第三十三話『妖刀・天羽々斬[アマノハバキリ]』
あっという間に日本酒が空になったな。
チョリスはミッションについて聞きたがったし、湊一家がお尋ね者になる事にビビっていたが、酒が進むにつれて気が大きくなっていった。
「俺ぁよぉ! ミナトに新たな命を吹き込まれたようなもんさ……! 騎士団なんて怖かねぇ。 世界の果てまで付いてくぜ相棒っ! 」
「調子に乗るのが早すぎるぞ出来損ないが。 半殺しで身ぐるみを剥がされた全裸の間抜けに相応しいセリフを選べよ貧乏人」
そろそろチョリスを宿まで警護してミッションに臨むか。
「おいチョリス。 最後に言っておくがな、今後湊一家に加入するであろう〝さいかわ〟に手を出すのだけは許さんぞ。 もしさいかわメンバーを好きになってしまったらまずは俺に報告しろ」
「なんだ? そりゃあ要らぬ心配だよ。 俺は若い頃から両刀だったが、リリィの事件が起きて以降、女性に一切欲情しなくなっちまった」
「なん、だと……? お前はリリィの死でどれだけ重い業を背負ってしまったんだ……。 俺は今、異世界に来て初めて『恐怖』という感情を覚えたぞ」
運がいいのか悪いのか……。 どちらにせよコイツにはケツを向けて寝れんな。
ほろ酔いのホモに宿へ行くぞと声をかけると、服を貸してくれと図々しいお願いをしてきた。 しかし、さっきまで愉快な気持ちで眺めていたチョリスのゾウさんが急に凶悪なナウマン象に見えてきたので、さっき脱いだ俺の甚平を貸してやる事にした。
「遠回りで良いから、追っ手の気配がない裏道を歩くぞ。 今日は疲れただろう? 宿でゆっくり寝てろ」
「悪いなミナト、治癒魔法ありがとう。 お陰で身体は万全なんだが……精神的に疲れちまった」
ミッションに足手まといになるだけなので、チョリスを宿に軟禁した。 通常、相棒には戦いで背中を預けるもんだが……。 コイツに背中なんて預けたらケツを掘られかねんからな。
「おい居たぞ! あのドリフターだっ。 騎士団に報告しろぉー! 」
お、さっそく冒険者の三人組に見つかった。 リア、起きているか?
【見逃せらい戦いがぁ、そこにあるぅ〜。 ひっく】
なんだ……? まさか酔っているのか。 脅しの道具が欲しいんだが剣はあるか? 魔法だとどうしても派手になって目立ち過ぎてしまってな。
【タンスの中にぃ、出しますよぉ〜、ウィッ、えっとぉ。 一番したのぉ、引き出しぃ。 開けてみてぇ、うふふ】
タンスを出し、引き出しを開ける。
ほう……! 日本刀か。 とても綺麗だな。
【妖刀っ、天羽々斬ですっ! 】
「カッコいいじゃないか……! 」
【ちょりすくんがゲイとはなぁ……。 んふっ! みなとさぁん、月がきれいれすねぇ】
よし。 天羽々斬を構えてみたがかなりイケてるぞ。 格好はまさに歴史博物館で見た事のある日本刀だが、刀身の幅がイメージの倍くらい広い。
騎士団へ報告に走った三人組の中の一人がすっ転んでいるから取っ捕まえるとしよう。
「ほいっとな」
一瞬で間合いを詰め、刃を喉元に添えて、と。
ふむ、ずいぶん若く気が弱そうなヒヨッコ冒険者のようだな。 俺のスピードに驚いてダラダラ汗をかいている。唇もブルッブルだ。
「一歩も動くな。 動けば俺の愛刀・天羽々斬が貴様の首を搔っ捌く。 そのまま質問に答えろ」
若い冒険者は両手で口を抑え、頭を何度も縦に振る。
「お前はヴァンとジェフの決闘に立ち会ったか? 」
また涙目でブンブン頭を振った。
「ジェフは今どこにいる? 」
「じぇ、ジェフ様は……。 じ、自宅に戻る、と……」
「自宅? 奴の家はどこだ」
「ギルドに突き当たって、から、左に曲がったところの、一番デカイ、屋敷です……」
息が荒いな。 さすがにビビりすぎだろこいつ。
「ありがとうな」
「はい……」
「あ。 俺を追ってきてるのは貴族お抱えの騎士団といった所だろう? そいつらに伝えておけ。 あまり俺の周りを嗅ぎ回るようなら、こっちから出向いてぶっ潰してやるとな 」
