第二十四話『ロー村の愚民どもが着ぐるみを着ている理由』
ランタンに火を灯して歩いていたら、夏の夜の羽虫の如く、野生のゴブリンが集ってきた。 気晴らしに一発ぶん殴ると泣きながら山に帰っていくのが楽しくて、立て続けに20匹くらいぶん殴ったが、そんな遊びにもすっかり飽きてしまった。 今は三匹のゴブリンを手懐けて肩、腰、足のマッサージをさせている。
【どうせならゴブリンにヌいてもらったらどうです? 】
「人としての尊厳まで抜かれるだろ」
チョリスと待ち合わせをした山の麓あたりで待ってるのはいいが……。 まいったな、よく考えれば待ち合わせの目印がなにもない。 面倒だが一度村に戻って……いや待てよ、あれでいいか。
「ばーすとれくいえむ」
ばーすとれくいえむを、寂しげな夜空へ。
これでチョリスに俺の位置がわかるだろう。 いやしかし、最強魔法ばーすとれくいえむを排尿の如き頻度で垂れ流しているな。 まぁ言っても花火みたいなものだし、魔力が底を尽きる気配もないし、近隣住人達も喜んで拝んでいることだろう。
「ミッナトゥーん! またせたなぁっ! 」
身に付けたものをガシャガシャ言わせながら、ランタンを手に持って懸命に走ってくるアホの姿が見える。
「おう、チョリーッス。 遅かったな」
なんなんだこいつは、山一つ登るだけで装備と荷物が多すぎるだろう。
「見てるだけで重苦しいぞ。 装備を全部捨てろチョリス」
「え? いや、アイテムボックスに入りきらねぇんだ。 この山越えて帰ってくるのは結構大変なんだよ」
「知るか。 全部脱げ」
「……ちょ、ちょっとその前に突っ込ませてくれ。 どうしてゴブリンがマッサージを施行してるんだ」
「ん? こいつらがどうしてもというから揉ませてやってるんだ」
「ゴブリン全員、苦悶の表情に見えるんだが」
「もう30分以上揉ませてるからな。 さすがに疲れたか? ……そうだ。 俺をマッサージしてるゴブリンをマッサージしてやってくれないか」
「すまん、地獄の連鎖に俺を組み込まないでくれ」
「友達の頼みを断るのか? ……まぁいい、じゃあこいつらは逃してや——」
——ドスッ! ザシュッ!
——チョリスが斬った。 腰から抜いた剣で、俺の肩を揉んでいたゴブリンの胸を突き、首を跳ねた。
【ギャーーーッ! 】
「ゴブ太郎ーーーッ! 」
「なんだよミナト、ゴブリンに名前なんか付けて……。 ハハッ」
——ドシュ、ザシュッ! ザシュッ! グシャ!
「あぁ、ゴブ次郎、リン三郎っ……! チョリス貴様ッ……。 それでも人間かーッ」
チョリスはヘラヘラと笑いながら鞄からロープを取り出し、ゴブリンの頭に生えているトサカのような毛の部分に結ぶと、手際よくロープを腰に巻き付けた。
【チョリスくんが壊れた……? 】
「何やってるんだチョリスお前」
「え? あぁ、この山、夜は特に色んなゴブリンが出るからさ、こうやって生首を腰にぶら下げておくと寄ってこないんだよ」
「すまん、その文化にはまだ適応できそうにない。 それだけは勘弁してくれないか。 頼む」
怪訝な表情をしつつ、チョリスは腰に巻き付けた生首を外し、キーパーのゴールキックみたいにして山の奥に蹴り込んだ。
「ガキの頃はよく競ったなァ。 ゴブリンの生首をどこまで蹴り飛ばせるか」
【こういうナチュラルな異文化が一番怖いんすよ。 こっちからしたらサイコ野郎じゃないですか】
なるほど。 これが異文化コミュニケーションというやつか。 俺たちはやっと入り口に立ったレベルみたいだな。
「装備重いだろチョリス。 俺がいるんだから大丈夫だ、捨てていけ。 それから寄ってくるゴブリンも俺が追っ払うから気にするな」
「……ダメだよ、俺はミナトに街を案内したら一人で帰ってこなきゃならないんだ。 この装備は必要だ」
「さっさと脱げ。どうしても必要だと言うなら俺のアイテムボックスに入れておけばいい」
……俺が出したタンスに全部しまったな。 何故か服まで脱いだ。 そしてパンツ一丁で頼りなさげな瞳を向けてくる。 別にそこまでしなくても良かったんだが……。
「ではこれを着ておけ。 変装にも適してるだろう」
「ん……? なんだこの服は。 シンプルでイカしてるが、逆に目立たないか……? 」
俺が高校の時に着ていた学ランだ。 ふむ、なかなか似合っているじゃないか……チョリスもまんざらでもない様子だ。
「似合うぞチョリス。 だが前のボタンは全部閉めろ、学ランで着崩しなんか楽しむもんじゃない」
学ランチョリスの先導で山を登る。
いやはや、なんとも胸が踊るな……。 煉瓦造りの綺麗な街だと言っていたが、まさに中世ヨーロッパ風の異世界と言ったロケーションなんだろう。 街に着いたら真っ先に宿を取り、さいかわを発掘できたら出会って五分で合体を目標にするか。
「魔物の気配が全くない。 ゴブリンすら寄り付かないな……。 警戒しなくて良さそうだ! ミナトの魔力にビビってるんだきっと。 快適でいいや」
