第九話『劇的ビフォーアフター!』
「チョリスお前……。 気でも狂ったか」
朝起きたらチョリスが劇的なビフォーアフターを遂げていた。 髪型は左右非対称で前髪がぱっつんに揃っているし、俺が現世で好きだったお笑い芸人のトレードマークみたいな黒縁メガネを掛けている。
コイツは昨晩アホみたいに日本酒を呑みまくっていたし、きっと俺が寝ている間に酔いがピークを迎えてはっちゃけてしまったのだろう。 まったく……。 このバカは底が知れんな。
「え……。 何が? 」
「その奇怪な髪型と滑稽なメガネの事に決まっているだろうがトンチキめ」
「嘘だろ……? ミナトっ、まさか覚えてないのか? 」
「あ? 何の話だ。 つまらない事を言いだしたらその髪を全部剃り上げて渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に遺棄するぞ」
「……ちょっと自覚あるんじゃねぇか? いやまぁいいんだけどよ。 このスタイルは割と気に入ってんだ。 なんつーか……。 頭が良さそうに見えるだろう? 」
「救いようのない阿呆にしか見えんぞ」
チョリスは鼻唄を歌いながらハサミを持って、壁にかかった鏡の前で髪型を調整し始めた。 しばらく果てしないアホの間抜けヅラを眺めて複雑な気分に浸っていると、ネロとカルネが起きてきた。
「ミナトお兄ちゃん、おはよーございますっ! 」
「ミナト様! おはようございますっ! 昨日は夢のような時間をありがとうございましたっ! 」
ふむ、朝っぱらから天使たちの敬礼ときた。 これには流石の俺もまいったな。 チートでマグロ料理を振る舞っただけでここまで崇められると申し訳ない気持ちにすらなる。
「おはよう。 お前らは挨拶のできるいい子だな。 そっちにいるアホとは大違いだ」
カルネは俺が言い終わる前に外へ飛び出して行った。 きっと小便でもしに行ったのだろう。 ネロは愕然とした表情でチョリスの方を見つめている。
「ちょ、ちょりす様……? それは、いったい……」
「ネロっ! ……チョリスに余計な事を言うな。 満足している人間の心に水を差すようなマネは愚の骨頂だぞ。 心の中でひっそり憐んでやればいいんだ」
「あ……。 はい」
「ネローっ! ジャジャーンっ! 」
カルネがすぐに戻って来たかと思えば、片手に錆びた鍬を掴んで肩を弾ませている。 畑のついでにチョリスの頭にも振り下ろしてくれたら非常にありがたいのだが。 ガキの力では息の根を止めるまでには至らず、チョリスのバカに拍車が掛かるだけだろうな。
「今日は一日畑を耕してくるぞ。 お前が一生懸命作ってくれた畑を、もっともーっと広げてくる! 」
「うんっ、私も一緒にやるよカルネ兄ちゃんっ! 」
「いいんだ、お前はずーっと無理して働いてたんだから、しばらくは休んでろ。 いいな? これからも畑仕事は兄ちゃんに任せなっ」
カルネが勢いよく家を飛び出していこうとしたので、腕を掴んで引き止める。 やれやれ……。 朝ごはんという概念すら消し飛ぶほどのバイタリティか。 まるで若手IT社長だな。
「カルネ、働く前に飯だ。 効率がぐんと上がるぞ。 今用意してやるから待ってろ」
コンビニからおにぎり、サンドイッチや菓子パン、オレンジジュースを四本拝借する。 生きる為の必要以上は盗らない。 それがチーターとしての矜持というものだ。 チートを授かったとはいえ、真っ当な良心だけは忘れてはいけないからな。
「そら、朝飯だ。 たらふく食え。 ……じゃない。 朝飯、おあがりよっ! 」
ふむ、幸せそうに食べ始めた。 ここを出るときにはお菓子やら干物やら、とにかく日持ちする食い物を一生かけても食い切れない程たらふく盗むとするか。 やれやれ、まるで異世界の鼠小僧、しいては世紀の大泥棒だな。
「ところでチョリス。 この辺りにギルドはあるか? お前の所属するギルドはどこにあるんだ」
ずっと気になっていた。 青春学園モノと言えば風紀委員、異世界といえば冒険者ギルドだ。 俺の言葉にチョリスはあんぱんを食おうとした手を止め、深刻そうな表情を下に向けた。
