第三十三話
ことの発端はローゼの些細なひとことから始まった。
「フェミアちゃん、少し大きく……なった?」
怪我もすっかり治ったフェミアは、仕留めた猪の解体作業を行っていた。
言われた本人は自分の姿を見て首を傾げる。
「そういえば、背が伸びた気がしますね」
「シンシアもそう思うでしょ?」
「育ち盛りだからではないのか。よく食べるし、太ってもきた――おい、やめろっ。何故叩くのだっ」
フェミアは猪の血で汚れた手で余を殴る。
「馬鹿ねあんた。女の子に太ったとか、失礼にもほどがあるわよ」
「そうですよカミキさん。フェミアちゃんに謝りなさい」
「あ、ごめんなさい」
何故余が怒られねばならぬのか。
理不尽だ。
だいたい間違ったことは何も言っていない。
痩せ細っていたフェミアが、やっと人並みになってきたのだ。いいことではないか。
だが……言われてみると大きくなっているかも?
どこがと言われると……全体的に?
「そうだのぉ。獣人族の成長は、突然早くなるとは聞くが……。だがついさっきより、明らかに大きくなっているというのは……カミキよ、お前、何をした?」
「何故俺が何かをしたと断定するのだ」
「おかしいことは全部お前のせいだからな」
「確かに。いや待て。勝手に俺を犯人に仕立て上げるな」
ガンドのいう「ついさっき」とは、余とフェミアが森に入る前のことである。
ほんの数時間で大きくなどなるものか。
そう思ったのだが。
一緒に並んだフェミアの頭は余の顎の下……。
さっきは脇の下だったはず。
「フェ、フェミア。大きくなった……のか?」
「う?」
見上げる彼女の顔も、幼さが残る中に大人びた雰囲気が混じって見える。
「獣人族っていうのは、数時間で成長するとか!?」
「そんな訳ないでしょ! 絶対あんたが何かしたのよ。薄情なさいっ」
「俺のせいなんか!?」
ここで森での出来事を、一部を覗いてみんなに話した。
傷を負ったフェミアを助けるため、何度か回復魔法を重ね掛け――ここでシンシアが反応する。
「それかもしれません」
「魔法の重ね掛けか?」
シンシアが頷く。
"治癒"の魔法は怪我を治す魔法だ。そして"再生"は破損した肉体を元に戻す回復魔法。
「"蘇生"は本来、失われた命を蘇生する魔法ですが、聞いている限り、フェミアちゃんは生きていたはずです」
「う、うむ。まだ息はあった」
「元々は栄養不足で成長が遅れていた訳ですが、その不足していた物を"再生"と"蘇生"とで補って、結果的に急成長したのではないでしょうか?」
急成長による骨や血肉も"再生"によって瞬時に形成され、"蘇生"により生命として正しい活動を開始。
「そ、そんなことって可能なの?」
「わかりませんが、それしか考えられませんし」
「つまり俺って凄いってこと?」
そう尋ねる余に、ローゼは一言。
「つまりあんたはめちゃくちゃだってこと」
そう言い放つ。
酷い……。
急成長を遂げたとうの本人に自覚は無く、だが身長が伸びたことによる不自然さは感じているようだ。
これまでぶつかる事の無かった、微妙な高さにある障害物に頭をぶつけ首を傾げている。
何故ぶつかったのか。当たらないはずなのに。そんな顔だ。
「まぁまぁ、いいじゃないか。大きくなったってんなら、それはそれでめでたいことだよ。ねぇフェミアちゃん」
「ぁう?」
「ほらほら。出るところも出て、少しは女らしい肉付きになってきただろう」
「ぁう!?」
集落のおばさんが何やら吹き込んでいるようだ。
慌てて自分の体をまさぐったフェミアは、ぱぁっと表情を明るくさせる。
何故だ。
(人並みに)太ったと言えば怒るのに、女らしい肉付きならいいのか。
余とおばさんの言葉のどこに違いがあるというのだ。
理不尽だ!
やがて新築祝いパーティーが始まった。
解体された猪を切り分け、鉄串に刺し香草と塩をまぶして火で炙る。
同じようにキノコも炙っていると、集落の方々が青ざめた顔でこちらを見つめるのが見えた。
「あぁ大丈夫。これは毒キノコではないから。安心して食して欲しい」
そう言って一串差し出すが、誰も受け取ろうとしない。
それどころか、その顔は更に青ざめていく。
「カ、カミキ……」
ローゼが震える声で余を指差す。
そんなにこのキノコが嫌なのか。
そりゃあ毒キノコと見分けはつかぬし、フェミアの鼻ですら嗅ぎ分けられないのだ。
いったん毒だと認識したものを捨て、食えと言われてはいそうですかとはいかないだろう。
だがこれは過剰反応ではないか?
剣まで引き抜いて、それでマツタケちゃんを切り刻もうとでもいうのか?
「お、おい、カミキ、後ろ……」
食したことのあるガンドですら青ざめた顔でそう言う。
ぬ、後ろ? 後ろがどうしたというのだ。
『ゲギャ、ゴギャウギャ』
「おぉ、誰だか知らぬが祝いに来てくれたのか」
余の後ろには、二メートルを優に超すガチムキ大男が立っていた。
招こうと手を差し出すと、ローゼが余と並んでそれを制する。
「そんな訳ないでしょ!!」
ローゼ、マジ切れである。
「カミキさん、それ、ゴブリンキングです!」
シンシアが声を張り上げると同時に、客人が吠えた。
『ゴアアアァァァッ』
――カミキさん、それ、ゴブリンキングです!
――それ、ゴブリンキングです!
――ゴブリンキングです!
「なんだってーっ! あ、確かに肌が緑色しとっとね」