プロローグ 〜死、そして神との邂逅〜
\キキィー!ドドーンッ!/
「早く出てこい。 女神でも神でもなんでもいいから出てこい」
——直前の事はあまり覚えていないが、俺はたぶん死んだ。
終わりの見えない社畜生活の中で心身共にボロボロになり、上司からのパワハラと真夏のコンクリートジャングルに心を炙り尽くされ、朦朧としながら街を彷徨っていた時だったと思う。 周りの景色が蜃気楼のように揺らぎ、通りすがりの忍者に幻術でもかけられているのでは、と疑った時には、大型トラックと熱いキッスをする寸前だった。
「頼むぞ……! 転生だ……! 」
今は、果ての見えない白い道が目の前にある。 この先は天国か地獄か、ワンチャン異世界か。
もしも異世界に転生し、万が一そこでチート能力なんか得ようものなら。
——俺は絶対にイキる。 イキり散らす。
何ものにも縛られず、言いたいことを言い、どこまでも誰よりも自由にイキる。 そしてあらゆる種族の女を口説き落として——。 最高のドスケベハーレムを築き上げてやる。
「なんだ……。 これは」
そのまま歩いていると、右側にW.Cと書いてある真っ黒い扉があった。 『WC』は真っ赤な血のような液体で書かれている。 これはまさか……。 トイレってやつだろうか。 折角なので入って用を足しておくか。
「やれやれ……。 まさか死んでから初めてする事が小便とはな」
扉を開けたら立ち小便用の便器が果てしなく並んでいる。 パッとみただけでも百台以上だ、さてどうしたものか。 便器の前でおちんちんを構えてみたものの、便器の底が抜けていて、そこから生暖かい風が吹き上がってくる。 覗き込むと白い靄のようなものがゆっくりと動いていた。
「これは……。 雲、か……! 」
雲の切れ間から下界が微かに見える……。 つまりここは天空の便所ということだ。 俺の小便は下々の住まう下界に降り注ぎ、大地を固め、いずれ美しい花を咲かせるという事か。 やれやれだ。
下界に小便を降らせてやったあと、洗面台の前で鏡を見たら頭上に美しい光の輪が浮かんでいた。 それを眺めてさらに心が躍り狂う。 つまり今の俺は天使と同列ってわけか? あっぱれだ!
「神田湊くんかね? 」
キタッ……! トイレから出ると、白い服で白い口髭を携えた爺さんが立っていた。 かりんとうを巨大化させたようなインチキ臭い杖をつき、いかにも神然としている。
「いかにも、俺はカミダ。 貴様が神か? 」
「あぁ、ワシの方が神じゃ……。 不幸な人生、最後も不運じゃったな」
「俺はどんな風に死んだ? 」
「覚えとらんのか」
「朦朧としていたからな。 詳しくは覚えていない」
「ミナトはOLの落としたハンカチを拾おうとしてな……。 風に飛ばされていくのを追って車道に飛び出したんじゃ、そこに大型トラックがの」
ハンカチだったのか……。 思い出したぞ、俺は善意でその薄桃色のハンカチを拾おうとした訳ではない。 朦朧とした意識の中で、薄めのロースハムが宙を舞っていると思ってハンカチを追った。 給料日前でカンパンとモヤシしか食ってなかったのが原因だろう。
「実はの、そのハンカチを落としたOLというのはユーチューバーの仕込みじゃった。 普通の男が落とした時と、美人OLが落とした時の周囲の反応を比較するという企画じゃ」
「なるほど。 そのユーチューバーを呪い殺す事はできるか?」
「すまん。 残念じゃが……」
「まぁいいだろう。 それで要件は? 同情も憐れみもいらないぞ。 異世界に出荷するならチートをくれ」
「……まぁまぁ、ミナト。 そう急くんじゃない。 まず、君はどんな異世界に行きたいのかね? 」
「剣と魔法のファンタジー、一択だ。 ……それ以外を選ぶ奴がいるのか? 」
「最近はあまりおらんな。実はの、君を欲しがってる異世界がいくつもあるんじゃ」
「俺を欲しがる……? ふむ、俺に世界を救って貰いたいってわけか? 」
「色んな異世界のPR動画が届いておるぞ」
神が杖を一振りすると、真っ白な空間が広がって十数個のウィンドウが展開された。 そこには異世界の王っぽい奴らの演説風景やら、瀟洒な建物が並ぶ都の空撮、壮大な自然などが映し出されていた。
「おい神、一つずつ見せてくれ。 俺は聖徳太子じゃないんでな」
「了解じゃ」
ウィンドウに映ったのは絢爛豪華な装飾が施された室内で、いかにも王様といった風貌のオヤジが迫真の表情をこちらに向けている。
