馴れしくない? 」
このブスは生意気だしパーティメンバー達もなんだかやる気がなさそうだな。 リーダーっぽい男も弱いだのダサいだの言って、戦っているハヴェドラを貶している。 故郷もろとも焼き払ってやってもいいが、もう少し情報を聞き出すとするか。
「あの魔物はのぉ、『ハネゴリ』という。 本来なら上空でハーヴェス・ドラゴンに瞬殺されて、死骸で降ってくるような魔物じゃよ」
む。 話し掛けてもいない爺さんが割って入ってきた。 背が低く頭はハゲあがっていて、真っ白な髭が胸の辺りまで伸びている。
俺と喋っていた女冒険者が、「へぇ、お爺ちゃん知ってんだ」と感心していた。
「おいジジイ、俺が出会いたいのはオークとかサイクロプスとかその辺のド定番モンスターだ。 『ハネゴリ』とかいう園児が考えたようなゴミモンスターなど求めていないぞ」
「いや知らんが……。 ハネゴリは決して弱い魔物ではないのじゃぞ。 それから、戦っている二匹はおそらく夫婦じゃな」
「えー、本当に? お爺ちゃん随分詳しいじゃない。 適当言ってない? 」
たしかになんだこの爺さんは。 魔物ハカセといったところだろうか? 一つの知識に特化した博士タイプのジジイというのは総じて偏屈な傾向にあるからな……。 場合によっては首筋へ手刀を打ち込んで黙らせなくてはいけない。
「ふむ、夫婦なのか。 では後方の安全な所から石みたいなものを投げて攻撃してるのがメスだな? 頭にも髪飾りのような花を着けている」
「いや違う。 髪飾りを着けて後ろからウンコを投げ続けている方はオスじゃ」
「……なに。 ではメスの方が近接で肉弾戦をして、オスは髪飾りなんか着けて安全圏からウンコを投げていると言うのか? 」
「まるで逆であるべきだと主張しているようじゃな、若造」
「当たり前だろうがクソ老害が。 男は身を挺して女の前で肉弾戦、女は髪飾りを付けて後ろから便秘気味に見守るべきだ」
「ふぉっふぉ。 古い古い。 女はこうあるべき、なんていう意識はの、古過ぎて魔物も食わん」
「……ほう、文化・知識、知能水準の低い異世界現地人風情が生意気な口を叩くじゃないか。 近くにフェミニストの団体でもいるのか? まぁ貴様くらい老いぼれたらジジイでもババアでも性別なんぞ関係ないのだろうがな」
「あんたさすがに無礼過ぎない? 」
例の女冒険者がドン引きのご様子で突っ込んできたな。 やる気のないパーティの一員でも常識は備えてるってか? こんな所で生意気なメスとジジイに挟まれるとは、俺も焼きが回ったもんだ。
「だからお前は四捨五入したらブスなんだ。 いいか? 偏屈なジジイにはこのくらい毅然とした態度でぶつからないと、そのうちつけ上がって手が付けられなくなるんだぞ。 聞いてもいないことを喋り続け、しまいには品のない言葉で自慢話と説教を垂れ始める。 前世で何度も経験してるから間違いない」
「あ! あちゃ〜……ハヴェドラさん逃げてるよ〜。 こりゃ私たちの出番かなぁ。 あのキモい魔物と闘るの嫌だなぁ」
「聞いてるのかブス。 なんだ、お前らのパーティがハネゴリを退治するのか? 」
「あ、ごめんなに? 聞いてなかった」
「故郷もろとも焼き払ってやろうか」
「よいか小僧ども。 ハネゴリのメスは旦那を他のメスに取られないよう、オリジナルの髪飾りをプレゼントして付けさせる習性があるんじゃ。 ちなみにオスメス共に性器は体毛に隠れておるから、夫婦関係になる前は外見から見分ける事は出来ない。 それからウンコはオスもメスも投げる」
「ジジイ本当に聞いてもないのに喋り始めたな。 しかし、ふむ……。 ウンコを投げて精神的に参らせようという作戦は姑息で幼稚な魔物にぴったりだ」
「精神的か……。 残念だが、あのウンコは精神攻撃の意味合いは薄い。 なぜならばそこらの岩よりよほど硬く、まともにぶつかればタダでは済まんからな。 まるでウンコという名の砲弾じゃ」
