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第二十六話『クラプトンの主砲、バレンティン』


 室内をよく観察してみたが、入り口から見て左手に受付のようなものがあり、三人の女が並んで何やら作業をしている。 顔面にランクを付けるなら手前からC、D、Fってところか。 しかし真ん中のDに関しては胸がGくらいあるから、限りなくC寄りのDだな。


 「いい匂いがするな」


 右手側がジェフとかいうオランウータンの巣で、酒場になっているようだ。 そちらにもカウンターがあって、グラスや樽がたくさん並んでいる。

 風貌が陽キャっぽい奴らが各テーブルを広く使い、その辺りだけ人口密度が低い。 中央に吹き抜けがあって、二階席から下の様子を伺っている奴も見えた。 実に冒険者ギルドっぽくて、なんとなくギルド内カーストのようなものも垣間見える。 悪くない雰囲気だ、ちょうどいいから俺もここで一杯やるとしよう。


 「そうだ、ジェフさんがいるんだから平気さ」

 「でも、あの魔法はなんだったんだ? 」

 「ただの脅しなのかもしれないが……。 念のためギルドの側にいよう」

 「騎士団が様子を見にいったらしいぞ」

 「騎士団と言っても、エルスター卿の護衛騎士だろ? いざとなりゃ俺たちなんか見殺しさ」


 避難してきた愚民どもがギルドから退散を始めた。 俺は席に座ってビールでも飲むとしよう。


 「おい待ちな。 見ない顔だな」


 「あぁ。 お前には見せたことのない顔だからな」


 「テメェ何モンだ? なんだそのボロい服は」


 「甚平の快適さも知らんのか? 貴様の服は動きにくそうだな」


 「なんだとコラ。 舐めてんのか 」


 立ち上がったのは紺色の詰襟に臙脂色のローブを纏った魔法使い風の男。 生意気そうだな……。 一発かましとくか? 無駄にデカくて尖った帽子が如何にも魔法使いアピールっぽくて鼻に付くな。


 「ちょっとあんた、さっきの変人っ。 あんた冒険者じゃないだろう? ほら、出るよ」


 なんだ? 誰かと思えばさっき一緒に逃げていたブスだ。 いやはや、ブスに服を引っ張られるのは人生で二度目だな。

 ——一度目は小五の時だ。 近所の公園でアキコとかいうクソデカい女に、ジャングルジムの前で振り回されてぶん投げられた。 まったく……女に仕返しするのもあれだから泣き寝入りだったが。

 このブスもかなり腕っ節が強く、グイグイ持ってかれてギルドの外に出されてしまった。


 「おいブス、俺の合意なしにどこへ連れ込むつもりだ。 いい度胸だな」


 「ブスじゃないっつの。 私はね、バレンシアってステキな名前がちゃんとあるんだよ! 」


 「バレンティン? 」


 「バレンシア! あんた冒険者たちにボコボコにされるところだったんですからね! 」


 「なぜボコボコにされなきゃならない。 俺は酒を飲みたかっただけだ」


 「……あんた本当に何も知らないの? 」


 「知るわけないだろう。 昨日この世界に来たばかりの漂流者(ドリフター)だからな。 生まれたての子鹿に毛が生えたようなものだ」


 「漂流者(ドリフター)!? 昨日ってことは、この辺りでスタートしたのかい? はぇー、こりゃ珍しいねぇ」


 全身を睨め回してくるな。 とんでもないブスだが……不思議な感覚だ、こうして喋ってみるとなかなか愛嬌があって可愛らしく見えてくる。 現世では殆ど女と喋る機会がなかったから、ブスの時点で無価値だと決めつけていた。 考えを改めよう。


 「じゃあ私が教えてあげるわ。 ギルドの酒場はA級以上の冒険者しか利用できないんだよ。 あそこは戦闘好きの荒くれ者ばかりなんだからさ! あんなに生意気な態度取ったら、アンタけちょんけちょんにされちゃうわ」


 ほう……! これはたまげたな、初見でブスと言い放った男を善意で助けようとしたのか。 まいったな……ブスは総じて性格が捻じ曲がって卑屈になるもんだと思っていたが、これは未経験のブスだ。 いい奴かもしれないのでさいかわポイントを……加算するのはやめとくか。 あくまでブスだしな。