【ミナト様ぁ! 我々は貴方様をお待ちしております! 我々の世界は魔王が支配し、凶悪な魔物や——】
「次」
「了解じゃ」
【勇者カミダ・ミナトよ……。 我々の生きる世界には百を超える未踏のダンジョンがあり、その最深部に巣食うボスがドロップするアイテムを——】
「次」
「ほい」
【えーっとカミダ……ミナトくんね! はい、合格合格。 あーっ、明日からシフト入れない!? 出来れば美味しく炊けるスキルを付与されてくれると助かるんだけど……。 あ、ちょっと待ってごめん、五番テーブル料理上がったよォォォ——】
「美味しく炊けるスキルなんて一週間あれば身につくだろ」
「美味しく炊くのはそんなに甘い道ではないじゃろ。 しかし、ミナトは需要あるんじゃな」
その後もいくつか見たが、どの異世界もしっくりこない。
「PR動画はあといくつだ?」
「いくつと聞かれてもな、さっきから続々と君への異世界PR動画が届いておる。 増える一方じゃ」
「……なるほどな。次だ」
【ミ〜ナト〜様っ。 この異世界の女王です!……とか言っちゃって、実は辺境の小国なんですが……。 エへへ。 ウチはですねぇ、決して平和とは言えませんがぁ……。 えっと、うーん、海ですね!海がまぁ〜綺麗です。お魚も美味しいですよぅ】
「……ふむ」
「どうしたんじゃ? ミナト」
「黙っていろ、神」
【さあっ! ご覧くださいっ! お城からの展望はこーんな感じでぇ、ねっ! とっても綺麗な海でしょう? それから、えっと、それから……キャッ! アタタタ、小指ぶつけちゃ】
「ここに決めたぞ」
「ほう……。 ミナトは海が好きなんじゃな? 」
「海とドジな女が好きだ」
「そうか。 ふむふむ。 えっとそれからじゃな……。 どんなスキルが欲しいんじゃ?」
「そうだな。 痛みを感じないスキルと、相手の魔法を見ただけでコピーして最上級に磨き上げられるスキル。それから、その世界で一番強い剣技を習得させてくれ。あと、強力な魔物を全て手なずけるスキルも頼む。 とにかくありとあらゆるスキルを付けてくれ」
「ふむふむ。 いいじゃろう、その辺りの要望をまるっと解決するとっておきのスキルを付与しておこう。 魔物を手懐けると言うが、魔王は除外しておくか?」
「それは頭になかった。 魔王も手懐けられるか?」
「出来んこともないが、張り合いがなくなってしまうのではないか」
「張り合いは別の部分にある。 各種族の最もかわいい女を落としてハーレムを作れたら全クリだ。 魔王などどうでもいい」
「全世界の童貞の性欲が一箇所に集まって生まれた妖怪のような奴じゃな。 承知した、そのスキルも付けておく」
「忍びないな」
「構わんよ。 あ、そうじゃ。レベルはどうするんじゃ? 初っ端からマックスでいいか? 」
「いや、レベルが上がっていく喜びは感じたいからな。 1からのスタートで良い」
「ほう」
「ただし、三歩歩くごとにレベルが上がっていくスキルを付けてくれ」
「……承知した」
「悪いな。 おい爺さん、スタート時に金は持たせなくていいぞ。そのくらいは自分で稼げるからな。 力さえあればいい」
「ほっほっほっ! ……殊勝な奴じゃの。 いい心がけじゃ! 」
「その代わり、売ったら高値が付く宝石を200個ほど持たせてくれ。 思いのほか稼ぐのが面倒そうならそれを売る」
「……ワシはとんでもない怪物を送り込もうとしているのかもしれんな。 まぁいい。 では、ミナト! 君がこの異世界で何を思い、何を成し——」
「チートを付与したらとっとと異世界へのゲートを開いてくれ。 死んでまで年寄りの御託など聞きたくないんだ」
「そ、そうか……。 いやしかしじゃな、これだけは言わせて欲しいんじゃミナト」
「手短に頼む」
「君がどんな冒険をするのか、ワシは楽しみにしておるぞ」
「俺は年寄りに暇つぶしを提供する為に冒険をする訳じゃない。 何ものにも縛られず、自由にイキる。 ただそれだけだ」
「うむ、うむ、それでいいのじゃ。 では、冒険の始まりじゃあー! 」
神が手をかざすと、金色の扉が出現した。 俺は目を細め、その扉に手を掛ける。
「……ありがとな、神のジイさん。 最高のショーを見せてやる」
俺はジジイの耳元でそっと囁いた。
——さて、新しい人生の幕開けだ。 やれやれ……。 忙しくなりそうだぜ。
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