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第三十九話『桃から生まれた桃ち郎』


 掘られそうになる事もなく無事に風呂から上がれた。 ちろるがスヤスヤと寝息を立てている横でスチールテーブルを挟み、缶ビールを傾けつつホモと向き合っている。


 「この豆……。 旨いな! 」


 「その豆は『イラマチオ』 と言ってな。 酒のツマミの豆界では枝豆、ギンナン、ピーナッツと並ぶ四天王の一人だ」


 「イラマチオ……! 舌に乗る風味がたまんねぇな」


 かく言う俺もピスタチオの旨さに気付いたのは齢二十五を越えてからだったな。


 「で、ミナト。 これからどうするんだ? 」


 「ステータスオープン」


 俺の巨大なウィンドウが岩石風呂の上に展開した。 チョリスにこの世界のマップを表示する方法を聞き、言われた通りに操作するとマップが表示される。


 「この大陸を囲む島々に異種族が暮らしていると聞いたが、各種族がどの島に割り振られているか知ってるか? 」


 「どの島にどの種族が暮らしているかって事か? いや……。 魔法学校で習った気はするが、俺はよくわからねぇや」


 「その辺の事情に詳しくないのか」


 「あぁ。 わりぃな、全然詳しくない。 大体からして……。 この辺りのド田舎で平凡に暮らしていくなら全く関わりのない別世界の話みたいなもんだからな」


 ほう。 現地人の田舎者からすると異種族の島はそんな認識になっているのか。


 「そういえばクラプトンも人族ばかりだったな。 他の種族は見当たらなかった」


 「ここらには居ないさ。 大陸で暮らす異種族の大半は王都……。 国の中枢部で活躍してる。 こっちに居るのはエリート中のエリートだけだからさ」


 「ふむ。 なるほどな」


 チョリスがした話は魔王(グラスタ)やレオからも聞いていた。 異種族のエリートだけを引き抜いて利用して、それ以外は全員島流し。


 「ミナトは外界(ルゥザ・エイジ)を冒険したいのか? 」


 「るーざえいじ。 誰かもそんなことを言っていたな」


 「あぁ。 大陸を囲んでる外界の島々をそう呼ぶんだ。 噂によるとこのマップに表示されてない島も沢山あるらしいぞ。 このマップはすげぇ大雑把なんだってよ」


 「この大陸に住む人間は、大陸の外を知らずに生きているのがほとんどか? 」


 「俺は田舎を出たことはねぇが、多分そうだと思う。 人族は外界(ルゥザ・エイジ)への渡航や交流は原則禁止されてるし、もはやここらのド田舎じゃ世間話にも上がらねぇレベルだ」


 なるほどな、これは面白そうだ。


 「まぁ外界(ルゥザ・エイジ)の冒険ってのは無理だと思うけ……いや、ミナトならゴリ押しで行きそうだな」


 「今後の予定だが。 まずはマオ・グラスタという友人の家に遊びに行く。 恐らく外界(ルゥザ・エイジ)についても詳しいだろう」


 「マオ・グラスタ……。 そいつも漂流者(ドリフター)なのか? 」


 「そうだ。 お前と会う前に知り合ってな、一人娘のララって娘を貰ってくれないかと頼まれている」


 「ハハハ! 転生してすぐ縁談か! いいなぁミナト。 運がいい」


 「ブスなら秒で婚約破棄だ」


 チョリスが愉快な笑い声を上げている。

 ちろるが起きてしまうかと心配になったが、気持ちよさそうに寝ているな。 数ヶ月ぶりの満腹と風呂の爽快感を味わったのだから、さぞかし良い夢を見ているのだろう。


 「グラスタってヤツも強いのか? 」


 「まぁ、この世界では俺の次くらいに強いんじゃないか」


 「そいつと組んだら世界征服できるだろ……」


 「組む気は無い、思想のクセが強すぎるからな。 とりあえず一発目はマオの家だ」


 しばらくは空の旅になる。 魔王城でグラスタの娘を一目見たら、そこから一番近い島まで飛んで冒険……出来ればそこで船を調達したいな。ルゥザ・エイジの冒険は、飽きるまで船旅にすると既に決めている。

 なぜなら日本の主人公は船で旅をするのが相場だからだ。 ついでに手足が伸縮する魔法はどこかで手に入れておかないといけない。


 「ミナト、外界(ルゥザ・エイジ)の冒険ってのは胸が躍るものがあるよ。 異種族や外の島々は俺にとって別世界のものみたいな認識だったから。 見たこともないし、行った奴の話を聞いたことすらない。 俺は外界(ルゥザ・エイジ)を言葉でしか知らない」

 

 「俺と出会わなければ見れなかったものを見せてやると言っただろう。 最初は小人か獣人の島に当たる事を祈っているぞ。 可愛い子が居そうだしな」


 「俺はミナトとの冒険に命を賭けてみる。 追われるだろうし、危険もたくさんあるだろうけどさ。 今はすげぇワクワクしてるよ……。 子供の頃に戻ったみてぇだ。 まぁ、ミナトが強くなかったら乗ってなかったけどな」


