第三話
城から無事に追い出された余であるが、さてこれからどうしたものか?
空を見上げれば太陽の位置はそれほど高くもなく、風が吹けば肌寒く感じる。
何か羽織る物でも貰えればよかったのだがなぁ。
「ママー、あのお兄ちゃん、変な恰好だよー」
「しっ。見るんじゃありませんっ」
あー、うん。まずはこの恰好をどうにかせねばな。
しかし服を新調するにしても、先立つ物がない。
まさか物を手に入れるのに、金を必要としない世界は無いだろう。
あてもなく、とりあえずぶらぶらとその辺を歩きながら考える。
勇者召喚に巻き込まれて余はこの異世界に招かれた――という設定だ。
無事に追放されたのだから、まずは辺境――とまではいかないものの、田舎へと向かわねばな。
いくつかのスローライフ物を読んだ結果、余が理想とする最高のスローライフの形とは――。
「自給自足による辺境暮らし!」
ぐっと拳を握ったところで、その手にガチャリと枷が掛けられる。
そしてあっという間に余は縄でぐるぐる巻きにされ――。
「ちょっとヤバそうな奴だが、痩せ細ってもないし健康そうだ。労働力としては使えるだろう」
――と、数人の男たちに取り押さえられていた。
「っへ。こんな人気の無い路地裏で、なぁにがスローライフだ」
路地裏?
おぅ、よく見れば通行人が余とこいつらしかいない。
むしろ誰も歩いてない。
「変な恰好していやがる。見たこともねー」
「異国から来た野郎だろ。まぁ攫ったところで誰も気にしやしねえさ」
「しっかし簡単に捕まったなぁ。これだけ間抜けだと、奴隷といても扱いやすそうだ」
ぬ……余が攫われた、だと?
しかも奴隷だなんだのと、つまりこの者どもは――。
「奴隷商人!?」
余の問いに恰幅のいい男がニタリと笑って頷いた。
奴隷商人に捕まったその日のうちに、檻付き馬車に入れられ町を出た。
あれから三日目。
馬車は都合よく田舎方面へと向かっている。
同じ檻の中の住民仲間によると、余らは鉱山の働き手として売られるのだという。
そういえば、檻に詰め込められているのは男ばかりだ。
その誰もが屈強――ではなく、だからといって貧弱そうでもない。
余と言えば――男子高校生として特に身長が高いとか、逆に低いとかでもなく、運動神経のほうはまずまずというところ。
山笠で締め込み姿になるため、それに合わせて見栄を張って筋トレもやったりはしたが、腹筋が割れるには至らなかった。
まぁ結果として、ちょっとだけイイ体にはなっただろうか?
そのちょっとは、同じ檻に入った者たちも同様であった。
檻を囲む奴隷商人の仲間たちは、筋骨たくましい屈強な男たちばかりだ。
うん。そりゃあ奴隷が屈強で、護衛より強かったら簡単に逃げられるな。
納得のラインナップという訳だ。
スローライフの第一歩は奴隷か……。
まぁよい。
鉱山であれば資源が手に入りやすいはず。
ここで自給自足の練習でもしておこう。
そうして頃合いを見計らって抜け出せばよい。
やがて檻から見える景色は田園風景を過ぎ、草原を抜け、岩肌の目立つ荒地へと変わっていった。
パンと、具無しスープが一日に二回与えられるだけの檻の中の暮らしが更に二日続き……遂に鉱山へと辿り着いた。
まさか到着して早々、坑道で働かされるとはなぁ。
五人一組の状態で鎖に繋がれ奥へと進むと、我々同様に鎖で繋がれ作業する人の姿が。
ツルハシで壁を掘るグループ。
砕かれた石や岩を台車まで運ぶグループ。
その台車を押して外へと運ぶグループ。
その三つに分けられたが、余は壁を掘る担当になった。
ツルハシは手渡されるのではなく、放り投げられた物を自分で拾え……と。
なるほど。
受け取る際に監視を倒すこともできるからな。
それで鎖の届かない位置から投げて寄越すのか。
なかなか用心深い者たちだ。
受け取ったツルハシを握って、とりあえず壁に叩きつけてみる。
ガツーン……と振動が伝わり、手首がやや痛む。
だが誰もアドバイスなどくれたりはしない。
自分でコツを掴めということか。
面倒くさい。
スキルを使うか。
余の……魔王ディオルネシアとしての記憶から、採掘に関わるスキルを呼び起こす。
もちろん採掘などやったことは無いが、余は神々に創造された時に、最初から全てのスキルを習得した状態で誕生させられておる。
中には本当にどうでもいいスキルなどもあったので、採掘同様に一度も使ったことのないモノも多い。
数千年生きてきたが、よもや転生後に初使用することになろうとはな。
では……いざ、"採掘"!
スキルを使用すれば、ツルハシを叩き込むのに最適な壁に光が灯る。
そこを狙ってツルハシで叩けば――。
ガラガラガラ――と、先ほどとは打って変わって、呆気なく岩が砕かれる。
「ほぉ。新入り、なかなかやるじゃねえか」
ガチムキの監視男が感嘆な声を漏らす。
そうか。初スキルであったが、うまくやれたようだ。
相手はガチムチ男だが、褒められると嬉しいものである。
ついでに筋力増強スキルも掛けておくか。
隣で作業する男にも聞こえぬほど小さな声で"筋力増強"を唱え、再び採掘に取り掛かる。
よし、さっきよりも砕く範囲が広がったぞ。
こうして作業を続けること数十分。なんとなく息苦しいような?
もしや空気が薄いのだろうか。
確かにさほど深くはない坑道だが、途中、空気穴のようなものも見当たらなかった。
まったく、酸素不足だろう。
ガチムキ監視たちは十分程度で交代が来るが、余らの交代要員は無くずっと働きっぱなしだ。
こんな砂埃まみれの穴倉で、窒息しなどしたくない。
死ねばまたどこかに転生して、スローライフが遠のいてしまう。
監視の目を盗み、天井に向かって手を伸ばす。
一瞬だけ突いたその手から、超高圧の水鉄砲を発射。
うむ。一発で穴は貫通したようだ。
更に穴周辺に幻影スキルを施し、誰にも気づかれないようにする。
他にもう一か所同じものを作れば、空気の循環完了っと。
ふぅ、よい仕事をした。
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明日の更新はお昼過ぎと夜を予定しております。