第二十九話『決闘』
「ヴァン……なのか? 」
オランウータン、急接近して穴が空くほどチョリスをガン見しているな。 俺があの距離まで詰められたら手が出てしまいそうだ。
「この目尻の傷……。 間違いねぇ、ヴァンだ! おいお前らぁ! 靴が汚れている奴は並べっ。 綺麗に舐めとって貰えるぞ」
魔法使いのモブみたいなやつをぶっ飛ばしたお陰でほとんどの冒険者が警戒、臨戦態勢に入っていたが、チョリス生存のお披露目で張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
一人のお調子者が『ジェフの旦那、ブーツが腐っちまいますよ』なんてジョークを飛ばすと、ギルドは爆笑の渦に包まれる。 チョリスときたら……。 こいつぁ存在するだけでエンターテイメントだぜ。
「おいヴァン……。 テメェ二度と俺にその汚ねぇツラを見せないと約束したよなぁ? あぁ? ペッ!」
おっとぉ!? ここでジェフ、チョリスの顔面にツバを吐く攻撃に打って出た。 さてチョリスはどう出る……? なんだこの馬鹿者、俺が提供した貸し衣裳の学ランで拭きやがった。
「なぁヴァンよォ。 いまだに毎晩毎晩よぉ、枕元にリリィが立つんだぞぉ〜? 『まだ生きていたかったよお兄様ぁ』なんて言いながらシクシク泣くんだよぉ〜」
「本当に……。 すまなかった」
ジェフの精神攻撃が炸裂。 なんだチョリス、ぶるぶる震えてるじゃないか。 やれやれ、まるでピンクローターだな。
「おい、漂流者。 高ステータスでこっちに来た奴が浮かれちまうのは良くある事だ、本来なら俺たちがクラプトンギルドの洗礼を浴びせてやる所だが……」
髪の毛を掴んでチョリスの脳をシェイクしている。
「一晩楽しめるオモチャを持ってきてくれたから勘弁してやる。 ギルドに登録しにきたんだよな。 さっさと済ませてこいよ」
よし、いいぞ。 もっと踊れ。 チョリスを侮辱すればするほど、お前は後で惨めな思いをするんだからな。
「いや、ギルドの登録に興味はなくなった。 それにお前の事が大嫌いだからぶっ飛ばしてやりたい。 表に広場があったろう? あそこで俺の用心棒と戦ってもらえるか」
「戦えだ? これからヴァンは十年前と同じく公開リンチさ。 まさかこの人殺しを二度も拷問できるとは……ハハッ! それにしてもクソ生意気なドリフターだ。見逃してやろうと思っていたがお前も後でしっかり殺してやる」
「そうか。 じゃあよろしく頼むな。 おいA級冒険者もそうでない者もよく聞け! これから〝ギルドの英雄ジェフ〟と〝靴磨きのヴァン〟が一対一の決闘をするぞ! 一生に一度の祭典だ、盛り上がっていこう! 」
訝しげに見ていたギャラリーたちも顔を合わせて盛り上がり始めた。 こういうアホどもを乗せるのは簡単だ、『弱者』という生贄を放り込むだけでいいんだからな。
「ハハハッ。 おいヴァン、前座だ。 脱げ。 久し振りにあれを見せてくれよ」
これはたまげた、素直に脱ぐのか。 ん? チョリスめなかなか立派なイチモツだが……ゾウさんの刺青が入ってるな。 とってもかわいいので女は喜ぶだろう。 再び会場は爆笑の渦だ。 ……チェッ! チョリスのエンターテイナーとしてのポテンシャルに嫉妬している自分に気がついてしまった。
「さて、そのまま表に出ろ。 前回のように両手足を折ってやる。 ……しかしあの拷問を受けてよく今まで生きていられたな、死んでるか乞食にでもなってるもんだと思ってたぜ」
ふむ、チョリスが剣の柄を強く握りしめている。
「おい、チョリス。 この男をぶっ飛ばして過去を清算しろよ。 お前への迫害はまともな奴が見れば絶対に度を超えているし、そんなお前に同情している人の存在もちゃんと確認した。 その男も、それに媚び諂うアホどももどうしようもないクズだ」
「だが……」
「だがも伊賀も甲賀もあるか。 やり返すべきだ、倍返しにしても釣りがくるぞ。 いいか? アイツを倒して過去をスッパリ断ち切れとは言わん。 過剰に罰を与え、お前の人生を捻じ曲げた罪深きオランウータンを、自分の手で粛清するんだ。 お前がリリィのことを後悔しているのは充分伝わったし、きっとそれは、充分すぎるほどリリィにも伝わってる。 そろそろ前を向くべきだ」
