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第四十三話『冒険記・其の参〝巨大樹・ハーヴェス〟(序章)』


 「だ、ダンナ〜! 一体こりゃあ何の肉なんです!? 」


 ボロい布切れを纏ったオヤジだ。 唾を飛ばしながら大声で尋ねてくる。


 「この辺りで獲れる獣といやぁ他所にはタダでも出せねぇようなゲテモノばっかりだが、こりゃ明らかに上等な肉だぜ! おいらぁこんな上等な肉は食ったことがねぇっ! 」


 「あぁ……。 これはパイズリーという獣の肉でな。 魔物渦巻く熱帯雨林の奥地にしか生息していない絶滅危惧種だ。 コイツを食えるのは最初で最後になるだろう」


 収集がつかなくなった。

 ドラゴン肉のパーティ会場には総勢五十人弱の周辺住人が殺到し、我先に、我先にと神の使いであるハーヴェスドラゴンの肉を(むさぼ)り食っている。

 ……あれはもう二十分前の事になるか。 原型が分からないくらい細かく、およそ一口大に切り分けた肉片を火にかけたときの香ばしい香りは俺の脳をガツンと揺らし、ちろるの小さなお口から大量のヨダレを溢れさせた。 その殺人的な肉汁の豊潤な味わいに正気を失った俺とちろるは狂ったように肉を焼き続け、現世の定食屋から釜の飯をかっぱらい、ひっくり返るまで貪り喰らった。 草原に寝そべって食後の幸福にどっぷりと浸っていたら、気付いた時には貧相なナリの貧乏人共に周囲を包囲されていたという訳だ。 やれやれ。


 「こんな極上の肉……神の味だ……! それを我々のような貧しい者たちすべてに平等に振る舞うあなたは、まるで神様だ…… 」


 やれやれ、まいったな。 むしろ俺は数十分前に神を即死させた男なのだが。 神を殺す事で神に取って代わるとはなんと単純で愚かな世界だ。


 「あぁ、違いねぇ。 神様のような方だ。 神様、神様、うぉぉぉおおお! 神! 」


 「「「神! 神! 神! かーっみっ! かーっみ! かーっみ! 」」」


 【ミナトさん……】


 なんだリア。 声を出すなと言っただろう。


 【……まぢ神(笑)】


 天誅を下してやろうか。


 「あの……。 ありがとうございます……! 本当にありがとうございます……! 私ども、肉など口にするのはもう数年ぶりで……っ! せめて、せめてお名前を」


 「……あぁ。 ……ミダ………ナト…………だ」


 さすがの世界最強も後ろめたい事があると小声になってしまうのだな。 人体の神秘というやつか。


 「え? ミダ、ナトダ、様ですか? ミダナトダ様……! みなさん、ミダナトダ様に祈りを! ミダナトダ様に祈りをっ! 」


 「ミダナトダ様、ミダナトダさま……あぁ、神様のような方……」


 「「「ミーダナットダ! ミーダナットダ! 」」」


 取り返しがつかなくなるとはこういうことか。もしも本当に神がいるのなら、間違いなくこいつらは〝神喰らい〟の共犯者として俺と共に地獄へ行くわけだが。 まったく……。 無知は狂気と紙一重なのだなぁ。


 「ミナト見てくれ。 このマップに引いた赤いラインが、ハヴェドラ様が行きつけにしていた泉への空路だ。 今のこの場所からミナトがスタートした草原を跨ぐように……」


 「おい待て変態メガネ。 唐突に迫真の表情で説明を始めるんじゃない」


 「どうしたんだ? これは重要な話なんだよ」


 「貴様、その左手に掴んでいるのはなんだ」


 「え……? これは肉、だが」


 「肉だが、じゃないだろうが錯乱野郎が。 自分が何を食っているかわかっているのか」


 「……え? 神の使いとされる五大賢龍の一角、ハーヴェス・ドラゴンをこんがり焼いた肉だが」


 チョリス……。 神の肉を食って完全にキマッてしまったようだな。 こうなったらもうどうにもならんから放っておくのが一番だ。 さてちろるは……と、寝てるな。 鼻提灯を膨らませつつコロコロとイビキをかいている。


 「起きろ、ちろる」


 「……ふぇ? もうあしゃ? 」


 「ずっと朝だ。 起きなさい」


 「にゃんや……まだ朝やんかぁ……うぅ」


 また寝たな。まりもは隅っこでゴソゴソと何をしてるのかと思えば、食い散らかされたドラゴンの骨を積み上げて祈りを捧げているようだ。 あいつはなかなか信心深い奴だな……よし、殺害犯である俺も祈りを捧げるか。 日本人はこういうの結構気にするからな。


 「おーいみんな、大変だっ! 村の外れでハヴェドラ様が魔物と戦っているそうだぞ! 」


 ……ん? なんの騒ぎだ。 ハーヴェスドラゴンの、魔物との戦闘……そんなはずはない。 別個体が近くにいるのか?