 「素直だな。 だがそれでいいんだ、俺の強さをとことん利用しろ。 俺もお前のアホさをとことん利用して笑わせてもらうぞ」


 「あまり人を笑わすのは得意じゃねぇが、頑張るよ。 ただロー村の用心棒……。 俺の抜けた穴についてなんだが」


 「安心しろ。 その件に関しては明日だ、今日は疲れた」


 「ロー村の用心棒をやってくれるC級以上の冒険者なんて居るだろうか」


 「別に人じゃなくてもいいのだろう? 村を守りさえすれば」


 俺はジェフのゴーレムを見ている。 あれがコピー出来るものであれば、ロー村の守護をプログラムしたゴーレムを生成すればいい。 しかしそれはリアが起きてからにしよう。 チョリスは不思議そうな顔をしていたが、俺が寝る事を提案すると大人しく引き下がった。


 「おいミナトー、テントで寝ないのかー? 」


 「貴様のような(ケダモノ)と同じテントで寝ていられるか。 俺はちろちゃんの隣で寝る」



 ◇


 

 「……くん」


 「……ミナトくん」


 ん……? なんだ、まだ真っ暗じゃないか……。

 たしか俺は岩石風呂に寄りかかってちろるの寝顔を眺めていたはずだが……。 そのまま眠ってしまっていたようだ。

 俺を呼んだ声の主は勿論ちろちゃんで、毛布に包まれた身体を起こして、リクライニングチェアからこっちを見ている。 きっと寒くて目が覚めてしまったのだろう。


 「どうしたちろる。 寒いか」


 「うちもぉ、そっち行ってええ……? 」


 「待ってろ」


 ちろるを椅子ごとお姫様抱っこして運ぼうとしたが、その場にそのまま下ろした。

 ちろるの後方に……十匹以上だな、ゴブリンの死体が横たわっている。


 「おいちろちゃん、なんだこの死骸の山は」


 「へ? ……うわきっしょ、なんやこれ」


 「ふむ。 全員、額か心臓を撃ち抜かれてるぞ」


 「全然気付かんかった。 うちが寝ぼけてやってしもたんやろか……」


 ん? ゴブリンの後方の木に複数の小さな穴が開いているな。 ゴブリンを貫通し、更に木まで貫いたということか。 暗くて気づかなかったが足元がぬかるんでいる。 よく見ると周辺一帯は水浸しだ。 ……これは嫌な予感がするな。


 「まるでレーザービームを乱射したみたいだぞ。 ちろちゃんの魔法は爆撃に近かっただろう」


 「いや、あんな、うち……『お水ビーム』も撃てんねん。 ミナトくんに見せたのは『お水てっぽう』や」


 「ちょっと森に向かって撃ってみろ」


 「……お水ビ〜ム」


 人差し指から発射された細い水の線が簡単に巨木を貫く。 周囲のものと全く同じ穴が開いた。


 「大量殺害犯はお前だ、ちろる」


 「や、やってしまったかぁ……全然記憶あらへん。 うち寝ぼけたりとか、あんませんタイプやねんけど……」


 「まぁいい。 正当防衛としよう」


 改めてちろるを椅子ごと抱え、俺が寝ていた岩石風呂の脇に降ろす。 そのまま俺も、隣に腰掛けた。


 「あんな、うちな……。 一回寂しさが来てしまうと、そっから寝られへんねや」


 「……そうか。 寂しさがどこかに飛んで行くまで相手をしてやる」


 「ありがとぉ。 ……ミナトくん、なんかお話ししてや」


 怠そうにイスからずり落ちて、そのまま俺の体にもたれかかってきたな。 やれやれ、まるでピロートークだ。 童貞には少々難易度が高いが……。 眠れない夜の寂しさは俺もよく知っている。


 「じゃあちろちゃん、擬似憑依体験ゲームをしよう」


 「宗教の勧誘かなんか始まるん」


 「ちろるは桃太郎だ。 いいか? 桃太郎に憑依しろ、お前は桃から生まれた桃ち郎だ」


 「もしうちが桃太郎やったらって事? 」


 「そうだ、桃ち郎。 お前は気付いたら桃から生まれていて、老いぼれのジジイとババアに育て上げられた。 幼少期から近所で評判の強者だ」


 「もうピンとけぇへんわぁ。 幼少期から体力も取り柄もなかったしなぁ」


 「いいからイメージしろ。 ファンタジーの主人公に憑依するんだ」


 ちろるは目を瞑って顔を上げた。 「続きええよ、ちょっとだけ入れたわ」と微笑む。


 「強靭な肉体を持ち、世界最強だと祭り上げられたお前は『鬼ヶ島』の噂を聞く。 人間を喰らい、人間の財宝を盗み、私利私欲を満たす悪い鬼達が陣取る島だ。 桃ち郎はカチコミに行くか? 」