「あぁ……。 この村から東の方角にある山を越えると街がある。 〝クラプトン〟と言う名の、煉瓦造りの建物が並ぶ、綺麗な街だ」
「ふむ……。 もしかしてこの村はエリック村か? 」
「え……? いや、この村はローって言うんだ。 ロー村だ」
「インチキくさいカラアゲが食いたくなる名前だな」
「何を言ってるのか意味がわからないが……。 なんだ? ミナトはギルドで金を稼ぐのか? 」
「いや、今のところ組織には属さないつもりでいる。 ただギルドには純粋に興味があるんだ。 なんかこう、チンピラに絡まれてる女冒険者を助けたりなんかして〝やれやれ〟したいだろう」
「〝やれやれ〟ってのはなんだ? 」
「〝やれやれ〟を知らんのか? イキリ主人公がそそり勃った陰茎を周囲に悟られないようカモフラージュし、勝者としての余裕を全面にアピールしつつも、最終的には性交したくてしたくて仕方ない時に使う鳴き声だ。 本質的にはチンピラの『ネーチャン遊ぼうぜ、オレ良い所知ってんだよ』と大した差はない」
「ミナトの言うことを理解できるようになる日は来るのだろうか」
「どうでもいいが、とにかくギルドのある〝クラプトン〟を案内してくれ。 はっきり言ってそこからスタートみたいなもんだぞ異世界は」
チョリスはしばらくぼうっと虚空を眺めた。 バージョンアップしただけあってやはりアホくさい顔面だ。 ただ現世での『湊・恋愛リサーチ』と照らし合わせると、アホな色男というのは一定層から密かな支持を得る。 一緒に居ると俺のさいかわが奪われかねんから注意しないといけない。
「これだけ良くしてもらって……心苦しいんだが。 それはちょっと無理だ、すまん」
「おいおい何故だ急に顔色を変えて聞いて欲しいアピールしやがって。 何かある事を仄めかすような真似はよせ、しゃらくさい。 手短に話せ」
「……ふぅ、わかったよ。 俺ぁな、あの街じゃ嫌われモンなんだ。 石も投げられる、生卵もぶつけられる」
「そうなのですか? ちょりす様……」
心配そうに言ったネロに、チョリスはへへ、と自嘲気味に笑って頷いた。
「生卵はキャッチすれば施しだろうが。 何を柄にもなくウジウジしているんだ? なぜ嫌われてるかをさっさと話せ」
「……あぁ、若い時にな、近くの迷宮でやらかした。 俺以外全滅して、のうのうと帰還した俺は永久追放だ。 それから誰もパーティを組んでくれない」
「メンバー全員死んだってわけか。 しかし、もとより冒険者というのは命懸けの商売じゃないのか? どうしてお前が疎まれる。 それに、その街が嫌なら他所のギルドに行けばいい」
「いや違うんだ。色々としがらみがあってさ ……。 それとこの村の用心棒は元々、食い繋ぎで斡旋された単独の仕事だったが……。 俺はすぐにこの村が好きになった。 長閑だし人間もいい、みんな俺に良くしてくれる。 故郷の〝クラプトン〟なんかよりよっぽど居心地がいいんだ。 俺は一生を懸けてこの村を守ると決めたんだよ」
「ふむ。 もうパーティを組んでクエストに望むような冒険者になるつもりはない、と言う事だな」
「あぁ。 その通りだよ、ミナト」
「お前……。 そのイメチェン後の姿ならクラプトンでもバレないだろう」
「一人にバレりゃすぐに広まるさ。 そうなりゃ、どこからともなく石が飛んでくる」
「ハハハ。 よほど目の敵にされているんだな」
チョリスは顔を上げて、目を丸くしながらおにぎりに食らいつく兄妹をしばらく見つめた。 このクソモブ油断してるとすぐ重要キャラみたいな顔しやがるんだよな。 憎たらしい。
「 ……いや、しかし。 そうだな、うん。 ミナトの頼みだ。 やっぱり、断るわけにはいかないな」
「そうか、助かる。 何より一人じゃつまらんしな」
「ただ、用心棒としてこの村をノーガードにする訳にゃいかねぇな……。 どうすっか」
「それは安心しろ、今日の昼ごろペットのドラゴンが配達されてくるから、そいつに村を守らせておけばいい」
「ペットの……。 ドラゴン? 」
「あぁ。 まだどんな奴かわからんが、天下の魔王軍だし巨大化も出来るから、辺鄙な村の用心棒くらいは務まるだろう」




