第一話『始まりの草原で魔王を手懐けた漢。』
「やはり大草原スタートか」
どこまでも続く草原。 遠くには一帯を取り囲むように連なった山々が見える。 雲一つない晴天を背景に巨大なドラゴンも飛んでいる。 初期装備は両袖の破けた白Tシャツにデニムか……悪くない。 手始めにドラゴンでもサクッと狩ってみるか? いやしかし……その前に。
「ステータス・オープン! 」
俺の前方に巨大なウィンドウが展開した。
野球場の電光掲示板くらいあるだろうか? 至近距離では何がなんだかわからんから俺が下がるしかないのか。
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かみだ! みなと くん! (きょうねん28さい)
しゅぞく ひとぞく
しょくぎょう ちーたー
れべる いち
こうげき 999999999999
ぼうぎょ 999899999999
たいりょく 999999999999
はやさ 999999999
まりょく 9999999999999999969
まほうぼうぎょ 9999999995599999
うん 99999999999
とくしゅすきる ・ たくさんありすぎてひょうじできまて〜ん。
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……開始早々ステータスウィンドウにバカにされるとはな。 しかしチートである事はひしひしと伝わってくる。 まぁ、ぶっちゃけそれさえ分かればどんな表現でも同じか。
「どうやって消すんだ」
右上に『とじる』と表示されたコマンドがあるが届くわけがない。 しかし身体能力も上がっている筈だからジャンプしたら届くかもしれん。
◇
Tシャツから絞れるほど汗をかいたが、やっとの思いでステータスウィンドウは閉じた。 お陰で魔力によって身体能力を強化するコツも掴めたな。 さぁ街はどこだろうか? 面倒だが少し歩くか。
【レベルアップしました】
【レベルアップしました】
【レベルアップしました】
「うるさいぞッ! 」
三歩歩くとレベルが上がるスキルのアナウンスがクソ邪魔だ。 脳内がうるさくて仕方ない。 どれ、再びステータスウィンドウを表示させてと。 なんかヘルプ的なコマンドはないのか……。
「おいヘルプはないのか」
【何かご用ですか】
苦し紛れに声を出してみたらウィンドウにアニメキャラみたいな可愛い女の子が表示された。 胸から上しか映ってないが、メイドっぽい服だ。
「レベルアップを非通知にする方法はあるか」
【音声でガイドします。 まずはステータス・ウィンドウを左にスワイプしてください】
「こうか? 」
【そっちは右ですよ。 ウチの玄関を出て薬局がある方が左です】
「ボケているのか? お前の家を基準にするな」
【左右がわからないのはボケじゃないんですか】
怒りを押し殺し、音声に従ってステータスウィンドウのコマンド『設定』からレベルアップの通知をオフにした。何せウィンドウがデカすぎてタッチするのも一苦労だ。
……おっと、様子が変だ。 今の今までカラッとした晴天だったのに、突然周囲が暗くなったぞ。 瞬く間に暗雲が立ち込めて雷が鳴り始めた。
ゴロゴロ……! ピシャァ! ゴロゴロ……。
何かがこっちに来る。 なんとなく分かるが、そこそこ魔力が高い奴だ。
「よぉ、お前は漂流者だな」
突然なんだこいつは? ……しかしデカイな。 体長は三メートル以上あるだろう。 かなり人間に近い顔だが、顔面の左側には変な紋様が刻まれていて頭にはツノが生えている。 身体も人間の頭身に近いが、鎧のような皮膚と獣みたいな体毛。
俺の前方上空で、薄ら笑いを浮かべながら真っ黒い翼を羽ばたかせてホバリングしている。
「ドリフター? お前は誰だ? 」
「俺はこの世界の魔王だ……。 とんでもない奴が転生してきたと情報が入ってな」
おいどんなクソゲーだ。 まだ初期装備の白Tシャツだぞ。
「お前が魔王か。 俺は来たばかりでなんの情報もない。レベルも低い。 頼む、まだ殺さないでくれ」
まさかスタート地点で魔王に命乞いをさせられるとはな。 げんなりだ。 何かこの状況を打破できるアイテムはないのか……。 ん? デニムのケツポケットに何か入っている! 取り出してみよう。
「魔王、チートの俺を初期装備のうちに殺したかったか? 残念だったな。 これを見てみな」
「ん? 一体なんだこれは」
「誰かがシャケおにぎりを買った時のレシートと残機4のキャラメルだ。 気付かずに洗濯したら大惨事になっていた」
俺の前に降り立ち、首を傾げた魔王は突然無表情になり、瞳の色が緋色に変わった。 なんだ? おデコに変な文字が刻印され、青白く光っている。
「なんだと……。 その文字列はっ……! 」
俺が前世で有名になった時のために練習していたサインだ。 大学ノートを一冊無駄にしただけで、使う機会は一度もなく死んだけどな。
一瞬にして空が晴れ渡った。 それと同時に魔王が俺の隣に座り込む。 なるほど……。 これは神に発注した『魔王を手なずけるスキル』が発動したのだな。 ふむ、チートの極致とも言えるスキルだが、一体何というスキルなのだろう。
【『最終皇帝の寵愛』です】
なに……? ヘルプの音声が脳内に直接……?
