第三十一話
バスタオルがなくとも問題はなかった。
余が風の魔法で水滴を飛ばせばよいのだから。
ただそうすると、体も冷えてしまうので肌寒い今の季節にはあまり嬉しくない。
余だけならまだしも、フェミアの入浴後にわざわざ働かねばならないのは面倒だ。
よって、建設作業最終日の今日は、調理器具、食器、タオル類の買い出しだ。
「という訳なので、午前中はガンドたちの護衛を頼む」
「それ決定事項なの?」
「夕方は新築祝いパーティーを開く。夕食の心配はしなくていいぞ」
「それも決定事項なのね」
町までは片道三十分以上掛かる。
朝早く町に向かっても、食品類を取り扱う店は開いているものの、雑貨屋関係はまだ閉まったままだ。
ガンドたちがやって来る前にローザたちを捕まえ、護衛の依頼を済ませた。
報酬は夕食だ。
「カミキさんのお家、もう完成するんですね」
「あぁ。祝ってくれ」
「ふふ、おめでとうございます。何かお祝いを贈りませんと」
「おぉ、それは有難い。足りていないのは……そうだな」
毛布は鉱山から出てきたときの物をそのまま使っているが、正直質が悪い。そのうえ汚れている。
もう少し冷えてきたら毛布一枚では風邪を引きそうだ。
「毛布がいい」
「はい、わかりました」
「え、本気で贈る気なの?」
にこやかに了承するシンシアを、ローゼは呆れたように見つめる。
くれるというのに、何故文句をつけるのだ。
「あぁもうっ。わかったわよ。じゃあ他に何が欲しいの」
「カーテン」
「カーテンね。でも窓のサイズを見なきゃわからないわ。午後は護衛しなくていいんでしょ?」
「わからない。だが買ってくれるならその間の護衛は引き受けよう」
「護衛はあなたの仕事だったはずよ……ったく、いいわ。じゃあこれからガンドおじさんの所に向かうから」
話が纏まってよかった。
余とフェミアは朝ご飯の為市場へと向かう。
ここで食事を終わらせ、それから雑貨屋巡りだ。
鍋、大中小。フライパン……は無いが、中華鍋のような形の物はあった。これを買っておこう。
おたまやフライ返し、食器は木製の物ばかりか。
焼き物は高価で、富裕層しか使わない? 町の雑貨屋にそんなものは売ってない、と。なるほど。
でもそれならガンドたちに言って作って貰えばいい気もするな。
そうだ。竹が余っているんだ。あれでコップや箸は作れるだろう。
最後に各種タオル類を購入して、荷物をヒンヒンの荷車に乗せ町を出る。
マイホームへ戻ると、ガンドたちが最後の仕上げに取り掛かっていた。
ローゼたちもいて、何やら興奮気味に余らを出迎える。
「お風呂あるじゃない!」
「凄いです。個人の家でお風呂だなんて……豪華ですねぇ」
「そうなのか? 俺がいた国では、風呂なんて当たり前のようにあったが」
「嘘!? だってお風呂って、お金掛かるし大変よ? 水を溜めるのも沸かすのも、手間が掛かるし」
お金は確かに掛かった。
だが冒険者をやっていれば、払えない金額ではないだろう。先日の襲撃で得た金で支払えたのだし。一部まだであるが……。
水を溜めるのも沸かすのも、それほど手間ではないな。
どっちも魔法で済むし。
そう伝えると――。
「どうしたローザ。頭でも痛むのか?」
「……あんたがまともじゃないことを痛感していたところよ」
「そうか。ありがとう」
余らが戻って来たことで、ローゼらが町にいったん戻るという。
ならその間に竹を使った食器作りを行おう。
「フェミア、手伝ってくれ」
「ぁう」
コップとして使う場合、節はそのまま残し……おぅ。節は全て取り除いていたのだった。
じゃあお皿と箸だ。
竹筒を真っ二つに割ってお皿として使いやすい長さに切り、これをフェミアが洗う。
箸はそれっぽい太さに切った物を二本セットにすれば完璧だ。
簡単であった。
お客さんの分も用意しておこう。
全ての作業を終えても、まだ昼前。
手ごろな木材を貰い、今度は木製皿に挑戦!
ガンドからノミを借り、フェミアと二人で板を削っていく。
……。
……。
うむ。掘り過ぎて貫通した。
次。
……形を整えようと削り過ぎて小さくなった。
まぁこれはこれで、小鉢としてだな……うん。
「フェミア、どうだ?」
「う」
フェミアが余に見せたのは、美しい円を描いた深皿。
……。
「"渦巻く風"」
極小の竜巻が、輪切りにされた木を襲う。
木屑をまき散らし、表が仕上がる。
ふわっと舞い上がった風に木が裏返され、竜巻が再び襲う。
やがて出来上がったのは、フェミアに負けず劣らず美しい円を描いた深皿。
「どうだ!」
「おぉぉ」
パチパチと手を叩くフェミアが次の木を余の前に置く。
「"渦巻く風"。ドヤ!」
「おぉぉぉ」
拍手と共にフェミアが木を置く。
「"渦巻く風"。ドヤ!」
「おぉぉぉ」
拍手と共にフェミアが――。
そしてすべてが完成した。
深皿十枚、平皿十枚、大きなボウル皿二枚、コップ十個。
「ふぅ、よく働いた」
いい汗を掻いた。
そこへガンドがやって来てこう言う。
「お前さん。そんな芸当ができるなら、家だってひとりで建てられたんじゃないのか」
――と。