「何だと……? いやどちらかと言えば砲弾という名のウンコだろう。 しかし、ケツから無限に砲弾が生成されると考えたら脅威と言わざるを得んな」
「無限ではない。 無限に出るならそれはもはやウンコではないじゃろ」
「うむ。 有限であれば、いかにウンコといえど弾切れのタイミングはあるのだな。 その時がハネゴリの運の尽き、というわけか。 ……なんてな」
「ふぉっふぉっふぉ。 こりゃ一本取られたのぉ」
「アンタ達レベル高いね。 ……あ、バカレベルのことね」
突っ込みたがりのブスを含む冒険者パーティが何やら作戦を練り始めた。 どうやらこいつらは近くの村の用心棒をしているらしく、ハヴェドラが負けそうならハネゴリ討伐に臨むつもりみたいだ。
「ミッダナトダ様! 」
おっと? 誰かと思えばさっきハヴェドラ感謝祭に参加していた若者だ。 俺の前で片膝をついて首を垂れている。
「どうした。 オモテをあげい」
「いやホント何者なのアンタ! 」
「やかましいぞ、もういちいち突っ込んでくるな。 お前らはハネゴリとの戦闘に備えておけばいいんだ」
「ミッダ=ナトダ様! あのような美味なる肉をお恵み下さったミッダ様に感謝の意を込め、村民総出で是非ともおもてなしをさせて頂きたく存じます。 滞在のご予定があれば宿なども無償で使って頂いて構いません! 」
「ふむ、承知した。 もう下がってよいぞ。 その方も今はハーヴェス・ドラゴン様の戦闘に興じたらどうだ? 滅多に見れぬ催しぞ」
「ははぁっ! ……では、用などございましたら、何なりとお申し付けくださいませ! 」
ふむ。 今宵は奴らの村でもてなしを受けるとするか。 貧しそうな村だが酔えるくらいの酒とエッチな女くらいは当てがってくれるかもしれんしな。
「あー、皆さん」
パーティのリーダーっぽい男が皆の前に出た。
「えー、世にも名高き五大賢龍のハーヴェス・ドラゴン様が、見たこともないマイナーモンスターにフルボッコされておりますがー……我々がですね、助け舟を出しますので——」
演説を始めたな。 不安げに戦いを眺めていたギャラリーたちが『早く助けてやってくれ』といった声を上げている。
「はいはい、みなさまご安心して我々にお任せください〜。 よし、いくぞー。 我がパーティのメンバー達よ」
「よせぇい! あのハヴェドラを助けるな! あのまま死なせてやるんじゃ! 」
全員の視線がジジイに集まった。 この逆張り老害ときたら本当に目立ちたがり屋だな。
「見てみろ。 戦闘であれだけの魔力と体力を削られたハヴェドラを助ければ……間違いなく人間を食って回復を図る。 また尊い命が犠牲になるのじゃぞ! 」
凄い剣幕で言い切った。 みんな騒ついてるな。 なんとく分かっていたが、あのドラゴンは魔力と体力の補充をする為に人間を捕食するのか。
「ワット爺さま! そんな事は分かっています……。 しかしその尊い犠牲によって、我々がどれだけの命をお守りいただいているか。 あなたもよくご存知でしょう」
まったく……。 偏屈な老人にはどこの世界でも手を焼いているのだな。
「そうだぞワット爺さん。 1人の犠牲で多くの命が救われるならいいだろう。 それにお前の理屈を通すなら、ここでハヴェドラを見殺しにするのも尊い命を犠牲にしていることに」
「よそ者はだまっとれっ! 」
「まだ俺が喋ってる途中でしょうが。 とにかく見殺しにするのもあれだから、ひとまずは冒険者パーティにハネゴリを討伐してもらえばいい」
「あれ? だまっとれって聞こえんかったか? 」
「ふむ。 言われてみればそうだな……。 ドラゴンに生贄を差し出して不作を乗り切る、というのは議論の余地と価値があるかもしれんな。 やれやれ、まるで道徳の授業だな」
「あの……。 あれ? 全然聞こえてないのじゃろか、ワシの声」
