第三十四話
『ゴッギギャッギャ。ギゲッギャッギャー!』
(訳:貴様が横取りしたのか。俺様の獲物ぉーっ!)
「なん言っとるかわからんばい!」
『ゲゴギャギャ! ギゴギャッゴギャッ!!』
(訳:その肉俺の物! 全部俺の肉っ!!)
「もしやこいつら、猪の肉を狙っているのか!?」
「猪程度でゴブリンキングが出てくる訳ないでしょっ」
「そうかなぁ」
「そうよっ!」
ローゼはそう言うが、ゴブリンキングの目は明らかに猪肉を見ていると思うのだが。
『ゲギャギャ。ゴギャ! ゴッギャーッ!』
(訳:若い女は生かせ。あとは皆殺しにしろ! 肉は俺様の物っ!)
ゴブリンキングが咆哮を上げると、森から一斉にゴブリンどもが飛び出してきた。
1,2,3……いっぱいだな。百……もうちょっとか。
「シンシアッ、みんなを避難させてっ。ガンドおじさんも今回は手伝って」
「アレを儂らだけで倒そうというのか? ちと無茶が過ぎるのでは」
「わかってる。でもここで食い止めなきゃ、周辺の集落だけじゃなく町にも被害が出るわっ。シンシア、皆を避難させたら直ぐに鐘を鳴らしてっ」
「はいっ」
矢継ぎ早に指示を出すローゼ。そのままゴブリンキングの正面に立って剣を構える。
「えぇーっと、じゃあ俺は雑魚を片付けよう」
「えぇ、お願い。あんたがいくらむちゃくちゃだと言っても、魔術師に前衛をやらせるわけには――」
「"深々たる漆黒の世界よりいずる流星。穢れし大地に降り注ぎ、全てを浄化する紅き炎となれ――隕石召喚"」
余が右手を天にかざし――振り下ろす。
森を抜けたばかりのゴブリンと、まだ森の中でその出番を待つゴブリンの頭上に、余が召喚した隕石が降り注ぐ。
うぅん。この世界でも召喚できる隕石のサイズは小さいなぁ。
ダンプトラックサイズの隕石を、どっかーんっと落としたかったのだが。
降り注ぐのはバレーボール大のものばかり。
ただ数は十分か。
もしかすると希望したサイズの隕石が、大気圏突入と同時に砕けて降り注いでいるのかもしれない。
いぜん、魔王であったことだと宇宙だの大気圏だのの知識はなかったので、思った通りの大きさが召喚できず苛立ったこともあった。
だが今の余には宇宙の知識もほんの少しだがある。
隕石は大気との摩擦によって燃え、小さく砕けていく。
そもそもが小さければ消滅するぐらいだ。
そう考えれば、地表まで燃え尽きず残っているなら万々歳と言えよう。
そうして小さく砕けた隕石群はゴブリンたちの頭上に降り注ぐ。
ダイナマイトの直撃を受けたように爆ぜるゴブリンたち。
うっぷ。ちょっとしたスプラッタだな。
そこかしこに小さなクレーターが生まれ、爆風で吹っ飛ぶゴブリンもいた。
土煙が晴れ、そこには十数匹のゴブリンが立っていた。
「ローゼ、すまない。ゴブリンを仕留め損ねた」
「なに言ってるのよっ。ほぼ全滅でしょ!?」
「あー……儂は休んでおってもいいか?」
『ゴッギャーッ!』
(訳:俺様の肉ーっ!)
ゴブリンキングが柄の長い斧――ハルバードを構え余に突進してくる。
目前のローゼを無視し、余に向かってくるとは……。
「やはり肉か!?」
『ゴッギャーッ!』
(訳:俺様の肉ーっ!)
「だからそんな訳ないでしょ!」
二メートルを超える巨漢だが、思いのほか動きが素早い。
ひらりと躱したつもりだが、巨大なハルバードが薙ぎ払われあやうく首が吹っ飛ぶところであった。
しゃがんで事なきを得た余と、生き残った雑魚ゴブリンとの目が合う。
『ゲ、ゲギャッ』
後ずさったゴブリンの首が、次の瞬間飛んだ。
「あぃ、い。あい、じょう、う?」
「おぉ、フェミア。ジャマダハルを上手く使えるようになってきたではないか」
「う、ん」
ふ……。いつの間にやら余も助けられるようになっていっとはな。
子が自らを超えて行くのを見届ける親というのは、こういう気持ちなのだろうか。
「あっ」
『ゴギャッギャ。ゴギャッ!』
(訳:肉取り戻す。お前死ぬ!)
フェミアの声とゴブリンキングの咆哮が重なる。
同時にヒュンヒュンという風を切る音が。
咄嗟にフェミアの頭を押さえ地面に伏すと同時に、余とフェミアの上をハルバードが回転しながら飛んで行った。
あっぶなっ。
あのまま座っていたら首が飛んでいただろうし、立っていたら真っ二つ……。
「おいっ! 手斧ならまだしも、ハルバードは投げるような物ではないぞっ!!」
すっくと立ちあがって説教をする余――の背後でメキバキという音が響く。
「今の……音……」
ハルバードが飛んで行った方向。そこには――。
「ぁ……うぅ……」
マイホームがあった。
『ゴッガァァァッ!!』
(訳:俺肉食う!!)
フェミアが余の締め込みを掴む。
食い込むから止めろ。
『ゴッガァァァッ!!』
雑魚ゴブリンによって空けられた穴が塞がり、今度はその王が余の家に……。
何故だ。
余がゴブリンに何をしたというのだ。
『ゴッガァァァッ!!』
「きさんら……」
『ゴッガァァァッ!!』
「きさんらぁぁっ、もう許さんたいっ。絶対許さんったい!!」
二度に渡る余の夢と浪漫が詰まったマイホームに穴を空けた恨み……
はらさでおくべきか!!
振り向きざま、怒りに任せて打ち込んだ余の右ストレートが炸裂っ。
余とゴブリンキングの体格差が、奴の命取りとなった。
人と人同士の殴り合いであれば、この右ストレートが打ち砕くのは顔面であっただろう。
だが余より大きなゴブリンキング。
打ち砕いたのは、奴の心臓部であった。
一言も発することなく、ゴブリンキングの体がゆっくりと後ろへ傾く。
最後にはどうっという音を地面に転がり、そのままピクリともしなかった。
赤みを帯びた空の下、全ての時が止まったかのように静まり返る。
やがて烏の声が聞こえると、突然時が動き出した。
真っ先に動いたのはゴブリンであった。
『ゲギャッ』
『ゲギャギャ』
膝を折って土下座し、その頭は土が付くほど深々と下げている。
「……信じられない……ゴブリンキングをパンチ一発で倒すなんて」
「あまりの非常識さにゴブリンどもが平伏しておるぞ」
気が付くと、余の周辺にはゴブリンが集まりこちらをじっと見つめている。
"隕石召喚"を免れたゴブリンが他にもいたようだ。
あれよあれよと集まったのは三十体ほど。その全てが余を見つめている。
『ゲギャッ』
(訳:お前強い)
『ギャギャギィ』
(訳:新しいキングなる)
『グギャギャ』
(訳:命令欲しい)
グギャグギャと五月蠅い奴らだ。
くぐもった声で耳障りだし、臭いし、醜いし、余の家を壊すし。
『『グギャギャ』』
「五月蠅い。消えろ」
余が右手を振りかざすと、ゴブリンどもは血相を変えて森へと逃げて行った。
願わくば、二度と余の前に現れないでくれるといいのだが。