第十五話『〝ディラン〟 という人種』
「カミダ・ミナト……。 なんだこの服は」
「ミナトでいい。 それはな、俺が昔実家で愛用していたボクサーブリーフと、ヨレヨレのTシャツだ」
「なにを言っているかまったくわからないけど。 とっても楽チンでいいな、ありがとう。 ……ところでキミは服を着ないのかい? 」
「あぁ、服を着ないというのは気持ちがいいからな。 お前が俺のおちんちんをチラチラ見てくる事にも筆舌にし難い興奮、奇妙な昂りを覚えている」
「そ、そうか……。 いや、好きにすればいいけど」
【恥ずかしくないんですか? 〝さいかわちゃん〟にそんな粗末なものを見られて】
誰の陰茎がグレネードランチャーだって? ……それにしてもレオはありがとうを自然に言えて、ちゃんと人の意思を尊重できる子だな。 かなり好きだ。
しっかし本当にたまらんな、男物のパンツと部屋着のスタイルは。
『ギャルと勢いでセックスして、一回戦終了後に自分のパンツや部屋着を勝手に着られた。 脱がしやすい上に遠慮がいらないから、いつでも二回戦に移行が可能』
そんな夢のような状況を疑似体験できる。 思った通りのちんぽエレクト率だ。 少し考えたが、ここでフリフリのワンピースを着せたりメイド服を着せたりする想像力の足りないミーハー野郎は、三流以下の素人と言わざるを得ない。
「しかし騎士団全員、綺麗さっぱり逃げ失せたな」
「そうだね。 治癒魔法ありがとうカミダ・ミナト。 お陰様で全快したよ」
「ミナトでいいと言っただろう。 ディランがどうとか話していたな、聞いてやるから手短に頼む」
「聞いてやるって……。 別に僕は——」
「そういうごまかしはいらん。 『ぼくはディランの末裔だから——』とか言ってたな? あれは確実に聞いてくれアピールだった。じゃなきゃこんな顔をして『ぼくはでぃらんのまつえーだからぁん』なんて言わんだろ 」
「そ、そんな言い方してないっ! そんな気持ち悪い顔もしてないぞっ! 」
レオは恥ずかしそうに俯いてから、ヒラヒラと飛んでいる鮮やかな蝶々をしばらく目で追った。 そして俺の目をじっと見つめてくる。 陽の光を透過する緋色の瞳が美しかった。
「じゃあ……。 聞いてもらおうかな。 今回の失敗で僕の夢は潰えて、もう死んだも同然だしね」
夢が潰えて死んだも同然。
こいつも『将来の夢』の信者だったか。
夢を持てとか、夢を持って頑張ってる奴が偉い、という風潮は現世にもあったが……。 そんなものなくたって足元の幸せさえ拾っていれば十二分に人生を満喫できるんだがな。
まぁ俺には夢もなかったし、足元にもウンコみたいな絶望しか転がってなかったが。
「僕はディランの末裔なのだけど、この世界ではとても身分が低いんだ」
世界最強の男には貧乏人とか嫌われ者とか身分が低いとか、そんなのばかり寄ってくるのか?