たしかカールの店でチョリスがそんなことをほざいていた気がする。 貴族の護衛騎士が調査を始めた、だとかいう話だった。
「あ、あの……! 」
「なんだ? 俺はジェフに急用があるんだ。 手短に話せ」
「護衛騎士では、ないのです。 ぱ、パラリラ宮廷直属の騎士団……。 『パラリラ・ペイトリオッツ』が、あなたの情報に高額の報酬を出しているんです! それがなぜなのか、説明は一切ありませんでした……。 あなたは一体っ」
「ん? パラペリ……? なんだそれは。 王都の十三師団の事か? 」
「……はい! 正確には十三師団も含む奇数師団の総称です! 王宮直属の奇数師団は戦闘特化の精鋭で、『パラリラ・ペイトリオッツ』と呼ばれていますっ」
「そうなのか。 まぁ奴らは俺の事が気になって仕方ないんだろう、恋煩いというやつだな。 もう話すことはない。 アバヨ」
「待ってくださいっ! 」
「なんだお前は……。 待ってくれなんて言われたら気になるだろう。 早く話せ」
「ヴァンさんのお知り合いなんですよね……? 彼とジェフ様のいざこざを知っているのですか」
「ヴァンは俺のパーティ『湊一家』の構成員だ。 大方の事情は知っている」
「湊一家……? あの、ヴァンさんはあそこまで蔑まれるようなことをしたと思いますか? 僕が調べ、当時の人たちから話を聞いた限りでは——」
「ジェフには権力と腐った性根があったが、ヴァンガードには実力と繊細な心しかなかった。 たったそれだけの差だ」
あれだけビビっていたひ弱な冒険者は、ポカンと口を開け目を丸くして、なぜかゆっくりと夜空を見上げた。
「それだけの……差。 あれだけの悲惨な仕打ちを受けるほど、ヴァンさんは重い罪を犯したのだろうかと……。 僕はそう考えていましたが、口にする勇気すらありませんでした」
「そうか。 しかしこの街で生きていたいと望むなら、それが無難な反応だろうな」
「僕のパーティはD級に隠れています」
「……隠れている? 」
「クラプトン・ギルドでは、出る杭は叩かれるからです」
「なるほど。 いかにもあの卑怯者が牛耳っているゴミギルドだな」
「ジェフさんに正義はあるんでしょうか? 」
「知るか。 お前がジェフの正義に疑問を抱いているのなら、自分の正義に力をつけてひっくり返せばいいだろう。 チートの俺が言うのもあれだが、やり方は沢山あるんじゃないか」
急に真面目な顔になったな。 よくわからんが革命前夜のピュアな青年感が半端じゃないなこの雑魚。
「あの……。 お名前を、教えていただけませんか」
「俺はカミダ。 カミダ・ミナトだ。 この街のオススメはカールという店主が経営する酒場だな。 バレンシアというブスが飲んでたら隣に座って朝まで語り明かすといい。 お前とは話が合うだろう」
その冒険者は必死に何か言っていたが、無視してジェフの家に向かう。 途中で合計八人に見つかったが、全員声を上げる前に峰打ちして気絶させてやった。
さっきのピュアボーイは「一番デカイ屋敷」とジェフの家を表現していたが、通りに出た途端、それは一目瞭然だった。 なぜなら、入り口に松明が焚かれていて、門番が二人立っている建物など一軒しか見当たらなかったからだ。
「おかしな格好の貴様っ! ジェフ様が探しているドリフターだろう!? よくノコノコ殺されにきたな」
「あぁ、殺されにきた。 罪を償おうと思ってな。 ジェフに会わせてくれるか」
門番が二人して笑っている。
「両手を出せ」
「両手? こうか? 」
ふむ、俺の両手首を縄でぐるぐる巻きにしている。 やれやれ、これは幽玄館で強気な女冒険者にやって貰いたかったプレイなんだがなぁ。
「ばーすとれくいえむ」
愛と勇気の魔法を、ジェフ邸の屋根へ。
たぶん今ので居場所がバレたな。 しかしジェフ邸は丸坊主になったし、門番は腰を抜かして四つん這いで逃げていってくれた。
「なっ、なんだっ! 何が起きた! 」
