第三十四話『湊一家の総大将』
ふぅ、ちょっとスッキリしたな。 便所から出てきた気分だぜ。 ……ん? ギャラリーがどよめいている。便所から出てきただけでこの注目度か……。 湊一家の先が思いやられる。
「おい、誰かの権力をちまちま齧る事でしか生きられないドブネズミども。 ブクブクに肥えた親玉ネズミを駆除してすまんな、後処理は頼んだぞ」
なんだ、みんな引きつった複雑な表情をしているな。 名家であるジェフの家がこの有様だから当たり前か。 さっき俺を包囲した冒険者達だけでなく、一般庶民もわらわらと集まってきた。
「カ……カミダさん! 逃げてください! 」
あ、さっきのピュアボーイだ。 逃げろという指示も訳がわからんし、『カミダさん』ときたか、まったく……。
ズシン……。 ズシン……。 ズシィン……!
おっ、なんだ? 凄い地響きだぞ。
「キャー! 」
「み、みんなっ! 逃げろォー! 街が踏み潰されるぞォ! 」
おぉ……。 岩石みたいな質感の巨人がジェフ邸の背後から現れた。 十メートルくらいだろうか、二階建ての倍以上ある。 基本は岩だが所々に様々な色の煉瓦が混じっていて、景観にバッチリ合ってる。 まるでこの街の建物が変形して立ち上がったロボみたいだ。
まさかこれが噂に聞く『ゴーレム』というやつかっ! 悔しい、悔しいがカッコいいじゃないか……!
「許さねぇ……。 コロシデヤル、コロジデヤルゥゥゥウ!! 」
ジェフだったか、コイツやべー奴だな。 顔面血だらけヨダレ垂れ流しだが、俺の10%デコピンを五発もくらって立ち上がるとはハンパじゃないタフネスだ。
「高ステータスで流れ着いただけの! クソイキリ野郎がぁっ……! 」
「確かに俺はチートを貰ってこの世界に流れ着いたイキリ野郎だな。 自覚はしてるんだ」
「俺ぁなぁ! 漂流者がなによりも大嫌いなんだよっ……。 これまでも、浮かれ気分でギルドに来た漂流者を何人も殺してやった……! へへ……」
「お前程度の腕だとドリフターのレベルが低いうちじゃないと殺せないだろうしな。 賢明な判断だと思うぞ」
「よーくわかったぜ。 テメェは迫撃特化のスキルを持ってるな……? さっきは油断したが、そんなチャチなスキルじゃ超えられねぇ壁があるって事を身体に叩き込んでやっからよォ! 」
そうか、コイツは俺のばーすとれくいえむを知らないのか。 デコピンだけの一発屋だと思っているんだろう。
「ほう。 このカッコいいゴーレムで叩き込んでくれるのか」
ゴーレムが巨大な腕を振り下ろしてきた。 余裕で避けられたが、綺麗に敷き詰められた煉瓦の道がバラバラに砕け散って、周辺の建物も傾いてしまった。
「ハハハハハ! 一族に代々受け継がれてきた無敵のゴーレムだ! 魔獣コラッタを一撃で粉砕するパワァー! 魔獣コラッタの前歯を折る程の装甲ぉ! 当然、テメェの物理攻撃なんか通しはしねぇっ! 」
「魔獣コラッタしか倒してないのか? 名前からして雑魚だろう。 まだ進化前だ」
攻撃を避けるたびに街が破壊されていく。 このまま逃げ続けて街が更地になればコイツに相当なヘイトが向くだろうな。 しかし景観は本当に素晴らしい街だから心苦しいものがある。
「カミダさん! 」
「カミダさんカミダさんうるさいぞピュアボーイ。 ジェフはちょっと泳がせてから殺すから、ここら一帯の住民を全力で避難させてこい。 冒険者達が避難をサポートすれば死人は出ないだろう」
ピュアボは無言でコクコク頷いて走り出した。
「おやめなさい、ジェファーソン! 」
おっとここで登場したのは……? ほう! ジェフのママだ。 ジェフってジェファーソンって名前なんだなぁ。 まったく贅沢な名だ。
「『おやめなさい』だぁ……? 次期当主に向かって舐めた口を聞くなっ! 」
ママが頬を引っ叩かれて吹っ飛ばされたな。 ふむ、後妻だと言っていたからジェフと血の繋がりはないにしても、物心ついた時から母親が欲しかった俺からすれば信じられん光景だ。オラまたイラついてきたぞ。
「テメェは治癒魔法をかけてりゃいいんだ。 まだ全快じゃねぇ、さっさと続けやがれ! 」
なるほど、合点がいった。 ジェフは俺のデコピンを食らった後ママに治癒魔法をかけてもらったからこんなに元気なのか。
死んだリリィは治癒魔法の名手だとチョリスがほざいていたが、それは母から受け継いだ才能だったのだなぁ。
「どれだけ街を破壊すれば気が済むのですかっ! 今すぐにゴーレムを止めるのです、ジェファーソンっ! 」
ジェフはゴーレムの手をクレーンみたいにして肩の上に登っていった。 憎いほど羨ましいな……。 俺も心優しく頭の足りないゴーレムと友達になりたいもんだ。
とりあえずはキャンキャンうるさいリリィのママを路地裏に引きずり込んで、と。
「おいリリィのママ。 どんなに言葉を尽くしても響かない人間ってのは居るもんだぞ。 ゴーレムは俺が止めるからさっさと避難しろ」