「ではこういうのはどうだろう。 とりあえず悪い魔物と確定しているハネゴリは討伐する。 そして弱ったハヴェドラは人を食わないように捕獲して保護しておく。 その間に『生贄』の是非について存分に議論すればいい。 今まで通り生贄の恩恵を受け続けるならハヴェドラを解き放ち、生贄のシステムごと廃止するのなら殺処分だ。 これでいいな? さて早速取り掛かろう。 おい冒険者パーティどもはハネゴリを殺してこい。 ハヴェドラの捕獲は俺が担当する」
「なんじゃコイツ……誰かこの男をつまみ出してくれんか! 」
【ミナトさん、こっちに飛んできます! 】
「お、リアか。 何がだ? 」
【ウンコと言う名の砲弾です】
ふむ、振り返ったらもう目の前に迫っているな。 このまま避けてもいいが、後ろのやつに当たってしまったらまた治癒魔法を掛けてやらなくてはならなくなる。 神だなんだと崇められるのも飽きてきたしな、ジジイの言っていたウンコの強度も少し気になるからいっちょ俺の拳で試してみっか。
「せいやっ! 」
\ベチャッ/
「キャーっ! 」
「ミッダ様がぁ! 」
「うわっ! 」
「くっせ! 」
「ミッダ様ぁーっ! 」
「だ、大丈夫ですか!? あっ、くさっ」
「大丈夫なわけがあるか。 おいジジイ、どこがウンコと言う名の砲弾だ? ぬか味噌に引けを取らない柔らかさで爆散したぞ。 返答によっては世界中から集めたウンコで三年間漬け込んでやるからな、このたわけが」
「あのハネゴリは軟便だったようじゃな」
「五分そこで待ってろ、古今東西のウンコを集めてくる。 ……あっ」
【あぁ……。 可哀想、ちろちゃん】
なんてこった……。 ちろるがクソまみれになってしまった。 異世界に来てはじめてのミステイクだ。 これはやってしまった……。 隙のないチートハーレムの王であるこの俺が、正妻候補のガチヒロインをクソまみれにしてしまうなんて。
「うぅーん……」
「起きるな、そのまま寝てろちろる」
まずいな……臭いで起きてしまうからとりあえず鼻の穴に指を突っ込んでおくか。
「むぅーん……。 うぅーん……」
うなされている。 待ってろ、すぐに洗ってやるからな。
「ミ、ミッダ様……。 上に、頭上に何か……」
「ん? なんだ? 」
——水だ。 頭上に水が浮いている。
まるで巨大な水槽に入っているかのような長方形の水の塊が、3〜4メートル上空にぷかぷかと漂っている。
「うっ、うわァーっ! 」
「降ってきたぁ! 」
「流せ! ウンコ流せ! 」
水の塊がシャワーのように降ってきた。 その水からは「ウンコをきれいさっぱり洗い流してくれよう」という意思が感じられた。 ちろるを見ると、目を瞑ったまま両手の人差し指を立ててゆっくりと振っている。 指揮者に似た動きだ。
「そうか、ちろるが操っているのか」
【目が開いてませんね。 寝ぼけているみたいですが】
「むぅー……! 」
【あれ? なんか寝ぼけながら怒ってません? ちろちゃん】
「おいちろる、何処へ行く」
ちろるは俺の手から離れたが、歩いてはいない。 前方の湖から迎えにきた『水の塊』に乗って、目をクシクシやりながら空中浮遊している。
「ちろる、やめなさい。 お前から溢れ出ている魔力のせいか知らんが、女子供がバッタバタと気絶していくぞ。 ほら深呼吸してからこっちに戻ってきなさい。 お前をクソまみれにしたハネゴリは三流冒険者たちがやっつけてくれるから、その禍々しい魔力を収めなさい」
……さっきまでやたら突っ込んできてた女冒険者が腰を抜かしたようだ。 ローターでも仕込んでいたのか、涙目で全身を激しく震わせている。
「おいパーティのリーダー。 ローターのスイッチをOFFにしてやれ、女の腰が砕けてしまっているぞ」
「なんだ……! この、底知れねぇ、魔力……は……! う、動けねぇ、立ってる、のが、やっと、だ……」
【ミナトさん、やばいっす。 はやくバリア。 バリア貼らないとバリア 】