「座れば? 漂流者」
「言われなくても疲れたから座るが、まずはその無駄にデカイ翼を畳め。 貴様は電車で足を広げて座るジジイか」
「あ、ワリィ。 邪魔だよな」
畳まなかったら殺そうかと思ったが、迅速に畳んだ。 俺が隣に並んで座ると、魔王はどこからか葉巻を取り出して吸い始める。 鮮やかな色の蝶々が魔王のツノに止まった。
「お前も吸うか? ドリフター」
「いや、俺はタバコが嫌いだからな」
しかし、ビスケットのような、とても甘くて香ばしい匂いがする。 現世であれだけ忌々しかった副流煙だが……これはむしろ心地よい。
「こっちの葉巻は地球とは全然違うぜ? 試しに吸ってみたらいいじゃんよ」
「ふむ、じゃあ一本いただこうか」
しばらく二人で甘い香りを楽しむ。 大自然のロケーションは最高だし、そよ風が心地よいな。
「おい魔王。『こっちの葉巻は地球とは違う』と言ったが……。 お前もまさか転生者なんじゃないだろうな?」
「ん? あー……。 勘がいいな、その通りだ。 地球から転生してきた人間を、こっちじゃ【漂流者】って呼ぶんだぜ。 俺も元ドリフターだ」
「ふむ、ドリフターか。 なぜお前は魔王に? 」
「どうしても魔王になりたくてさ、魔王カッケェじゃん」
「まぁ、悪役に感情移入する人間も一定数いるからな。 否定はしない。 お前は魔王になるまでどのくらいかかったんだ? 」
「えっと……八十年ちょっとだったかなぁ。 あんまり覚えてねぇや。 最初は魔王城の雑用でさ、 二十五年目くらいで悪魔と契約魔法を交わして……。 まぁ下克上ってやつよ」
「なるほど。 名前は? 」
「グラスタ。 魔王グラスタ」
「俺はカミダ。 カミダ・ミナトだ」
「おう、よろしくなミナト」
俺と魔王は始まりの草原で握手を交わした。
「俺はこの世界の事を全然知らないから教えてくれないか」
「おう、いいよ。 触りくらいなら」
「魔王にチュートリアルをやらせるのは俺くらいだろうな」
グラスタが指を振るとウィンドウが展開し、マップのようなものが映し出された。 真ん中に巨大な大陸があり、その周囲に大きな島が八つある。
「中央のデッケー大陸、その中心に世界を牛耳ってる王国の都がある。 ほんで現在地は……ここ」
ほう……。 大陸の右下の隅っこに赤い矢印が出た。 そこが現在地か、随分と端っこからスタートさせたな神のジジイめ。 例のPR映像で見たさいかわ王女の国はどこだろうな。「辺境の小国で、海に面している」ヒントはそれだけだ。 条件で言えばこの国も該当するが……。
「妖精と獣人とエルフが住んでいるのはどの辺りだ? 」
「え、なんで? 」
「まずは異種族のさいかわをお気に入り登録しておきたい」
「さいかわ? 」
「さいかわとは『最もかわいい』『最強にかわいい』 それすなわち……『神』と同義だ」
「よくわかんねぇけど……。 ミナトはハーレムしに来たのか? 」
「しに来ない奴なんているのか? 」
◇
グラスタの話を聞く限りでは、かなり遊び甲斐がありそうな世界だ。
中央の一番大きな大陸は人族が暮らす土地で、その周囲に浮かぶ大小様々な八つの島々に、各異種族が暮らしている。 つまり異種族のさいかわをお気に入り登録するには、海を渡らなくてはいけないという事だ。 冒険のしがいがある。
「お前の根城……。 魔王城はどこにある」
グラスタは指を振ってマップをスライドさせた。
「この島だ。 人族が支配する大陸の……まぁ四分の一くらいだな」
「遠いし随分とこじんまりしているな。 人間の住む大陸に侵攻しないのか? 」
「ちょっとずつしてるよ。 迷宮に魔物ガンガン配置して冒険者殺しまくってる。 国が傾いたら襲撃してさ。 でもまぁ、本丸を落とすのはタイミングが重要だから」
「なるほど。 なぁグラスタ、今すぐお前が使える最強の魔法見せてくれないか? 」
魔王の攻撃魔法かっこよさそうだし、世界最強レベルに強いだろう。ぜひとも序盤でコピーしておきたい。
「そんなことしたら山が吹っ飛んじまうぞ? さっき見たけど動物がいっぱいいるんだよあの辺の山」
「いいだろ、お前は魔王なんだから」
「う〜ん、向かってくる人間とかは殺すけど〜。 罪もない動物は殺したくないなァ。 自然も好きだし」
「魔王の癖にハンパな道徳心を持つな腑抜け野郎が」