第二十二話『唐突な旅立ち』
……落ち着いたというより、寝静まった。 大半は俺に鬱陶しいくらいの謝辞を述べて家に帰って行ったし、居残ってどんちゃん騒ぎをしていた貧乏人どもは火の周りを囲んでグッスリ寝てるか、呑んだくれが何人かブツブツ独り言を喋っているくらいのもんだ。
ネロとカルネが眠そうにしていたので、ネロはお姫様抱っこ、カルネは肩車をして家のベッドに運んでやった。
仕事が終わったチョリスは余った食材をふんだんに使い、デタラメな鉄板焼きをやって酒のつまみにしている。 ずっと缶ビールを手放さないので、相当気に入ったようだ。
「み、みなと……しゃまぁ……」
おっと!? さいかわドラゴンのマリモが戻ってきたか。 ……ずいぶんゲッソリしたな、満身創痍といったご様子だ。 申し訳ないがすっかり忘れていた。 よく帰ってきたな……。
「まりも……。 ご苦労様だった。 ずいぶん痩せ細ったようだが危険な目にでも合ったのか。 俺のさいかわレオちゃんは無事に帰れたか?」
「ふしゅー、ふしゅー、ふしゅー……」
意識が朦朧としてるな。 喋る気力すら残ってないようだし、むっちりとしたピンクのボディが嘘のように痩せ細り、いまやスカルドラゴンの様相を呈している。 俺のさいかわドラゴンは相当燃費が悪いらしいな……。
「治癒魔法でもいいが、腹が減ったろう? 食材が余ってるから全部食っていいぞ。 ちょっと待ってろ! 今調理してやる」
残りの食材をスキルなしでごちゃ混ぜに焼いてやったら一心不乱に食べ始めた。マリモはデッカイ身体になるからエネルギー効率が悪いのだろう。 エサ代が現世のスーパーに大打撃を与えそうだから、この世界での食料調達を考えなくてはいけない。
「お粗末っ! 」
「……ん? ミナト、その子が受け取りに行くって言ってた例のドラゴンか? 初めて見る種だ。 すごくかわいいなぁ」
さいかわ剣士のレオはマリモの正体を見破ったが、チョリスは知らないみたいだな。
「俺のさいかわに下卑た視線を浴びせるんじゃない。 教育に悪いだろうが。 さぁそろそろ片付けをするぞ、レンタル器具を返さないといけないからな」
「あ、そうだな! 今片付ける。 でも、その前にミナト……」
なんだ? また土下座なんかしやがったか……。 これにまったくうんざりさせられる。
「ミナトっ……! 本当に今日は、俺のわがままを聞いてくれてありがとうございましたっ。 どれだけ感謝しても足りねぇ……! 本当に、本当にありがとうっ……! 俺は、俺はっ……」
なぜ泣くんだこいつは。 転生者によるただのチート、そんな事は一番近くで目の当たりにしてる筈だろう……。
「 おい、顔を上げろよデコ助野郎」
「……わりぃ、俺はバカだから、もうこれ以上の言葉が出てこねぇ。 頭を下げて、お前に感謝を示すことしか……」
「わかったから今すぐに立ってくれ。 そして今後一切、俺の前でその無様な姿を晒さないと誓って欲しい。俺は土下座が大嫌いだし、されても不愉快なだけだ。 それにお前の感謝が欲しくてミナト祭を開いたわけじゃないんだぞ。 勘違いするなよデコ助野郎」
「でも俺はっ……! 」
「うるさい。 さっき故郷からお前の大好きな日本酒をかっぱらった。 ビールはお腹いっぱいだろう? ほら、二人で飲みながら片付けるぞ。 デコ助野郎」
◇
——よし……。 屋台の器具は借りた時とほぼ同じくらいの綺麗さになった。 しかしチョリスはなかなか仕事が早くて優秀だ。 というよりも、俺より全然手際がよかったな。 きっと元来器用なやつなんだろう。 さてと……。 屋台をアイテムボックスの引き出しから、現世へ返却するか。