 「本当かよ! もしかして低空で戦ってるのか!? 」

 「バカ低空どころじゃねぇっ! 今にも地上に降りてきそうな勢いよ! 」

 「な、なんだって!? おいみんな起きろ! 腹いっぱいで寝てる場合じゃねぇ! ハヴェドラ様の戦いを見逃しちまうぞ! 」

 「おう、こうしちゃいらんね! ハヴェドラ様の戦いを間近で見れるなんて一生に一度あるかねぇかだっ! 」

 「……あっ! おいお前ら、ちゃんとミダナトダ様にお礼を言ってけよ! ったく子供たちときたら……」


 愚民どもめが目の色を変えてすごい盛り上がりだ。 特に子供などは全力疾走で同じ方向、小高い丘に向かって走っていく。 まったく忙しい奴らだな……おっと? チョリスが騒いでいる大人連中の方に駆け寄っていった。


 「おい落ち着けよみんな。 ハヴェドラ様の戦闘? そんなわけねぇだろ。 たった今俺たちの腹ん中に収まっちまって肉片の一つも残っちゃねぇよ。 ……あれだろ、きっとハヴェドラのこんがりステーキでラリったバカが幻覚でも見て大ボラ吹いているんだろうよ」


 「チョリーーーーッス! !!!」


 勢い余ってチョリスにラリアットをかまして吹っ飛ばしてしまった。 俺としたことが暴力で仲間をねじ伏せるなんて少々熱くなってしまったな。


 「すまん、今吹っ飛んでいった小僧は転生してきたばかりのモブでな。 ところで皆のもの、ハヴェドラ様がお戦いあそばせるそうだが、俺も是非お目にかかりたい。 どこでやってるんだ? 」


 「はっ! ミッダナトダ様。 ここから東へ少し行った所にある小さな集落の近くでございます。 今子供達が向かっている方角で間違いありません」


 「くるしゅうない。 ……おい、まりも! 」


 「ぐすん。 なんでしょか……。 みなとしゃま」


 「まだ泣いているのか。 向こうで気絶してるバカを少しは見習った方がいいぞ? 人生という修羅の道を笑って歩いているのは大抵が鈍感野郎だからな。 繊細な心を持つ生物は損するように出来てるのが世の中だ」


 「……よくわからんでしゅ」


 「それはそうと少しデカくなってくれ。 あまり目立ちたくないから三人乗りくらいのサイズ感で頼む」


 「どこか行くでしゅか? 」


 「あぁ、近くでドラゴンの戦闘が開催中らしい。 お前も強いドラゴンになりたいのなら参考になるかもしれんぞ」


 ふむ、表情がパッと明るくなった。 巨大化スキルもサイズの調整が効くようになっているようだな、馬の1.5倍くらいか? 可愛さをギリギリ残したちょうど良いデカさだ。

 さて眠っているちろるを担いで……と。


 「初フライトだ。 いやしかし、お前は柔らかくて最高に乗り心地が良いな……」


 「レオにも気に入ってもらえたでしゅよ! あ、どこへ飛べばいいでしゅか? 」


 「今〝神喰らい〟の罰当たりな小僧どもが走っている方向に飛んでくれ。 おそらくその先の、丘を越えた辺りに村があるはずだ」

 

 「了解っ! あ、みなとしゃま! ちょりすはどうするでしゅ? 」


 「すっかり忘れていた。 ちょっと寄ってくれ」


 チョリスに近付いていったら白目でカニのように泡を吹いていた。 実際にカニが泡を吹いているところを見た事はないが、カニが泡を吹くよりも滑稽なのは確かだ。

 ……さて、起きそうもないしな、まずはコレを使うか。


 「みなとしゃま……。 ちょりすの頭に何をかけているでしゅか? 」


 「これは『焼肉のタレ』という魔法の液体だ。 ハラペコの魔物が現れたら、ウチのチョリスを少しでも美味しく食べてもらえるように……。 これが〝神喰らい〟に対する懺悔になればいいが」


 「ギャオオオオオオン! 」


 おっと、愚民どもが向かっている先からドラゴンだか魔物だかの咆哮が聞こえてきた。 確認したいことがあるが、急がないと終わってしまう。


 「……ん? ここは……? あ、ミナト。 そうだ! さっき突然首の辺りに衝撃を感じて、何かに吹っ飛ばされて……! 」


 「チョリーッス。 起きたか、もうそれ以上何も考えるな」


 「うわっ! なんだこりゃ、ベタベタの液が顔に……あ、あまからい? いや、うまい! なんだこの液は! 甘辛い液が頭からベッタリ! ハヴェドラの呪いか!? ぺろっ! うまい! 」


 「からっぽの頭からしたたる焼肉のタレを永遠に舐めていろバカタレ。 俺たちはちょっと隣の村に行ってくるからな。 じゃあ出発するぞ、まりも」


 「はぁいっ! 」


 「えっ。 なぜだ!? あれっ! そういえはどうしてみんな帰っていくんだ? え? おいっ! ミナトっ? み、ミナトゥーーーーー!!! 」


 ほう、低空を猛スピードで飛び始めた。

 先に走り出していた愚民どもの間スレスレを縫って飛んでいる。 今度は丘の斜面を舐めるように捻りを加えながら上昇。 やれやれ、まるでジェットコースターだな。 前世ではテーマパークのジェットコースターで盛大に漏らした過去があるが、まさか世界最強になってからも漏らしてしまうとはなぁ。

 

 「みなとしゃまぁ〜! さっきのドラゴンが生きているでしゅっ! 」


 湖だ。 だだっ広い湖の水面近くで、水飛沫を豪快に上げながら、ハーヴェス・ドラゴンと羽の生えたムキムキのゴリラ二頭が戦っている。


 「敵が思ってたのと違うぞ。 気持ち悪すぎる」


 大盛り上がりしているかと思いきや、ギャラリーたちは固唾を飲んで見守っている様子だ。 中には明らかに落胆した表情をしている奴もいるし、よくわからん。


 「あれ……負けてましぇんか、ドラゴン」


 「あぁ。 羽ゴリラブラザーズの軽快な連携技にフルボッコされてるな」


 「……なんだか背中が濡れているようでしゅ」


 「あぁ、ちろるが寝小便をかましてしまったようだな。 すまない、俺から謝るから今日のところは許してやってくれ」

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