 「行かんと思うわ……。 めんどいし」


 「ところがそこでババアからチートアイテムを授けられる。 それを食わせるだけで強力な助っ人が(しもべ)になる」


 「きびだんごや」


 「そう。 行くだろう? 仲間を集めて鬼ヶ島に。 鬼の首を取れば一生安泰の大英雄だぞ」


 「いや、いかへん。 友達になった猿と犬とキジとのんびりスローライフや」


 「桃ち郎ぉ……。 いいから一刻も早く鬼ヶ島に行け。 話が進まんだろう」


 桃ち郎は俺を見つめてくる。 目を見開き、口角をキュッと結び、いたずらっぽい表情を浮かべている。

 ……なんとも可愛いな。 始めて笑った時もそうだったが、新しい表情を見せられる度に胸がときめいてしまう。 ……やれやれ、まるで初恋だな。


 「鬼ヶ島に着いたか? 」


 「……まだや。 まだ船出したばっかしや。 サルと一緒に釣りしとる」


 「何を満喫しているんだ、早く舟を進めろ。 犬とキジは何をしてるんだ」


 「犬は船酔いでずっとゲェしとる。 キジはカモメと一緒に大空を舞っとるわ」


 「もう一眠りするから鬼ヶ島に着いたら起こせ」


 「あ、鬼ヶ島や。 着いた。 鬼ヶ島着いたでミナトくん」


 「前を見ろ。 海岸に鬼の総大将がいる」


 「……ちょっと早ない? 着いて即決闘やんか」


 「目の前には凶悪な鬼、犬と猿とキジはビビってダンマリだ。 どうする桃ち郎」


 「ノータイムで引き返すわ」


 「もう引き返せない。 泳ぎのうまい鬼の手下に包囲されてる」


 「世界観が崩壊し始めたやん。 ……ほんなら、対話を試みるわなぁ。 たまたま流れ着いただけや言うて、まずは命乞いや」


 「ところがだ。 鬼たちは声を揃えて『ようこそ鬼ヶ島へ〜』とお前を歓迎し、城に招き入れる。ウェルカムドリンクはキャラメルマキアートだ」


 「こっわ。 絶対何か企んどるやん」


 「ちろるは鬼の住処にお邪魔して、悪名高い鬼の総大将と色んなことをお話しした後に『実はちょっといい奴なのかもしれない』と感じたらどうする? 」


 ちろちゃんはニコニコしている。

 次に返す言葉を探っているのだろう。 楽しそうだ。


 「あんなぁ、最初は仲良くすんねん。 ほんでな、時間をかけてじわじわマウント取ってぇ、上手いこと言って部下にすんねんな」


 「ほう、手下にするのか。 しかし桃ち郎を送り出したジジババや他の人間たちは認めてくれないだろう」


 「認められなくてええよぉ。 連れて帰って一緒に日本を征服するんやから」


 「桃ち郎が一番の鬼だったというオチになるか」


 桃ち郎は身体を揺すってケラケラ笑っている。


 「でもあれやんな、鬼は人間を喰いよるんやろぉ? その時点で『ちょっといい奴』とはならへんよなぁ」


 「……だろうな。 チョリスもそう思うだろう」


 「ほんなら次ミナトくんの番なぁ。 ミナトくんは浦島太郎やねん。 ミナ島ト郎や」


 「ふむ、まずはイジメられてる亀を助ければいいんだな」


 「それがちゃうねんなぁ……。 あ、海岸で亀がイジメられとるでぇ、早く憑依して助けてやってや」


 俺は目を瞑って浦島太郎の世界観をイメージした。


 「見えてきたぞ。 波打ち際でやんちゃなガキどもに優しそうな亀がイジメられている。 ……よし、ガキどもを追っ払ったぞ」


 「ところがな、亀はピクリともせん。 ミナ島ト郎の目の前で亀が死んでしまう所からのスタートや」


 「物語の根底を覆す幕開けだな」


 しばらくオリジナルおとぎ話『ミナ島ト郎』に受け答えしていると、次第にちろちゃんはウトウトし始め、五秒ほどの沈黙の間にスヤァと眠りに落ちてしまった。

 そのまま十五分くらい愛らしい寝顔を凝視していると、俺にも睡魔が襲ってくる。 意識が飛び飛びになって、夢の導入を二、三度見た。 テントの方からはうつけ者のイビキが微かに聞こえてくる。


 さて……。 明日はロー村を守るゴーレムを生成して、さいかわドラゴンまりもをピックアップして、湊一家の初期メンバーでグラスタの家……。 魔王城に向かう。 チョリスとちろる、そしてリア。 空の旅、魔王の娘ララがさいかわだといいな……。 それから大冒険が始まる。 やれやれ……それにしても眠いな。 眠い……な……。 zzz……。

 

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