「たとえ響かなくても、私は言葉を尽くさなくてはならないのです。 それが母の務めです! 」
「バカに熱くなっても損するだけだぞ。 あのオランウータンが人間の言語を理解できるとでも思っているのか? ところで親父はどうした。 お前の旦那だ」
「おらんーたん……? 旦那様は、式典への招待を受け、隣町へ……」
「不在か。 お前らの一族を守ってきたゴーレムと言っていたが、ぶっ壊していいか? 」
「……不可能です。 何としてでもジェファーソンを説得しないといけません。 それが出来るのは私だけです」
「そうか、じゃあ勝手にしろ。 ただしジェフが俺を見つけて戦闘態勢に入ったら強力な魔法で迎撃する。 その時は急いで離れろよ、巻き込まれても知らんぞ」
「どこからそんな自信が……? 貴方は、何者なのです」
「俺はカミダ。 カミダ・ミナトだ。 しがない一人の転生者だったが、今日から非合法旅団・湊一家の総大将になった」
「いりーがるパーティ……? みなといっか……? 」
「ゴーレムをぶっ壊すぞ。 いいな」
会話している間もゴーレムが街を破壊する音と、人々の阿鼻叫喚が聞こえてくる。 リリィのママは祈るように両手を胸の前で組み、コクリと頷いた。
——おいリア、まだ酔いつぶれてないか? 昼間コピーしたレオのカッコいい技を試してみるぞ。 発動条件はなんだ。
【レオのやつはぁ、ミナトさんの中でぇ、練り上がりましてぇ、あのぉ、ミナトさんがぁ、】
酔うと話が纏まらなくなるのか。 可愛いが今は早くしないとゴーレムが街を更地にしてしまう。
【うへへ。 結論から言うとぉ、レオのルーティンとぉ、攻撃モーションのぉ、完コピ。 ふふ。 完コピれすよぉ】
あのかっこいい魔法を変な動きから繰り出さなくていいのか。 ……最高かよ。
モーションの完コピは大丈夫そうだ。 レオのかっこいい動きは全て網膜に焼き付いているからな。 よし、まずはゴーレムから距離を取って……。 見上げるのも癪だから民家の屋根にでも上がるか。
「ちょこまか逃げやがってネズミ野郎がぁ! 」
「ジェフ様! ウチには足の悪い婆さんが……! 」
「 私のお店を潰さないでっ! お願いしますっ、ジェフさまぁっ! 」
「ジェファーソンお願い……。 もうやめて! 」
「うるせぇうるせぇ! あのクソ野郎をぶっ殺すまで止まらねぇぞ! 貧民共の家なんぞいくら潰したって構わねぇ! 」
二階建て民家の屋根に登ってみた。 おぉ、こりゃいい眺めだな……。 大騒ぎで逃げ惑う愚民共と、おもちゃのブロックみたいに崩されていく街が見渡せる。
「おーい! 俺は逃げも隠れもしないぞ、ジェフおぼっちゃま」
「やーっと出てきたか虫ケラァ! 」
よし。 まずは右手で持った刀を水平に構えて、添えた左手を鍔から刃先に向かってスライドさせながら……。
「Dylan′sFire・Magical ! 」
おぉ、大成功だ。 刀身がハロゲンヒーターみたいに光っている。 レオの時は火花がパチパチと散っていたが、これは。
——ジュワ、ジュワッ、ジュワッ!
オレンジ色に光る刀身から溶岩みたいな雫が滴り落ちて、屋根を焦がしていく。
【ミナトさぁん、髪が赤くなってますよぉ。 ユーチューバーじゃないんだからっ! って違うか! ふはは】
ほう、レオとお揃いの赤髪か。 それはなかなか愉快だな。 今度レオに会ったら見せてやろう。
「な!? 属性付与魔法だと……!? つくづく生意気な野郎だ……! 」
えんちゃんとって言うのかこれ。
「だがざんねぇんでぇしたぁっ! 無知なドリフターに教えてやるよ! 火属性魔法はゴーレムにとってぇ、 完全有利属性なんだよぉ〜? 耐性もありまぁす! 」
ゴーレムが突進してきた。
勢いのまま右の拳を振り下ろしてくる。
地面を抉ったゴーレムの右腕を駆け上がってジャンプ。 頭上に跳ぶ。 たしかレオの攻撃モーションは、こんな感じで身体をひねって……。
技名はなんだったかな。 ファイヤーボルトだったか? ちょっとダサいから変えよう。
「ハハハハハ! ぶっ潰れた! ぶっ潰してやった! 魔物狩りの撒き餌にしてやっからよぉ! 」
「虫でも潰したか? 上だマヌケ」
「……ほへ? 」
「『湊魔法Vol.1〝レオちゃんねる〟』」
「なんだっ……。 この熱さはっ……! 」
「『〝炎雷〟』」
ズガガガガァーーーーー! ズズゥーーゥウンン……。
おお、狙い通りに撃てた。 これは威力がえげつないな。 レオの炎雷は火柱が上がっていたが、俺のはまるで大噴火だ。
それと何が『耐性もありまぁす』だこのバカは。 ゴーレムはお前の乗っていた左腕を残して跡形もなく消し飛んだぞ。
「あ、あ……あ…… 」
「おいジェフ、何を震えてる。 今のはお前には使わないから安心しろ。 一瞬で粉々に消し飛ばしたら恐怖も苦痛も絶望も与えられないからな。 さて、何から始めようか」




