第三十話『餓死を待つ漂流者、千炉流 舞花』
銀髪の女は最初に見た時と全く同じ場所、体勢で座っていた。 体育座りのような形で両腕を前に突き出し、頭をもたげている。
とりあえず隣に座ってみるか……? ナンパはこれで二度目だが、ネロの時とはわけが違うから慎重にやらんといかん。 女性との接し方というのは様々なエロ本で学んできたが、俺に足りないのはなんと言っても実践だ。
「うっ。 お前……。 とてつもなく臭いな。 風呂に入ってないのか!? 」
女が薄汚い顔を上げ、俺を一瞥するとまた項垂れた。 周囲にコバエが集っていて臭い。 とんでもなく臭い。 二週間台所に放置した食いかけの牛丼を凌駕する臭さだ。 こんな臭い人間に出会ったのは……いや初めてではないな。 コミケ帰りの俺はこのくらい異臭を放ってたかもしれない。
「……おい、生きてるのか 」
——鼻をつまんで顔を覗き込む。 いやしかし。 こいつ、さいかわとしてのポテンシャルがかなり高いのでは……? 頬はだいぶこけてしまっているが、顔面の造形はかなり好みだ。 まず年齢は十八から二十歳くらいだろう。 皮膚は煤にまみれたように汚れている。
生気のないジトッとした大きな瞳、長くカールした銀色の睫毛。 鼻は小ぶりだが高さがあり、唇も水分さえあれば……。
おいリア! お前の言った通りだった。 抜いた後だったらこのポテンシャルの高さには気付かず、臭さだけでドン引きして立ち去ったかもしれないぞ。
「なんなん……? 」
か細い声が出た。 関西弁のイントネーションだ。
「お前は転生者か? どうして浮浪者みたいな事をやっている」
「ほっといてや。 がしまちしてん……」
『掘ってや。ガチムチしてる』……?
【空耳がホモの精度! 】
なんと言った? 聞こえたかリア。
【ほうっておいてや、がしまちしてん。 がしまち、「餓死を待ってる」ということでは】
逆にお前が凄いな。 餓死待ち? 音だけじゃ理解できない日本語じゃないか? そんな待ちをしてる人間には出会った事ないしな……。 暗雲が立ち込めてきた。
「よし、わかった。 とりあえずステータスを開いてみろ」
「いやや、めんどい……」
「俺はミナトという。 お前にさいかわの可能性を垣間見た 」
「わけわからんわ……」
「名前を教えてくれ。 それから風呂に入って可愛い服を着て、お前の本当の姿を見せてくれ」
「名前はちろるや……。 そういえばこっち来てからお風呂入ってへんなぁ……」
「ん? チロル屋? 」
「めんどいなぁ……。 すてーたすおーぷん」
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千炉流 舞花【ちろる・まいか】 Age18
Lv. 4
種族*人族 ♀
職業*蒼ノ魔導士
ATK/3501
DEF/4826
HP/1054
AGI/2432
MP/12600
RES/9365
LUK/8009
特殊スキル・蒼ノ精霊・召喚強化Lv.2
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……すごいな、『ちろる』が苗字なのか。 変わった名前だが響きは抜群に可愛いな。
それにしてもこのステータス……。 チョリスのステータスは細かく覚えてないが、さいかわ赤毛剣士レオのステータスを見た時の印象と同じか、それ以上の数値のように思えるぞ。
「ちろる。 いや、ちろちゃんでいいか? 」
「なんでもええけど……。 めんどくさいからどっか行ってくれへん……? 」
「どうして浮浪者になったんだ? ステータスを見る限りお前は相当強いぞ。 この街なら無双できるレベルだ」
「強さとか要らんし……。 あれやろ、君も転生して浮かれとるクチや……? しょーもないわ」
「しょうもないことあるか。 転生して浮かれない奴なんていないだろ。 新しい人生のスタートだぞ」
「生きてるのがめんどうやから死んだのに……。 もう一度生きろとか拷問や。 いい迷惑やわ」
「ほーん、ちろちゃんは現世で自殺したのか」
答えない。 また俯いてしまった。
「俺は自殺を咎めない。 生きる権利が平等にあるように、自ら死ぬ権利も平等にある」
この性格じゃ期待はできないが、言いたいことだけ言わせてもらって立ち去るとしよう。
「頭おかしいんちゃう? 自殺は親不孝もんやろ……。 オカンには悪い思てん」
