第八話
「ほぉ、器用なもんだな」
褒められたことが嬉しいのか、少女は尻尾を勢いよく振る。
今彼女は、余が仕留めた熊――アウグ・ベアを手際よく解体しているのだ。
最初は熊をそのまま馬車に詰め込もうとしたのだが、サイズ的に不可能だと悟り、どうしたもんかと思案しているとこの状態だ。
こうして素材ごとに分けてみたが、さて、どうやって運んだものか。
ラップは無い。ジップロックも無い。せめてスーパーのビニール袋でもあればよかったんだが。
なんせ血が滴り落ちているし、何よりも動物性油とでもいうのか?
ギトギトしているのだよ。
お、そういえば――。
「石鹸って、油と何かを混ぜて作るんじゃなかったか?」
その呟きに獣人の少女が頷き、反応する。
「石鹸の作り方を知っているのか?」
との問いにも頷き、ついでに尻尾を振る。
「おぉ、ここで作れるか?」
との問いには、馬車を見つめながら寂しそうに首を振った。
どうやら道具がないようだ。
いろいろ尋ねてみると、どうやら鍋がいるらしい。
確かに拝借した荷物の中には、ナイフはあったが、食器も、調理器具もなかったな。
ほむ。そうなるとこの肉――あと脂肪。どうするか。
保冷剤でもあればなぁ。
あ、そうか。
凍らせて持っていこう。
肉は一食分の大きさにして切り分け、それを一枚ずつ魔法で凍らせていく。
その作業を見ながら、少女は不思議そうに余を見ていた。
「凍らせておけば腐らぬし、日持ちもする。生のまま持ち運ぶより衛生的だろう」
「ぁー」
これでギトギトは解決。同時に保存の面と衛生面も解決だ。
残った素材――骨は……粉にして土に撒けば植物が育つだろうか。
いやいや、それはあまりにもゲーム脳過ぎるな。
牙や爪なら、鋭く研磨すれば武器として使えそうではある。
試しにやってみるか。
研磨剤は無い。
とにかく削れればいい。
足元に転がる石を拾い鑑定。硬度の高い物を選び、魔力を流し込み粉砕する。練り込む魔力を調整し、粒と粉末状にまで砕かれた石になるように。
そうして出来た砂粒と熊の爪を地面に置き――。
「おい、危ないから少し離れていろ」
「ぁ」
不思議そうに覗き込む少女を引かせ、スキルを発動。
――研磨――。
爪の周囲を砂粒がぐるぐると回り始める。
僅かに宙へと浮いた爪を包むように砂粒が高速回転。
ときおり火花を散らし、やがて研磨が終わった。
完成したのは先ほどよりわずかに小さくなった熊の爪。
「どうだ。鋭くなっただろう?」
「ぉ、おぉ」
うむ。なかなか上手くいった。
研磨剤があればもう少し艶のある状態にできただろう。
そうだ――。
ほっそーっい水魔法で爪に穴を空ける。
馬車の中を物色して麻縄を発見!
これを解いて――細く紐状にしたら爪の穴に通してっと。
「よし出来たぞ少女よ。スローライフにおける自給自足の初記念として、お前に贈呈しよう」
完成した爪ネックレス……我ながら酷いネーミングだ……それを少女に向かって差し出す。
すると――。
余の指先が切れた。
「いかん。鋭く研磨したのであった。これでは心臓をぶすりとしかねないな」
再び研磨しなおし、今度は勾玉のような形に磨き上げた。
再び馬車上の人となった余と少女。
少女の首には勾玉の形をした爪ネックレスが揺れ、彼女はそれを弄っては顔を緩めている。
喜んで貰えたようでなによりだ。
「名前が無いのは不便だな。お前、名はあるのか?」
御者台で余が手綱を握り、獣人の少女は隣に座っている。
余の問いに少女は頷き、口をぱくぱくと動かす。
名前を伝えようとしているのだろうが、何を言っているのかさっぱりわからない。
勝手に命名するのも可哀そうだ。きっとご両親が娘を想って付けた名なのだろうし。
「そういえば、お前。親兄弟はいるのか?」
その問いに少女は俯き、小さく首を振った。
そうか……いないのか。
いや、そうだよな。いないから奴隷商人に捕まったりしたのだろうし。
やはり親から貰った名で呼ぶ方がいいだろう。
そうなるとだ――。
余は順番に一言ずつ発音してゆく。
少女には名前の頭から順に、当たりの発音が出たら手を挙げるよう指示した。
面倒くさいこの作業でわかったのは――。
「はぁはぁ、お前の名前は……フェミア、か?」
その問いに少女は元気よく頷く。
そうか、フェミアという名か。可愛らしい名ではないか。
後ろから聞こえるブゴブゴという醜い鳴き声とは大違いだ。
「ではフェミア。これから頼む」
余が手を差し出すと、フェミアは驚いたように目を大きくして、それからこちらをじっと見つめた。
いや、頼むと言っているではないか。
はよ――。
はよ手綱を取れ!
「熊の死肉を嗅ぎつけ後ろから追いかけてくるキール・ボアを仕留めるから、はよ手綱を取れ!」
だから頼むと言ったのにーっ。