第四十一話『ダッチワイフ戦士・チョリッス!ちょり美ちゃん』
「おらぁぁぁーーー!!! 」
キンキンキンキンキンキン!
……チョリスとちょり美の壮絶な戦いが始まって二十分以上経った。
「……っわはは! ……っわははは! 」
ちろるは楽しそうに笑っているが、俺は全然楽しくなかった。 抱いた女が親友と喧嘩しているというシュールな光景に、ただただ複雑な感情を抱いている。 人生で一度も経験したことのない不思議な心持ちだ。
「ちょり美……。 負けるな」
無意識に俺の口から漏れたのはそんな言葉だった。 チョリ美には俺の愛刀『天羽々斬』を持たせている。 そのアドバンテージがあるせいか、チョリスが僅かに劣勢だ。
「くっそ……! ハァ、ハァ、なんて強えんだ、さすがミナトのゴーレムだ。 チョリッス=ちょり美ちゃん……! 」
『ちょり美に勝とうだなんて、百年早いんだからねっ! 』
おぉ……。 ただのダッチワイフだったチョリ美がS級レベルの冒険者と対等に渡り合い、俺のプログラムした台詞を喋っている……。 なんだ、この不思議な高揚感は。
「だが、次で決めさせてもらうぞ! ちょり美ちゃん! 」
『望むところよ、返り討ちにしてあげる! 』
「……わははっ! 」
ちろちゃん笑ってるな。 ホモとダッチワイフの戦いがそんなにツボなのか? 俺もチョリ美でヌいてなかったらこんな風に笑えただろうか。 おっと、チョリスが剣を鞘に収めたな。 降参か?
「流天・三鶴戯流……」
るてん、みつるぎりゅう。 どこかで聞いたことがある気がするが、気のせいだろう。
「華須龍千! 」
\ ギィン! /
るてん、みつるぎりゅう、カスりゅうせん。 どっかで聞いたことがある気がするが気のせいだろう。 その渾身の一撃はチョリ美に傷一つ付けることなく、逆にチョリスの心を折り、膝を付かせた。
かなり高速の居合だったのでちろるには見えなかったかもしれないが、ちょり美は『カスりゅうせん』を天羽々斬で受け、攻撃したチョリスの剣は粉々に砕け散った。
「……はぁ、ハァ、降参だ……。 まいった」
チョリスは残った剣の柄だけを後方に放り投げ、両手を上げてちょり美に近付いていく。 ちろちゃんはチョリスの健闘を拍手で讃えていた。
「ちょり美ちゃん……! 俺の愛するロー村の護衛はお前に任せるぞ。 ……ハハハ、俺なんかよりよっぽど頼もしいぜぇっ! 」
『ありがとう、チョリスお兄ちゃんっ! 』
「ちょ、ちょり美ぃ……。なんだか、妹が出来た気分だよ」
『おっす! オラちょり美! ロー村はオラがぜってぇ守ってやっぞ! 』
これで用心棒問題は一件落着だな。 さて、この愉快な仲間たちと共に、我が故郷にして湊一家のナワバリであるロー村に凱旋してさいかわドラゴンまりもをピックアップする。 それから魔王城への遠足と洒落込むか。
「おい、ちょり美」
『なぁに? どぉしたのぉ? ミナト様ぁ』
「ロー村は任せたぞ」
『チョリッース! お任せあれっ☆ ……あ、ミナト様』
「なんだ? 」
『寂しくなったら……。 いつでもちょり美を抱きにきてもいいのよ? ウフフ……』
「DEKO-PIN-DEATH」
ドッコォォォォオン!