「み、ミナト……」
「ついでに、十年間お前を迫害していた事がギルドにとってどれだけの損失だったのか……。 権力に屈したバカどもの前で知らしめてやれ」
「俺は……! 」
「俺はもハニワもあるか。 お前のバックには俺がいる、存分に暴れてこい」
「あ、ありがとう……! 」
「感謝なんてしなくていい。 勝手な真似をして悪かったな。 俺はちょっと用があるから抜けるが、すぐに戻ってくる。 この唐変木をぶちのめしたらカールの店の前で落ち合おう」
「ごちゃごちゃとなにを喋っているんだ、転生したばかりのヒヨッコドリフターが! 」
ふむ。 ジェフが剣で俺の首を撥ねようとしている。 ハエが止まりそうな剣速だ……。 チョリスより先に俺から一発くれてやるか。
\ギィン!/
チョリスが剣を抜いて止めてくれた。
「悪いなジェフ。 いま俺は、彼の用心棒なんだ。 手を出すなら、俺を殺してからにしてくれ」
「上等じゃねぇか……この殺人者が」
吹っ切れたか? 主人公ヅラしやがって、なかなかかっこいいじゃないかチョリス。 上半身は学ランで下半身はぞうさん丸出しだけどな。 しかもオーディエンスから手拍子混じりのヒトゴロシコールが始まったぞ。 コイツは本当に周囲を沸かすのが上手いな。
さて、俺は……と。 受付に聞くのが手っ取り早いか。
「おいギルドの職員、この街の娼館はどこにある? 」
「はっ!? 」
受付の女が目をクリクリさせている。
「物分かりが悪いな。 どうにも溜まっているので娼婦に抜いてもらおうという算段だ。 娼婦がゴロゴロいる建物を教えろ」
もう現世と合算したら三週間以上オナ禁しているからな、これ以上ため込んだら病気か犯罪者になってしまう。 ギルドの女冒険者の中には刺激的な格好をした奴らもいたし、さすがの世界最強も限界を超えそうだ。
「あ、えっと……。 ギルドロードから一本外れた幽玄館という場所が」
「ゆーげんかんだな。 ギルドから見てどっちに一本外れた道だ? 」
「えと、左です」
「そこが最大手か? 」
「あ、はい、多分……。 あなたは冒険者じゃないですよね? 」
「あぁ。 なんだ? そこは冒険者じゃないと利用できないのか? 」
「いえ、そうではありません。 このギルドから仕事の薄い女冒険者を幽玄館に斡旋しているので、庶民の方からは大評判の娼館になっております」
【こいつら半分ヤクザだな】
「お前ら半分ヤクザだな」
ギルドから出て幽玄館に向かう。 しばらく剣がぶつかり合う音や歓声が聴こえていたが、もう耳に届かなくなった。
「それと……。 銀髪の女乞食を確認しなくては」
【抜く前に接触するべきですね。 賢者タイムではさいかわレーダーが鈍るのでは? 】
お前の言う通りだ。 あの女乞食が移動してないことを祈ろう。 しかしまぁ、乞食になるような女だからさいかわの可能性は極端に低いがな。
【その女の何が引っかかったんです? 】
銀髪だ。 銀髪というだけで昔好きだったアニメのヒロインを思い出してな。
【でもリアルで銀髪似合う人なんて滅多に居ませんよね】
まぁな。 しかしここは異世界だ、一見の価値はある。 それに……。 精神的に参っている女が一番口説きやすいと何かの本で読んだことがあるしな。
【必死すぎません? 】
その女を落とせれば幽玄館に行かなくて済むだろう。
【そんなにうまく行きますかねぇ】
うまく行くか、じゃない。 俺は常にうまく行かせる事だけを考えている。
【かっこいい】
「ところでリア、参考までに聞くんだが、女を絶頂に導くスキルはあるのか? 」
【あ、声出てますよ。 えっと……ありますけど、それは己の力で導いてこそ男なのでは? 】
よく言ったリア。 まったくもってその通りだ。 お前はわかる奴だな……。 いつかお前も俺のテクで絶頂に導いてやるからな。
【吐きそうなんで一旦切りますね】




