第十話『魔王氏、ドラゴン配達人として再来』
ドラゴンもギルドのある街も楽しみ過ぎて一杯引っ掛けたくなってくるな。しかし我慢だ、街に酒場もあるだろうし、楽しみはいっぺんに味あわせてもらうとしよう。
「よし! とりあえず俺はドラゴンの受け取りに行く。 チョリスは仕事に戻るか?」
「あぁ、そうするよ。 夜には戻ってくる! 改めて、昨日は本当にありがとうよミナト! またなっ! 」
やっぱり律儀でいい奴だ。 変な髪型とメガネを除けば。
そのままチョリスを玄関先で見送ると、カルネが錆びたクワを使って準備体操を始めたので、開店前のホームセンターから新品のクワとスコップと草刈り鎌を拝借してプレゼントしてやった。
「カルネ、畑仕事に精を出せよ。 今までネロに貰ってきた愛情を、倍にして返すつもりで頑張ろうな」
「もちろんですっ! ミナト様! 」
「ネロ、今晩は『オクトパス・ボール』を振舞ってやる。 楽しみにしておけ」
俺が頭を撫でてやると、顔をくしゃっと綻ばせてから口を尖らせた。 天使の所作だ。
「ミナトお兄ちゃん。 おくとぱる、ぼうるって? 」
「おくとぱす、ぼーるだ。 なんだかどうしても食いたくなってな。 作るのも楽しいから一緒にやろう」
さて……。 ドラゴンの引き渡しは【始まりの草原】だ。 てくてく歩いて昨日の草原に戻るか。 そういえば昨晩からリアが全然首を突っ込んでこないな……。 おいリア、起きているのか?
【ミナトさんおはようございま〜す。 やっと絡んでくれましたね? 私はすでにギンギンですよ】
それは良かった。 ただの生存確認だからもう寝ていいぞ。
【もうっ。 私が居ないと何もできない癖にっ】
おっと、昨日見たデカいドラゴンもまた飛んでるな。 赤いしデカイし臭そうだし全く可愛くない。 忌々しいのでバーストレクイエムをぶっ放してもいいが……。 あっちは昨日グラスタが飛んできた方向だからやめとくか。
◇
さて、昨日の始まりの草原に着いたはいいが……。 朝だからな、さすがにまだ魔王は来ないだろう。 しかし楽しみだ、背中に乗れるさいかわドラゴン。
◇
……暇だな。 雲や蝶々を目で追いかけるのも飽きた。 ところでリア、魔法というのは自分からも覚えられるのか?
【覚えられます。 アイテムボックス内に入っている『魔道書』を読めば、様々な魔法を】
ふむ……。 勉強か、それは面倒だからやめよう。
【出会った人の魔法をコピーしていく方が楽しいかと】
その通りだ。 それが楽しそうだと思って神の爺さんに発注した訳だしな。
おっと? 高い魔力が近づいて来てる。 昨日感じた魔力と同じ、間違いなくグラスタだ。 あいつ昨日は空を曇らせて雷ゴロゴロ言わせてカマしてきた癖に、ずいぶんと日和ったもんだな。
「おーい、お疲れぇ、ミナトー! 」
「お疲れェじゃないだろ、陽キャ大学生かお前は」
ふむ、手ぶらのように見える。 なんらかの事情でドラゴンを持ってきていないのならこの場でぶっ殺す。遅かれ早かれ殺らなきゃならない魔王だしな。
「随分早いじゃないか、ご苦労だったなグラスタ。 お前忙しいんだろう? 」
「……え? 別に忙しくねーよ。 最近暇だって言ったろ」
「そうなのか? お前の部下のガイコツ野郎が多忙だなんだと吹かしてやがったぞ」
「あぁ〜……。 あいつ本当に融通効かないんだよなぁ。 たぶん魔王っていう、自分達のボスを軽く見られたくないんだろ」
「なるほどな。 そんな事はどうでもいいから早く発注したピンク色のさいかわドラゴンを出せ」
「おっ、そうかそうか。 そうだった。 おい、出てこいマリリン。 照れてないでほら」
ほう……グラスタに生えた漆黒の翼から、サーモンピンクの愛らしいドラゴンがひょっこり顔を出した。 まるっこくて予想以上の可愛さだ……。
「おい近う寄れ、さいかわドラゴン。 俺はミナト。 カミダミナト。 しがない一人のチートドリフターであり、お前の主人となる男だ」
「クェーッ! クエッ! クエッ! 」
これまた予想以上に懐かれるな……。 魔物を手なずけるスキルは発動させてない筈だが、既に左頬がピンポイントでゲリラ豪雨に降られたみたいに濡れている。 べろべろと舐め回されている。 唾液がグレープフルーツみたいな匂いなのもポイントが高い。
「クエッ! クエッ! クェー」
ふむ、鳴き声がクエッ!なのもキャッチーで素晴らしいな。 おそらくコイツの糞はパチンコ玉サイズの、チョコレートでコーティングされたピーナッツに違いない。
「ミナト。 そいつ今は喋れないけど、年重ねたら人語を操るようになるよ」
「……なに? それは本当か、嘘だと分かったら即座に魔王城を魔物たちの血で浅漬けにするぞ」
「本当だよ。 そいつは聖獣だからさ」
「性獣……だと……!? 」
「聖なる方の聖獣な」
