第三十八話『相棒』
「みなほふんなにひてるん?(みなとくん何してるん? ) 」
歯ブラシを咥えたちろちゃんが立ち上がって覗き込んできた。
今はちろるの洋服を選ぶ為に引き出しをファッションセンターキタムラに繋げている。 しばらく店内をうろちょろ眺めたがイマイチしっくりこないし、そもそも閉店後なので暗くてよくわからない。
「ガラガラァ、ペイっ。 なぁなぁ、それどうなってるん……? ケンチャッキーにも繋がっとったやんなぁ」
「ちろる。 立ち上がるならバスタオルを巻きなさい」
「ほい」
ランタンで照らしながら、雑な陰茎操作で店内を物色する。
「ほぇー。 あれや、ドローンの映像みたいになっとるんかぁ」
「ちろるはどんな服が着たいんだ? 」
「なんでもええよ」
「メイド服でいいか? 」
「ええけど、ないんちゃうん」
ちろるが俺の真横で引き出しを覗き込んできた。 さすが風呂上がり、途轍もなく甘美な芳香が鼻腔とおちんちんを直撃する。
「なんで動かすのやめたん」
「お前が横にいると暴発の恐れがある」
「暴発て? 」
「見てわからんか? このドローンは俺の陰茎で操っているんだ」
「……そんでちんぽ弄ってたんかぁ。 難儀やなぁ」
「ちろるぅ……。 いい加減に学習しろ。おちんちんと呼べないのか? 下品だぞ」
「ほんなら一発抜いてきたらええんやない」
「じゃあセックスは一旦諦めるから、百歩譲って抜いてくれないか。 足でも構わん」
「当店セルフサービスになっとります」
本当に可愛いだけの女だなコイツは……。 ガッカリだ、まったく。 スキルで痴女属性を付与してやろうかメスガキが。 いずれにせよしばらくケンチャッキーはお預けだな。
まぁとりあえず寝間着というか暫定の服をちょろまかしてやるとするか。 適当でいいな、よくわからんキャラクターがプリントされたピンクのトレーナーと、ズボンと……。
「ちろちゃん、ひとまずこれを着ておけ」
「ショートパンツや」
「可愛いだろ、かぼちゃパンツだ」
「寒い」
「そんなわがままな子に育てた覚えはないぞ、まったく。 じゃあスウェットかなんかを」
「そこに掛かってるのでええよ」
「これか? タイツだな」
「レギンスや」
ちろるは体を拭いて着替えを始めた。 ノーパンノーブラだが文句は言わないので別に構わないんだろう。 さて……俺はアキバでもブラブラしながらちろるの着替えを何着か用意してやらんとな。 センスが問われるところだ。
「なぁ……。 ミナトくんに……。 ドライヤーかけて欲しいわ」
「おっ。 いいぞいいぞ、こっちに来い」
アキバの家電量販店に繋ぎ、サンプルのドライヤーを引っ張り出す。 俺の前で体育座りをしたちろるの美しい銀髪を丁寧にブローしてやったが、いかんせん初めての経験なので覚束ない。 まぁ誰もが最初は初心者だ、ゆっくり上達すればいいか。
◇
「どうだちろる、乾いただろう」
「ありがとぉ。 ミナトくん」
「俺はちろちゃんの着替えを何着かスティールするのに集中するからな。 寝るならチョリスをテントから引っ張り出してやるぞ」
「ううん、まだ起きとる。 お星さま見んねん」
「そうか。 じゃあ火のそばで暖を取れ。 向こうのテーブルにさっきスティールしたお菓子やらなんやらあるから、自由にやっていいぞ」
「……なんでそこまでしてくれるん? 」
「当たり前の事を聞くな、お前とヤリたいからだ。男の行動原理の八割は性欲が支えている。 俺は俺のためにお前の世話をしているだけだから気兼ねなんかしなくていいぞ」
ちろちゃんは何故か微笑んで踵を返した。 今までで一番軽い足取りで焚き火のそばに行くと、リクライニングチェアに投げるように身体を預ける。 存分に俺のチートを利用してもらってゆくゆくは心から愛してもらわんとな……。 チートさえあれば女を抱き放題だと勝手に考えていたが、ハーレムを作るのはとても大変な事だ。 今はそれがわかる。
◇
なんだかんだでお洋服選びにどっぷりハマってしまった。 スティールしたのは計五着、なるべく色や系統が被らないように選んだが……。 まぁちろるなら全部似合うだろうな。 その安心感はある。
