第二十七話『天才剣士がギルドから追放された理由』
「どういう事だバレ。 手短に話せ」
「話してください、だろ? 」
「手短に話してください」
バレンティンはエールを煽る。 一気に飲み干したらしく、木製のコップが軽い音を立てた。 身体がデカイだけあってアルコールが回るのが遅いのだろう。 相当イケるクチだなこのブスときたら。
「ギルドの酒場で踏ん反り返ってたジェフってのがいただろ? あれの妹さんを殺しちまったのさ」
【ひぇ〜っ……ガチもんのサイコ野郎でしたかぁ。 ゴブリンみたいに首を撥ねたのかなぁ】
……まさかの殺人犯か。 更生して今のチョリスになったのか? ……そうは思えないな。 チョリスの性格はもっと本質的な所に根差したもののような気がする。 あくまで個人的な印象だが。
「ギルドにいたジェフとかいうオランウータンはこの街基準だと強いのか? 」
「おらうーたん? あんたも見ただろう。 強いなんてもんじゃないよジェフは」
庶民がジェフに対してその認識なら、チョリスも強いなんてもんじゃない事になる。
「どうしてジェフの妹を殺した。 あいつは街で嫌われてると言っていたが、殺人犯だとしたら逆に罪が軽くないか? 」
「これから話すから聞いてなさいな。 当時……十年以上前かね。 駆け出しの冒険者として、ジェフとヴァンの名はクラプトン中に知れ渡るほどだったんだよ。 特にヴァンがギルドロードを歩く時なんかは、若い娘で人集りができたくらいさ」
……チッ! まぁチョリスは色男だからな。 その上で実力があり、名が知れ渡っていれば若い女も夢中になるだろう。 それにしても話好きっぽいブスに当たって良かった。 話が長くなりそうだが、割と客観性の高い事実が聞けそうだ。
「ジェフとヴァンは若くしてA級に上がってね、どっちが先にS級になるか競い合っていたのよ。 それをギルドに留まらず街中で面白がって、どちらが先にS級に上がるか、賭けをしたりなんかしてね。 私も参加したもんだわ」
「ほーう。 バレはどっちに賭けたんだ? 」
「もちろんヴァンよ。 若い女はみんなヴァンに賭けたわ」
……ヴァンとかいうクソ野郎が急に忌々しく思えてきたな。 合流したらサクッと拷問にかけるか。
「そんな中、ジェフのパーティからヴァンのパーティへ、一人の治癒魔法師が移籍するの。 それがジェフの妹のリリィ。 ヴァンとジェフは敵対してたけど、妹のリリィはヴァンと恋仲にあったのね」
なるほど。 ジェフからしたらつらいな。 パーティメンバーにしていた妹を、敵対していたチョリスのパーティに強奪されたわけだ。 最近エロ漫画界隈で流行りのNTR(寝取られ)に近いものがある。
「それからヴァンはジェフよりも先にS級になろうと急いで、身の丈に合わない高難度クエストに臨んだ。 リリィを含む四人パーティで、帰ってきたのはヴァンだけ」
チョリス以外全滅。 これは聞いていた通りだが、『ジェフ』『リリィ』が話に絡んでくると印象がだいぶ違うな。
「でもリリィを殺したことにはならないだろう? パーティのメンバーは合意の上で命懸けのクエストに挑んだんじゃないのか」
「……あんたはきっと、ヴァンの肩を持ちたいんだろうね」
「いやむしろ肩を殴打したいくらいだ」
「少なくとも周囲の認識は『ヴァンの独裁運用でパーティが壊滅した』事になってるんだ。 可哀想だけど、それが現実だね」
「……お前の言葉も、バンとかいうコバンザメ野郎の肩を持ってやりたいように聞こえるけどな」
「……もう昔の話さ。 話していたら少し思い出して、感傷に浸っただけだよ」
バレンティンはバットでも取り出して素振りかなんか始めるかと思いきや、硬貨を数枚カールに渡し、エールのお代わりを俺の分まで注いでくれた。
「ここからは余計な話」
「夜は長いからな、聞かせてくれ。 ただしどれだけ酔わせても抱きはしないぞ」
「ジェフの一族は代々優秀な冒険者を輩出し続けた名門でね。 祖父は宮廷直属の第3師団隊長を務め上げた。 アンタはこっちにきたばかりでよくわからないだろうけど、まぁエリート中のエリートね。 エルスター卿の寵愛を受けた、この街の権力者ってわけさ。 ……言っている意味がわかるだろ? 」
バレンティンは皿に乗ったよくわからん煮物をかっ込んで嚥下してから、「一方のヴァンはしがない農民の出。 私と同じね」と笑った。
「低い身分から成り上がっていく人間は応援したくなるよな。 人間は昔からそうだ」
「ふふ。 懐かしい。 大きな声じゃ言えなかったが、ヴァンのパーティは人気があったねぇ。 リリィ様もみんなに愛されてた——」
当時チョリスの肩を持った少数派はジェフ一派に弾圧されてしまったそうだ。