「チョリッス! 屋台をレンタルした者なんだが、どこに返せばいい? 」
「なっ、なんだお前はっ! 」
現世の祭り会場は文字通り祭りのあと、と言った様子で、和やかなムードで片付けをしている所だった。屋台が壊れないよう慎重に搬出し、ついでに余っていたヨーヨー釣りのヨーヨーを大量にいただいた。
「よし。 片付けは全部終わったな」
「ん? なんだそれは、可愛い風船だな」
「あぁ、これは祭りの『余韻』を楽しむアイテムだ。 子供たちが起きたら持って帰れるようにな」
「へぇ。 じゃあみんなが寝てるところに置いておこう! よろこぶぞ〜」
「よし、お前が所属してるギルドがある街に行くぞ。 〝クラプトン〟と言ったか? さっさと支度しろ」
「おう! 今支度して……えっ!? 今からか!? 」
「何を呆気にとられてる。 夜の方がお前も都合がいいだろう。 顔バレしたくないんだろ? 」
「いや、いいんだが。 明日の朝出るものとばっかり……」
「そんなにのんびりしていたら『展開が遅い』と文句を言われるだろうが」
「……どういう意味だ?」
【クレームくるほど読まれてないから平気ですよ】
「いいからさっさと支度をして来い。 俺はネロに挨拶をしてから出る。 向こうの山を越えた先にあるんだろう? 麓で待ち合わせよう」
「ちょ、ちょっと待った! 昨日の話に出てたが、俺の代わりにロー村を守る用心棒は……。 そっちで飯を食ってるちっこいドラゴンがやるのか? 」
「そうだ」
「いや、大丈夫なのか……? 」
なるほど、チョリスめ露骨に疑っている表情を隠そうともしないな。
「おいまりも、ちょっとこっちにきてくれ」
パンパンに膨れ上がったお腹を抱えながらふらふらと飛んでくる。
「げぷっ。 なんでしょ? みなとしゃま」
「まきしまむひーりんぐぶらすたぁっ! 」
「あっ! 治癒魔法ありがとございますぅ。 まりょくが戻りまひた! 」
全快してニッコニコのマリモにチョリスを紹介してやった。
「おうおう、ちょりすっていうのかぁ? ミナトさまの一番弟子はボクだからなぁ? ボクのがセンパイだぞぉ? おぅい、わかってるのかちょりすぅ」
【まりも、とんだマウンティングドラゴンですね】
家族に序列を付ける犬っころみたいなもんか? まりももまだまだ犬レベルと言うことか。 しっかり教育してやらんとな。
……ん? チョリスが口を全開にして面白い顔をしている。
「どっ、どっ、ドッ……。 ドラゴンが喋ってるゔぅぅぅぅう!! 」
「やかましいぞ虫けら。 お前だんだんリアクションがオーバーになっていくな……。 気持ちよく寝ている愚民どもが起きてしまうだろうが」
やれやれ。 アホヅラを修正する余裕もないか。
「まりも、こいつに巨大化を見せてやれ」
「りょうかいでしゅっ! ドギモをぬかれるなよちょりすぅ。 見てろよぉ〜? ちょりす〜。 おい〜、聞いてるのか〜? 」
「早くやれ」
「あ、はいっ! とぉりゃっ! 」
いい巨大化だ。 酔っ払っていた奴らが二、三人全力で逃げていったし、チョリスは腰を抜かして地べたに座り込んでしまった。
「このまりもがロー村の一日用心棒に就任する。 不服か? チョリス」
言葉が出ないか……。 しかし顔をブンブン横に振っているな。 不満はないようだ。
まりもが元の大きさに戻り、チョリスの眼前でホバリングしながらドヤ顔を決め込んでいる。
「な、なんなんだ……。 このドラゴンは」
「ボクかぁ? ボクはカミダ。 カミダマリモだっ。 しがない一匹のどらごんしゃっ」