お、ジェフが出てきた。 ……この野郎、俺の学ランを着てやがるな。 チョリスは似合っていたが、コイツはボタンが留められないほどパツンパツンじゃないか。
「チョリーッス」
「あん!? さっきのドリフターじゃねぇか……! まさかテメェの仕業……なわけないよな 」
「そんなわけないだろう。 局所的なハリケーンがお前の家の屋根を襲ったんだ」
「……まぁいい、お前を殺してから考える事にしよう。 しかしわざわざ来てくれるとはなぁ。 こっちはギルドのA級パーティを使って探させてたんだぜ? 」
「よほどのアホを使ってるんだな。 声も掛けられなかったぞ」
「……お前の後ろに集まってきているようだが? 」
気付いていたが、今の花火を見てわらわら集まってきたのが十人以上いる。 肩で息をしながら各々武器を構えているし、なにやら発光する本を広げてボソボソ詠唱している奴もいる。
「お前ら、俺の魔法を見ていたのだろう? 街ごと粉々にされたくなかったら武器を捨て、詠唱をやめろ。 従わないやつが居たら一人につき一発ずつぶち込んでやるぞ」
大人しく武器を下ろした。 チョロいなコイツら。 騒ぎを聞きつけて愚民どもがどんどん集まってきている。 変わり果てたジェフの家を見てざわついているな。
「何してるんだお前らァッ! とっととそいつを拘束しろっ! 」
冒険者たちは全員、思い思いの方向へ目を泳がせている。
「おいジェフ、貴様ヴァンの学ランを盗んだな? 」
「あ? がくらん? 」
「お前が今着ている服だ。 それはヴァンが着ていたものだろう」
「だったらなんだってんだ。 どこの国の物か知らねぇけど、黒い生地と金のボタンがクールだろ? あいつには勿体ねぇ服だ」
「自白したか。 俺の故郷では盗みは大罪でな。 余程の理由がない限り斬首、よくても終身刑だ」
「……何言ってんだテメェ。 一体何を考え」
「DEKO-PIN-DEATH」
\ドッコォォォォオン!/
「キャー! 」
10%くらいの力だったがよく飛んだな。 せっかくジェフから出てきてくれたのに、壁を貫いて家に帰ってしまった。 まだ用があるから追いかけなくては。
「ヘイ! お邪魔しまーす」
生意気に煌びやかで豪華な内装だなぁ。 おっと、ジェフの家来たちだろうか? 五、六人のおっさんとメイド服の女達が右往左往している。
「大丈夫かじぇふー! おいお前ら、外にヤベーやつがいるんだ。 そろそろ侵入してくるぞ。 ここは俺がなんとかするから全員今すぐ逃げろ」
う〜ん、あっさり逃げていくな。 ここは薄情者の巣だったか。 しかし一人だけ口元に手を当てたまま動かない、美しい貴婦人がいる。 母親っぽいな? おそらくリリィの実母だ。
「リリィのママか? その節はお悔やみ申し上げます。 許してくれとは言わないが……。 ヴァンという男は深く深く反省し、とんでもない業まで背負ってしまっている。 それだけは理解してやって欲しい」
「リリィ……。 ヴァン……」
状況が飲み込めないようだが、当然か。
「ママは後妻だからジェフには手を焼いてるんじゃないか? いや、わからないが、とにかく今日は手癖の悪い息子さんを躾しに来てやったぞ」
「て、テメェ……。 ゆるさ」
あ、ジェフちゃんの声だ! 大の字に倒れて顔だけをこちらに向けている。 俺の10%デコピンを食らっても意識があるとはたまげたなぁ、さすがクラプトン最強の冒険者だぜ。
「おい豚。 立てないなら指を貸してやろうか」
「ブッ殺して……。 やるからな……」
「ハート強いな。 いくらでもかかってこい」
「テメェは……。 俺の……。 恐ろしさを、知ら」
「DEKO-PIN-DEATH-DEATH-DEATH」
リズミカルに連発したら三メートルくらい地面にめり込んでしまったな。 リア、まだ起きてるか? ジェフの睾丸を摘出するスキルはあるか?
【いいですねミナトさぁん、ジェフを去勢してさしあげましょうっ! えと、まずはぁ、ジェフの玉袋に頬ずりをしてぇ】
ふむ、やめておくか。 去勢はさすがにやり過ぎだな。