ジェフは権力で周りを従わせ、ライバルのチョリスを再起不能になるまで叩き潰したのだろう。 権力者というのは冒険者ギルド自体にも圧力を掛けられるレベルなのかもしれないな。
「ヴァンもすっかり萎れちまってねぇ……。 痩せこけて、いつも虚ろな目をしていた。 ヴァンへの仕打ちと来たら目も当てられないくらいだったさ。 それでも彼は一切の抵抗をしなかった」
「目の前で仲間が三人死んでいくのを見て、萎れないやつが居たらサイコパスだな」
「あぁん! 酒も回ってきたし、来たばかりのあんたにだから言うけどね! 私は昔も今もヴァンに同情してるわ。 今は何をしているのかしらねぇ、顔も朧げにしか覚えてないけれど」
「よくわかった。 ありがとうなバレ、俺はお前が好きだぞ」
「……ところで、あんたはどうしてヴァンの話を? まるで会ったことでもあるみたいに話していたけど」
「あぁ、なに。 俺がこの世界をスタートした森で、昆虫を捕まえてはムシャムシャと食っている野蛮人と出会ってな。 そいつがチョリスヴァンガードと名乗った」
「そんな……まさか」
「そのまさかだ。 いっそ殺してくれと頼まれたから生クリームを塗りたくって木に吊るしてきた。 今頃大好きな昆虫たちに囲まれて『眠いんだパトラッシュ状態』に入っている頃だろう」
「つ、つまりそれって」
「あぁ。 あの頃のヴァンはもう居ないって事だ」
リア、起きてるか? どう思う。
【なんだか、青臭い若気の至り臭がプンプンしますね。当時は見栄とか、嫉妬とか……野心とか。 双方に色々と渦巻いてたんじゃないですかねぇ。 チョリス君はちょっとかわいそうな気もします】
チョリスがジェフへの当てつけでリリィを抱いたか、本当に愛していたかで180度見方が変わってくるよな。
【……はー、確かにそうですね。 もしもジェフとの身分差なんかに強いコンプレックスを抱いてたとしたら、前者の可能性も高いですかね】
そんな性格の悪い男とは到底思えんが……。 なにしろ昔の話だし、第三者の話を聞いただけでは判断できんな。
とにかくアイツは、低い身分から街の権力者と実力で競い合い、その権力者の家族をパーティに引き抜いたところで盛大にすっ転んでしまった。
【そして見事に踏み潰された、と】
さて、正義はどっちにあるんだろうな。
「オヤジ」
「なんだ? エール飲むか」
「いや、最初に食ったやつをあるだけバレのお土産に持たせてやってくれ」
「あるだけって、希少だからあと五本しかないんだぞ。 それに一本2500フランだ、払えないだろ? 」
「オヤジィ……。 金は腐るほどあると最初に言っただろう? 」
「すまねぇ! 」
大きな声と同時に、入り口が勢いよく開いた。 新規客か……いや噂のチョリスのおでましだ。 せっかちだな、まだ執行する拷問が決まってないというのに。
「オヤジさんっ、ここに変な格好をしたドリフターが来なかったか!? 」
「アンタが変な格好をしたドリフターに見えるんだが」
今のチョリスは学ランに黒縁メガネの学園ラブコメ陰キャ主人公仕様だ。 花火は上げてないが、しらみつぶしに店を当たったのだろう。
「あっ。 ミナト居たっ! 良かった見つかった……。 おいっ、入り口で打ち上げた花火のお陰で、エルスター卿の護衛騎士達が調査を始めてるぞ」
「そんなの知った事か。 それと飲む場所を変えるから金を払っておいてくれ、オヤジおあいそ頼む」
「なんだい、あんたドリフターの友達がいたのかい! もしかして二人でこっちの世界に? ……あのさ、悪いことは言わないから、この街を出ていい案内人を探しな。 なんだったら私が——」
チョリスが酒場の親父に値段を聞いて俺をじっと見つめてきた。 俺には金額の価値がイマイチピンとこないが、表情からして安くはないのだろう。 しかしアイテムボックスから宝石を出すのも面倒だし、この酒場レベルじゃお釣りが足りなくなってしまう気がする。 ということで支払いは頼むぜモテモテの用心棒さんよ。
「お、俺の全財産がぁっ……! 」
「バレありがとう。 世話になったな」
「なに、酒場を紹介して少しおしゃべりしただけじゃないか」
「ばれんてぃんにおっちゃんのあんかーうちこんでええか? お? ええのんか? 」
「何言ってるんだい? あはは、どうしたんだ手なんか差し出して、急に紳士ぶっちゃってさ」
よし、バレが手を置いた。 すかさず手の甲にキッス。
「ずっともだよ☆」
「何すんだいあんたは急に! 」
やれやれ、また殴られたな。 本人は驚きで手の甲に『湊印』が発光しているのに気付いてない。 まったく、さいかわ以外にズッ友アンカーを打ち込むとは……俺もヤキが回ったもんだな。
「グッバイ・バレンティン。 寂しくなったら連絡するぜ。 それからオヤジ、最高に美味いエールだった。 ごちそうさん」
俺は顔面蒼白のチョリスと店を後にした。