「親不孝か。 そんな事を抜かす輩もいるけどな、子供を不幸にする親だって同じくらい居る。 親から虐待を受けていた俺のような人間からすれば、自ら命を絶つことが『親不孝』なんて発想はいくら絞っても出てこない」
「びびった……。 サラッと重い事言うやんか……」
「ちろる。 どうせ死ぬなら今晩……。 俺に一発ヤらせてくれないか……? 」
「え、自分転生前から狂ってたん……? 」
「自殺するくらいなら一発ヤらせてくれっていうのはな、モテない男なら誰しも一度は考えるが絶対に口には出来ない事だ。 しかし俺は言う。 俺は転生してから、何者にも縛られず自由に発言し、行動すると心に決めたんだ」
「ふっ。 もう話聞くのもめんどいわ……。 どっか行ってや」
ちょっと吹き出したようにも見えたが、ちろちゃんはまた顔を伏せてしまった。 ダメか……。 しかしこいつの『自殺する自由』を奪うつもりはない。 かく言う俺も、現世で何度も自殺を考えた男だ。 見知らぬ他人から投げられた『死ぬな』という薄っぺらい言葉が、死にたい人間にどんな響き方をするのかはよく知っている。
「ヤンデレなのか? 」
「病んどらんしデレとらんやろぉ……。 なにもかもめんどうやからぁ。 死んだってん」
ふむ、それを病んでいると言うのではないのか。 面倒だから死んだというのが文字通りの意味なら、病気判定を下していいレベルの怠惰だ。
しかし怠惰な関西弁のさいかわは珍しい属性だな。 仮にこいつがデレたとしたら……ダラデレ? ぐーデレか? ふむ、ますます侍らせたくなってきた……。 リアの言ってた『女を絶頂に導くスキル』を使ったらどんな声を出すのだろう。 そのギャップを想像しただけでエレクトしそうだ。
【それ使ったら男じゃないんでしょ】
しかしリア……!
【しかしリア……!(迫真) じゃないですよ。 ミナトさんミナトさん、まずは風呂で釣るのはいかがです? こっち来てからお風呂入ってないなぁ、って遠い目をしてましたし、さっぱりすれば気分も変わるんじゃ? 】
ほう、それもいいな。 ……だが、まずは飯で釣ろうと考えていた。 ほら、チョリスも飯で明日への希望を見出していただろう。
【頑張ってください。 その娘、綺麗にしたら美人でしょうしね。 まぁ性格の保証は出来ませんが】
「おい。 ちろるは生前、何が好物だったんだ? 人生に絶望してても好きな食い物くらいはあったろう」
「んー……。 なんやろ。 ケンチャッキーは好きやったなぁ」
俯いたまま怠そうに答える。 ファストフードのフライドチキンか……よしきた。
「あいてむぼっくす」
気付かれていないと思っているのか、前髪の間から上目遣いで俺のタンスを凝視してるな。 可愛いところがあるじゃないか。
さて駅前のケンチャッキーだ。 慣れた陰茎操作さばきでレジの真上に行ってと……。
「……なぁ、どうしてちんぽ弄っとるん」
「ちろるぅ……。 女の子が『ちんぽ』なんで言うもんじゃありません。 『おちんちん』と言いなさい。 まったく」
「あ……。 ケンチャの匂いや。 ケンチャの匂いする」
よし、丁度いいところまできた。 んっ? なんて絶妙なタイミングなんだ。やはり神は俺の味方か。
「お待たせしましたぁ! オリジナルチキン6ピースパック……が……消え、た……? 」
「悪いなケンチャのお姉さん、そっちの客には作り直してやってくれ」
ふむ……。 俺も久し振りにこの独特な匂いを嗅いだな。 くそ美味そうだ、6ピースもあるから一つ貰っておこう。
「うん、うまい。 アチアチだ」
「なんやねんな、その四次元タンス」
「ん? ちろちゃん遠慮せず食べていいぞ。 最後の晩餐だと思って」
「ゴクリ。 いらんわ……。 餓死が遠ざかるやん」
「ゴクリとか言ってるじゃないか。 ほら、これを食べて腹がいっぱいになったら手首でも切ればいいだろう」
「人に迷惑かかるしめんどいわ……。 餓死が一番ええ」
まったく、意地を張っているのか? しかし現世に続き二度目の自殺で、自殺志願者なりのこだわりもあるのかもしれない。
——ぎゅるるるるる……。
「ちろるぅ……。 身体は正直じゃないか」
「うっさい。 あっちいけっ」
この様子じゃ俺がいたら意地でも手を付けんだろうな……。 あ、そうか。 ちろちゃんはもう何日も飯を食っていないのか。
ボクサーは減量が終わると胃に優しいものから食べて徐々に慣らしていくと聞いたことがある。 そうとくれば引き出しを現世のレストランに繋げて、と……。 ここはお高いので入ったことのなかったレストランだ。