「ちょっ、ちょり美ぃーーーっ! 何やってんだよミナト! 」
「すまん、つい手が出てしまった。 なぜプログラムしてない言葉を喋りやがるんだ、あの淫売は」
ちょり美は飄々と戻ってきて、兄であるチョリスの肩に乗った。 俺はめんどくさそうにしていたちろちゃんを肩車して山を降りる。
「ミナトしゃま〜っ」
お、山を降りた途端にマリモがパタパタ飛んできたな。 抱いてやるか。
「どうだった、マリモ。 ミッションはこなせたか」
「だぁれも襲ってこなくて、暇だったでしゅ」
「ミッションコンプリートだ。 ご苦労だった、寂しい思いをさせて悪かったな」
「ミナトしゃま、その女は誰でしゅ? 」
「あぁ、この子はチロルという。 一緒に旅をする仲間だから仲良くするんだぞ」
「……おいちろるぅ。 ぼくはミナトしゃまの一番弟子、まりもだぞっ! まりもしゃまと呼べよぉ? 生意気な口をきいたら体罰も辞しゃないからなぁ? おいちろるぅ、聞いているのかちろるぅ」
「なんやこのドラゴン……。 めっちゃかわええなミナトくん」
「なぁーにが可愛いだ無礼者ぉ。 しょれからな、ちゃんとミナトしゃまと呼べっ! このアバズレがぁ」
確かに湊一家で一人目のメンバーであるが……。 こいつは本当にマウント取り名人だな。 この時代にネットがあったらあらゆるサイトでマウントを取りに行くタイプだ。
「ミナトっ! 俺は村長にちょり美を紹介してくるぞ、村人に別れの挨拶もしねぇと。 お前も来るか? ネロやカルネに……」
「いや、ネロとは感動の別れを済ませてある。 もう一度会ったら『さっきバイバイしたのにスーパーでばったり会っちゃった』みたいな気まずい思いをするからな」
「よくわからねぇが……。 いいんだな? じゃあ俺は行ってくるぞ」
肩にちょり美を乗せたチョリスが誇らしげな足取りで村に入っていく。 肩にダッチワイフを乗せて堂々と歩いている三十代はさすがにキツイな。 歩く公然猥褻だあのバカは。
「ずうずうしいやつだっ! ミナトしゃまから降りろぉ……! この売女がぁ……!」
「むぅー、むー、むぅー……」
マリモがちろるのほっぺを引っ張り回しているな。 ちろちゃんは無抵抗を貫くらしい。
「おいマリモ、貴様ちゃんと爪は切っているのか。 ちろちゃんの綺麗な肌に傷を付けたら許さんぞ」
「……なぜでしゅかミナトしゃまぁ! こんな女っ……! こんな女ぁ! 」
「あ……。 でっかいドラゴンや」
ほっぺを真っ赤にしたちろちゃんの視線の先、上空でドラゴンが旋回している。 現世でよく見た旅客機くらいの高度だな、転生初日にも何度か目撃した赤いドラゴンだ。
「あれ、よう飛んでんねんな。 いっつも空見とったからわかるわ」
「そうなのか? この辺りが通り道なのかもしれんな」
まりもが「こわいでしゅ」と呟いて俺の背中にへばりついてきた。 聖獣でかなり強くなるという触れ込みだが、本当に臆病だなコイツは。
「ちろるの『お水ビーム』の射程はどんなもんだ。 あのドラゴンまで届くか? 」
「試した事ないけど……。 届くわけないやん。 めっちゃ高度あんで」
「やってみてくれ」
「こんなもんや。 お水ビ〜ム」
ちろるの指先から射出されたお水ビームが、はるか上空でキラリと光った。
「……距離としては届いていたんじゃないか? ちょっと連発してみろ、数打ちゃ当たる」
「なんかいつもより飛ぶわ……。 なんでやろ? 全部の指で一気に発射してみよか……」
ちろるを肩車から下ろしてやると、顔をしかめながら頭の上で両手を構えた。 獣の形態模写で『ガオー!』とやっているみたいでとっても可愛いな。
「10れんお水ビ〜ム」
ちろるの指先から放たれた可愛くない十本のお水ビームが大空を駆ける。 赤いドラゴンは一瞬身をよじって、『ゴァー! 』とけたたましく鳴いた。
「……あれ、なんやドラゴンの形変わったな…… 」
「一発入ったな。 尻尾が千切れた。 こっちに向かってくるぞ、ちろる」
「狙いが定まらんわ……。 こういうのへたくそやねん。 ミナトくん、狙ってや」
「任せろ」
後ろからちろちゃんを抱えるようにして指先をガイドし、ドラゴンに狙いを定める。 これはあれだな、お祭りの射的で娘のフォローをする父親の構図だ。
「ちろちゃん今だ、撃て」
「ほいよ。 お水び〜む」
突進してきたドラゴンが身体を仰け反らせ、堕ちていく。
ズズズゥーーゥン。
「心臓に入ったわ」
「心臓に入ったな」
「あの……。 チロルおねぇしゃま、お荷物お持ちしましゅ」
「うち手ぶらや。 そんなんええから抱かせてや……。 まりもっち」
マリモとちろるが戯れている。 とっても微笑ましい光景だ。
「おい二人とも、ドラゴンのとこに行くぞ。 チョリスが帰ってきたら食える奴か聞かんとな」
「ちょりっさんが捕まえた魚めっちゃ美味かったやんな。 このドラゴンがおいしかったら世界中のドラゴン狩ろうやミナトくん」
「まりもが震えてるぞ。 少しは気を遣え、ちろる」




