第三十二話
結論から言うと、余の魔法で家を建てるのは不可能だ。
切ることが出来ても、組み上げたり、釘で打ち付けたりが出来ないのだから。
「そういやそうだな。まぁ全部魔法でどうにかなるんなら、俺ら職人の必要性もなくなるってもんだよな。がっはっはっは」
そう言ってガンドが嬉しそうに作業を続ける。
確かに魔法は便利だが、それで全てが解決する世の中など面白みがない。
困難あってこそ、スローライフが生きるというものだ。
昼食後、今から余は困難に立ち向かうべく森へと入る。
新築祝いパーティーの食材探しという困難に、だ。
「フェミア。マッツリュームの匂いは覚えているか?」
「う!」
「よし、では探すのだ!」
鼻をひくつかせたフェミアが、森の奥へと歩き出す。
余と並んで歩くと、フェミアの小ささがよくわかるな。
180センチには届かない余だが、フェミアの頭は脇の位置にある。
こやつの身長は140センチあるのだろうか。
最初の一つ目を見つけるのに、それほど時間は掛からなかった。
だが残念ながら、鑑定結果はマドクリュームと判明。
「ぐぬぬ。匂いまで同じであったか。次だ、フェミア!」
「うぅぅっ」
マツタケを探しつつ、森を奥へ、もっと奥へと進む。
ローゼたちが戻って来ているので、建築現場から離れても大丈夫だ。
どんどん進んでいき、辺りが鬱蒼をしてきた頃――。
「あぅ」
「マツタケか?」
首を横に振るフェミア。
彼女は前方にゴブリンの集団を発見していた。
奴らはこちらに気づいていない。
手に斧を持ち、静かにじぃっと何かを見つめている。
その視線の先に猪がいた。
なかなか大きな獲物だ。あれを狩って今夜のおかずにでもするつもりなのだろう。
「よし、あれを頂こう」
「ぅあっ」
「今夜は猪マツタケパーティーだ!」
今まさに猪を仕留めようと動き出したゴブリンに向かって――。
「ちょーっと待ったぁっ。その猪、こちらへ渡して貰おうか」
正々堂々と宣言すると、ゴブリンたちは首を傾げてこちらを見た。
『ゲギャ?』
『ゲギャゲギャ』
「猪は俺たちが貰う。いいな?」
『ギャッ。ゲッギャギャー!!』
どうやら交渉決裂なようだ。
いいではないか、猪の一頭や二頭ぐらい。ケチケチすんな。
「ぁ、あう」
「フェミア、お前は猪を――やれるか?」
ジャマダハルを買ってはやったが、未だそれを使ったことは無い。
初の獲物が猪というのは、少し大き過ぎるだろうか。そこはやっぱり兎とか、そういうのが良かったかもしれない。
だがフェミアは思いのほか力強く頷き、背中に背負った籠からジャマダハルを取り出し握った。
「よし、では俺がゴブリンを抑えておく。危なくなったら助けてやるからな、頑張れ」
「あうっ」
地を蹴って猪へと駆け出すフェミア。
そのフェミアを行かせまいと、ゴブリンたちも駆け出す。
「だから猪は俺たちが貰うと言っているだろう"岩壁"」
パチンと指を鳴らすと、駆け出すゴブリンの前方の地面から壁がせり上がる。
ゴスっという音と共に何体かが顔から突っ込み、その場に倒れた。
鼻の骨あたりが折れたりしてないだろうか。
まったく、余の話を聞いて理解しておれば痛い思いもしなかっただろうに。
「いいか、よく聞け。俺たちの夢のマイホームが完成するんだ。今夜は新築完成祝いでパーティーを開く」
世話になった集落の人たちも呼んである。
人数が多いほうが盛り上がるからな。
あと料理を作って貰うためだ。余はまともに料理をしたことが無いからな。
「人数が多いということは、だ。食材も大量に必要なのだよ。わかるか?」
『ゲギャッ!』
「おお、わかってくれた――って、何故斧を投げる!」
一体のゴブリンが投げていた斧を手掴みし投げ返す。
避けそこねたゴブリンの顔面に斧が突き刺さってしまった。
えぇっと、これは事故だ。
不慮の事故なのだ。
『ギギャゲーッ!』
『グギャグギャッ!!』
「あぁ、もうっせからしか!! "炎・無限狂乱"」
最初からこうしていればよかった。
炎でゴブリンどもを一掃し、消し炭にしてからフェミアの方を振り向く。
うむ。決着はまだなようだ。
猪の全身に裂傷があるが、フェミアもまた傷だらけだ。
「フェミア、手を貸そうか?」
だがフェミアは首を縦に振ろうとはせず、一度だけ横に振ってジャマダハルを強く握り締めた。
どうやらひとりで仕留めたいらしい。
頑張れフェミア。
今夜のメインディッシュの為に!
『グゲ……グゲギャ……』
ん?
