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第二十八話『それいけ!ちょりすばんがーどくん』


 上客と判断されたのか、店主のカールにヤキトリとエールを一杯ずつお土産に貰ったので、二人でやりながら閑散としたギルドロードを歩く。


 「おい人殺し。 さっき俺と同席してた女を知らないのか? 」


 「ひとごろし……。 全部聞いたのか。 幻滅しただろ」


 そう言ってチョリスは自虐的に笑った。


 「あの人な、うん、見たことがある。 顔は覚えているんだが……。 どうも名前が出てこない。 当時も話したことはなかったな」


 ファンの顔を覚えてないとは生意気な奴だ、売れっ子気取りかこのポンコツモブは。


 「お前はリリィを愛していたのか? 」


 「愛してたさ」


 多少まごつくかと思いきや即答ときたもんだ。 ん? 首から下げているシルバーネックレスを外したな。 服の中にしまっていたから分からなかったが、装飾的に女性のものっぽい。


 「これはリリィの形見だよ。 どんな時も肌身離さず付けている」


 「ほーん。 リリィはブスだっただろう? あのジェフとかいうケモノの妹だからな」


 「ジェフに会ったのか!? 」


 「いや、見かけただけだ。 この街で最強という噂を聞いた」


 「そうなのか……。 たしかにジェフはブサイクだがよぉ、リリィはすげぇ美人だったんだぜ? これを見てくれよ」


 今度は胸のポケットから皮財布みたいな包みを取り出し、開いて見せた。 カードフォルダーのようになっていて、色褪せた紙に女の肖像画が描かれいる。


 「な? 美人だろ」


 「いや、なんだか全然羨ましくなくなったぞ。 ガチで62点くらいの女だ」


 なんでもジェフの母親は若くして亡くなり、リリィは実父と後妻の間に出来た子だったそうだ。 つまりジェフの腹違いの妹ということになる。


 「リリィは本当に腕の良い治癒魔法師(ヒーラー)でさ。 俺が酒場で一杯奢ってやったのをキッカケに仲良くなったんだ」


 「奴の家系は身分が高いんだろ? よく昆虫を食うような男と同じ酒の席にいたな」


 「昆虫……? 人前で食った覚えはないんだが」


 【人目を忍んで食うんかい】


 「身分か……。 へへっ! リリィはそんなもんこれっぽちも気にしねぇ女だ。 お前に会わせたら面白かっただろうな〜、きっと気が合ったと思うぜ? 」


 「もう死んでるから気が合うもクソもないだろ。 合わせようにも向こうの気が消えているんだからな」


 「……あ、いや……。 まぁそうなんだけどさ」


 「死者をダシにしてくだらん事を言うなアホが」


 【絶望の重ね掛けはよしなさい】


 「俺の方もあまり気にする方じゃねぇからさ! 皆はリリィを丁重に扱うんだが、俺はなんか性に合わなくてよ。 あのお姫様を随分ざっくばらんに扱っちまってたらしい。 ……後で聞いた話じゃ、リリィはそれが嬉しかったんだとさ」


 チョリスはずっとズルズル鼻を啜っている。 というか、モテ自慢を聞かされてるみたいで段々イラついてきたな。


 【まぁまぁ。 拷問は最後まで聞いてからでも遅くないですよ】


 「兄貴(ジェフ)のパーティでは毎日どやされてばかりでつまらないって話を散々聞かされてな。 悩んだが、腹を括って強引に引き抜いた。 俺についてこいなんて……カッコつけたっけな」


 「なぜ無謀なクエストに臨んだ。 若気の至りか」


 「……あの頃はなんせ焦っていたよ。 自分ならやれるという奢りもあった。 どうしても早く結果を出したかった。 俺が引き抜いた時、リリィは肉親の兄を裏切った軽率な女で、俺はリリィを唆した悪党だと噂が流れ始めていてな。 誰よりも早くS級に上がって、周囲を黙らせてやりたかった」


 「完全に若気の至りだな、全部裏目に出てしまったか。 当時のパーティメンバーは無謀な挑戦を咎めなかったのか」


 「正直に言えば、相棒の魔導師は否定的だった。 だが、ジェフがでかいツラしてるのをいけ好かないと思っていたメンバー達だ。リリィを含むその他のメンバーで説き伏せた。 最後はちゃんと合意してくれたんだ」


