五
翌日、魔法実技試験は一日がかりで行われた。一年生、二年生、三年生と三学年あるのだけど、各学年百人弱の生徒が在籍してるため、実技試験は一年生から学年ごとに三日かけて行われる。つまり昨日二年生の実技試験が行われてたわけだけど、わたしはまるで気付いていなかった。
仕方ない。基本的に学校でのわたしは親しい人はおらず、レオラとも話すことがないから常に一人行動なのだ。よってぼんやりと授業を受けてぼんやりと帰る。他の人たちがなにをしてるのか気にして過ごしていない。
おまけに、実技試験は普段授業を受けてる本棟と呼ばれる場所とは違う、少し離れた場所にある訓練場で行われる。本棟にいると訓練場の音は聞こえてこないから、気付かないのも仕方ない。……先生の話を聞いてれば別なんだろうけどね、あはは。
「おい、サリシファだ。見ろ」
「ほんとだ。相変わらずこっわい顔してんなぁ」
「な。それにあの目。やっぱりすごい」
近くにいた二人の男子生徒がひそひそと話す声が聞こえた。彼らの視線の先を見ると、一人で訓練場に入ってくるレオラがいた。
遠目で見てるだけでもその存在感はすごい。思わず目を奪われる。
たびたび思う。わたしはこの世界の人間じゃないから、闇騎士がどれだけの存在なのか知らない。だから闇騎士がどうのと言われてるレオラを見ても何も感じない。ただのレオラだ。ただ他と違う赤色の瞳がなんだと言うのか。
昔存在した闇騎士が例え世界を破滅に導いたと言われてても、その闇騎士とレオラは関係ないはずなのに。
先に試験が回ってきたのはわたしだった。試験内容は同じ実力の生徒と対戦方式で行われる。クラスは魔力の強さで振り分けられていて、全部で四クラスあるうちわたしは上から三番目のB組。そしてレオラは一番上のS組。下のクラスから試験が回ってくるので、わたしの方が先に試験。
相手は同じく水属性のヨアリン・ルシファート。
……かわいい。目の前に立って微笑むルシファートさんを見て真っ先にそう思った。
緩く波打つ淡い水色の髪は腰辺りまでたっぷりと伸びていて、肌は雪のように白く、体は華奢。顔も小さくて、ぱっちりとした二重の大きな目に筋の通った鼻、形のいい小さな唇。まるでお人形さんだ。
「はじめ」
実技試験で行われる対戦では勝敗は注視されない。お互いがちゃんと魔力をコントロールできてるかどうかを見るためのものだから、相手から来る攻撃に対してちゃんと自分も返すことができたらそれで合格になる。
一、二年生のときの実技試験と内容は変わっていない。昨日、レオラはややこしくなる、なんて言ってたけど、どこも変わってないように思う。
わたしができるのはせいぜい水の渦を作って相手に飛ばすことくらいで、それでも今までなんとか合格してきた。多分大丈夫。
そう思ったわたしの顔の横を、鋭い何かが通り過ぎて、ピリッとした痛みを頬に感じた。
「……え」
ルシファートさんの顔をなんとも間抜けな顔で見てしまう。いやだって、今なに出した?え?なんか剣みたいなの飛んできたんだけど。
ルシファートさんの手には小さなナイフがいくつも握られていた。目を見開く。あれは水で作られたものだ。氷になって形を作ってる。いやいやいや、勘弁してくださいよ。わたしそんな攻撃的なことできませんよ。ていうかルシファートさん、それだけのことできるなら絶対B組じゃないでしょう。
魔力で攻撃を繰り出せるのは高度なことと言われていて、S組の人たち、そしてA組のほんの数人しかできないと言われている。わたしのように攻撃も守りもできない、本当にちょこっと自分の属性のものを操れる人が大半なのだ。
なのにどうしてこんなことできる人がB組にいて、わたしの対戦相手になってるんだろう。
試験は一度に複数ペア行われるから、ルシファートさんの魔法に気付いてる人はいない。仕方ない、わたしたちはB組最後のペアで、残りはA組だけだ。みんなA組に意識が集中してる。
そうだ先生。先生!これありなんですか!この人本当にB組なんですか!
試験管の先生へ視線を向けると、「続けなさい」と一言。さいですか。続行ですか。
「ごめんなさい、ローズマリアさん。つい力がコントロールできなくて」
「い、いえ」
「わたし、攻撃魔法は使えるんですけど、それをコントロールすることが苦手なんです。気を付けますね」
絶対気を付ける気ないでしょう、と感じたのは間違ってないはず。わたしは人の感情には敏感ですよ。営業で鍛えられたものがありますからね、ええ。あ、レオラは例外だけど。
脳裏で想像する。どういうものを作り出したいか。それが明確に想像できたとき、それが形となって表に出てくる。
水の渦を想像する。それが形になったのを感じで、思い切り前に投げ飛ばした。けれどその水を切り裂いて飛んできた氷のナイフは避けることができなかった。肩に当たって、さっきよりも強く痛みを感じる。
「フェリーナ!」
レオラの声がして思わず振り向く。レオラは、普段の不愛想で無表情な表情を、僅かに焦りを含んだ表情へと変えて立っていた。
「レオラ……」
「壁を作れ!」
「へ?」
壁!?
や、突然そんなこと言われても無理ですよ!壁なんてどうやって……。
「想像しろ」
一言。本当に一言そう言って、その真っ赤な瞳でわたしを捉えた。
今まで何度も色々なものを想像して形にしようとしてきたけど、形にできたのは渦を作ることだけだったのに。こんな急にできるんだろうか。違う、やるしかない。
目を閉じて想像する。全部、外の音を消して、水で壁を作る。向こうが氷のナイフならわたしは氷の壁を作るんだ。
刹那、体が熱くなった。そして目の前でカンカンと音が鳴り響いた。瞼を持ち上げると、そこには確かに氷の壁ができていた。