どうやら"炎・無限狂乱"から生還したゴブリンがいるようだ。
黒く焦げた物体が、這いつくばって森の奥へと向かおうとしている。
猪を諦めるというのであれば見逃してやろう。
それよりも今はフェミアだ。
猪の突進攻撃はなかなかに強力で、あれを食らってはひとたまりもない。
その上長い牙を持っている。あれに突き刺されたら痛かろう。
痛いで済むのは余がいるからだ。いなければ出血多量で命の危険だってある。
「フェミア。何かあったらすぐに治療をしてやるからな。安心しろ」
「う」
短く応えたフェミアが身を屈め、両手のジャマダハルだらりと下ろし――そして跳んだ!
おぉ、なかなか凄いジャンプ力ではないか。
飛んだまま身をよじって回転する。
ジャマダハルに切り刻まれながら、それでもなお猪が反撃に転じる。
着地の瞬間、態勢を崩したフェミアに対してその牙を突き上げる猪。
マズい!? ――が、フェミアの予感していたようだ。
ギリギリのところで牙を躱すと、下から上へジャマダハルを振り上げる。
『プギャアアアァァァァァッ』
木霊する猪の断末魔。
これで勝負あったな。
「フェミア。強くなったなぁ」
力なく、されど嬉しそうに微笑むフェミア。
お前の成長を見れて、お父さんも嬉しいぞ。
気分はこんな感じ。
ふらふらと余の元へと歩きだすフェミアであったが、次の瞬間――。
余が見守る中、彼女の体が大きく弾んだ。
『プゴオオオォオォォォォッ』
「あぅ――」
木の葉のように舞うフェミアの体は、弧を描き飛んでくる。
「フェミアーっ!」
余は焦った。
なんたる失態だ。
余が……この魔王ディオルネシアが、モンスターごときの生死すら判別出来なかったとは。
余のせいでフェミアが……フェミアが!
彼女の体が地面に叩きつけられるよりも早く、その小さな体を胸に抱く。
息は……ある!
だが背骨も肋骨も折れ、肺や内臓を傷つけているようだ。
このままではフェミアの命が危うい。
余は全ての力を解放し、その一端をフェミアへと注ぐ。
「今助けてやる。待っていろ、フェミア」
"再生"で折れた骨を元の状態へと戻し、"治癒"で傷口を塞ぐ。
消えようとする命の炎を再び燃え上がらせるため、"蘇生"を唱えた。
再び"再生"を――そして"治癒"を――そして"蘇生"。
何度か繰り返し、その都度呼びかける。
「フェミア」
返事をしろ。
「フェミア」
なんでもいい、返事をしてくれ。
「フェミアッ」
余が間違いであった。
こんな小さな体でモンスターと戦わせようなどと思った余が……。
そうだ。
余は魔王ディオルネシア。
余によっては雑魚であっても、他の者にとってはそうでないことを忘れてはいけぬのだ。
すまないフェミア。すまないっ。
彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめ、余の魔力を注ぎ込む。
こうなったら余の生命力を分け与えてでも生き返らせて――。
「かふっ」
「フェミア!?」
小さく息を吹き返したフェミアに目をやると、僅かに瞳を開いた彼女が。
「あ……うぅ?」
「フェミア。聞こえるか? 俺の声が聞こえるか!?」
小さく頷く。だがその瞳はどこか不思議な物でも見るような、そんな色が伺えた。
余の顔がわからぬのだろうか。もしや猪に追突されたショックで、記憶障害にでも!?
「う……ぁ」
フェミアの細い指が余の顔を撫で、髪をかき上げる。
指に絡んだ余の髪を物珍しそうに見つめ……ん?
余の髪が……ロン毛に?
「おっと、いかんいかん。力を解放するにあたって、どうやら肉体も前世のそれに戻ったようだ」
「ぅお?」
「フェミアよ。これは俺とお前の二人だけの秘密だぞ?」
そう告げ、余はその力を再び鎮める。
そうすることで髪は縮み、博多っ子のそれへと戻った。
ふぅ。まさか力の開放によって、姿が変貌するとは。
フェミアに視線を戻すと、驚いたように口をパクパクさせていた。
「フェミア。俺には変身能力があるが、内緒だぞ?」
もう一度彼女にそう伝えると、はっと我に返ったフェミアが頷く。
「よし。では帰るとするか」
右手でフェミアを抱きかかえ、左手で何故か息をしていない猪を担ぎ歩き出す。
ファミアは落ちぬよう、余にしっかりしがみ付き顔を摺り寄せてくる。
「ぁ……あぁ、ぃあ……おぅ」
「ん?」
「あいあ……おぅ」
何かを言おうとしているようだが、喋ろうという意思はあるようだな。
「落ちないよう、しっかり掴まっていろ」
フェミアが頷き余の肩に腕を回す。
そうして森を抜けると、出迎えた面々が驚き、頭を抱えた。
「みんな揃って頭痛か?」