 『本当なんだ、信じてくれ』という感情が表情に現れている。 俺はこいつが嘘を付いているなんて微塵も思っちゃいないが、今は黙っておこう。


 「おいおい、いい加減にしろよ? さっきからメソメソと泣きやがって。 お前はもう一生分泣いたんじゃないのか? 」


 「あぁ……そうだな、すまねぇ。 へへ……色々と思い出さなくていい事まで思い出しちまって……。 ところでミナト、どこに向かってるんだ? 気になる店でも見かけたのか」


 「おう、最高の店を見かけたんだ。 もう着くから涙を拭け」


 まずいな、道の両サイドにある店が着々と店仕舞いを始めている。 一度振り返ってみたが、明らかに着いた時よりも光量が乏しい。


 「少し急ぐぞ」


 「あぁ。 さすがに店閉まっちゃうかもなぁ」


 「……それにしても脇道に乞食が目立つな」


 ここまでで四、五人見た。 脇道に捨ててある、店なんかから出た残飯を漁っている様子だったな。


 「うん。 ギルドロードは昔よりも栄えたが、乞食は増えた。 中には仕事にあぶれた元冒険者もいるだろうな」


 「若い女も乞食になるのか……」


 正確には若いかどうかわからなかったが、痩せこけた銀色の髪の女が俯いて座っていた。 さいかわの可能性は低いのでひとまず放置して……。 事が済んだら接触してみるか。


 「待ってくれミナト! 」


 「急に大声を出すな大馬鹿者が。 子供が起きちゃうでしょうが」


 「この先には……ギルドしかないぞ」


 「ギルドで飲むんだからギルドしかなくていいんだ」


 チョリスの足が震えている。


 「ギルドの酒場は……」


 「A級以上しか使えないのだろう。 悪いが俺はそんなくだらない決まりには縛られない。 いいか? 俺はあのイカレた雰囲気のギルドで馬鹿になるまで呑み散らかして、単細胞な冒険者気分を味わいたいだけだ」


 「……悪いが、俺は入れない」


 「チョリス……。 大丈夫だ、その風貌ならバレやしない。 現にバレンティンもお前だと気付かなかっただろう、ほら行くぞ」


 チョリスの首根っこを掴んで引きずる。 駄々をこねる子供のように暴れたが、諦めたのかすぐに脱力した。

 ギルド内にこっそり潜入し、すぐに酒場を確認。 さっき来た時と顔ぶれは変わらないな。 酔っているのか、顔はもれなく紅潮しているが。


 「おい、エールを二つくれ」


 カウンターのチンピラみたいな奴に声をかける。 飲んでいる冒険者どもは話に夢中で、俺たちの存在にすら気付いてないようだ。


 「お前はバカか? ここをどこだと思ってる。 ギルドの酒場だ、客はA級以上の冒険者だけ……。 お前ら冒険者ですらないだろ? 殺される前にとっとと失せな! 」


 「A級以上だと? そこで飲んでるクソザコナメクジどもは全員A級以上なのか? これはたまげたな……。 クラプトン・ギルドは随分と低脳な冒険者(ゴミ)どもが踏ん反り返って酒を飲めるんだな」


 「こっ、声がデケェよミナトっ! 」


 酒場が静まり返った。 やれやれ……カスみたいな殺気が俺に集中してるな……。 注目を浴びるのがこんなに気持ちいいものだとは。


 「テメェ……。 さっきの奴だな、殺してやるから表に出ろ」


 さっき初めてギルドに来た時に絡んできた、魔法使い風の男だ。


 「表に出なきゃ殺せないか? 俺はこの場でお前を殺せるぞ」

 

