第七話
「ぁ……む……ふ、ぅ……」
「ぅー、ぅぅー!」
なんたることか。
余が……魔王として君臨し、他種族を恐怖に陥れていたこの余が!
「ふひひひひ、や、止めろ。止めてくれっ。くすっ、くすぐったいだろう!」
洗われているだと!?
少女は体を密着させ、執拗に余の体をまさぐる。
胸元に入れた石鹸を取り出し、泡立出せては余に密着。泡立出せては……って。
「おい止めろ!」
「ぁぅ……」
石鹸を泡立てる少女の手を掴み、彼女の目をじっと見つめ諭させる。
「石鹸が勿体ないだろう!」
――と。
まったく。こんな世界じゃあ石鹸は貴重品だろうに。それをぶくぶくぶくぶくと。
18禁なお店というならいざ知らず、ここは健全なお店なのだ――いやそれも違うか。
とにかく無駄使いはいけませんっ。
そう声を張り上げると少女はビクリと身を震わせた。
耳を垂らし尻尾もシュンとなった少女は、行き場を失くした泡をじっと見つめる。
「俺の体を洗いたいのか?」
そう尋ねるとこくりと頷く。
もしや、余、臭ってる?
いや、臭うだろう。
朝から晩まで穴倉で岩堀をしていたんだ。しかも風呂はおろか、シャワーですらなかったのだしな。
「わかった。やるがいい」
そう言って川に腰を下ろす。
深さは30センチもないが、実は冷たい。冷たいが、そんなことはどうでもいいぐらい体が洗われることを欲している。
おずおずと手を伸ばし、石鹸の泡を余に塗りたくっていく少女。
「ついでだ、水法被も洗うとするか。あと締め込みは……ここで脱ぐ訳にもいかんな」
一度脱ぐと再び締めるのに手間がかかる。
締め方はなんどもやっているから覚えているが、ひとりでやるのは難しいんだよ。
なんせ3メートルもある布を、ぐるぐる巻きつけていくのだからな。
まぁ布の片側を持って、ピンっと張ってくれる奴がいれば巻きなおしも出来るが……。
チラリと少女を見る。
そして締め込みを見る。
こっちの世界に来てもう十日か。
十日もずっとこれを締めっぱなしなのか。
「洗おう」
先に水法被を石鹸でごしごしと洗い、よぉく流して。
次に締め込みを解いていく。
「ぁうっ」
妙な声を出し、両手で顔を覆う少女。
あー、そうか。まぁ他人の全裸なんて誰も見たくはないな。
「これをどうしても洗濯したいんだ。すまんが暫く待っててくれ」
が、長さ3メートルにも及ぶ布だ。
なかなか上手く洗えない。
あぁ、全自動洗濯機のなんと素晴らしいことか。
ばしゃばしゃと必死に布をごしごししていると、少女が目を閉じたまま「んっ」と言って手を伸ばしてくる。
もしや手伝うということか?
「よし、待っていろ。今水法被を腰に巻き付けるから――よし、もういいぞ」
水法被を腰に巻き付け股間を隠したことで、少女も安心して目を開けていられるように。
二人で長い布の端と端を持ち、石鹸を泡立たせて揉み洗いを開始した。
「石鹸」
「ん」
受け取った石鹸を布に充て、ごしごししていると。
「ん」
と言って少女が手を伸ばす。
石鹸を投げてやるとそれを受け取り、同じように布と擦り合わせる。
そうしてようやく洗い終えると、二人でぎゅっと絞り――。
「あとは俺に任せろ」
二人で広げてパンパンと布を伸ばすよう水切りすると、あとは魔力で風を起こし、そこに熱を加え……。
「これで乾いた。あとは巻くだけだ。手伝ってくれるか?」
「う……ぁう!」
締め込みを締めようと水法被を外すと、慌てて少女が目を閉じる。
おっと、すまんすまん。
今のうちに長さ調節をして――尻から股間にかけて、短めに布を余らせ――。
「よし、俺がこうして布を持っているから、お前はそっちの布をピンと引っ張っててくれ」
「ぁ……うぅ」
薄目を開け大丈夫と判断した少女は、余の指示に従って布を引っ張る。
ピンっと張ったところで、余がくるくると回転して布を腹巻状に巻き付けていく。
ある程度巻いたら余らせてあった股間を包んだ方の布を、長さを調整しつつふんどしの前掛けのようにしていく。
最後に尻に食い込ませた部分であーしてこーして、結んで終わりだ。
「ふぅスッキリした。これで再び身が引き締まったというものだ」
水法被も同じように乾燥させて着る。
「お前の服も洗うか?」
と尋ねたものの、既に全身泡まみれだったんだ。そのまま洗い流して乾燥させてやればいいか。
そうして耳と尻尾の毛がふわっふわに整えられると、少女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
だがその笑顔の代償は大きい。
最初に見たサイズから、四割ほど減少してしまった石鹸……。
貴重品だったのになぁ。
他にはなかったのかと尋ねたが、どうやら見つかったのはこれひとつっきりのようだ。
スローライフの自給自足必須アイテムに、石鹸を入れることにしよう。
存在するのであれば、当然作り方もあるはずだ。
「よし、そうと決まれば拠点探しを続けるぞ!」
さぁ来いと手を伸ばしたが、少女は青ざめた顔で余の――いや、少し上あたりを見ている。
何かあるのか? と振り向いたが、そこに余の二倍ほどの背丈がある熊が立っているだけだ。
もちろん野生の熊ではない。むしろ動物でもない。
モンスターだ。
『ゴアアァァァァ』
「出立の邪魔だ」
人差し指を熊に向け、その先から迸る閃光でもって熊の心臓を貫く。
ずどーんっと音を立て崩れ落ちた熊は、既に息をしていない。
「よし、行くぞ」
「は……ぁ、ぅぅ……」
馬車に乗り込もうとしたとき、ふとあることを思い出した。
動物(型モンスター)は……素材の宝庫!
毛皮よし。肉よし。漢方にもなる!
「うおぉぉっ。さっそく自給自足のスローライフは始まっていたのか!」
ブクマ評価レビューなんでもござれ!
あ、でも酷評レビューは心臓の毛が抜けるのでご勘弁をorz
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