第九話
仕留めたキール・ボアは三体。
日本で見られる猪より一回りも大きなサイズで……うん、荷馬車にはもう乗りそうにないな。
だがどうだろうこの毛並み!
動物園で見る猪のそれとは違い、ふかふかでもふもふではないかぁ。
スローライフにもふもふは必需品であろう。
であるならばして。
「フェミア。この毛皮を剥ぎ取ってくれ」
「ぅぅ」
「肉は諦めよう。だがこの毛に触れてみろ! もふもふだぞ。もふもふなのだぞ!」
馬車から降りたフェミアが、恐る恐るやって来てボアの毛に触れる。
途端に彼女の顔が緩み、その毛に自身の体を埋めていった。
「どうだ? もふもふだろう?」
「うっ」
そう返事をすると、テキパキとボアの解体作業に入った。
三体分の毛皮が剥ぎ取り、ひとまず熊毛同様にホロの上に括り付ける。
「よし、フェミア。町を探すぞ! 町でボアの毛を売って、自給自足の第一歩を踏み出すのだっ」
「ぉうー」
再び馬車に乗り込み、今度は馬に"筋力増強"と"体力増強"の魔法を付与する。
元気モリモリになった馬は、先ほどよりスピードを上げて駆け出す。
途中、ランチタイムを挟み、ディナータイムも挟み、馬車の中で一夜を過ごしフェミアに顔面を蹴られながら目覚め、翌朝再び馬車を走らせる。
馬車が行く道も補装も悪くなり、その幅も狭くなってきた頃。
ゆるやかな丘を登った先にようやく見つけた。
「……遠いな」
「あぅ……」
ようやく見つけたその町は、丘を下った先の森を、更に抜けた先にあった。
見た目としては小さすぎず、だが大きすぎもしない町だ。
三方を森に囲まれ、残りには田畑も見える。
東と西には山々が連なり、ちょっとした辺境感を漂わせていた。
ここだ……。
こここそが余の求めたスローライフの地!
「行くぞフェミア。我らの新天地へ!」
「ぁぅ、うぅー!」
こうしてその日の夜遅く、余とフェミアは町へと到着したのであった。
「あぁ? 金を持ってないだぁ? どこの町でも入るにゃあ通行税が必要なんだよ!」
おぅ。なんてことだ。
町に入るために通行税だと?
町をぐるっと囲む壁に開いた穴から町に入ろうとしたとき、門番らしき男に呼び止められこの状態だ。
「まったく。変な恰好をしたガキだぜ」
おぅ。ここでも締め込み差別か。
「まぁまぁ、そう言うな。どこか遠方からやって来たのだろう。見慣れない恰好というのは、そっちでは普通なのかもしれない。な?」
と、もうひとりの門番が、こちらは人の良さそうな笑顔を向け言う。
まぁなんだ。
祇園山笠のシーズンでは珍しくもない締め込みだが、それ以外でこの姿だと逮捕案件であろうな。
だが敢えてここは頷いておこう。
これが普段のスタイルなのだと!
「しかし、金は無いが物資はあるようだな。行商でもするつもりで?」
「いや、スローライフをするつもりだ」
「「は?」」
門番二人がシンクロして首を傾げる。
いやだからスローライフだ。
自給自足の気ままな生活を送りたいのだ。
後ろの荷物はその為に必要な物で、金が無いからとりあえずこれを売って必需品を買いそろえようかと。
あ、通行税の代わりに酒でもいい?
じゃあ二本渡しておこう。余は未成年であるから、どうせ飲めないのだし。
「もう夜も遅いからな。ギルドの買取も閉めているだろう。馬車があるのだし、そこで寝るってんならあっちの端に停めていいぞ」
「それはありがたい!」
「酒をもう一本くれ。とりあえず飯代ぐらいは必要だろ?」
通行税を寄越せ。そう言ってきたガラの悪い門番も、酒が手に入るとわかると態度を変え友好的になる。
なるほど。こうして異世界人と交流を図ればよいのだな。
なかなかチョロイではないか。
酒瓶をもう一本出すと、門番から十円玉を三枚くれる。
いや、十円玉に色も大きさも似ているが、絵柄が違うな。
思いっきりシンプルな、葉っぱ1枚が描かれているだけだ。
なるほど、これはこの世界のお金なのだな。
「この金額で、どのくらいの物が食べられるだろうか? 俺とこいつの二人、何食ぐらいに?」
「ん? 通貨の価値の違いを聞きたいのか。そうだなぁ……豪華でもなく質素でもなく、普通に腹を満たす程度なら……二人で三食食えるかどうかか。なぁ?」
「あぁそうだな。安い定食屋なら三食しかり食えるだろう。ちょっと割高だと厳しいか」
なるほど。酒一本で二人が二食できるなら十分だ。
門番にお礼を言い、壁際に建てられた彼らの詰め所であろう小屋の脇に馬車を停め、フェミアと二人で町へと繰り出した。
そして余は知ることとなる。
あの門場が言った言葉が嘘であることを。
「んんー」
「無い! もうおかわりは無いからな!!」
「んん!?」
貰った十円玉三枚は、一晩で消えた。