二
「医者を呼ぼう。ちょっと待っててくれ。リアネはフェリーナの傍に」
「はい……っ」
さっきまで泣きじゃくってた金髪のダンディーな彼は、一瞬で真剣な、落ち着きのある表情へと切り替えて部屋を出て行く。
残されたのはわたしと、リアネと呼ばれた女神さま。そして美少年。今の自分の顔がもしもわたしの知るわたしの顔だとしたら完全に浮いてる。この空間で一人だけ浮いてる。どうしよう、この人たちのような綺麗な顔でありますように。お願いだからあの疲れ切ってボロボロのわたしの顔じゃありませんように。
「……フェリーナ」
「は、はい」
「っ、本当に分からないのね、わたしたちのこと」
悲しそうに眉を下げ目尻に涙を浮かべる彼女にいたたまれなくなる。
でも許して。わたしもなにがなんだか分からなくてそれなりに困惑してるのです。いきなりこんな美形パラダイス空間に放り込まれて困惑してるのです。
一瞬夢だと思ったけど、それは彼女に抱きしめれらたときに感じた人の感触や花の香りで違うと認識してるし、だからこそ余計に困る。
少しして部屋にさっきの彼と白衣を着たこれまた若々しい美形のお医者様が現れる。なんだ、この部屋には美形しか入れない決まりでもあるのか。
「フェリーナちゃん、目が覚めたんだね。ひとまずよかった。……それで、アベル様やリアネ様のことが分からない?}
「……はい」
なんならアベル様リアネ様が誰かも分からないけど、さっき彼女はリアネと呼ばれてたし、それを踏まえたらこのダンディーな彼がアベル様なんだろう。
というこの状況では中々落ち着いた推理をして首を縦に振ると、お医者様は「そっか」と、わたしを安心させるように微笑んだ。実際安心した。多分年齢が近いのもあるんだろう。
わたしは来月二十五歳を迎えようとしていた。恐らくこのお医者様もそれくらいだと思われる。
「自分の名前は?」
「……えと、フェリーナ、です」
「それは覚えてた?」
「いえ、さっきからそう呼んで頂いてるので」
「じゃあ僕の名前は?」
「……すみません、分かりません」
そのあと質問されたことも全て分かりませんとしか答えられなかったわたしは、どうやら美少年、名前をレオラというらしい彼と外で遊んでいるときにすっ転んで花壇に頭を打ち、意識を失い、それによって記憶が混乱してるとなった。
いつ戻るか分からないし、戻らないかもしれない、と告げられたダンディーな彼、アベル様と女神さまであるリアネ様は苦しそうに顔を歪めた。この二人はフェリーナの両親らしい。そうだと思った。
そしてレオラは、近くにいたのに転んだフェリーナを助けられなかったことを気にして、目が覚めるのを待っていてくれたらしい。なんて律儀。
勝手に転んだのはわたし、というかフェリーナなわけだし、そこまで責任感じなくていいと思うよ坊や。
実年齢二十五歳のわたしからしたらまだ十歳のレオラは子どもで、可愛らしい。なんだろうね、こう頭を撫でたくなるような。行き場のない母性が出ちゃうというか。
フェリーナの両親が落ち込む中、望まずともフェリーナの体を乗っ取ってしまったらしいわたしは意外にも能天気にそんなことを考えていた。
今のわたしにフェリーナとしての自覚があるわけではなくて、フェリーナとしての記憶もない。あるのは、ただのOLとして日々残業を繰り返しボロボロだったわたしの記憶だけだ。
となるとわたしの体は今どうなってるんだろうという疑問が浮かんでくる。まさかそっちにフェリーナ……ありそうだ。十分ありそうだ。なにがキッカケか分からないけど、きっとわたしとフェリーナは入れ替わってるんだろう。
勝手に結論を出してみると、少しは落ち着いた。フェリーナの両親へ視線を向ける。
二人はわたしが口を開くよりも先に言った。
「焦らなくていい、フェリーナ。ゆっくり過ごそう。俺は父のアベル。そしてこちらはフェリーナの母のリアネだ。まだ混乱してて俺たちと話すのも気を遣うだろうが、できるだけ気にせずなんでも話してほしい」
アベル様はたくましかった。あれだけ号泣してたのに、今じゃすっかり男らしく慌てた素振りなど見せず、悲しさも見せず、わたしに笑みを向けてくれてる。
リアネ様もそれに釣られたように懸命に笑顔を見せてくれて、わたしも精いっぱいフェリーナとして、それぞれがまた元の体に戻れる日まで過ごそうと決めた。
その決意の表れのように二人に笑顔を見せる。ふふふ、営業で鍛えられたスマイルは自信ありですよ。
まだ気づかわし気にわたしを見てるレオラにも同様に微笑む。レオラも曖昧に微笑んでくれた。うむ、可愛い。
そういえば、レオラとフェリーナはどういう関係なんだろう。外で遊んでたってことは友達?この部屋の感じからするとフェリーナは恐らく貴族というやつだろう。そしてレオラも身に纏う服は高そうで気品がある。
そこからしてレオラとフェリーナは貴族同士の友達……ふんふん、そう考えると自然だ。
「本当に申し訳ありませんでした。フェリーナ様をこんな目に……」
頭を下げたレオラに、アベル様はニカッと笑い、肩に手を乗せる。
「顔を上げなさいレオラ。きみはなにも悪いことをしてない。少々娘のお転婆が過ぎただけだ。寧ろわたしたちの方からもお願いしたい。今のフェリーナはきみのことも分からなくなっているが、それでも関係は続けてくれるかい?」
「もちろんです、アベル様。婚約者として、これからも変わらずフェリーナ様のお傍にいさせて頂けたら幸いです」
……なんだって?
え、今なんて?婚約者とか言わなかった?あとレオラ、きみまだ十歳なのにそんなに敬語完璧に使えるなんて偉いね。でももうちょっと子どもっぽくてもいいと思うよ。
ぽかんとしてるわたしに気付いたリアネ様が、そうっと言った。
「レオラはあなたの婚約者なのよ、フェリーナ。レオラはとても優秀な魔力を持っていて、あなたはいずれ優秀な魔法使いとなるであろうレオラの婚約者なの」