第三十五話
余の部屋の床にハルバードが生えた。
いや違う。ハルバードが突き刺さっているのだ。
空いた穴も結構大きく、床には破壊された木片が転がっている。
新築完成祝い……だったはずなのに。
「みなさん無事ですか!?」
「おいおい、凄い炎と光が見えたが。それに音も。何があったんだ!?」
「どうなってんだこりゃ!? も、森が……森が消し飛んでるじゃないか!?」
「おーい、生きてるかー?」
「森から出る途中、凄い魔力を感じたんだけど、どうなってるの?」
「ゴブリンが森に逃げていくのを見たが、何があった?」
余が項垂れ落ち込んでいる間に、あっちからこっちからと野次馬が集まって来る。
無残な姿をさらけだす余の家を見に来たのか!?
膝を抱え野次馬の様子を見ていると、その大半が冒険者だとわかった。
シンシアが鳴らした鐘の音で駆け付けたのか、余の魔法を見て駆け付けたのかわからない。
森のほうからやって来た冒険者もいる。
おぅ……巻き込まなくてよかった。
やはり広範囲魔法は危険だ。自粛しよう。
そうこうするうちに大勢集まり、そのたびにガンドやローザが説明に追われている。
その様子を体操座りでじぃっと見ていた。
気づけばフェミアがやってきて、隣で同じように座っている。
「フェミアよ。また穴が空いたな」
何も言わず、フェミアは余の頭を撫でてくれた。
「おいおい、何心気臭くなってんだよ。ほら、まずは斧を引っこ抜こうじゃないか」
そう言って、ひとりの男が余に手を差し出す。
あ、締め込み姿でないと余のことに気づかない門番の人ではないか。
「こっちの方に家を建てているってのは聞いていたから、心配で走ってきたんだが。無事でよかったよ」
「無事ではない。穴が――」
「そんなもん、ガンドのおやっさんが直してくれるさ。なぁ?」
「まぁ……仕方ないからの。タダ働きしてやるさ」
「え、本当か? 嘘じゃないとね?」
溜息を吐きつつ、ガンドが二度頷く。
それから集まった冒険者やら警備の人やらで周辺の掃除を行った。
余とフェミアは室内の片づけだ。
幸いというか幸運というべきか、余の部屋以外に被害はなく、これなら明日一日で仕上げられるとガンドは言う。
新築完成祝いが一日遠のいた。
そう考えよう。
やがて陽が暮れ、粗方掃除も終わると――。
「美味そうな肉じゃないか」
「おい、お前らこのキノコは!?」
「あぁ、それ美味いぞ」
「ガンドのおやっさん、それマジで言ってるのか?」
「食いたくなければ食うな。儂ひとりで全部食うからな」
「じゃあ一口だけ。シンシアさん、解毒魔法の準備お願いしますね」
「はい。お任せください」
集まった冒険者らの手によって、猪肉もマツタケも、一瞬にして消滅したのでった。
また、
採ってこよう。
全員が帰宅の途につき、残された余とフェミアの二人となった。
さっきまで騒がしかったこの一帯も、今は静寂に包まれている。
先にフェミアを風呂に行かせ、その間余は片づけをもう少し進めておく。
家の裏にはゴブリンの遺体が転がっている。
あれが非常に目障りなのだ。
冒険者に聞いても、ゴブリンだけは素材のその字にもならないと。
だから燃やした。
ちまちま燃やすと臭いがするので、一瞬で灰にする。
唯一残ったのはゴブリンキングのハルバードだ。
これは重質な鉄で造られているとのことで、良い値段で売れるだろうという。
売って金にするか、もしくは何か別の物に打ち直すか。それはおいおい考えよう。
それにしても、こう襲撃が多いとおちおち家を空けてもいられないなぁ。
森と人類の領域であるこちら側とが近すぎるから危険なのだな。
しかし森に囲まれたこの地域で田畑をやるなら、森のギリギリまで耕すしか十分な面積を確保出来ぬしなぁ。
いっそ森とこちら側との境界線に壁でも築いたどうが安全なのでは?