 「バレンティンありがとうな。 見直したぞ? 俺と一杯どうだ、奢らせてくれ」


 「バレンシア! 」


 「お前のデカイケツはバレンティンの名がふさわしい。 そんなケツを持ってるのは神宮球場じゃバレンティンくらいだぞ」


 「訳わからないこと言ってないで飲みにでもなんでも行っちまいな」


 バレンティンの方がお誂え向きの名だと思うのだがなぁ。 やれやれだ。


 「なぁバレ、俺と一杯どうだ? 聞きたいこともあるしな。 冒険者ではないが金は腐る程ある。 いい飲み屋を教えてくれ」


 「そんな事したら旦那に怒られちまうだろ」


 「なんだと……! お前に旦那が……!? 世の中にはゲテモノ好きの男もいるらしいが、にわかには信じられんな」


 「何をブツクサ言ってんのさ。 あーもう、酒場なら教えてやるから付いてきなよ」


 「かっとばせ……じゃない、ありがとなバレ」


 ほう、軒先に赤提灯がぶら下がっている店だ。 店内が賑やかなのが道からもわかるな。


 「カールさぁん、客引きして来てやったよォ」


 「おぉバレンシアさん、良いとこにきた! すまんが手伝ってくれないか!? 手が回らなくてな! 」


 バレは「えーまたぁ?」と声を裏返しながらも袖をまくっている。 店内はカウンターが七席に四人掛けのテーブルが二席。 空いているのはカウンターの二席だけだ。


 「ニイちゃん、カウンターに座りな! ん? 随分と見窄らしい姿だが金は持ってんのかいな」


 「その人は昨日来たばかりの漂流者(ドリフター)なんだってサァ! ちょっと変人だけど飲ませてやってよ」


 「へぇ! 着いたばかりのドリフターなんて珍しい。 じゃあ多少は金を持ってるな? ほれ座りな! 」


 「おう、金なら無尽蔵にあるぞ。 チョリスと言う名の財布もいるしな。 オヤジ、さっさとエールを出せ」


 「態度がデカいんだよあんたは」


 何……? 店員として忙しなく動き始めていたバレンティンが俺の後頭部を平手で叩いたと思ったら、逆の手で木製のコップに入ったエールを俺のテーブルに滑らせた。 ……このバレンティン、出来る。


 「あんた手が真っ黒じゃないか、ちゃんと拭いてから食べるんだよ」


 布巾が飛んできた。 世話焼きというかなんというか、バレはこういった性格なのだろう。 〝さいかわ〟には絶対に入れないが、「クラプトンの母」として認定してもよさそうだ。

 何を隠そう俺は母親がいなかったから、ちっとも悪い気はしない。 やれやれ、異世界の俺と来たら出会いの運が良い事この上ないな。


 ——グビッ。グビッ。


 むっ。 エールが美味いぞ。 一口飲んだが、現世のビールよりも華やかで芳醇な香りが鼻から抜ける。 難を言えば少しぬるいが、俺はキンキンに冷えてやがるビールを飲むとすぐにピーピーになってしまうから身体には優しい。 ぐびぐび飲んでやりたいが……チョリスが来てからにしよう。 酔っ払ってバレンティンのケツでも触ったら俺のプライドが傷付くからな。


 「ニイチャン悪りぃな。 アテを作ってやりてぇんだがちょっと待っててくれ」


 「構わんぞカール。 美味いアテが来たら酒が進んでしまう。 それに急いでないからな」


 エールをちびちびやりながら店内の客を窺ったが、若い女は二人だけだ。 カウンターでヒソヒソ喋ってるアベックと、後ろのテーブルに紅一点の女。 両方とも冒険者の身なりで気が強そうだ。 耳を傾けていると、テーブル席は八名の団体で、二つのパーティがお祝いかなんかをしている様子なのがわかった。


 「アンタたち、ランク上がったからって浮かれるんじゃないよ。 身の丈にあった任務をこなして、着実に実力を……」


 「わーってるってバレンシアさん! 次の任務が終わったらまた来るよ! 」


 「私はこの店の店員じゃないんだよ。 ……あ、ほら薬草入れの巾着を忘れてるよ! 誰んだい? アンタか。 結び方が甘いから外れちゃうんだろ? ほら、こうして結べば絶対外れないから」


 バレンティンに送られて団体が帰っていく。 まるで大学のサークルみたいな奴らだったな。 年も十九から二十歳くらいだろう。

 

 「やっと落ち着いた。 バレンシアさん! 座って一杯飲んでってくれや、今日はとっておきのやつが入ってるからよ」


 「悪いけど帰るよ。 遅くなっちまったからね」


 「なんだい。 今日はタピルカが入ってるってのに……」


 「たっ! タピルカ!? どこからそんなものが! 食わしてくれんのかい!? 」


 「いつも世話になってるからな、お駄賃とは別でサービスだ」


 バレンティンが目を輝かせ、俺の隣にドスンと座った。 俺の前には串焼きが五本並んだな。


 「焼き鳥か」


 「おう。 大昔に漂流者が持ち込んだ『ヤキトリ』の技術で魔物の肉を焼いているんだよ」

 

 ふむ……! 美味い。 たまらんな、鳥よりもジューシーで、味わったことのない風味。 口の中にスジの様なものが残るが、このスジがまるで炙ったスルメみたいに、噛めば噛むほど旨味が染み出してくる。 酒のアテには最高だ。


 「タピルカは美味しいねぇ」


 バレンティンは二本を同時に食べている。


 「タピルカというのはどんな魔物なんだ」


 「タピルカは部位の名前だよ。 ピグミージラフの横隔膜さ」


 訳がわからないが、残りはバレにくれてやろう。 そんなに腹が減ってる訳じゃないしな。


 「ところでバレ、チョリスという男を知っているか? 」


 「チョリス? 変な名だね。 知らない……けど、なんか聞き覚えがあるような……」


 あいつこの街では嫌われまくってて悪い方に有名人だと言っていたが、店主のカールも知らない様子だ。 この街なら飲み屋で噂が広がるだろうに……あいつさてはオーバーに自虐していたのか? 「可愛そうなアタシ」を演出したって事か。 やれやれ、まるで病んでいることをアピールする事で自分を保っている女子大生だな。


 「あ! もしかしてヴァンのことかね? 」


 「ヴァン? 」


 【ミナトさん、チョリス君のフルネームはチョ=リィス・ヴァンガードですよ。 ネロの家で彼のステータスを見たでしょう】

 

 リアおはよう。 ふむ……そうだったか。 記憶が曖昧だが、そんな気がしてきた。


 【ミナトさんベロンベロンでしたからね】


 「バレ、チョリッスバンガードを知っているのか」


 「知らない人の方が少ないんじゃないかね、この街じゃ」


 「ほう。 なぜ有名に? 」


 「ヴァンは人を殺しちまってね。 クラプトンギルドから……いや。 この街から、追放されちまったのさ」

 

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