「ミナト……」
ん? チョリスが起きたのか。 なんだ? 亡霊のように突っ立ってリクライニングチェアで眠っているちろるをじっと見つめている。
「攫ってきたのか……!? 」
「人聞きの悪いことを言うな無礼者が。 俺のチートで一本釣りしただけだ」
「それを攫ったというのでは……? 」
「寝てるのか」
「あぁ、寝てるな。 とんでもない美少女だ……。 それとミナト、この巨大な岩はなんだ」
「風呂を作った。 風呂を知っているか? ぼうや。 すり鉢状の窪みに湯を溜めて浸かるんだ。 今から入るがお前も一緒に……。 いや、すまん嘘だ。 入るなら俺の後にしろ。 絶対に俺の裸を覗くなよ」
「なんだよ、安心してくれよ。 ミナトは全然好みのタイプじゃないからさ」
そうハッキリ言われるとなぜか少し寂しくなるな……。 俺にも僅かにホモの素質があるのかもしれない。 俺は複雑な気持ちのまま全裸になり、即席岩石風呂に飛び込んだ。
「うぅうぇ〜い」
まったくもって最高だ。 少しぬるいから熱湯を追加しよう。
「気持ち良さそうだなミナト……。 俺も入っていいか? 」
「いいわけないだろうが、恥を知れチョリス。 あ、それとちろちゃんに毛布をかけてやってくれ」
「ちろちゃん? 」
「そこで眠っている美少女は名をチロルという。 怠惰な自殺志願者だが、湊一家五人目のメンバーだ」
「へぇ……。 いや、まりもを入れて四人目だろ? そっかチロルか。 ……もしかして漂流者なんじゃないか? 」
「ほう、よくわかったな。 かなりこっちの人間っぽいだろう? ちなみにお前よりも強いぞ」
「あぁ、なんとなくわかる……。 うん、強そうだ」
そう言いながらも俺の貸してやった甚平を脱ぎ、ダテメガネをアルミテーブルの上に置いている。 ゾウさんをスイングさせながら走ってきて、岩石風呂の縁に飛び乗った。
「入るぞミナトっ! 」
「もう勝手にしろ」
「ひゃっほーっ……ンツァ! 」
盛大に滑って岩石に頭をぶつけたな。 気絶したか? ケツを星空に向けて湯船にプカプカ浮いている。 これは放置でいいな。
「ぶはぁっ! はぁ、はぁ、死ぬかと……」
「死んでなかったのか。 残念だ」
俺とチョリスはしばらく会話を交わさずに露天風呂を満喫した。 ちろちゃんはリクライニングチェアの上で縮こまって、グッスリと眠っている。
ふむ、もっと湊一家のメンバーが増えたら騒々しくて毎日楽しいだろうな。 仲間は最低でも七、八人は欲しい。
「……ミナト? おい、ミナトってば」
「なんだ、うつけ者」
「ミナトは俺のために……。 ジェフをぶっ飛ばしてくれたのか」
「自惚れるな。 俺はお前とジェフの問題に口は出しても手は出さないつもりだった。 だが奴には俺の学ランをスティールされたからな。 大切なものを奪われたから、個人的に取り返しに行っただけだ」
「……そっか。 なんつうか、ありがとうな」
「感謝するな。 今のは建前じゃないぞ、本気で個人的に腹が立ったからやっただけだ。 それに……ちょっとは反省してるからな」
「反省? ミナト反省なんか出来るのか? 」
「舐めるなよ小僧。 俺はな、ゴーレムで暴走を始めたジェフを泳がせた。 あの整った街が滅茶苦茶になったらジェフにヘイトが向かうと考えてな」
「あの惨状はミナトが暴れたんじゃなかったのか……」
「九割はジェフがゴーレムで蹂躙した。 俺が壊したのはギルドと奴の家だけだ」
「そうだったのか……」
「その結果ちろちゃんに怪我をさせてしまったし、死人が出てもおかしくなかったからな。 ちょっと反省している」
チョリスは何やら考えているようで、星空を見上げながらしばらく動かなかった。
「……うん。 しかしよぉ、こんなに早くお尋ね者になっちまうとはな。 騎士団にも目を付けられただろうしよ。 なぁ親分、湊一家はこれからどう動くんだ? 」
「プランは立ててある。 風呂から上がったらワインでも飲みながら会議をしようか、相棒」