「おい、ちろちゃんはミネストローネとクラムチャウダー、どっちが好きだ? 」
「……クラムチャウダー」
ふむ。
「サラダはどんなものが好きだ? 」
「……エビとアボガドのやつ」
なんだ……? こんなにワガママな子に育てた覚えはないぞ。 まぁ最後の晩餐だしな。 探してやるか。
「ダメだ、エビとアボガドはない。 あるのは生ハムのサラダと、温玉の乗ったシーザーサ——」
「なまはむのやつ」
……食い気味に注文してきたな。 本当に死ぬ気があるのかコイツは。
「胃がびっくりしちゃうからスープやサラダから食べるんだぞ。 コンビニで二リットルのスポドリと暖かいほうじ茶もスティールしといたからな」
「食わんし、こんなん」
「じゃあネズミにでも食わせてやれ。 俺はもう行くぞ」
——ぎゅるるるるる……。
「……ちろちゃんもお腹くらい素直になれるといいな」
「うっさい……。 アホっ」
ん? 何やらギルドロードの方向が騒がしいな。 チョリスめ、やっとぶちのめしたか。 さてと、ちろちゃんにズッ友アンカーを打ち込んでおくとしよう。
「ちろちゃんにおっちゃんのあんかーうちこんでええか? お? ええのんか? 」
「え。 シャブかなんかやっとるん」
「早く手を乗せろ」
「……今度は何が起きるんやろか」
「気になるなら、手を乗せてみればいい」
よし釣れた、すかさずキッス。
「ずっともだよ☆ 」
ほう……。 騒ぐでも怒るでもなく、驚きでジト目をまん丸くしている。 初めてはっきりと表情が変わったが……こりゃ可愛い。 ずっと無表情だっただけに〝さいかわポイント〟の急上昇を余儀なくされる。 しかし汚い手の甲にキスした唇から異様な匂いが立ち昇ってきているのでプラマイゼロだな。
「なんやのこれ……。 漢字が光っとる」
「読めるか? 」
「……演奏の、『そう』やろ? 」
「惜しいな。 さんずいが付いたら『ミナト』と読む。 ちろちゃんが通ってた学校はレベルが低かっただろう」
「余計なお世話や……。 一体なんなん、これ」
「それはズッ友アンカーというスキルだ。 右手の甲に『ミナトくん』と話しかければいつでも俺と通信ができる」
「ミナトくん……? 人の手の甲にとんでもない機能付けてくれたやん……」
「手の甲に喋りかけなきゃ発動しないからいいだろう。 ちろちゃんの魔力量なら結構会話が出来ると思うぞ? さて、俺は用事があるから行くが、他に注文はないか? 」
「ないわ。 知らんけど、もうなんでもええわ……。 さいなら」
ギルドロードに出よう。 この調子だとちろちゃんから連絡は来ないだろう。 ……それも仕方ないことだ。 幽玄館で一発抜いてからチョリスと酒でも飲むか。
「あ。 もしも気が変わって、お風呂に入ってサッパリしたくなったら呼べ。 温泉を掘ってやる」
俺が振り返った瞬間にちろちゃんがクラムチャウダーから手を引っ込めたな。 本当に可愛い奴め……。
「ちろる。 死ぬのは勝手だが、お前が死んだら俺は、ちろるロスで毎晩枕を濡らすだろう」
「……知らんわそんなん」
「あぁ、知らなくていい。 ただな……まだ俺はちろるの『ち』の字も知らない男だ。 一ヶ月もすればお前の事などスッパリ忘れて、自分の冒険の事しか考えなくなるだろう」
「そんなもんやろ……他人なんて」
「だな。 しかし俺は今、お前の死を一生引き摺ってしまうような人間になりたいと少しだけ思っている。 この意味がわかるか? 」
「わからん」
ここで恋の大泥棒ミナト、お姫様の頬に優しく手を添える。
「偏差値の低いお姫様にわかりやすいように言ってやる……。 俺はお前との短いやり取りで〝恋の予感〟ってやつを受信しちまったのサ」
【…………うわぁ。】
「ここで話した十五分ぽっちでは……『予感』止まりだ。 ちょっと時間が足りなかった」
「な、なんやねんなこの状況はぁ」
「お前のことを知りたかったんだ。 過去を詮索するつもりはないぞ。 今のちろるや、これからのちろるが知りたいという意味だ。 出来ればピカピカに磨き上げて可愛い服を着せてやりたかった。 そして『さいかわ』として仲間に引き入れ、ゆくゆくは骨の髄までしゃぶってやりたかった」
「あ、あかん……。 パニックなりそうや」
【ミナトさん。 せっかくのケンチャッキーが冷めてしまいますよ】
「わかっている。 ……言いことはそれだけだ。 じゃあな、ちろちゃん」