「そうか。 聖獣なら何故、薄汚い魔王なんかの僕になっていたんだ? 」
「クエッ! クエッ! クエッ! 」
「もうわかった、ピンクドラゴン。 黙って俺の懐に飛び込んでこい」
「クエーっ! 」
……やれやれ、体温が暖かいな。 素晴らしい。 何を隠そう俺は爬虫類が大好きだからな、このサイズ感ならギリギリ爬虫類のペットと言える。 最高だぜ。
「で、なぜこいつはお前の手下だったんだ? 」
「おう。 聖獣ってさぁ、絶対数は少ないんだけど、魔獣よりよっぽどクソ強くなる個体が多いんだよ」
「……ふむ」
「そもそも魔獣の天敵だしな。 ほんでな、俺たちの部下には、聖獣のちっこいの見つけたら全部攫って来いよ〜って指示出してるわけ」
「幼い段階で殺すのか? 」
「違う違う。 聖獣のガキを洗脳すんのさ。 魔王城で飼って、『お前らはこっち側だよ〜人間は愚かで邪だよ〜』っつって。 朝から晩まで魔王軍の思想を脳髄に叩き込んで、味方にするわけ」
「それで〝味方〟になるものか? 聖獣がお前らの教育で人間を恨んだとしても、魔族や魔物への生理的嫌悪は消えるものじゃないだろう」
「良いとこつくね。 ……それは一度、俺たちの領土に来てみればわかるよ」
ふむ、なるほどな。 何か洗脳以外の外的なファクターがあるってことか? 今すぐカチコミに行って洗脳される前の聖獣を解放してやってもいいが……。
「自然や動物が好きだと言っておきながら、お前もかなり魔王っぽいことしてるな」
「そりゃ魔王だからな。 ……だがそのドラゴンはダメだ。 芯が強いんだかなんだか、洗脳は全然効かねぇし、やんちゃでちっとも言う事を聞かねぇんだ。 ミナトに引き取ってもらって良かったよ」
「このドラゴン、名前は? 」
「ん? マリリンだ」
「下の名前はモンローか? 」
「何でわかるんだミナト……。 マリリン=モローって名前の聖獣だ」
「マリリンモンローを知らんのか? お前は現世で何時代に生きていた」
「千九百年代前半……? いや、うろ覚えだ。 なんせ大昔さ」
「ふむ、合点がいった。 もう用はないから老害はさっさと失せろ」
「……は? いやせっかく魔王城からはるばる来たんだしさ、もう少し話しをしようぜ」
まぁいいか。 なんせ暇だ、チョリスは仕事を終えてネロの家にくる。 ネロとカルネはおそらく畑仕事に夢中だろう。 それが終わったら皆にたこ焼きを振る舞う、今のところ今日の予定はそれだけだ。
「ミナト、タバコ吸うか? 」
「おう、いただこうか」
二人で甘いタバコを味わう。 スタート時にこいつを手懐けた時と同じだな。 やれやれ。
「おいグラスタ。 貴様はなぜ魔王になろうと思ったんだ」
「え……? あぁ、それ話すとちょっと長くなるけどいいか? 」
「構わん。 手短に話せ」
「ステータス・オープン」
グラスタは展開したウィンドウを何度かスライドさせてこの世界のマップを表示させた。 中央に大きな大陸、その四方に大小様々な八つの島が浮かんでいる。
「最初にも話したけど、この中央の大陸は人間が支配してる。 だけどさ、その歴史はまだ浅いんだよ」
「最近人間が支配したということか」
「そう。 元々この大陸は一部例外を除いたあらゆる種族が手を取り合って、仲良く暮らしてた。 種族ごとに魔法の特性や得意分野を生かして、それぞれ足りないところを補い合いながらな」
「当時から魔王軍と戦ってたのか? 」
「もちろん。 この世界の歴史は魔王軍との戦いの歴史だ。 先代の魔王も、その前も、俺よりずっと攻撃的だった」
魔王が世襲制みたいな扱いになっているのがピンとこないな。 魔族や魔物を統べる者としての特殊能力を継承したりとか、そんな感じなのだろうか?
「続けていいぞ。 要点だけ話せよ」
「おう。 ところが先代魔王の勢力が最盛期を迎えた頃、この仲睦ましい大陸で一つの種族が台頭してきた」
「……人間か? 」
「おー、そうそう。 人族は知恵とバランスの取れた魔法で……。 うん、はっきり言ってさ、知恵で他の種族は人族に太刀打ちできない」
「異種族の知的レベルは低いのか? 」
「いや、低くはない。 ただこの世界では人族がズバ抜けてる。 知識、知恵、知略。 頭脳労働に秀でた者が特に多いという意味だな」
「逆にいうと人間の取り柄なんてそれくらいしかないしな」
「色んな種族が対等に仲良くしてた大陸で、人族だけがやけに大きな権力を持ち始めたな〜って……。 他の種族に疑心を抱かせていた。 そんな時にな、ただでさえ勢いに乗ってた人族に、さらなる追い風が吹いたんだ」
「……なるほど。 それが転生者だろう? 」
「驚いたな、その通りだ。 ミナトは本当に物分かりがいい。 バカのフリをしている癖に」
「バカのフリをした覚えは一度もないぞクソッタレが」




