第六話
ほくほくで鉱山を出たのが数十分前。
せっかくなので馬車と馬、それに作業用の一輪車なども頂いてきた。
もちろん馬車の中にあった荷物もしっかり乗せたままだ。
余が手綱を握り、少女には食べ物を探すよう指示をする。
少女は目を輝かせて荷物を漁りだした。
そうして取り出してきたのは、大きなハムだ!
「おぉ! 良い物があったではないか。よし、一緒に食べ――」
「あむっむぐぅ、あむあむあむっ」
おぅ……目の色変えてかじりついちゃってるよ。
ケモ耳と尻尾があるからか、まさに獣だよ。
余、怖い。
だけど美味しそうに食べるなぁ。
余も食べたい。
あのハム食べたい。
凄く食べたい。
全力でがん見していると、ふと少女と目が合う。
咥えたハムをぽろりと零した少女は、一瞬間を置いてから慌ててハムを拾い上げた。
振るえる手で食いかけのハムを余に差し出す少女。
既に元のサイズの八割は消えてなくなっている。
もちろん自然消滅したのではない。少女の胃袋の中にあるのだ。
「ぁ……ぅ」
「はぁ……いいか。食べ物は貴重なのだぞ。かならず余――俺と分けて食べるのだ。いいな?」
「ぅ」
小さく頷く少女。
荷物の中から何か切る道具がないか探させ、見つけたナイフでハムを切る。
二等分した片方を少女に差し出すと、大きな瞳を見開きハムを凝視。それから余を見て、食えと促すと素早く飛びつきハムをぱくり。
残りを余がぱくり。
「うっま!」
「うっ」
「あぁ、ハムなんて食べたのは、何日ぶりだろうか」
「あぐっ、うっ」
「おいおい、落ち着いて食べろ。喉を詰まらせるぞ」
という警告は遅かった。
余が言い終える前に少女はえずき、細い腕で胸元を何度も叩いた。
まったく……。
馬車と止め、荷物の中から飲み物を探す。
うむ、水はないな。
「酒しかないが、飲むか?」
尋ねると、少女は青ざめた顔でこくこくと頷いた。
未成年飲酒……いや、ここは異世界だ。大丈夫だろう。
コルクの栓を開け少女に手渡すと、勢いよく酒を喉に流してゆく。
一度口を離すと、ふぅっと息を吐いてから再び飲み始めた。
「おい、アルコールなんだからな。あまりガブガブ飲むな」
とは言ったものの、時既に遅し。
一瓶開けてしまった少女は、次に果物が入った樽に手を伸ばす。
まだ食うのか……。
「俺にもひとつ」
と言えば、リンゴそっくりの果物をおずおずと差し出してくる。
シャクリ――と音を立てて口に含むと、甘酸っぱい酸味が広がって、なんとも幸せな気分へとなった。
味は日本産のリンゴに劣るが、それでもここ数日で食べたものの中では一番美味い。
農家さん、ありがとう。
さて、再び手綱を握った余は、これからのことを少女に話して聞かせることにした。
まずは自己紹介からだ。
「余の名前はディオルネ――いや、この肉体の名を名乗っておこう。俺の名前は神木 裕斗。地球と呼ばれる異世界から、勇者召喚によって呼び出された者だ」
そう説明すると、獣人の少女は目を見開き、耳をピンと立て、尻尾をぶんぶんと振り始めた。
だがそれも「巻き込まれて召喚された一般人なのだ」というと、目は座り、耳は垂れ、尻尾は停止した。
分かりやすい反応だな。
「なんだ。勇者のほうは良かったのか?」
こくこくと勢いよく頷き、頷きながらリンゴを貪る。
食べるのか話を聞くのか、どっちかにしろよ。
「残念だったな。余――俺は勇者ではない。だが元の世界に戻ることも出来ないから、かねてより計画していたスローライフを実行することにした」
「ぁ……う?」
「ス・ロー・ラ・イ・フ・だ。どこか静かな村……まぁ町でもいいし、辺境でもいい。都会から遠いどこかで、自給自足の人生を歩むのだよ」
家を建て、田畑を作り、もふもふな家畜たちとの暮らし。
金が必要になれば森で薬草を採取し、大金が必要になれば森に救うモンスターを根絶やしにしてダンジョン攻略!
後半はちょっと違うな。
薬草の採取までに留めておいた方が無難だろう。
そんな話を少女に語り、お前も一緒にやるか? と尋ねる。
少女は暫く首を傾げて悩んだあと、上目使いで小さく頷いた。
「そうか。一緒にスローライフを送るか。よし、ではまず拠点となる村や町を探そう。お前はこの辺りの地理に詳しいか?」
が、この問いには首を左右に振って答える。
仕方がない。では適当に馬車を走らせて、理想の田舎なり小さな町なりを見つけるとするか。
幸い食べ物には当分困ることも無さそうだ。
毛布もある。
残念なのは、衣服がないことだ。
「まだ暫く締め込みを脱ぐことは出来なさそうだな」
ふぅっとひとつ息を吐き捨て、身――特に尻をきゅっと締めて手綱をしならせる。
駆け足となった馬は、余と少女と荷物を乗せ、荒野から草原へ、草原から森へと走る。
やがて川のせせらぎが聞こえてくると、余は急いで馬を停止させた。
「ぁぅ?」
「休憩だ。馬を休ませる。あと水浴びがしたい」
「ぅー」
「なんだ、お前も水浴びをしたいのか?」
こくこくと頷く少女は、確かによく見るとあちこち薄汚れている。
「わかった。ではその背中の傷を治そう。すっかり忘れてたが、痛かっただろう? 水浴びをするんじゃ、そのままだとしみるからな」
少女の背中に手を当て「"治癒"」と短く唱える。
破れた服の隙間から見えていた傷が、一瞬で塞がっていく。
いくら余の魔力が優れていようと、古い傷までは治すことが出来ない。
まぁそれでも、傷跡も少しは薄くなっただろう。
「よし、じゃあ行くか」
「ぅー」
水浴びが出来る……。
異世界に召喚されて、実にこれが初めての『風呂』だ。
あぁ、何日入っていなかったんだ。
自分でもわかるほど――臭い!
「荷物の中に石鹸とか無かったか?」
少女を振り向き尋ねると、あちらも服を着たまま川に飛び込んでいた。
それから余の言葉を耳にし、あっというような口をして馬車へと駆け戻っていく。
そして再びやってきたとき、その手に茶色の物体が握られていた。
「それ……石鹸、なのか?」
「ぅ」
こくりと頷く少女は、手ですくった水をそれにかけ、尻尾と擦り合わせてゆく。
最初はなかなか泡立つこともなかったが、水で洗い流し、再び尻尾と擦り合わせ――。
なんどかするうちにようやく泡立ち始めた。
よっぽど汚れていたんだろうな。
汚れが激しいと泡立ちが悪いというし。
となると、余も……。
「く、くれ!」
手を伸ばすが、なかなか石鹸をくれない。
ぶくぶくぶくぶくと泡立てられた石鹸を、余が物欲しそうに眺めていると――。
「……ん」
両手を泡だらけにした少女が、余に襲い掛かってきた。
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