第三十二話『世界の片隅で伝説は動き出す』
「もう一度言う。 俺はパーティを組むことにしたぞ」
「……パーティ? やっぱり冒険者になるのか」
「いや、あんなくだらんママゴトには付き合ってられん。 ギルドの冒険者とか、国に仕える騎士団なんて閉鎖的なものではなく、もっとオープンかつアウトローな非合法組織にしたい」
チョリスは現世のワインをラッパ飲みしている。 俺は裏路地から覗く、細長い星空を眺めていた。 この世界にも星座というものがあるのだろうか?
「アウトローか……。 ミナトが強いやつばかり集めたら軍事組織になっちゃうな。 ……あ、そっか。 その独立軍事組織で魔王を討伐して、英雄になろうって算段だろ」
「違う。 自由気ままに旅をして世界を見て回り、〝さいかわ〟や心を許し合える仲間たちとこの世界を全力で謳歌する。 時には法律や戒律も破り、俺たちから自由を奪おうとしてくる奴は問答無用で武力制圧だ。 つまりな、旅の先に目的がある訳ではなく、みんなで世界中を旅すること自体が目的なんだ。 わかるか? ぼうや」
なんだ? チョリスが馬鹿みたいな大声で笑い始めた。 俺の治癒魔法によって完治した手足の骨をもう一度折り直してやったほうが良さそうだな。
「何を笑っている? 全世界最強の独立非合法旅団、その名も『湊一家』の旗揚げだと言っているんだ。 かっこいいだろう」
「……は、腹が痛え! まったくミナトらしいや! いやワリィ、違うんだ。 バカにしてる訳じゃねぇ、本当だ! あまりにもスケールがデカすぎて笑っちまった! 」
「俺ほどの世界最強ともなるとお前みたいなミジンコとは心のものさしが違うんだ」
「うん。 ミナトならきっと強力な仲間がワラワラ集まってきて、すぐにとんでもないパーティになるよ。 本当に魔王討伐だって夢じゃない。 ミナトに出会って酒を酌み交わして、このクラプトンを案内した事は……。 いつかきっと、俺の財産になる」
「……あ、そういえば魔王城にも遊びに行かないといけないな。 魔王の娘はララと言うらしいが、さいかわなら湊一家に引き抜くぞ。 ヘッドハンティングというやつだ」
「何言ってんだ……? まぁなんだ、湊一家の名はすぐ大陸中に知れ渡るだろうなぁ。 お前の大活躍がロー村みたいな田舎の村まで聞こえてくるのを楽しみにしてるよ」
「お前こそ何を言ってるんだ……? お前は湊一家で活躍する側の人間だぞ」
「……へ? 」
まったく本当にアホヅラだなコイツは。 ずっと鼻水が垂れているのに気付いてないし、生粋の阿呆だ。
【ミナトさん、私も湊一家の頭数に入っていますか? 】
「当たり前だろう」
【やった】
「ミナト、なんで俺を……? 」
「この短い間でお前を好きになった。 是非とも俺の冒険に同行してくれないか? 俺はチートで最強だが、人間的にはまだ未熟だからな」
「ちょっと意味がわからないが……」
「俺はこれから、自由に世界を見て回る。 目まぐるしく変わる環境の中で、感情に任せて暴走してしまう事もあるかもしれない。 何せ簡単に相手を力でねじ伏せる事が出来るからな」
「えっと。 それはなんとなくだが、わかる。 俺にミナトほどの力があったら暴走するかもしれない」
「あぁ。 一緒に冒険をして同じものを見て、お前と率直な意見を交換し合いたいんだ。 その方がどんな時でも冷静に立ち回れる気がする」
「ミナトは俺みたいなバカの意見を聞いたところで、きっと自分の意見をゴリ押しするだろうよ」
「ふむ、まさにそういうところだ。 世界最強にも、感じたことを率直に指摘してくれる対等な友達が必要なんだ」
「俺を……友達と呼んでくれるのか」
「なに今のは建前でな。 お前が金魚の糞みたいにくっついて来たら色々とネタに出来るし、楽しそうだからな。 黙って一緒に来るんだ。 俺と出会わなければ決して見れなかったものや、感動、興奮を味合わせてやる。 今日この街でジェフの呪縛を解いて、俺と第二の人生を始めよう」
下を向いた。 考えているな。
こいつはジェフに人生を捻じ曲げられ、ロー村とかいうド田舎で藁に縋るように自分の居場所を見出した。 ……思えば俺もまたジェフと同じように、こいつの人生を捻じ曲げようとしているのだな。
おそらくだがチョリスは『ロー村に残る』と言うだろう。 そうなれば、惜しいが大人しく引き下がるとするしかない。
「嬉しい。 本当に嬉しいよミナト」
「目をウルウルさせるな気味が悪い。 小汚い捨て犬が」
「……行きてぇ」
お? 露骨に食いついてきた。 ウジウジしてるウジ虫野郎の癖に意外だな。
「行きてぇが、十年間俺を支えてくれたロー村のみんなを捨てて行くのは——」
「俺は何も、やらかした過去やロー村を捨てろと言っているわけではないぞ。 もし来てくれるならお前の代わりの用心棒は俺が何とかする。 どうしても気になるなら、俺のさいかわドラゴンでいつでも様子を見に行けばいい」
泣きながらワインを飲み干したな。 アホみたいに口を開けて、最後の一滴が落ちるまで瓶を振っている。 本当に頭の悪そうな所作だなこのウジ虫は。
「最後の口説き文句だ。 お前はロー村でこじんまりと用心棒をやらせておくには惜しい男だぞ。 俺と一緒に広い世界を見よう」
「広い、世界を——」
さて……。 タンスの中に取り置きしていた日本酒を出し、二つの杯に注ぐ。
「もし『湊一家』に入ってくれるなら、俺の注いだ日本酒を飲んでくれ。『契りの盃』 と言うやつだ。 こういうのはやっといた方がカッコいいからな」
チョリスは注がれた酒をジッと見つめている。 どうだ? 飲みたいだろう? 合意しなきゃ飲めないぞ。 いつでも日本酒や美味い飯が食えるという餌に釣られてもいいんだぞ?
「ミナト……。 俺は弱いし、役に立てるかわからねぇが、よろしく頼む……! 」
っし、釣れたっ!
「お前は役に立たない方が役に立つんだ。 存在自体がエンターテイメントだからな」
しかし案外チョロいなコイツは。 ステータスウィンドウを何らかのスキルで改竄して『チョロイッス』に改名してやるか。 ヴァンガードとかいうサブカル野郎が群がりそうな名前もイラつくから『パンカット』にしてやろう。 チョロイッス=パンカットでも贅沢すぎる名だ。
「あんまり無茶すんなよ、大将」
右手を差し出してきたので握手して、酒を煽る。 ……やれやれ、異世界に来て最初に堕ちたのがポンコツ野郎だとはな。 俺もまだまだ青いということか。
まぁ何にせよ、この狭く汚い路地裏で……。
「今日は記念すべき『湊一家』旗揚げの日だ。 この世界を楽しむぞチョリス」
「ありがとうミナト……。 あ、じゃあ宿に行って飲むか? 」
「いや、俺は湊一家の総大将として最初のミッションがある。 ここで日本酒を空にしたら、お前は宿に戻っていい」
「最初のミッション? 」
「あぁ。 さっそく今日からお尋ね者になって追われる身になるが……。 覚悟は出来ているよな? 」




