六
「そこまで」
わたしが氷の壁を作り出した瞬間終了の合図がかかり、息を吐き出す。
怖かった!わたしより全然年下の女の子なのに怖かった!
「レオラ・サリシファ。試験中の外部の口出しは禁じられています。気を付けなさい」
「……はい、失礼しました」
「あなたはまだ試験まで時間あるわよね。彼女を医務室へ」
「はい」
行くぞ、と声をかけられレオラと一緒に訓練場を出る。去り際にルシファートさんと目が合った。その目は冷ややかで、思わず目を逸らした。
「大丈夫か」
「あ、はい。助かりました」
「……痛むだろう」
「いえ、全然。当たったときは一瞬痛みましたが、今はもう平気です」
レオラに向けて微笑めば、レオラは眉を寄せる。そうだ、前にもあった。わたしがフェリーナとして目を覚ましたときも、レオラはこんな風に苦しそうな、気まずそうな顔をしていた。
昔も今日も、レオラが気にすることなんでなにもないのに。
「レオラ。わたしは大丈夫よ」
「……」
「そんな顔をしないで。レオラはなにも悪くない。なのにそんな顔をされると、逆に苦しくなっちゃう」
肩を竦めれば、レオラはそっとわたしの肩に顔を近付けた。そして、制服の上から肩に唇を押し当てた。
……!?
なにをしてるんだ!今そんな話をしてたんじゃないでしょうに!
ドコドコドコドコと早すぎるビートを刻む鼓動を収めようと胸に手を当てると、レオラは不思議そうに首を傾げた。
「どうした?胸も痛むのか」
「い、いや、大丈夫よ!全然!なにも!}
「そうか」
「ちょっとびっくりしただけで……」
「嫌だったか?」
「っ」
まっすぐ見下ろされる。い、嫌なわけない、でしょう。でもね!わたしもう三十過ぎのなんならオバサンなのよ。それがこんな十八の美青年に肩にキスなんてされた日にゃキャパオーバーっていうか、ずっと子どもだと思ってたレオラが急に男の人に見えてきちゃって困るっていうか……ね?
「嫌じゃ、ない、けれど」
そう言って見上げたレオラは柔らかく目を細めていた。初めて見る、優しい顔。
もうだめだ。これはだめだ。心臓が持ってかれたように熱くて、苦しくて、なんだか泣きそうだ。
「行くぞ」
「……ええ」
その後、医務室で手当てを受けたわたし。レオラは訓練場へ戻るようにお願いした。驚いたのは、手当てがわたしの知る手当てじゃなくて、治癒魔法と呼ばれる魔法によるものだったこと。医務室の女性の先生がわたしの傷に手をかざしただけで傷が消えた。痛みも消えた。すごい。
「ありがとうございました」
「いいえ。試験お疲れ様。今日はゆっくり休みなさいな」
「はい。失礼します」
医務室から出て訓練場へ戻ると、ちょうどレオンの試験が始まるところだった。そしてギャラリーがすごいんじゃあ。
端の方に移動してレオンの姿を見る。
この学園で闇属性の魔力を持つのはレオラだけだから、相手は他の属性の人なんだろう。レオラ以外のS組の人の魔法見るの初めてだ。なぜか緊張する。
「あ!お前!」
「え?」
ポンと肩に手を置かれ振り返ると、その人はいつかの日、木の枝でレオラに突っかかってた男子生徒だった。
燃えるように真っ赤な髪はツンツンと尖っていて、猫目なのがまたやんちゃ坊主っぽい。髪は赤だけど属性は木だったはずだ。木の属性の人は自然のものを自由に操ることができるらしい。
「あ、お久しぶりです」
「ふん。お前の旦那の試合見に来てやったんだ、感謝しろ」
「ふふ、どうも。あとわたしの旦那じゃありませんよ」
「……あれだけ惚れてるくせにな」
「え!?い、いや、でも前会ったときはそんなことなかった、」
「ちげぇよアイツの方がだよ。アイツ、お前がいるときに仕掛けたもんだから必要以上にぼこぼこにしてきやがって」
……レオラは本当にフェリーナが好きなんだな。レオラにそれだけ好かれるフェリーナって、どんな子だったんだろう。きっと、素敵な子だったんだろうな。
「あ、始まった」
彼の声に視線をレオラに向ける。相手は光属性らしい。え、光属性ってすごくない?光属性は闇属性と同じくらい貴重で、おまけに闇騎士とは違って恐れられる噂もないから、純粋に人々から称えられてる力だ。
先に攻撃したのは相手の方で、思わず目を瞑ってしまうほど眩い光が辺りを包んだ。あまりの眩しさでレオラを見ることができない。ようやく落ち着いてきて目を開けたときには、レオラは相手に向けて手のひらを向けていた。そして相手の彼は座り込んでいた。
なにをしたのかさっぱり分からなかった。でも、レオラがすごいことだけは分かる。
わたしは今までレオラの魔法を間近で見たことがない。レオラは絶対にわたしの前で魔法を使わない。だから今日は見れると思ったんだけどなぁ。残念。
「レオラ、お疲れ様」
二人ともあっさり合格をもらい、試合を終えたレオラに声をかける。
「あぁ」
「相変わらずムカつく奴だなぁ」
「……誰だ」
「っ、テメェに勝負挑んだオリシアだよ!忘れたのか!」
「……あぁ」
分かってるんだか分かってないんだか分からないレオラに、彼はますます苛立ちを募らせたようで、わたしを押しのけてぎゃいぎゃいレオラと言い合いをしながら進んで行く。
わたしは苦笑してその後ろを追った。