「今日は命懸けで頑張った。 元々はキミが王都への同行を拒んだ時には力ずくで連れて行くと決まっていて、その前衛を張るのが僕の任務だった。 うまくいけば騎士団への入団許可が下りて、中隊長以上の階級が確約されてたんだよ」
コイツ、ここぞとばかりに嫌味ったらしく成功パターンを語り出したな。 夢が潰えたとか死んだも同然とか、その辺の前振りがガッツリ効いてきているじゃないか。
「夢を壊してすまなかったな。 しかし率直に言って、お前は『捨て駒』のような扱いをされているように見えたぞ? あんな扱いを受けてまで騎士団に入りたいのか」
「ディランを捨て駒にするのは、騎士団からすれば合理的な作戦だ。 まずこの国にはね。 騎冒工農商という、暗黙の身分制度がある」
きぼうのうこうしょう。 貴族や騎士団、その次の『ぼう』は冒険者だろうか。
「お前は冒険者の身なりだっただろう。 位が高いんじゃないか」
「ディランはその階級制度にも入らない、さらに下の『エル』という身分だ。 だから冒険者としてギルドにも登録できないし、騎士団なんか本来、もってのほかでね」
騎士団よりも強くてもギルドに登録出来ないのか。 確かにどの世界でも上に立ちたい奴はいる。 身分制度だって表向きには廃止されていたが、現代にも脈々と受け継がれていたようなものだ。 やれやれだが仕方のないことだろうな。
「この世界は強ければ身分の差など簡単にひっくり返せるだろう。 お前は押し寄せた騎士団の中でも一際強かった。 俺の魔法を止めたしな」
「強くても……。 簡単にはひっくり返らない現実がある」
「どうして差別されているんだ」
「ディランというのはね。 かつて異種族と手を組んで、人族に戦争を仕掛けた人族の事だ。 ミナトはウィンドウに表示される世界マップを見たかい? この大陸が人族の支配下にあることは知っている? 」
「あぁ、なんとなく知っている」
これは多分、魔王が言っていたあれだ。 武力で大陸の実権を握った人族VS、それに不信感を抱いた異種族。 つまり、異種族の味方をした人族もいたって事なのか。
「帝国軍と反乱軍の戦いになったんだけれど、兵力の差は歴然だったそうだ。 その戦力差を少しでも埋めるために、『強さ』を求めて『炎の精霊』と契約を交わした12人の戦士がいた。 彼らが〝ディラン〟を名乗ったんだ」
「ほう……! 面白いな。 その戦士たちの末裔だからお前は強いのか」
「うん。 炎の精霊との契約が子孫にも受け継がれているんだよ。 だから普通の人族とは扱う魔法の質が違うし、ディランはみな、髪が赤くなる」
レオは自分の前髪を一掴みして揺すった。
ダメ元で「髪留めを外してみてくれ」と頼んでみると、「どうして」と訝しげな表情をしながらも外してくれた。 レオが頭を二、三度振ると、美しくしなやかな赤毛がふわりと踊り、すっと肩に降りる。
——くそったれ! さいかわポイント急上昇ムーブに胸が弾んじまう。 髪を下ろすとさらに可愛いぞこんちくしょうめ。
「簡単に言えば昔の戦犯だからいまだに差別を受けているのか。 まぁ歴史的に見ても戦に負けた側に発言権はないしな。 ところで精霊との契約というのはどんなものなんだ? 」
◇
……しばらく聞いていたが、なかなか興味深い話だった。
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①炎の精霊との契約は千年で、十数世代にまで及ぶ。
②子孫たちは先祖がした契約を継承し続け、強力な力を得る代わりに、二十二〜三歳までしか生きられない。
③契約者同士なら90%、母側のみディランの場合は50%、父側のみの場合は25%くらいの確率で赤毛の子が産まれてくる。
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大陸でイキり始めた人族に反旗を翻し、大きなリスクを背負って戦ったディラン。テロ行為やゲリラ戦で何百人も同種族である人族を殺した。 大規模な反乱を起こした事で、ディランは「反逆者」のレッテルを貼られ、代々受け継がれていく赤い毛は忌まわしい「テロリスト」の象徴として扱われるようになった。
「僕の暮らしている街では、『悪さばかりしていると赤毛になるぞ』 なんて言うんだよ。 子供に」
「ふむ。 大人は面白い事を言うなぁ」
「……キミはなにをしているんだ? 」
「レオ……。 実はな、俺には幼い頃に死んでしまった妹がいるんだ。 お前がその妹にそっくりでな」
「そ、そうなのか……。 その手に持っている服は? 」
「あぁ、俺が妹にプレゼントしようと手作りしたメイド服とウサ耳だ。 渡す前に死んでしまった。 ……ここまで言えばわかるよな? 」
「え? 」
「物分かりが悪いな。 ちょっとこれに着替えてくれないか」
「そ、そうか……! うん、わかった。 ミナト、キミも癒えない傷を抱えているのだな……! 」




