第二十八話
「よし、ヒンヒン頑張れ」
『ヒヒーン』
「うーあーぉー」
ヒンヒン。余が奴隷商人から返す予定のない拝借した馬の名前である。
荷車に乗せた竹は十五本ぐらいだろうか。
博多っ子としての余の記憶にある竹より、一回り以上も太いそれを切り終えこれから運ぶ。
バレーボールかサッカーボール。そのぐらいの太さになった竹は重く、これ以上は乗せられそうにない。
長さは五メートルぐらいで揃えている。
「湧き水から家まで三百メートルぐらいだったか」
フェミアと二人で、荷車から飛び出した竹を支えて歩く。
竹十五本で七十五メートルか。四往復しなきゃならないな。
切った竹はその場で節を除去してある。これには水の魔法を使った。
切り口に手を乗せ、"水弾"という、勢いよく水を飛ばす魔法を筒内に発射する――という方法だ。
魔力を練り過ぎると竹を破壊するし、練りが弱いと節の途中で水の勢いが死んでしまう。
なかなか繊細な技術を必要とした。
破壊した竹の数は三十を超え、今運んでいる数の倍だ。
マイホームへと竹を運び終え、再び竹林へ。
伐採して時々破壊して、マイホームへと運び――昼になった。
「スキルでヒンヒンを強化しても、往復一時間は辛いな」
「うぐぅ」
「明日、午前中にもう一度行くとしよう。昼からは周辺の森で薬草採取だ。少しでも金を稼がねばな」
「あう!」
集落に戻って昼食を済ませると、ガンドたちがやってきて建築作業を開始。
余とフェミアは森へと入り薬草を探す。
コルトナから貰った羊皮紙のメモにある薬草のうち、解毒に使える薬草はこの辺りにも自生していた。
他はまったくダメだな。
通常の塗り薬に効く薬草などもあるので、それも採っておこう。
あれこれ採取していると、ふと気になる物体を発見した。
まぁ茸なんだが、あの高級食材、マツタケに似ているではないか!
自慢ではないが、余は一度だけ食したことがあるぞ。
香マツタケ味シメジとは言われるが、グリルで焼いて醤油をつけて食べたあれは、コリコリして美味しかった。
食べられるのだろうか?
マツタケに似た毒キノコも確かあったはず。
「こんな時は鑑定だな。いやぁ、神様便利なスキルをありがとう」
これぽっちも感謝はしていないが、とりあえずお礼は言っておかねばな。
そして鑑定結果は――食用可能――というものだった。
「マーツーターケーッ、来たああぁぁぁっ!」
尚、茸の名前は【マッツリューム】であった。
「あうぅー……」
「なんだ。茸を食べたことがないのか?」
食べたことはあるようで、首を左右に振っている。
「食用だぞ?」
と、マツタケモドキを見せても、嫌そうな顔をしている。
「毒キノコか何かと思っているのか?」
首を縦に振る。
そんなフェミアの反応の理由は直ぐにわかった。
見た目がほど同じ【マドクリューム】という毒キノコがあったのだ。
いかんいかん。キノコは全て鑑定しながら取らねばな。
割合としては毒マツタケが八割ほどだ。
鑑定以外では見分けが付けられぬほどそっくりで、故にフェミアは警戒したのだろう。
おそらく毒マツタケを食した者でも知っているのだろうな。
農家さんから借りた籠いっぱいに、薬草とマッツリュームを入れ意気揚々と帰還。
「おいおい、そりゃあ毒キノコだぞ。え? 毒は無い?」
「鑑定したのか。な、なら毒は無いんだろうな」
「何? 見た目そっくりな毒キノコがあった? ははぁ、そういうことか」
建築現場に戻ると、さっそくガンドたちがキノコを見て騒ぎ出す。
どうやらこの辺りでも毒キノコとして認定されているようだな。
八割が毒キノコだったし、まぁ無理もないか。
んじゃあどんな味か、試食してみようじゃないか。
さっそく余った木材を燃やし、水洗いしたキノコを枝に刺して火で炙る。
やや焦げたところで――。
「いっただっきま〜す♪」
ふーふーしてからパクっと一口。
お、こりこりする!
食感はマツタケそのものだ。そして香りもいい。
醤油……は無いだろうが、せめて塩でも持ってくればよかった。
味はそれこそ、椎茸に似ている気もする。
「ん〜、うまい。どれ、もう一つ……あれ? みなは食べないのか?」
キノコに手を伸ばすどころか、余をじっと見つめる四人。
美味しいのに。
では余が全ていただくとしよう。
「明日の朝までお前が生きていたら、その時は食べてやろう」
そうガンドたちは言い残して帰って行った。
翌日。
余は生きていた。
ガンドの家へヒンヒンと荷車を取りに行くと、彼は驚いた顔で余を出迎えた。
「生きとったのか!?」
「だから食用キノコだと言っただろう」
「ぬぅ……では、次にキノコを採って来た時には、ご馳走になるか」
「じゃあ今日はキノコ狩りだな」
そう言うと、ガンドもフェミナも、揃って表情を曇らせていた。
その日の夕方。竹の本数も十分に揃い、家のほうも形がほぼ出来上がっていた。
明日からは水引きの準備に取り掛かろう。
暫く薬草採取もキノコ狩りもお預けだ。
故に今日はマツタケパーティーを!!
と思ったのに……。
「なんじゃこれは!?」
「あむあむあむっ。うぅ、あむあむあむ!!」
「お前らあんだけ嫌そうな顔しとったやないかーっ! 俺の分残しとかんかっ」
マツタケパーティーならぬ、マツタケ争奪戦が始まっていた。