 「ハハッ! ジェフさーん、コイツ殺っちゃっていいすかー? 」


 魔法使い風の男は振り返って、一番奥のジェフに声をかけた。


 「錯乱した乞食だろ。 目障りだからさっさと殺せ」


 ジェフはこっちを見ようともしない。 侍らせている取り巻きの女が甲高い声を上げて笑っている。 なかなか狂った光景だ。


 「おい……。 お前たちドリフターだろ? なにも知らねーんだとは思うが、丸腰でこのクラプトンギルドに入ってくるとはなかなかいい度胸だ。 言い残すことはあるか? 」


 「言い残すことか。 実は俺の隣に居る変な格好の男は現地人でな。 D級の冒険者らしいが、お前よりも強いぞ」


 「ハハハ! 笑わせんな! 俺より強けりゃこのギルドで三番手のパーティが組めるぞ! 」


 「一番手のパーティが組めるぞ。 それでもここで酒は飲めないんだな? ……ところで、三つ質問がある。 お前は〝ヴァンガード〟という男を知っているか? 」


 「ヴァンガード? 」


 その言葉を発しただけで、奥にいるオランウータンの殺気が一層強まった。やっとこっちを見たな。


 「ヴァンガード……もしかして〝靴磨きのヴァン〟の事か? あいつなら今頃どっかでのたれ死んでるだろうなぁ。 知ってんのか? 」


 「どこにいるかも知っている」


 「……驚いた、まだ死んでないのか! こりゃいい事を聞いた! おいみんな! 〝靴磨きのヴァン〟を覚えてるか!? あいつが生きてるそうだ! 」


 む、ヴァンの生存に会場がどよめいている。


 「おいドリフター、お前は特別の特別の特別に生かしてやる。 その代わりにヴァンをここに連れてこい! みんな! 俺たちのヴァンちゃんが帰ってくるぞぉ! 十年前みたいに、全員の靴をベロベロ舐めさせてやろう! 」


 ヒュー! 一気にオーディエンスが沸いた。 会場のボルテージは急上昇。 しかし張本人であり主役のはずのチョリスはずっと下を向いてるな……。 本当に卑屈な奴だ、お前ならこのクソ野郎を秒殺出来るだろうに。


 「わかったわかった、ヴァンは連れてきてやる。 じゃあ二つ目の質問だ。 お前は『デコピン』を知っているか? 」


 「なんだそれは。 でこぴん? 」


 「あぁ。 こうやって……。 中指で相手のおデコを弾く。 子供の遊びみたいなもんだ」


 男の顔の前で、デコピンの素振りを見せてやった。


 「あ? 知るかよ。 今日の無礼は大目に見てやるから、早く帰ってヴァンを連れてこい。 そしたらここで水くらいは飲ませてやるからよ。ハハッ! お前もヴァンのぺろぺろショーが見たいなら盗みでもして金を作ってこい 」


 「『デコピン』を必殺技にしようとした少年漫画の主人公が居たが、あれはダメだな。 組織に行動を制限されている地味系主人公がチート能力をセーブして使っても、見てる方は気持ち良くないし、カッコ良くもなんともない」


 「……一体何を言ってるんだ? お前本当に狂ってんじゃねーのか」


 「俺のように最強チート無双が仕方なく使うからこそ映える技だ、デコピンは」


 「おい! この狂人と一緒に来たゴミメガネ、こいつを責任持って連れて帰れ。 ちゃんとヴァンを連れてこいよ? 明日の夜だ」

 

 声をかけられたチョリスは相変わらず顔を伏せている。 ダメだこいつ。

 ——さてと、素振りのお陰でデコピンの準備運動は終わった。 力の加減もうまく出来るだろう。


 「三つめ。 最後の質問だ」


 「あ? 」


 「何か言い残すことはあるか? 」


 「いい加減に——」


 「DEKO(デコ)PIN(ピン)DEATH(デス)

 

 ドゴォォォォオオン!


 「み、ミナトのバカぁ……」


 よし、「良い加減に」デコピンを打ってやった。 ただのデコピンなのでリアに制限されずに使えるし、技名もつけられる。

 しかし漫画みたいだな。 ギルドの壁に魔法使い型の穴が開いている。 一気に会場が静まりかえったな……。 二階席にも客が集まってきた。


 「ヘーイ! 盛り上がってるか? 二階席ぃ〜! 」


 J-POPのノリを持ち込んでみたがキョトンとしている。 現世のノリは異世界に持ち込むものじゃないな。


   \ドンッ/


 お、ジェフがテーブルを叩いた。 やっと乗ってきてくれたな。


 「テメェ何者だ」

 

 「俺はカミダ。 昨日来たばかりの漂流者(ドリフター)だ」


 「ドリフターだとぉ? 舐めやがって……! ウィリーを吹っ飛ばした落とし前をつけてもらうぞ」


 ジェフが机や椅子を蹴散らしながら近付いてくる。


 「今のゴミはウィリーと言うのか。 まぁどうでも良いが、俺はもう戦えない。 今の攻撃は神から授かった『ゴールドフィンガー』というスキルでな。 中指の力が伝説のAV男優より強く、テクニカルだ。 ただし一日一発限定」


 「黙って死ね」


 ジェフが大剣を振りかざしてきた。 余裕で避けれるが、立てた中指で止めておこう。 防御と挑発を一度に行えるとはまさにゴールドフィンガーの名に相応しい。


 「ジェフ、俺を殺したいだろう。 ただな、こんな時に備えて俺は用心棒を雇っているんだ」


 おろおろしているチョリスの首根っこを掴んで、俺とジェフの間に立たせる。


 「俺が雇っている用心棒、ちょりす・ばんがーど君だ。 俺を殺すって言うなら、まずはコイツと戦ってもらうことになるぞ」

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