「つまりお前は虎の威を借る卑しい下等生物ということか」
そういえば、ロー村の愚民どもがどうして着ぐるみを着て生活しているのかを聞き逃していた。 チョリスはあの村での生活が長いから知っているだろう。
「ん? あぁ。 ありゃあな、〝聖獣・ベオウルフ〟の仮装だよ」
俺が尋ねると、振り返って答えた。
顔が辛そうで息も上がっている。
「手短に話してくれ」
「いいんだが、ミナト。 ……少し座らないか? ここからもっと道が険しくなるし、息が切れちまってさ」
仕方ないか。 では焚き火でもするとしよう、月明かりとランタンだけじゃ心許ないからな。
まず現世のコンビニから100円ライターと新聞紙を拝借、異現結の穴を駅ビルに繋ぎ、お洒落なカフェでスカしてるボンクラどもから買ったばかりのコーヒーをスティール。
「ほら、チョリス。 休憩中はこれを飲め」
ちょうど腰を掛けられそうな石があったので座り、向き合った。
「なんだ……? これは」
「俺も初めて飲むが、これは意識高い系御用達のコーヒーだ。 味は恐らく普通以下だが、そのカップに記されたオシャレなロゴから発生するブランド料金で、中身の数倍以上の値段がつく」
「何言ってるかわからないけど……。 すごく香ばしい香りがする。 んっ! うまい! 美味いなこれ! ありがとうミナト、あったまるなぁ」
「貴様……。 よく見ればそのカップが異常に似合うじゃないか。 それを飲みこなす男には頭の足りない女が寄ってくるぞ」
「……え? あの、ロー村の話していいか? 」
「手短に話せと言っているだろう。 八つ裂きにして遺棄するぞクソッタレが」
「わ、悪い。 えっと、少し説明が長くなるんだが……ステータス・オープン」
ふむ、いつだったかグラスタがやったように、この世界のマップを表示させた。 俺のステータスウィンドウにもマップを出すことが出来るのだろうか? あとでやってみよう。
「昔な、このロー村の周辺は魔王に狙われてたんだ」
昔……。 先代の魔王か?
「昔の転生者ってのはさ、大体決まった地点からスタートしていたらしいんだ。 転生者から統計を取ると、そのスタート地点というのが浮き彫りになった」
マップに赤い矢印が六点表示された。 大陸の端、東西南北に均等に分かれている。 その中に俺がスタートしたあたり……つまりロー村の外れにあった【始まりの草原】も示されている。
「かつてアスカトラも、魔王軍も、この六点を抑えようとした」
「アスカトラ? なんだそれは」
「あ、そうか。 アスカトラ帝国は、この大陸で一番力を持ってる……。 地理的にも、権力的にも、世界の中心に座ってる国だ」
「ほー。 つまり魔王軍も人族も、高ステータスの転生者をスタート地点で捕まえようとしたのか」
「そう。 アスカトラ帝国を中心とした連合国軍は転生者を懐柔するため、魔王軍はその芽を摘むため。 ……ミナトはロー村の近くででスタートしたんだろう? 」
「あぁ、そうだ」
「ロー村があるこの国は、スタート地点の中じゃ一番の辺境だ。 どうしてだか転生者のステータス水準も低くて、はっきり言えば軍事力も資源も大陸で最低レベル。 アスカトラとしても優先順位が低かったから、ある意味野放しの状態だった。 そこに目をつけた魔王軍が迷宮をおっ建てて、強力な魔物をガンガン解き放ったんだ」
ふむ……。 意気揚々とやってきた転生者も、序盤で強力な魔物に出くわしたら堪らんだろうな。
「この国の騎士団や冒険者が対応に当たったが、手が足りず劣勢になった。 当然ロー村の人達も生活を脅かされていたんだが、そこに現れたのが〝聖獣・ベオウルフ〟って訳さ」
「ふむ、そこで繋がってくるのか。 聖獣ということは魔物と戦ってくれるんだろ? 騎士団や冒険者に援軍が来たようなもんだ」
「そう。 大規模な魔物の侵攻に襲われたロー村を、たった二匹のベオウルフが瞬く間に追い払った。 そして、村の近くに建てられた迷宮に潜っていってその稼働を止めた」
なるほど。 迷宮を建てるとか、稼働を止めるとかよくわからんワードも出てきたが……話は伝わった。 ベオウルフはそのエピソードで村人から神格化され、信仰の対象になったのだろう。
「それ以来、ロー村ではベオウルフが守り神として祀られてる。 年に一度のあそこで着ぐるみを着ている村人は、みんな信仰心で仮装をしているんだ」
「なるほど! そんな歴史があったんだな。 着ぐるみを着ていないやつはよそ者って事か」
「まぁ、そうだな。 あとは信仰心が薄れて仮装をやめた奴らもいる。 大昔の伝承だからな、当時の人間は一人も残ってないし」
「分かりやすい説明だった。 ありがとうなチョリス、ところで……。 俺が今いるこの弱小国は何という名なんだ? 」
「パラリラ王国だ」
「ガチで弱そうだな」