だがそれには大量の材木が必要になるな。
森の木を切り過ぎるのもダメだとコルタナは言っておったし。
いや、何も木で壁を作る必要もないか。壁の代わりに……そうだ、深い溝なんてのはどうだ? うむ、そうしよう。
そんなことを考えていたら、フェミアの声が聞こえた。
「ああっらぉ〜」
「ん? 風呂はもう終わりか?」
戸口から顔を出すフェミアが頷く。
髪がびしょびしょではないか。まったく、これでは風邪をひくぞ。
「フェミア、髪を乾かしてやるから、中へ入れ」
「あぃ」
風呂場の勝手口から中へと入ると、バスタオルを巻いただけのフェミアが立っていた。
風を起こし髪を乾かしてやる。
「さぁパジャマを着ろ。次は俺も入るから、お前は先に寝ていていいぞ」
「ぁ……あぃ」
なんとなくつまらなさそうな顔をしてフェミアは風呂から出ていく。
乾燥魔法がそんなに楽しかったのだろうか?
サクっと風呂を済ませた余がリビングへと戻ってくると、フェミアが待っていた。。
「どうした、まだ寝ないのか?」
そう尋ねると、フェミアは余の部屋を指差す。
部屋がどうか――あぁ!
「ど、どうしよう。俺の部屋、めちゃくちゃだ」
くそう。リビングで寝るか。それとももう片方の部屋で――。
「あっうぅ。いっおい、えうぅ」
「なに? なんと言っているのだ?」
「いっよぉ」
いいよ?
違うな。
とにかくフェミアは余の腕を引っ張って、ロフトへの梯子へと連れて行く。
もしや……。
「ロフトを使っていいのか!?」
こくりと頷くフェミア。
そうか……ロフトで寝てもいいのか。あ、フェミアもロフトで寝るんだな。では今夜は二人一緒か。
もふもふベア敷パットをフェミアのベッドの横に敷く。少し硬いが我慢しよう。
仰向けになれば天窓から夜空を見ることも出来た。
明日は余の部屋を修復し、今度こそ新築を完成させる。
それからマイホーム周辺の安全面向上計画だ。やはり溝を掘るか。スコップはあるが……いや、ここは魔法に頼ろう。
それから――あぁ、バタバタしてローゼやシンシアから贈られた品もリビングに置きっぱなしだ。
まだ揃えなきゃならない家具もあるしな。
あぁそうそう。
余の締め込みの替えも欲しい。
気づいたらアレ一枚をずっと着まわしているし。
風呂の度に洗ってはいるが、一枚だけというのもなぁ……。
やるべきことがたくさんある。
この一週間……いや、この町へ来てからというもの、毎日せっせと働いていた気がする。
そのどれもが体力のいる力仕事ばかりだった。
スローライフというのはこういうモノだったのだろうか。
魔王軍幹部であった部下たちの話を思い出してみる。
――いやぁ、〇〇の田舎で畑仕事をしてきましたよ〜。土地が痩せてて野菜の質も悪いし。けどやり甲斐はありましたよ。大地の精霊の機嫌を取り、土に栄養を与え、年々味が良くなるのを実感すると、あぁ……畑仕事って楽しいなぁって思うんですよ。
――誰もいない辺境の地でのんびりしようとおもったジャン。だからまず家を建てたジャン。なかなか理想の家が完成しないんで、合計十回も建て直ししたジャン。次にのんびり過ごす為に食い物を探しにいったジャン。いやぁ、辺境って何も無いんだねー。食べ物探して一か月歩いた挙句、建てた家がどこだったら忘れてしまったジャン。
うむ。あながち余のやって来たことも間違ってはいないな。
スローライフのスローとは、スローモーション……つまりゆっくりだとか、のんびりを意味する言葉だとばかり思っていた。
だがどうやら違うようだ。
スローライフのスローとは。
ストロングのスロー。
つまり、強く逞しい生活という意味なのだ!!
「フェミアよ。俺たちはこれからスローライフを迎えることになる」
「うぉーらいう?」
「スローライフとはな。強く、逞しく、生きるということなのだ!」
「ぁう?」
「俺とお前で、この世界を強く逞しく生き抜くぞ!」
「……あぃ!」
こうして余の、神木 裕斗こと魔王ディオルネシアのスローライフが始まった。